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第13話 腐男子の日常

  兎田山うだやまは朝のランニングを終えると、マンションのフロントの受け付け係から重いダンボールを受け取った。


 頼みすぎたかな、と思いながらエレベーターに乗り、自室に向かうとピンポンを押しかけた犬丸いぬまると遭遇する。


「おはようございます犬丸くん。よく寝れましたか?」

「てめぇ、荷物置いてそこに立て」

「はい?なんか素敵なイベントです?」

「黙れ」


 メジャーを片手に睨まれても、兎田山には美味しいだけである。

 両手をあげたり広げたり、ひとしきり推しに採寸されると、背中を強く叩かれた。


「もういいぞ、また後でな」

「え、なんか卑猥ですね?!」

「殺すぞ、メガネ」


 兎田山なりの照れ隠しだったが、採寸されたことはよく分からなかった。なにかブランドのプレゼントされるのだろうか。

 初心者のナビゲーターは仕事だから気にしなくていいのに――兎田山は荷物を持って部屋に引き上げた。


 シャワーをして着替えないと遅刻してしまう。

 ダンボールの中身をゲート用のリュックに詰めると、慌てて兎田山はバスルームに急いだ。


*****


鷹瀬たかせ先生、おはようございます。これ、約束のブツです」

 私立ティーア学園の門をくぐり、歴史担当の教諭に挨拶をすると兎田山は紙袋に包まれた冊子を渡す。


「ほほぅ、これが例のカップリング……」

「なかなかマイナーなカップリングでしたが、これは掘り出しものですよ……!」


 男性教諭は、十センチ下にある兎田山の頭に手を置いた。

「兎田山よ、早く大きくなっておくれ……R指定の本を交換したいからな」

「それは検討しようないですね、高二なのは如何ともし難いことなので」


 鷹瀬と兎田山は腐男子仲間である。

 兎田山と仲良しの腐女子たちが、その光景で大いに盛り上がるのも二人は知っていたが――自分なんかで良ければどうぞ――の気持ちでスルーしていた。


 互いに推しではないもの同士なんてそんなものであった。

 授業が始まったが、犬丸の姿は無い。

 猫宮だけが出席してるわけがないので、昨日の疲れを引きずっているのかもしれなかった。


 昼休み、いつものメンバーである腐女子たちとお昼を食べていると、推しセンサーが働いて犬丸と猫宮が登校してくるのを捉える。

 恒例の、生徒会長の四狼しろうが「遅かったじゃないか犬丸、どうしたんだい?」と声をかけているのを、友と一緒にニヨニヨと観察した。


 こうしてみると、改めて犬丸も猫宮も美の使徒のようである。

 立ち振る舞いも洗練されていて、拝めばご利益がありそうだ。

 昨日の夜に、一緒にツルハシを振り上げていたのが嘘のよう。あの二人に付属している自分の存在が改めて謎である。


(他にも案内人はいるんだけど……)


『ジョブ』はレベルをあげると上位に変化していくものだが兎田山のようや回復派や、デバフ特化などの『ジョブ』スタートの人間が、自身のレベルあげも含めて案内人をやることが多い。


 だが、兎田山の知ってる他の案内人は自衛隊員が多く、根性と汗と涙を友にしている系なので、あまりオススメできなかった。


(まぁ、SSRとSSRのカードの隣にデッキによってはノーマルカードがついてくることもあると思うしか)


 猫宮が兎田山に手を振ると、クラスの男女がザワっと色めき経つ。


「なんだ今のは!お前いつの間に猫宮さんと知り合いに?」

「うだちん、学年一の美少女とフラグたってんの?やばー!」

「いえいえいえ、そんなのじゃないですよ。多分ただのファンサかと」


 同じクラスである犬丸の顔色を伺ったが、その顔は表情筋はぴくりとも動かなかった。

 迂闊に話しかけようならジャーマンスープレックスをかけられそうな雰囲気は、デフォであるが。


 スマホにメッセージが届き、開くと「ファンサとか訳分からねーこと言うなボケ」と犬丸の遠隔ツッコミだった。


(なんか、少しずつ変わってきてる……?)

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