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第1話:ルゥシフィル・リーベルシア

 時はまだ穏やかであった朝。

 清々しい光が差し込んでいた平和な時間まで遡る。


 けたたましく鳴り響く目覚ましのベルに叩き起こされた私は、まだ薄暗い窓の光を寝惚けた眼でぼんやりと見つめる。


「おはよぅございます——そして、おやすみなさい」


 一旦起床、再度まだ温もりの残る布団の中に身体を埋れさせてゆく、二度寝、それは至福である。


「ルゥシィ? 早く起きなさぁい」


 廊下から聞こえてくる母の声が夢見心地であった私の時間を再び現実へと引き戻す。


「むぅ、何人たりとも私の至福の時を邪魔する事はできないのです、そのために早起きしているのにぃ」


「今日は開花式でしょう? 早く起きないとエリシアちゃんが迎えにくるわよ?」


「ぁ、そうだった⁉︎」


 母の言葉に颯爽とベッドから飛び起きる。


 気持ちを切り替えて忙しなく用意を整えた私は、制服に着替えて等身大の鏡の前に立つ、じっくりとその姿を眺める。


 鏡の中から覗き込むのは愛嬌のあるアクアブルーの大きな瞳と、肩まで伸びたふんわりツインテールに白いリボンを付けた桜色の髪を揺らす小柄で華奢な美少女。


「よしっ完璧、今日もかわゆぃんじゃないかなぁ? 私‼︎」


 鏡に映った自分にニコリと笑顔の練習、私が思うに『女子力』とは可愛さだ。


 料理や裁縫ができなくたっていいじゃないか。

 今日も私はバッチリ可愛いのだ。つまり女子力高め!!


 私は身支度を整え、朝の優しい香りに包まれたリビングへと向かった。


「おはよ、お父さん、お母さん」


「あぁ、おはようルゥシィ、今日はいよいよ開花式だな」


「そうなのよ、なのにこの子ったら全然緊張感がないんだから」


 いつも通りの穏やかな笑顔を向けてくれる父、クロイド・リーベルシアは天職に『解析士』を持ち、国の情報管理? とにかく政府関連の仕事で情報の分析をやっている。


 そしてどこか困ったように肩を竦める母、オリビア・リーベルシアの天職は『園芸士』。


 植物の状態を把握しコントロール出来る事から、自宅でささやかだが花屋を営んでいる。


「緊張するなぁ、私——『戦闘系』になったりしないよね?」


 今日で私の人生が決まるのだ、緊張もする。


 その言葉に父は一瞬驚いたように目を丸くしたが、次には優しく微笑んで応えた。


「大丈夫、ルゥシィは私たちの自慢の娘だ。間違っても『腕輪組』なんかになったりしないさ」


「あなた? その言い方、不謹慎ですよ?」


「おっと、すまない。そうだね、ルゥシィは心配しなくても非戦闘系の天職だよ」


「うん、お父さんとお母さんの子供だし、大丈夫だよね? 悩むのやめたっ」


「……ああ、きっと大丈夫」


 満面の笑みで切り返した私の頭に優しく手を置いた父の表情は、しかし、どこか遠い過去に思いを馳せているようにも見えた。


そんなやりとりの最中、ふいに玄関からチャイムの音が室内に響き渡る。


「ぁ、エリシアだ! 急がなきゃ、行ってきまぁす」


「あらあら、エリシアちゃんによろしくね」


「行ってらっしゃい、ルゥシィ」


「はーい」


 暖かい笑顔で見送る二人に手を振りながら立ち上がった私は、食べかけのパンを口に頬張ると勢いよく玄関へと向かう。


「「……」」


 この時の私は気が付けなかった、いや、普段から気づかないふりをしていたのかも知れない。


 暖かく穏やかな両親の瞳が時折、どうしようもなく深い悲しみの色を帯びていた事に。


「おはよう、エリシア」


「おはよう、ルゥシィおねーちゃんっ」


 エリシア・ブラウンは裏表のない快活な女の子で、幼い頃から何かと私の世話をやいてくれる親友だが、なぜか二人きりの時、たまに私を『おねぇちゃん』と呼ぶ。


 身長も成績も性格も圧倒的に『おねぇちゃん』なエリシアから呼ばれると最早嫌味にしか聞こえないが、本人に悪気は全くない。


「その呼び方はやめよ? 同級生な上にエリシアからそんな風に呼ばれると、私へこむしかないよ?」


 勉強ができてスポーツ万能で可愛い、まさに才色兼備を地でいく彼女。


 私が『可愛さ』に磨きをかけようと努力するのは、エリシアの隣に肩を並べる自信が全くないからかもしれない。


「そう? でも、あたしの中でルゥシィは〝おねぇちゃん〟なんだもん?」


「なんだもん? と可愛らしく応えられてもなぁ」


 いつもの通学路を学園へと向かい歩き始めた私は、横に並ぶエリシアのキョトンとした横顔に苦笑いを浮かべながらその足を進める。


「いよいよ開花式だねぇ、エリシアの天職はきっとすごい天職だと思うな」


「ないない、あたしなんてパパとママから生まれたことが信じられないような出来損ないだし」


 エメラルドグリーンの瞳をどこか悲しげに細め、栗色の長い髪を耳にかけながら苦く笑みを湛えるエリシア。


 彼女の両親は二人とも〈音楽〉にまつわる天職の持ち主で、国内でかなりの有名人という事もあり、学園内での注目度も高い。


「ちょっと待って? エリシアさん? エリシアが出来損ないなら私はなんだい?」


 どこからどう見てもパーフェクト超人が何を言う? と私が半目でエリシアを見つめ返すと彼女はクスリと笑みを浮かべた。


「ルゥシィは十分可愛いし素敵な女の子じゃん、『あの時から』……あたしの自慢のおねぇちゃんだよ」


「……ん?」


「なんでもないっ、えい‼︎」


「ぬぐ——ば、バイン、バイン」


 小さく、聞き取れないような声で何事かを呟いたエリシアはパッと明るい表情に切り替え、私の顔にメロンのようなバストを寄せて抱きついた。


 そういうとこだよ? そういう何気ない攻撃が私の心を痛めつけるのだよ?


 いつもとは少し違う日常が待つ学園に不安と緊張を感じながらも、いつも通りの会話を繰り返しながら、私たちの足は向かっていた。




 □■




 校門が見え始める頃、周囲にはどことなく緊張感を漂わせた学生が増え始める。


「なんか、みんな緊張してるっぽいね? やばいなぁ、私も緊張してきた」


「ルゥシィは大丈夫だって! まぁ今更慌ててもしょうがないんだし? なるようになるよ」


 楽観的な笑みを浮かべる親友の姿に、私も気持ちを切り替えて再びその足を進める。


「おはよう、ブラウンさん、リーベルシアさん」


「ぁ、アレックスくん! おはよう——」


 全身の至る所から爽やかさを滲ませる青年は軽快なリズムで私たちに挨拶を交わし、同じように周囲へ挨拶を繰り返しながら悠然と正門へ向かって行く。


 ブロンドの髪に透き通るような碧眼の彼はアレックス・ネルソン。彼は例えるなら、そう、完璧。


「ルゥシィ? おーい、よだれ、たれてるよぉ?」


「へっ? 嘘っ? つい見惚れて、アレックスくんはいつ見ても眼福。カッコいいなぁ」


 まさしく王道、イケメンという言葉はアレックスくんの為にあると言っても過言ではないはずだ。


「まぁ、顔はいいけどさぁ? でも絶対やめといた方が良いって、ああ言うカリスマ性の塊みたいな人が『勇者』の天職引いたりするんだよ?」


「そぅかなぁ? どちらかと言えば『祭祀』とか『薬師』だと思うんだけど……王子、なんて天職があれば間違いなくアレックスくんのことだと思うな」


「はいはい、王族は天職じゃなくて血筋ね? そういえば国王様と王妃様が亡くなって、次期女王になるはずの『シャーロット様』だけど、まだ行方不明らしいね? パパが話してた、次の王様はどうなるのかな……」


「そーなの? 私はその辺りの込み入った大人の事情は苦手だな? 多分一生関わらないと思う」


 国の情勢とか、政府関係の授業は特に苦手だ……なんか、王族のことを熟知するのは国民の義務? 的なことをよく言われるけど、正直あんまり興味がない。


「いだ、イダダダっ、痛いよエリシアぁ……」


 国王様って亡くなっていたんだ……なんて事今更口に出そう物なら、私の無知だけどキュートな頭を連続チョップするエリシアの攻撃がひどくなりそうなので、心の奥に閉まっておく。


「なんでルゥシィはこんなに可愛くて見た目完璧女子なのに? ちょいちょい痛いのかな? 王政国家なんだからさ? 常識でしょ? ちゃんと勉強——」


 その視線がすでに私とは別の方向を追いかけていたことに気がつき、私は思わずニヤリと微笑む。


 視線の先、ぽつりと独特な雰囲気を纏いながら歩く一人の男子生徒。


 深い海を思わせる群青の髪色、鋭く鋭利な眼光から覗く藍色の瞳はどことなく冷たい雰囲気を纏い近寄り難い印象。


「エリシアさ『レインくん』のこと好きだよね?」


「ふぇっ⁉︎ ちが、くもないけど……」


 ほんのりと紅色した頬で、横目に通り過ぎるレインへと視線を流すエリシア、そんな様子を微笑ましく見つめながら私達は逸る気持ちに一度深呼吸をして、会場へと足を進めるのであった。



 □■


「以上で式典の説明は終わりです。


 皆さんは本日を持って大人への第一歩を踏み出すのですから節度を持った行動を心がけるように。


 それから、天職を戦闘系と判断された方達は式典の後、教室へ戻ってください。それ以外の生徒は帰宅して構いません」


 淡々と説明を終えた先生に連れられる形で生徒達は緊張に身を固くしながら式典の会場へと移動を始めた。


「ルゥシィちゃんの天職ってなんだろうっ、私超気になるっ」


「だよねっルゥシィちゃん可愛いから天職も可愛らしい感じの天職になりそうだよね『裁縫士』とか」


「ぁあっ似合うかもっ」


 移動の最中にキャピキャピと近寄ってくるマリン、レイラ、レナの仲良し三人組は周りの緊張などまるで気にする事もなく、いつも通りのペースで会話を繰り広げる。


 正直あまり得意な系統とは言えないのだけれど彼女達を敵に回すと学園生活に終止符を打つようなものなので、今まで程よい距離感を保って来た。


「そ、そぅかなぁ、私なんかよりきっとマリンちゃん達の方が女の子らしい天職になると思うなぁ」


 全然思ってはいない。

 むしろ戦闘系なのでは? という疑問すら浮かぶ。


 そんなことは口が裂けても言えないので、とにかくニコニコと愛想笑いを浮かべながら私は自然と『空気』になってゆく。


 存在感を薄くするのは時として非常に重要なスキルであり、私は意外とそれが得意だ。


 そして思惑通り私の存在を気にしなくなった三人は刺々しい話で盛り上がり始める。


「そもそも、女子で戦闘系とかあり得なくない?」


「わかるー、どんな育ちかたしたのって感じ」


「どうやって生きてくんだろ? 身体売るとか?」


「それ最悪、あははは」


「……」


 この人たちは、万に一つでも自分にそんな可能性が起こるとは微塵も感じていないのだろう。


 でも正直、身体を売るしかない人生なんて考えただけでゾッとする。


 そうこうやっているうちに私達は式典の会場である体育館へと到着した。


 生徒達は整列させられると、順番に〈魔術〉を刻印された薄いカード状の端末『ステータスパス』を手渡され検視官の見ている前で先端にある窪みへと一滴の血液を垂らす。


 瞬時に端末上へ天職が表示され、生徒達は一喜一憂しながらも、和やかな雰囲気で式典は進んでいった。


 程なくして順番が回って来たのはアレックス・ネルソン。


 余裕のある表情で、周囲に笑顔を振り撒きながら壇上へと立った彼は、渡されたステータスパスを手に右手の人差し指へと小さな針を刺され、ぷくりと滲み出た血液を端末の窪みへと垂らした。


「——ぁ、ああ……嘘だ、嘘だっ嘘だ⁉︎」


 突然狂ったように首を左右に動かしながら後ずさる彼を見て会場は騒めき、和やかであった会場の雰囲気は一転。


 緊張と不穏な空気が一瞬でその場を支配する。


「勇者——戦闘系ですね、式が終わったら教室へ戻るように」


「……」


 放心状態となったアレックスくんは教師に介抱されながら、元の席へと戻された。


「ぅそ⁉︎ アレックスくんが勇者なんて、そんな」


 私は驚きに小さく声をあげ、同時に言葉にならない感情と複雑な思いがこみ上げてくる。


「本当に当たっちゃった……」


 予想外の結果に衝撃を隠し切れなかったのはエリシアも同様で私たちは互いに視線を合わせた。


 そして、アレックスくんを皮切りに数人の男子生徒が戦闘系と判断され、皆同様に途方に暮れては、力なく項垂れてゆく。


「きっと、大丈夫」


 胸騒ぎが心の中を掻き毟る。


 嫌な汗が首筋から溢れ、ゆっくりと背中を伝う。


「ルゥシフィル・リーベルシアさん、前へ」


「は、はいっ!」


 来てしまった、永遠に来なければいいとさえ思った時が。


 私は一歩ずつ壇上へと向かう、途中笑顔を向けるエリシアや三人組の姿が視界に映るも反応を返す余裕が無い。


「では、これを」


「……」


 慎重に受け取ったステータスパスをわずかに震える手で受け取った私は、されるがままに指先から流れる血の一滴を落とした。



——神様、お願いっ!



 心から願った、この先どんな悪いことが起ころうとも、今この瞬間だけは私の味方をしてくださいと。


「……」


「天職は『暗殺者』戦闘系です、式が終わり次第教室へと——」



 ——ぇ、何? 



 今この人なんて言ったの? 暗殺者? それ、なに?



 酷く静かだった。


 その後は何か説明をされていたようであったが、今の私には何も聞こえない、覚えていない。


 背後にいる生徒達が騒めく。


 なんとも言えない空気が広まって行き、様々な感情が背中へと突き刺さる。


 驚き、哀れみ、嘲笑、そして侮蔑。


 ——終わった。


 私の人生は、この瞬間終わったのだ。


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