俺は目が覚めた。知らない天井だ。……一度言ってみたかったセリフだ。いつか言ってやろうと思ってた。
目覚めたのはいいが、どうやらここは病院のようだ。俺の身体に線がつながってる。えーっと、コード?
少し離れたところでモニターが波形を表示していた。えーと、あれ。血圧計と……なんだっけ。心臓のどきどきを……そう、心拍計!
(ピッピッピッピッピッ……)
定期的に電子音が聞こえる。俺のベッドは特別製らしい。なんかカプセル的に透明ガラスのドアがあった。カプセル自体がベッドになっていて、跳ね上げ式のドアは手で軽く押すとそれに合わせて機械が作動するみたいで引っかかることなく開いた。
残念ながら、周囲に誰もいないので状況は分からない。普通の病院と思ったらこんなカプセルなんて見たことないことからちょっと異世界感を感じて楽しんでいた。ちなみに、ナースコールはない。
腕に付けられたコードはバンドで張り付けてあるだけみたいなので取り外した。
(ピ-----)
モニターの電子音の音が変わった。ピッピッからピー……断続から継続に。患者に何あったと看護師が飛んできそうだけど、誰も来ない。
スタートが病院だったから、美人看護師さんに囲まれて、キャッキャウフフを想像したのに一人もいないとか! どうなってんだ! 責任者出てこい!
この場合、神様なのか!? 女神なのか!? 手違いで異世界に転生させてしまったとか、言い訳くらいあるだろう! 転移なら名物暴走トラックが……。いや、トラックはちょっと記憶にあるかも!?
俺はゆっくりとベッドから立ち上がった。床にはスリッパもない。裸足で床に足をつくと、冷たかった。
見るからに病院的な設備なのに、見たこともない機器。明らかに普通じゃない。いよいよ俺は異世界を意識した。
そして、俺は病室から外に出てみることにした。それで病院の誰かが来たら、それはそれでOKだろう。俺が目覚めたことを伝えることができるのだから。
病室のドアには取手が無かった。その代わり、取手があるべきところに手のひらのマーク描かれていた。こういうの分かりやすいな。絵……イラスト……形で伝えるの……ピクトグラム! そうピクトグラムだ。
手をかざすと音もなくドアは開いた。もー完全に違う。俺の知ってる世界とは違う進化を遂げたパラレルワールドだよ。取手ではなく、手をかざすだけで自動的に開くドアだもの! 腹の底から高揚感が沸いた。
俺は今、異世界にいる!
ドラの外はあ期待通りに廊下が見えたのだが、あいにく明かり……明るいやつ……ええと、照明は消えていた。非常灯だけが静かに灯っていた。
■病院の外
結局、病院には誰も人がいないようだ。警備の人……守衛さんならいると思って玄関まで出て来てしまったけど、誰もいなかった。守衛室にはたくさんのモニターが映し出されていて、病院の出入口、廊下などの映像があった。
でも、どれにも誰も映ってない。いよいよ異世界か。廃病院ならいざ知らず、稼働している病院に人がいないとかあり得ない。いよいよ「アレ」を試すか。アニメとかを見てずっと憧れていたやつ!
「ステータスオープン!」
俺は右手を肩の高さまで上げて、手のひらを開きそう唱えてみた。もちろん、顔はキリッとしてた。
「……」
病院の薄暗い守衛室は静寂のまま何も変化はなかった。俺だけに見えるステータスボードは出てこなかった。
もし、誰かいたらめちゃくちゃ恥ずかしいとこ。そこら中を転げまわって額から噴水のように血が出るところまでやってしまうところだった。
ステータスボードは出てきて、出した俺が驚くまでがセットだろうに!
どうやら、チュートリアルが終わっていないのでまだ解禁されていなかったらしい。あ~恥ずかしかった。誰もいなくても恥ずかしかった!
外を見ると明かりが見えた。すぐ隣の大きな建物は……学校だ。改めて自分の服を見ると病院服ではあるけれど、どこかがはだけていたりすることもない。ちょっとおしゃれなパジャマ程度。これなら外に出ても大丈夫だろう。大丈夫だ。恥ずかしくない。俺の中の羞恥心がそう答えている。
俺は学校の方に進み、塀の穴から学校の敷地内に入った。こんなに都合のいい穴が空いてるなんて完全に作られた世界だ。
今からでも神様か女神様、出てきて言い訳してもいいんだよ? むしろ出てくるのを期待してますよ!?
……出ないみたいだから、進むことにした。裸足だし、ケガをしないように注意しながら進んだ。
■学校の敷地内
目が覚めたとき病院だったからホラー物の世界観かと思ったけど、何も起こらなかった。よかった、よかった。
いくら美人でもゾンビの女の子とのいちゃいちゃはいただけない。女の子とはやわらかくなくてはいけない! ゾンビ彼女は触ると腐った汁とか飛び出してきそう。そんなのが手に付いたらトラウマものだ。
それに、俺は銃も斧も持ってない。丸腰なのだ。なんか出てきたらすぐにゲームオーバーだった。あぶない、あぶない。
忍び込んだ学校の建物内には明かりが見える。そして、廊下を歩く人影も見えた。
しめた! ようやく「第一異世界人」との遭遇だ。
「誰だ!」
進み始めたらすぐに突然、懐中電灯の明かりを向けられ声をかけられた。守衛さんか!? でも、若い女の声だったな。
俺は両手のひらを頭の高さまで上げて敵意がないことをアピールした。
怪しいもんじゃない……そう言おうと思ったら声が出ない。そのかわりに、喉が詰まっていたみたいで咳が出た。病院のときからしゃべってなかったわ、俺。うずくまっていると、懐中電灯の主が近付いて来た。
「大丈夫か!?」
俺は軽く手を上げて大丈夫をアピールした。それでも咳が止まらなかった。
「すまない。驚かせて。もう大丈夫だ」
そういいながら地面に座り込んだ。目から涙が出るほど咳き込んでしまった。我ながら情けない。
「人間……なのか?」
さすが異世界。こんな質問をされたのは生まれて初めてだ。「人間か?」と問うということは、人間以外で人間みたいに振る舞うやつがいるってことだ。仮に友達が「今は何年の何月だ!?」って聞いてきたら、そいつはタイムトラベルしてやって来たに違いない! つまりは、そういうことだ!
あと、彼女は日本語が通じる。世界でもかなり特殊な言語である日本語が異世界で通じるってのは予てから都合が良すぎる設定だと思っていたけど、今はありがたい。俺も日本語で答えるぞ!
「もちろん、人間だ」
俺はそう言いながら懐中電灯の主を見ると、それはセーラー服を着た少女だった。歳の頃なら15~16歳ってところか。
顔立ちはかなり整っている。これが俺のヒロインになる存在だろうか。それならだいぶかわいいな。それなら、望む展開だ!
「何か持ってるか?」
彼女はぶっきらぼうに訊いた。食料や物資ってことだろうか。
「いや、残念ながら何もない」
俺は両手を広げて武器はもちろん、食料もないこと、靴すらないことをアピールした。なんなら、服は病院服でペラペラだ。武器を隠し持っていないことも一目瞭然だろう。
「こっちにこい」
彼女は持っていた棒をクイっと建物の方に動かした。見逃していたが、彼女は武器を持っていたようだ。変に抵抗しなくてよかった。いくら少女でも棒を持っていたら丸腰の俺ではすぐに負けていただろう。
俺は言われるがままに彼女に付いて行った。どうやら彼女は学校の建物の中に入っていくようだ。
学校の建物……校舎もあの扉だった。手をかざすと自動的に開くヤツ。異世界ではこれが主流なんだな。少女が中に入っていった。俺もそれに続いた。
「なあ、名前は?」
「黙れ。上で訊く」
取り付く島もない。あまり歓迎はされていないようだ。でも、持っている棒で百叩きにされないことから攻撃的でもないらしい。これはその「上」に付いて行くしかない。
ゆくゆくは彼女とラブラブになったりするのだろうか。名前も知らない目の前の少女は中々かわいかった。物語でいえば、第7話くらいで入浴シーンがあったりするのだろうか……。俺はそれをエアチェックではなく、リアルに拝めると……。これは期待大だ!
何の変哲もない普通の廊下を歩き、階段を上って4階まで来た。1階から3階までは廊下の全て電気が消えていたのだけど、4階だけは廊下の電気がついていた。外から見たのはこの明かりだったようだ。
廊下を歩いて行く。止まらずに歩きながら電気の消えた教室をのぞくと中には段ボール箱がいくつも見えた。缶詰も見えたので食糧庫なのだろう。別の部屋にはブランケットが畳まれて積まれているのが見えた。ここに住んでいるのか!?
「入れ」
その部屋を通り過ぎ、隣の部屋の前に来た頃だった。少女から棒である教室の中に入るように指示された。俺は逆らわず、ドアに手をかざし扉を開け中に入った。
室内が一瞬ざわついた。俺も驚いた。教室の中には机などはなく広い空間になっていたが、そこにJKが30人はいたのだ。みんな一様に制服を着ている。
「何だ!?」
「待て! 俺は敵じゃない!」
俺は両手を上げて敵意がないことを示した。
「外にいた。珍しく人間だ」
俺の背後からさっきの少女がJKの集まりに対して言った。
髪の長い少女が長い棒を持って俺の方にツカツカと歩いてきた。そして俺の顔を見上げた。その勢いに押されて、俺は少し仰け反ってしまった。
「オス……か? こいつ」
酷い言い方だ。まあ、「オス」だけど。異世界では「男」とか「女」とか言わないのかな?
「やはりか。私もそうだと思った。多分、オスだ」
俺の背後の少女も目の前のロングヘアの少女に同意した。目の前の俺にその会話が聞こえても気にしないんだな。まるで、俺は子犬にでもなった気分で今まさに俺の目の前で俺を値踏みしている会話が繰り広げられている。
「お前、名前は?」
ロングヘアが俺の喉の辺りに棒を突き付けて訊いた。
俺の名前は……いや、ちょっと待て。せっかくの異世界だ。異世界ネームを考えよう。ロッテンマイヤー……いや、違う。ヤマトタケル……和風だな。ジョナサン……ハンバーグが美味しそうだな。これも違う。えーと……
「承太郎だ」
完全に思い付きだ。あまり間が空くのも変だし、今思いついた最も強いキャラの名前を言った。きっとそのうち時間も停められるようになるかもしれない。
「ジョータロー……。私はここのリーダー、キハだ」
「キハ……」
電車みたいな名前だな。JR東日本が開発した気動車で燃料タンクを車両に搭載して走る鉄道車両だ。気動車の「キ」に普通車を引っ張ってたから「ハ」。なんで普通が「ハ」かは知らん。その「キハ」を思い出した。
「そっちはクモハ。サブリーダーだ」
今度は電動かな。運転台付き車両が「ク」で、モーターで「モ」、普通車両を組み合わせて「クモハ」。どこかに電車オタクがいるのか!?
「お前は何をしている? どうしてここに来た? 敵対するなら制圧するが?」
キハが棒を構えてギラリと鋭い視線を俺に向けてきた。
「待て! 敵対などはしてない! 俺は現状が分かってない。あーっと……記憶がないやつ……そう! 記憶喪失なんだ」
そういう設定にしておこう。異世界物の定番……とまではいかないけど、そんなパターンもいくつかは見た。相手の言動から現実に近い異世界ものだ。何かのゲーム世界かもしれない。
「水も食料もないんだ。靴すらない。助けてもらおうと思ってここに来た」
なんとか信じてもらえるように俺は一生懸命話してみた。
「助け……じゃあ、お前は何を提供できる?」
そうか。こんな世界ではギブ・アンド・テイクは俺が知っている世界よりも厳しいのだろう。提供できるものがないと、助けを得ることもできないのか。
「それよりも、ここは……?」
彼女たちはみんな揃って制服を着ている。もしかしたら、1クラスまとめて異世界転移!? 女の子ばっかりだし、女子校の1クラスが異世界にまるごと転移したのかな? そんな都合のいい設定は18禁のゲーム!? いつからここにいるんだろう!?
「ここはガッコウだ。この世に残された最後の場所……」
狭い世界観だなぁ、おい。エロマンガみたいな設定だよ。でも、女の子たちだけでこの校舎に立てこもっているのでは不安だろう。ここは大人の俺が力になれれば……。
「不安だったろう。俺は男だ。力もある。物を運んだり、見張りをしたり、役に立てると思う」
俺は右腕を上げて力こぶを作って見せた。
(ドンッ)「いてっ!」
次の瞬間、俺はキハに蹴り倒されてしまった。
「ふ……こんなのも避けられんとか、どの口が……。第一、そんなガリガリで何ができる」
彼女の口元には蔑みの笑みが浮かんでいた。JKに負けるくらいでは戦闘系は役に立たないということだろう。
「待て! 俺は戦闘系じゃない! 頭脳派なんだ! 俺の知識は生き残りに役に立つ!」
蹴られた腹を押さえながら俺は答えた。情けない話だけど、ここで見放されたら俺はこの異世界で生きていくのは難しい。なにしろ、水も食料もないのだから。
ゲームオーバー待ったなし。死んだら教会からスタートか? そのときは所持金が半分になるんだ。なんか他にもリスクがあったら嫌だ。できるだけ避けたい。
「証明してみろ」
キハとクモハは俺の目の前に棒を突き付けて言った。他のJK達も心なしか戦闘態勢だ。ヤバイ。一刻も早く自分の役に立つぶりを……有用性を証明しないと始末されてしまう。
俺は慌てて室内を見渡した。何か使えるものはないだろうか。
「あれだ! 缶詰を開ける方法を知ってるか!?」
俺は這うようにして缶詰が置いてある教室の隅に進んだ。モーゼが海を2つに分けたみたいにJKの集団が左右に別れた。俺はそのまま進んで缶詰を1個掴んで再び言った。
「か、缶切りが無くても開けられる方法がある!」
手元の缶詰を見るとプルトップのイージーオープン方式だった。プルトップを引けば簡単に開く。これでは缶切りは不要だし、缶切りなしで開けられる知識の価値はゼロだ。
キハがさらに蔑んだ目で俺を見た。クモハはデモンストレーション的に棒を軽く振り回している。まずい。殺られる。これでは俺は彼女達にとって有益じゃない。
他の物資を見るとビニールとジュースのビン的なものが見えた。
「水! 水を作れる!」
ここでキハもクモハもピタリと止まった。やはり、異世界でも水は必須だろう。
「錬金術師なのか?」
錬金術ーーー。異世界ならではだな。ステータスボードが出ないから分からないが、多分違うだろう。
俺はバケツに透明なビニールを貼り付けてできるだけ密閉した。そして、ビニールの中央に適当な重石を載せてロート状にくぼませた。
「これで昼間に外におけば水が取れる。中に草とかサボテンとか入れたらより効果的だ」
俺はテレビで見たサバイバル知識を披露した。芸能人が世界の果てまで行ってくるやつ。俺はあんなサバイバル的な番組が大好きだった。録画して見るほど好きだったから、いくらでもネタはあるぞ!?
「昼間……明日まで待てってことか」
キハは俺の答えが面白くなかったらしい。睨んできた。確かに外はもう真っ暗だ。今の時間ではこの方法は威力を発揮しない。
「水は貴重だ。どんどん出てきたりはしない。でも、この方法は確実だ」
テレビで無人島生活していた人が言っていたから間違いない! ……俺はやったことないけど。
「……」
「……」
しばらくにらみ合い時間があった。
「……分かった。明日まで様子を見てやる」
キハが棒を下げた。やった! 話が通ったーーー!
「ここでの生活は長いのか?」
彼女たちは異世界転移してからどれくらいなんだろう。よく見ると制服も適度にボロボロだ。
俺は手を出して彼女に起こしてもらおうと思った。
「ずっとだ」
そう答えながら彼女は俺の手を引いてくれ、俺は立ち上がることができた。
「ずっと」とは、1ヶ月とかではなさそうだ。半年? それとも1年くらい? もっとか!?
夢だろこれ。いや、完全に異世界ものだったか。
魔法とか、剣は!? この世界に魔法や剣は存在するのか!? 一気に訊く雰囲気じゃないから様子を見ながら順番に訊くか。
「他にはないのか?」
クモハが訊いた。
サバイバルものの番組は好きなので、割と見てた。俺は他にサバイバル知識が役に立てられそうなものが無いか周囲を見渡した。そして、あるものを発見した。
「星がキラキラ光る翌日は晴れだな」
「……」
しまった、これも結論は明日になる。しかも、ショボイ。さらに、インパクトに欠ける。
これもテレビの受け売りなのだけど、星がキラキラ瞬く夜の翌日は晴れになるらしい。
落ち着け。サバイバルにおける環境下での心構えは「STOP」だと聞いたことがある。「Stop」「Think」「Observation」「Plan」の頭文字を取ってストップ。止まる、考える、観察する、計画する、という意味だったはず。
そして、人間が生き残るためには「3の法則」がある。
・呼吸が出来ない状態で人間が生きられる時間は3分
・水分補給が出来ない状態で人間が生きられる時間は3日
・食料補給、栄養補給の出来ない状態で人間が生きられる時間は3週間
優先順位を考えたら、「空気」、「体温保持」、「水」、「火」、「食料」の順番で重要だ。空気と体温保持は確保できているようだから、水、火、食料を準備できればそれなりの価値を認めてくれるだろう。
米を土鍋で炊くか!? いや、見た感じ米も土鍋もない。火も水もない!
「そうだ! 雨水! 雨水はないか!?」
「雨水? ……屋上のタンクに植物の水やり用に貯めてるが?」
そうか。植物の水やりなら雨水で十分だろう。
「俺は雨水から飲み水を作ることができる!」
なんか、ペットボトルのお尻を切り開いて、石、砂利、砂とかを層にして入れれば天然のろ過機になる。あとは水を入れるだけで下から濾過された水が落ちて来る……。
しまった。ペットボトルが無い! こんな異世界にペットボトルがあるか疑問だ。しかも、石とか砂利とかも集めるのは明るくならないと……。さすがにこんなに真っ暗な中外に出て石とか拾ってるとヤバい。何かヤバい。
「……すいません。やっぱりそれも明日で……」
俺は再度キョロキョロして室内のゴミから「電池」、「ガムの包み紙」、「部屋の隅のホコリ、「廃木材」をピックアップした。苦し紛れだけど、一個だけ思いついた。
「ちょっと屋上まで付いてきてくれないか」
二人を連れて俺は屋上に向かった。俺が今からやることは屋内でやるには危険なのだ。
屋上はカギなどかかってなくて、すんなり行くことができた。こちらの世界ではそこまで気にしないのかもしれない。
屋上はだだっ広く、土が持ち込まれ屋上農園になっていた。見た感じジャガイモっぽいのとか、ネギっぽいのが植えられている。俺の世界のそれが同じものかどうかは分からない。俺が植えられているジャガイモやネギをちゃんと見た記憶がないからだ。
階段の屋根の上には板が置かれており、雨が降ると水が集まり、タンクに貯まるようになっていた。レバーを引っ張ると水が出るようになっているのは、それを一度も使ったことがない俺でもすぐに分かった。こういうのをユニバーサルデザインっていうんだったかな。
俺は適当な鉄板を拾って屋上の床に置いた。その上に持ってきたホコリを多めに乗せ、それを潰さないように廃木材を重ねて置いた。電池に残りがあることを祈りつつ、ガムの包み紙でプラスとマイナスで繋いた。
電池はプラスとマイナスをつなぐと当然電気が流れる。アルミ箔はその電気を流すだけの十分な断面積を持ってない。つまり、負荷がかかり加熱し……
「発火する!」
手の中で小さな火がつき、それはホコリに燃え移った。そして、ホコリが燃え上がり廃木材に燃え移り小さな焚き火になった。
「おお!」
俺の方が驚いた。テレビで見たことがあったけど、実演したのは初めてだったからだ。
キハとクモハは明らかに目を見開いて驚いていたが、声は出さなかった。それどころか、すぐに厳しい表情をして驚いたことを隠しているようだった。
「俺の知識はこの世界で役に立つ!」
さいっこうのドヤ顔で言ってみた。最 of the 高の笑顔で言ってやった!
キハがクモハの方を見て目で合図をした。そしたら、クモハがカップ麺を1個手渡してくれた。屋上まで俺に渡すつもりでカップ麺を持って来ていたかと思うと少しかわいい。
「食え」ってことだろう。カップ麺はあるのかよ、この世界。カップが紙でできてるやつ。俺の世界のカップ麺の容器は薄い発泡スチロールのものが多かったけど、紙のやつもあったな。
俺はフタを開け、雨水のタンクから比較的きれいそうな水をカップに入れた。そして、カップごとさっきの焚き火の中に置いた。
キハとクモハはまた驚いていたけど、俺は表情を崩さない。これも初めてやった。
水の沸点は100℃。それまでは蒸発しない。一方、紙が燃える温度は300℃。つまり、カップの中に水が満たされている間はカップは燃えないのだ。
水からやるから3分ではお湯が沸いてない。あんまり火に焚べていると少しずつ水が蒸発して水がない上の方から容器が燃えてしまう。
俺は適当な時間待ち、麺がほぐれたタイミングで焚き火からカップをずらした。
気づけば、口の中はカラカラだった。喉もカサカサだ。ツバさえ飲み込めない。そこにカップ麺のスープはまさに悪魔的。
「(コクコクコクコク……)」
温度が上がり切ってないのでスープは温め。でも、今の俺にはちょうどいい。むせないように、ゆっくりゆっくりと飲んだ。
「うまそうだな」
キハが言った。お前たちがくれたもんなんだけどな。普段、彼女達はどうやって食べているのだろう?
次は麺だ。お湯の温度が上がらないから、長めに待った。だから、麺はやわらかい。でも、それがいいんだ。
箸はないので、そこらの適当な小枝を箸にしてカップ麺を食べた。それでも喉を通って胃に落ちるのが分かった。
俺は食べている! この感覚、この感動はゲーム世界なんかじゃないな。うーまーーー。きっと、今は俺の顔は恍惚な表情をしているだろう。
「私はそれをそうやって食べるもんだと初めて知った。確かに、お前の知識は役に立つかもしれん」
どうやら、俺の知識の有用性が彼女達にも認められて来たらしい。これで少し警戒心を解いてもらえるだろうか。
俺も必死だったから、キハとクモハの違いもあんまり分かってない。
キハは実はリーダーとして気を張っているけど、内心は打たれ弱くて涙目とか裏事情の設定はないのだろうか。
精神的に支えることで俺に依存しまくり、ただ甘の裏の顔を俺だけが知ってる優越感は来ないのか!?
クモハは実はえっちな男好きで、俺のことを考えて夜な夜な色んなところを濡らしていたりする設定とかも!
毎日抱きつかれて照れ困る俺という未来はないのか!?
僅かな期待と、大きな不安を抱えながら、カップ麺を食べ終わった俺は日が上り始めたことに気がついた。
「日の出ももうすぐか……」
俺のサバイバル知識通り、「星がキラキラと瞬いている翌日は晴れ」に間違いはないようだ。雲一つない晴天のようだ。
校舎の屋上からは遠くまでが見通せる。段々明るくなり、この世界の全貌が明らかになっていく。
この学校の塀から内側は、普通の学校がある。まあ、多少朽ちてボロくはなっているけれど。
そして、その敷地から一歩出たらほとんどが砂。砂漠と言っても差し支えないだろう。ただ、所々倒壊したビルの頭がのぞいている。
さらに明るくなり、しっかりと遠くのものまで見えてきた。
そこにあったのは、朽ち果てて倒れた「スカイツリー」だった。つまり、ここは日本。未来の日本だったの……。
考えてみれば、病院で誰も来なかったのは、もう誰もいなかったから。そして、俺がガリガリに痩せているのは長い間入院していたからか。
そう考えたら、しばらく色々な単語をあんまり思い出せなかったのも理解できる。
さっきのカップ麺は俺にとっていつ以来の食事だったのか……。感動する旨さだったのはずっと食べていなかったからではないだろうか。人は点滴みたいな栄養だけで何年くらい生きられるのか。
俺が何らかの原因で眠りについて、目覚めるまでに何年……何十年時間があったのか? その間に世の中の科学技術が発展し、ドアの取手がなくなって、手をかざすだけで自動的に開閉するのが当たり前になった世の中になったとしたら……。
俺が眠っているのは麻酔とかじゃなく、コールドスリープなどを伴って何百年も眠っていたとしたら……。そして、その時間経過の間にこのJK達が生まれたとしたら……。あの子達は俺よりもずっと歳が若い……いわば、子孫ではないだろうか。俺ができることは、彼女達をこの厳しい世界で生き抜かせること!
この世界はどこまでが存在して、この学校以外に生き残っている場所は存在するのか……。なぜ、この学校だけ生き残っているのか!? 分からないことはたくさんある。でも、分かっていることもあるんだ。
スカイツリーを見て、俺はここが異世界でも何でもないことと、これが現実だと知ったのだった。