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第17話 その顔はまさしく

「てめぇら! なんの手柄も持ってこねぇで帰ってきたってのか!? お人形相手にボコられてか!? なんのための装備なんだよそれはよぉ! おい!」


 サイモンはそう怒号を浴びせながら、床に座り込んだ手近な男の胸ぐらを掴み上げた。


 コンバットスーツを着た状態での総重量は100キログラムを超える。だが、サイモンにはそれを片手で持ち上げるほどの力があった。ヘクス原体を移植した体は、それほどの身体強化を行える。


「ぐっ……! あれはただのオートマトン集団じゃなかった! 勝てるわけがない!」


 恫喝される男は苦しそうに言い訳をする。


「だから言っただろうが!? スペンサーんとこをやれる奴がアタマだってよ!」


 男たちには事前に、スペンサーを殺した女の話はしておいたはずだ。取り巻くオートマトンも武装をしていることも織り込んで、サイモンがそれらをダウン。複数個所から侵入する作戦だった。


 それが、ほぼ全滅。


 人間が13人、オートマトンは30体以上が破壊された。フロイドの部隊に至っては帰ってきた者はいない。


「違ぇ! 金髪のオートマトンだ! 軍用の特別仕様がいるだなんて聞いてねぇぞ!」


「ピンク頭の小さいやつもだ! 弾が当たらねぇんだぞ!? こっちのオートマトンが手も足も出なかった!」


 男の後ろから、続々と声が上がる。彼らは全員がどこかしらに怪我を負っていて、どうにかここまで逃げてきたという様子だ。治療が済んでいないのか、その場に倒れ込んでいる者もいる。


 完全な敗北だ。

 その原因が命じた自分にあることをサイモンは徐々に実感する。相手には碌な戦力がないと、高を括っていたのだ。


「くそがッ! くそがくそがくそがぁぁぁ!」


 サイモンは怒りのまま、そばにあった椅子を蹴り飛ばす。革張りの重い椅子がピンポン玉のように吹き飛んで派手な音を立てた。

 だが、周囲はその様子を静かに見守るだけだ。普段ならば誰もがサイモンの力に息を飲むはずが、男たちは何も感じていないようだった。


 男たちはそれ以上の恐怖に晒されてきた――うつろな目がそう語っている。


「チッ……!」


 このまま男たちに当たり散らす意味はない。頭に血が昇った状態でもそう理性が判断して、サイモンは部屋を出た。

 すると、タッカーがついてきて、タブレット端末を差し出してくる。


「リーダー……こいつを見てください。フロイドが死ぬ間際に送ってきたらしいんスけど……」

「あぁ?」


 サイモンは端末を乱暴に奪い取ると、その動画を再生した。


「な、なんだ……なんだってんだこりゃ……」


 サイモンの指に思わず力が入り、画面にヒビが入る。


 そこには、地獄が映っていた。

 安いスプラッタ映画のように吹き出る血とフロイドたちの叫喚。生きているか死んでいるかなど関係ない。ひたすらに人体を壊すことを目的とした暴力がそこにあった。


「こいつら……なにをされた……? ヤクでもやってたのか?」

「フロイドがっすか……? 考えられないっすね……」


 タッカーに投げた問いに、サイモンは自分でも同じ答えを出す。

 送り主のフロイドは元軍人だ。荒事担当の中でも特に信用できる男だった。だからこそ、主力の部隊を任せていたのだ。


 それが敵の反撃ではなく、同士討ちで全滅したことをサイモンは信じることができなかった。


 こんなもの、集団幻覚か何かでなければ説明がつかない。戦闘前に恐怖をなくすための薬を過剰摂取でもすればこうなるかもしれないが、フロイドに限ってそれはないと断言できる。


 サイモンは薬……と思い浮かべて、先日ここに逃げてきたスペンサーの部下を思い出した。

 あの男も、目の前のサイモンを無視して別の何かに怯えていた。それこそ狂ってしまったかのように、地べたに頭をこすりつけて。


「……? おい、こいつ……」

「なんすか?」


 その時、サイモンは動画に映るそれを気づいた。一瞬だけ、黒いコンバットスーツの男たちの隙間に見える赤い何か。


「よく見えないっすね。ズームしてみますか」

「あァ」


 タッカーに端末を操作させる。映り込んだその部分で停止し、拡大された画像を見た。


「女……?」


 そこには二人の女が映っていた。赤いものは片方の女のものだったようだ。失神しているのか、もう一人の黒髪の女に腕を引っ張られている。黒髪の方は片腕の欠損からして、オートマトンだろう。


 だが、この二人はここで何をしている? なぜフロイドたちはこの女を気にかけずに殺し合いをしている?


「おい、これもっとハッキリしねぇのか」

「できるっすよ。こうして――」


 これだけでは状況が読み取れない。いまだ荒い画像の解像度をタッカーが引き上げた。


「――う゛っ!?」


 サイモンは身の毛がよだつ感覚に襲われ、声を上げる。


「こいつだ……! こいつがフロイドたちをやったやつだ……!」


 腕を引っ張られている赤髪の女は失神などしていない。



 ――笑っていたのだ。



 血にまみれた惨状を前に、こちらを見据えて、口端を吊り上げてほくそ笑んでいる。愉しんでいる。


 この女がフロイドたちを殺したに違いない。サイモンは映像の1フレームを抜き出しただけの画像で、それを確信していた。


 理由や方法など、論理的な要素は必要ない。直感だ。

 獣に睨まれた瞬間の敵意――いや、狂人が不意に向けてきた視線から感じる、純粋な悪意だろうか。


 赤髪の女の視線は、この1フレームを見つけ、抜き出した人間に向けられている。まさしく、この女は

 サイモンはそれを感じ取っていた。


「こいつが悪魔かよ……! い、いい……! いいじゃねぇか……!」


 恐怖と同時に、奥底にある欲望が沸き上がる。

 人間のものとは思えないほど美しく、蠱惑的な微笑みに、サイモンは心惹かれていた。


 その顔はまさしく悪魔そのものだったのだから。

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