「最近、ヒロキくんが遊んでくれないの」
放課後、一人帰ろうと校門を出た雪弥の前に現れた小さな男の子は、そう言ってしゅんと下を向いた。
小学六年になった
子ども会の地区リーダーといっても、その役割のほとんどが、町内で行われる子ども会の行事で、参加している小学生たちを地区別に取りまとめたりする程度である。しかし何を思ったのか、同じ夕暮れ地区の子どもたちは、何かにつけて地区リーダーである雪弥に『困り事』を持ちかけてきた。
やれ『〇〇くんとケンカをした』だの『△△くんに意地悪される』だの。果たしてこれは地区リーダーの仕事か? と思うようなことも多かったが、自分が出ていくだけで人間関係のあれこれはあっさり解決することが多く、下級生に頼られるのも悪くはないものだ、と雪弥は少しばかりいい気になっていた。
そんな折にやってきたのが、この『困り事』である。
「……ええっと、ヒロキって、四年生の
太陽がオレンジ色に近づき始めた時間。学校の校門を出てすぐの場所で、自分を待ち構えていた男の子──黒いランドセルに黄色い交通安全カバーを掛けているので多分一年生と思われる彼は、雪弥の出した名前に小さく頷く。
自分に相談しにきたということは、夕暮れ地区の児童なのだろうと思いついて言ったのだが、正解だったらしい。
「そっか、ええっと、君はなんて名前だっけ?」
「……ぼく、三島勇太」
名前を言われ、雪弥はこんな子いたかな? と首を傾げる。夕暮れ地区にはもちろん一年生もいるが、一年生は小学校に入学して初めて顔を見た子ども達ばかりで、地区リーダーに就任して間もない雪弥は、まだ全員の名前と顔が一致していない。とはいえ、相談相手のことといい、この子もきっと夕暮れ地区の子なのだろう。
咳払いを一つして、雪弥は勇太に問いかけた。
「勇太は、広樹とよく遊んでるのか?」
小さな手で大きなランドセルの肩紐をギュッと握る勇太は小さく頷く。
「じゃあ、遊んでくれないっていうのは、無視されたりとか?」
これには首を横に振った。
「……なんか『忙しいから』って、遊んでくれない」
「うーん」
雪弥は腕を組んで考える。
夕暮れ地区に住む小倉広樹のことは、顔と名前をよく知っている児童だ。というのも、彼の母親が雪弥の母と同じ病院で同じく看護師として働いており、母と一緒に買い物に行くと、会うことも多いからである。
しかし『忙しい』とは、どういうことだ。
もし広樹が塾や習い事を始めた、ということならば、母親経由で話を聞くこともあるはずだが、そんな情報は今のところない。
雪弥が首を傾げているのを見て、勇太はおずおずとこう言った。
「なんか『アサハラさんの家』に、行ってるみたいなの」
☆
「『アサハラさんの家』?」
「うん、
「あー……うん、一応は」
お風呂上がりの髪を乾かしてくれている
天崎肇は雪弥の家のお隣に住んでいる、幼馴染で大学生のお兄さんである。天崎家と瀬尾家は家族ぐるみで仲が良く、雪弥の家が父は単身赴任中、母は夜勤の多い看護師をしており、大人が誰もいないことの多い家、ということもあって、夜は時々こうして肇の家に泊まらせてもらっているのだ。
今日も母が夜勤でいないため、雪弥は天崎家で夕飯を一緒に食べ、お風呂もいただき、肇の部屋で一緒に寝るので、その支度をしている最中である。
「『アサハラさんの家』は、月夜地区の外れにある、空き家のことだよ」
髪を乾かすのに使っていたドライヤーを片付けながら、肇がそう言った。
「空き家?」
「そう。僕も詳しくは知らないけど、そこで人が死んだとかいう噂もあって、心霊スポット的な場所になってるんだって」
「へー、誰が死んだの?」
「し、知らないよぉ」
雪弥よりも大きな身体の肩をすくめて、肇が情けない声を上げる。その様子に、雪弥は呆れたように息を吐いた。
「……なるほど、そういう場所なら肇兄は詳しくないよね」
「話聞くだけでも怖いもん!」
二十歳を超えた大学生でいい大人だというのに、肇は怖い話が大の苦手なのである。テレビで怖い番組なんかがある時は、小学生の雪弥の背中に隠れるほどだ。
「んー、空き家ってことは、やっぱり人が入っちゃいけない場所、だよね?」
「まぁそうだね、老朽化もしてて危ないだろうし。でも、そこがどうかしたの?」
「夕暮れ地区の子が、そこで遊んでるらしいんだよねぇ」
「えっ」
腕を組んでため息をつく雪弥に、肇は驚いた声をあげる。肇は雪弥が地区リーダーとなり、日々同じ地区の子ども達から『困り事』を持ちかけられているのを知っているからだ。
「それはちょっと、マズいね」
「うん、隣の地区だけど、入っちゃいけない場所を遊び場にしてるんなら、注意しなきゃなぁ」
「……地区リーダーも大変だね」
「まったくだよ、もー」
そう言いながら、雪弥はベッドの上に寝っ転がる。
明日サブリーダーと一緒にどうするか相談をしなければ。
そんなことを考えながら、雪弥は目を閉じた。
☆ ☆
翌日の昼休み、雪弥は夕暮れ地区のサブリーダーで別クラスにいる
「アサハラさんの家は『一家心中』のあった家なんだ」
虎太郎の話によると、父、母、男の子、女の子の四人家族で住んでいたのだが、ある日突然両親の働いていた会社が倒産し、将来を悲観した両親は、子ども二人を道連れに、あの家で四人一緒に亡くなったらしい。
「月夜地区の子どもたちの間では、すごく有名な場所だよ」
おっとりとした口調で言う虎太郎と対照的に、雪弥と遥斗は背筋をぞくぞくさせながら聞いていた。
「なんか、心霊スポットになってるって聞いたけど」
「らしいね。でも、その廃屋でお化けが出るって話は聞いたことないかな」
ずれた丸いメガネを小さくあげながら、虎太郎が言う。
「でも、老朽化してて危ないから、近寄っちゃダメって言われてる」
「で? そんな場所に、夕暮れ地区の四年生が遊びに行ってるんだって?」
虎太郎の話に頷きながら、遥斗が雪弥に尋ねると、雪弥は腕を組んだ。
「らしい。そこに行くので忙しいから、遊んでくれないって言われたって」
聞けばその廃屋は、人の寄りつかない、地区の外れにあるらしいし、もしかしたら秘密基地にでもしているのかもしれない。そこの整備で忙しいのであれば、理由もなんとなく納得できる。
もしかして老朽化で危ない場所だから、一年生の勇太にはついてこないように言っているのだろうか。
しかし、こればかりは広樹に聞いてみなければ分からない。
「広樹くんに、一度聞いてみようか」
「そうだな」
教室の時計を見ると、昼休みが半分は過ぎている。
「じゃあ、その一年生も一緒に行ったほうがいいんじゃない?」
「あっ、クラス聞くの忘れた」
名前は聞いたが、学年もクラスも聞き忘れた。黄色い交通安全カバーをランドセルにつけていたので一年生というのは分かるが、銀星小学校はひと学年に六クラスもあるので、探して回るには少し時間がかかる。
「抜けてんなぁ」
「時間ないし、ひとまず広樹くんに確認してみよう」
「そうだな」
雪弥は二人と一緒に校庭へと向かった。
昼休みの校庭は、思い思いに遊ぶ児童でいっぱいである。
ぐるり見回していると、広樹は校庭の端で数人のクラスメイトと一緒にサッカーボールで遊んでいたので、わりとすぐに見つかった。
「おーい、広樹!」
「あ、リーダー!」
呼びかけながら近づくと、広樹がすぐに気付いて手を振る。以前は『雪弥兄ちゃん』と呼ばれていたのだが、地区のリーダーになってからは専ら『リーダー』と呼ばれている。
──ん? あれ?
広樹を近くで見た雪弥は、なんだか違和感を覚えた。彼は四年生のわりに背が高い方で、体格もいい児童であったはず。
それがなんだか以前より少し、痩せているような気がするのだ。
──気のせい、か?
ここ最近は子ども会での活動がなく、母親の買い物にも一緒に行っていない。広樹本人にこうして会うのは久々ではあるし、成長期の小学生は体型が変わりやすい。それにしたって、変わりすぎのような……。
「リーダー、何か用?」
「あ、ええっとな」
雪弥はハッとして改めて、月夜地区の外れにある、廃屋へ行っているのかどうかを本人に聞いてみた。
「『アサハラさんの家』? どこそこ?」
「えっ?」
「月夜地区の外れにある廃屋だよ。本当に行ってないのか?」
「そ、そんなとこ、行ってねーし!」
遥斗に聞かれて、広樹がそっぽを向いて答える。
しかし、雪弥は広樹が嘘をつく時、視線が右斜め上に向くのを知っていた。今も、ぷい、と横を向いた目が右斜めを必死に見ている。
「……本当に行ってないのか?」
雪弥がぐぐっと顔を近づけて問い詰めると、観念したのか、広樹は周りのクラスメイトたちと一緒に、少しバツの悪そうな顔をした。
「……『アサハラさんの家』かどうかは、知らないけど」
「月夜地区の廃屋を見に行ったことは、ある」
そう言って、しょぼくれたように四年生達が下を向く。
雪弥は深いため息をついた。
「じゃあそこを秘密基地にして、遊んだりしてるのか?」
そう聞いた雪弥に、四年生たちは一斉に首を横に振る。
「そ、それはしてない!」
「だって怖かったし……」
「一回、見に行っただけ!」
口々に言う彼らは、嘘を言っているようには見えない。
では、あの一年生が言っていたことはなんなのだろう?
──やっぱり、実際に行ってみたほうがいいな。
嘘をついてるにしても、確認はしたほうがよさそうだ。
「まーとりあえず。あそこは危ない場所らしいから、もう行くなよ」
雪弥が言うと、四年生たちは「はい!」と、きちんと返事を返す。
すると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったので、雪弥たちは一緒に教室のある校舎へと戻った。
☆
「本当に行くのぉ〜?」
「ちゃんと確かめないと、あいつらが嘘言ってるかもしれないだろ」
「場所分かるの虎太郎だけなんだし、頼むよ!」
放課後、雪弥は遥斗と一緒に虎太郎の案内で、問題の『アサハラさんの家』を見に行くことにした。
月夜地区は銀星町の外れのほうにある一帯の地区で、なかでも『アサハラさんの家』は隣の
町の顔で
敷地の草は荒れ放題、玄関や縁側の窓も朽ちて開けっぱなし。まだ夕暮れには早い時間だが、廃屋の内側は、不気味なまでに黒い影を落としている。
「……よし、いくぞ」
雪弥を先頭に、三人は恐る恐る雑草を掻き分け、開け放されたままの玄関へと近づいた。
廃屋の内側は、壁紙がめくれて穴が開き、一部の天井板が崩れたのか床に散乱している。床板もところどころに穴が空いていて、二階へと通じる階段の踏み板はとっくに朽ちて無くなっていた。
「おじゃましまーす」
小さな声でそう言って、靴のまま中へとあがる。歩くたびにギシ、ギシ、と床板が鳴った。
「思った以上にやばいな」
穴の空いた廊下の隙間からは、雑草が逞しくも顔を覗かせている。下手をすれば踏み抜いてケガをしてしまいそうだ。
こんな場所をもし遊び場にしているのであれば、大人に告げてでも辞めさせなければ。
三人が慎重に奥へと進んでいくと、何やら人の話し声が聞こえてきた。
「えっ、えっ、なに?」
「……シッ!」
怯えた声を上げる虎太郎に、雪弥は唇に人差し指を当てて制す。
奥の居間になっている辺りから聞こえるようだ。
「……そう、それでさぁ」
男の子の話し声。笑いを交えながら、親しい誰かに向かって話しかけているようだった。しかし相手の相槌や返答は聞こえない。
慎重に廊下を進み、朽ちて穴だらけになった障子戸の陰から、居間と思われるそこをそっと覗く。そこにいたのは──。
「……そうなんだよ、バカでしょ〜? でさぁ、」
見覚えのあるTシャツに半ズボンを着た男の子──広樹が、腐った畳の上に座り込み、天板の割れたちゃぶ台に肘をついて奥に向かって話しかけていた。
広樹が顔向けた先には誰もいない。しかし、それはまるでその向こうに、母親か誰かがいるような話し口調。
「広樹!?」
雪弥は慌てて障子戸を開き、中へ入った。
「お、お前! 何やってんだ!」
「……あれぇ、リーダーだぁ。どうしたのぉ?」
どこかぼんやりした顔で、広樹がゆっくりとこちらを見上げる。
その目の焦点はゆらゆらと定まらず、まるで夢でも見ているかのようだ。
このままにしてはいけない。
「……帰るぞ!」
「帰るのぉ?」
雪弥はまだどこかボーッとしている広樹の腕を掴んで引っ張った。しかし、広樹は動くどころか、立ち上がろうともしない。一緒にいた遥斗と虎太郎にも手伝ってもらい、三人がかりで広樹を引き摺り出すようにして、空き家から脱出した。
☆
「それはまた、大変だったねぇ」
雪弥にことの顛末を聞いた肇が、眉を下げて労った。
あの後、虎太郎は地区会の大人の人に報告しに行くからとあの場で別れ、雪弥と遥斗はまだ心ココに在らずといった広樹を夕暮れ地区にある自宅まで送っていった。
その後雪弥は、今日も母が夜勤のため、天崎家へとお泊まりに来た次第である。
「月夜地区のオトナの人が、中に入れないように今度色々してくれるってさ」
「そっか、それなら安心だね」
天崎家で夕飯を食べてお風呂に入っている間に、虎太郎からスマートフォンに報告のメッセージが来ていた。半ベソをかいたままの虎太郎が、そのまま報告に行くと言っていたので、地区会の大人もきっと彼の様子にただならぬものを感じたことだろう。
「……アイツ、あそこで何してたんだろう」
昼休みに話を聞いた時、一度行っただけだ、と言った広樹は嘘をついているようには見えなかった。けれど、廃屋でのあの様子は、普段からよく出入りしているとしか思えない。
肇に髪を乾かしてもらい、ベッドに横たわっていると、不意に雪弥のスマートフォンが振動する。
なんだろうと見てみると、虎太郎からのメッセージだった。
《まずい! ヒロキくんがアサハラさんの家に向かってるかもしれない!》
「はぁ!?」
普段から虎太郎とよくメッセージのやりとりをしているという子が、塾からの帰り道で一人ふらふらと月夜地区のほうへ向かう広樹を見たらしい。
顔見知りなので話しかけてみたが、上の空で変だったので、虎太郎に教えてくれたのだそうだ。
時計を見れば、小学生が一人で出歩いていい時間ではない。
「肇兄、一緒にきて!」
「え〜〜〜〜!」
「……肇兄はオレが補導されてもいーのかよ」
「それはダメェェェ!」
肇は雪弥に半ば脅されるかたちで、しぶしぶ一緒に月夜地区へと向かった。
☆
夜の廃屋は、この周辺だけ街灯がついておらず、放課後に見た時よりもいっそう暗くて雰囲気があった。
外から見る限り、人の気配はない。
しかし、一人でふらふらと呼びかけにも応じず歩いていたというなら、放課後の様子も考えるに、広樹はここにいる可能性が高い。
「よし、いこう」
懐中電灯をもった小さな雪弥に、大きな肇がへっぴり腰で後ろにくっつき、朽ち果てた玄関の中へと入っていった。
辺りを強い光で照らし、朽ち果てた床の穴に気を付けながら、奥へと進む。
放課後、広樹が寛いでいた居間らしき場所を最初に見てみたが、誰もいなかった。居間のさらに奥のほうを懐中電灯で照らすと、そこは台所になっているようで、曇り切ったステンレスの流し台が、柔らかく光をはね返してくるだけである。
雪弥と肇は顔を見合わせてから、口に手を添えて声を上げた。
「おーい、広樹ぃ」
「ひ、広樹くーん」
呼びかけても、暗い屋内に声が響くだけで、特に反応はない。
二人は何度か呼びかけながら、居間の奥の台所、寝室、風呂場など、一階部分を隈なく見て回る。しかし、広樹は見つからなかった。
広樹が向かった場所は、ここではないのだろうか?
夜も深い時間になり始めている。
「ゆゆゆ、雪弥くーん。広樹くんもいないみたいだし、帰ろうよう」
相変わらず雪弥の後ろにくっついて離れない肇が、ついに情けない声を上げた。
「うっさいなぁ、どこかに隠れてるかもしれないだろ! 肇兄も探してよ!」
「ででで、でもぉ」
人の死んだ場所に、こんな時間にいるという恐怖が、肇にはそろそろ限界らしい。
その時だった。
不意に奥のほうで、ガターンと何かの倒れる音。
「ヒィ……!」
「ほら、行くぞ!」
怯える肇を引っ張りながら、音のした方へと急ぐ。
腐り切った畳の敷かれた寝室のような部屋の奥に、きっちりと閉じられたボロボロ襖。
まだ見ていなかったそこを、雪弥は勢いよく開けた。
「あっ!」
部屋の奥には褪せた金塗りの仏壇。
そしてその前で、探していた広樹が小さく呻きながら倒れていた。
「広樹!」
急いで駆け寄ると、広樹の首にはロープのようなものが巻き付いていて、それが途中でぶっつり切れていた。すぐ近くには小さな椅子も倒れている。
まるで首を吊ろうとしたが、ロープが切れて失敗したかのようだ。
雪弥が抱き起こしながらロープを外すと、広樹がゲホゲホと咳き込み始める。ひとまず大丈夫そうだ。
「よかったぁ」
「あ、きゅ、救急車! 救急車呼ばなきゃ!」
安堵したのも束の間、ハッとした肇が、慌ててスマートフォンを取り出し、救急車を呼ぶ。
その夜、月夜地区の一画は赤い光とサイレンで、騒然となった。
☆ ☆
「昨日は大変だったらしいな、雪弥」
「本当、参ったよ」
翌日の中休み、別のクラスの虎太郎と遥斗が教室に遊びにきたので、昨日の夜の顛末を二人にも報告した。
「ボクも行きたかったんだけど、親に止められちゃって……」
「気にすんなよ、遅い時間だったし」
虎太郎も月夜地区での出来事というのもあり、雪弥に広樹のことを教えた後、家を抜け出そうとしたが、母親に見つかってしまったらしい。
「雪弥は親といったのか?」
「ううん。肇兄の家にいたから、肇兄と一緒に行った」
「それって、めっちゃ怖がりな大学生のお兄さんだよな?」
「よく一緒に行ってくれたね?」
遥斗も虎太郎も、雪弥が両親の都合でよく天崎家に泊まっていることを知っているし、肇のこともよく知っていた。だからこそ、心霊スポットにもなっている場所によくあの怖がり大学生を連れて行けたものだ、と不思議に思っていたのだろう。
「オレが補導されるのと、どっちがいいか? って聞いたら一発よ!」
「……肇お兄さん、可哀想」
にこやかに言う雪弥に、虎太郎が同情のため息をついた。
「あ、そうそう。広樹と一緒にあの家を見に行った他の四年生に、もっと突っ込んで話を聞けたんだけどさ」
遥斗は今朝学校に来る途中、通学路で四年生たちと一緒になったので『アサハラさんの家』を見に行った時のことを詳細に聞けたらしい。
四年生たちの話によると、彼らは見に行った際に、廃屋の中を細かく探索したのだそうだ。半数は怖くてすぐに帰りたがっていたそうだが、残りの半数は全く怖くないと言って、廃屋の中で終始ふざけていたという。
「その時に広樹は、居間にあったちゃぶ台の前に座って、手を合わせてご飯食べるフリとか、おままごとみたいなことしてたんだって」
「……そっか」
もしかしたら、広樹はそのせいであの家の『家族』にされていたのかもしれない。
居間でくつろぎ、台所に向かって話をする様子は、帰宅した子どもが親に今日あったことを話すそれにソックリだった。
「月夜地区の会長さんがこっそり教えてくれたんだけど、あの一家は、みんな首を吊って死んじゃってるんだって」
それも、奥にあった仏壇のある部屋で、家族四人が並んで死んでいたらしい。もしかしたら、一家心中した家族が広樹を仲間に、『本当の家族』にしようとしていたのかもしれない。
広樹の両親も共働きで、ここ最近は帰宅も遅く、自分の息子が毎夜家を抜け出していたことに、気付いていなかったようだ。
当の広樹は、大きな怪我はなかったものの、念の為しばらく検査入院するらしい。入院先は、広樹の母と雪弥の母が共に働いている病院である。
「あ、結局あの廃屋はどうなるんだ?」
「さすがにケガ人が出ちゃったからね。会長さんが早々に取り壊すための手続き始めるって」
「なら、大丈夫そうだな」
今後また同じようなことが起きてはいけないと、大人もようやく重い腰を上げたらしい。取り壊して更地にした後は、駐車場にする予定なのだそうだ。
「……あ、勇太にも報告しなきゃな」
雪弥は広樹の異変を教えてくれた、一年生の男の子を思い出していた。また遊びたいと言っていたのに、入院することになったから、もうしばらくは遊べないことも伝えなければ。
昼休み、雪弥は遥斗たちと一緒に一年生の教室がある階へ行き、今回の発端でもある『三島勇太』を探した。
しかし、誰に聞いても「そんな子、知らない」と言われてしまい、まったくもって見つからない。
これは妙だと思い、虎太郎の提案で先生に聞いたらどうかと職員室へ向かった。
しかし。
「一年生の三島勇太? うちの学校にそんな子いないぞ?」
「えっ!?」
一年生を受け持つ先生達に言われてしまい、雪弥は遥斗や虎太郎と頭を突き合わせた。
「……どういうことだ?」
「もしかして、違う小学校の子だった、とか?」
言われてみれば、確かに最初声を掛けられたのは、学校の外。銀星小学校の前で話しかけられたのだから、てっきり同じ学校だと思ったのだが、違う学校の可能性がないことはない。
「うーん、でも違う学区の一年生が、わざわざ来るとは思えないし」
「違う学区なら、オレが地区リーダーなのも知らなくない?」
「だよなぁ……」
なにせ三島勇太は、夕暮れ地区の広樹のことを、地区リーダーの雪弥に『困り事』として相談してきたのだ。同じ学校の児童でなければ、同じ地区に住んでいる者でなければ、その発想にまずはならない。
雪弥と遥斗がうーんと頭を捻って悩んでいると、虎太郎がものすごく言いづらそうに、口を開いた。
「……あ、あのさ。実は、アサハラさんの家って再婚同士の夫婦、だったんだって」
それぞれに連れ子がいて、再婚をした夫婦。
亡くなった一家には、小さい男の子がいたが、その子は確か、小学校に上がったばかりで──。
そこまで考えて、雪弥は頭を掻きながら、深い息を吐く。
「……調べるのは、やめよう」
雪弥の言葉に、遥斗と虎太郎も頷いた。
男の子の名前は、果たしてなんという名前だったのか。
答え合わせはしないことにした。