フルカとルリのいる大陸の、端っこの方にある魔王国の首都(首都といってもそう大層なものではない。そもそも、魔王国、魔族の国自体がほとんど街と言っていいくらいの規模なので、首都は魔王城とその辺り一帯ぐらいの感じである)、そこに聳える魔王城の玉座にて、魔王は報告を受けていた。
魔王・・・・・・着衣の魔王、クローズ。クローズは着れば着るほど強くなるという魂技を持ち、歴代の中でも最強と謳われるほど強大で、かなり凶悪な魔王である。そんな魔王は、所有する魂技の能力が能力ゆえに、十二単も比にならないほど重ね着していた。すっごい動きにくそうだ。
その魔王は、重ね着した服の隙間から自身の前に跪く部下を見下ろして問いかけた。
「・・・・・・それで?何やら余に報告があるとかいうことだが・・・・・・」
「はっ!」
魔王の前に跪く部下の魔族の男は、跪いた状態のまま答えた。
「各地に放っている密偵どものうち1人から、興味深い報告が入りました」
「ほう・・・・・・」
「ここから南、カータ王国のギスレーリン伯爵統治下のヤシュターと言われる街に、なんとA級冒険者が3人も滞在しているそうなんです。しかも、A級の中でも実力はトップクラスに入るであろう、サクラ・ピンクピーチ、トップ・トライセラ、ユウキ・カワダの3人です」
「それは・・・・・・その3人が、今一つの街に集まっているというのか」
「どうやらそのようです。そして、これはさらに無視出来ないことなのですが・・・・・・」
魔族の男は、やや興奮気味に言った。
「なんと、あのシスターまでもが滞在しているようなのです!」
「例のシスター・・・・・・あのシスタ・シスターか。四天王の1人、参賀参號のチューシャを倒したという、あの・・・・・・」
「ええ、そうです。そのシスタ・シスターにA級トップクラスが3人、一つの街に今集まっているということは・・・・・・これは、好機なのではありますまいか?」
「好機・・・・・・とは?」
「決まっております。攻め時ということです。4人が固まっているこの街を魔王軍の精鋭で攻めれば、魔族にとって邪魔な存在を一気に血祭りにあげることができるでしょう。街なれば、人質も取りやすいはずです。街という場所は我らには有利、向こうには不利、私はこれを好機だと見ました!」
魔族の男は、自信に満ちた表情で魔王へそう進言した。
「ふむ・・・・・・確かに、それは好機かもしれんな。街なら人質も取りやすいし、相手にとっては全力で戦いにくい場所なはずだ。特に、シスタ・シスターなんかは本気を出せないだろうな。あやつが本気で戦えば、街が壊滅するは必定だからな。街にいる今は討ち取りやすいだろう」
魔王はそう言って、それから部下の男にも聞こえないくらいの小さな声で、ぽつりと呟いた。
「それに余の秘密に気づいておるであろう勇気は、確実に始末しておきたいからな・・・・・・」
「?何かもうしましたか?」
「いや、何も言っておらぬ。・・・・・・よし、汝の提案を受け入れよう。我が魔王軍の精鋭を以て、その街を攻める。セバスチャンを呼べ!」
「はっ!」
フルカとルリの住まう街、人々が平和に暮らす街に、魔王の魔の手が迫ろうとしていた。
◇
「うおおおおおお!!これが必殺のお!全裸☆黄金パンチだ!」
フルカはそう叫ぶと、拳を振り上げ────テーブルに乗った果実へ振り下ろした。
「おおおおおお!すっげえ!この全裸のねえちゃん、テツの実を素手で割りやがったぞ!」
「すげえ!・・・・・・いやなんで実だけ割れてテーブルは割れないんだよ!」
「全裸だからだ!」
「は?」
一方フルカは、そんなことは露知らず全裸で果実を割っていた。
ちなみに必殺の黄金パンチとは、全裸のパワーで黄金色に光り輝いてパンチを繰り出す、フルカが今考えた一子相伝の必殺技である。
さて、フルカが道端でそんなことをしていると、ふと通りがかったルリの姉であるルーとばっちりと目が合ってしまった。
ルーは、フルカのことを指差して言った。
「あ、全裸の妖精さんだ」
「いや、違うけど・・・・・・」
フルカとルーは、偶然に道端でばったり会ったのである。フルカはルーに話しかけた。
「よお、ルー。久しぶりだな。今日はメイド服着てないんだな?」
「ああ、今日は休日だったものでな。フルカはどうしたんだ?ルリと一緒ではないのか?」
「ああ、今日は趣向を変えてそれぞれバラバラで依頼を受けることにしたんだよ。で、私の方はもう依頼終わっちゃったんで、ギルドに帰る途中なんだ」
「なるほどな。つまり、ルリはまだ依頼を受けている途中ってことか・・・・・・。フルカ、どうだ?もう依頼を終えたんなら私と一緒にお昼でも食べないか?」
「おう!いいぞ!全裸のハンバーグとか食いてえな!」
「全裸のハンバーグとは一体・・・・・・?」
フルカとルーは一緒にお昼を食べることになったのであった。
・・・・・・
「あの・・・・・」
「ああ、すまない店員。この人は全裸の妖精で、服を着せると死んでしまうのだ。許してやってくれ」
「ルーの中で私は妖精で固定なわけ?」
2人は、ルーのおすすめだというレストランに来た。やや奥まった席に、向かい合わせに座る。やっぱりお昼時なので、そこそこに混んでいた。ただ、もうこの街の人は慣れたので、フルカのことを大して気にしていなかった。
「えー、私何にしようかなー」
「ふむ、そうだな・・・・・・」
2人はメニューを見ながらそんなことを話す。やがて、メニューを決めた2人は店員を呼んだ。
「ふむ、私はカルボナーラを一つもらおう」
「私はチーズハンバーグにするよ!」
「フルカはチーズハンバーグよく食べるのか?」
「あー、そうだな。宿の食堂でも大体チーズハンバーグを食べるよ。今日も明日も明後日も、ずーっとチーズハンバーグでいいからな」
「・・・・・・まあなんとなくわかる気がするよ。私も今日も明日も明後日も、ずーっとパスタでいいと思うことあるぞ」
しばらく2人が待っていると、やがて頼んだ料理が来た。カルボナーラも、チーズハンバーグも、特に変わったところはないオーソドックスなものである。オーソドックスに美味しそうだ。
「そういえば、異世界モノではパスタとかハンバーグとかって大体主人公が伝来させるものだよな。この世界にはもうあるけど・・・・・・私も、出来ることならこういうの伝来させる主人公ムーブがしたかったぜ」
「フルカが何言ってるのかよくわからないが・・・・・・伝来させると言っても、そういうのの作り方ってフルカは憶えているのか?」
「いや、憶えてない・・・・・・世の異世界モノの主人公たちは一体どういう海馬をしてるんだろう・・・・・・」
「まあ、たまに作者ですら憶えてなくてスキルで誤魔化す作品もあるがな」
フルカとルーはそんなことを話しながら、食事を楽しんだ。
と、途中でフルカが付け合わせのニンジンをルーへと差し出した。
「やるよ。私これ苦手なんだ」
ルーは差し出されたニンジンをまじまじと見つめた。
「・・・・・・なんだ?ひょっとしてルーも苦手だったか?」
「いや・・・・・・」
ルーはフルカの言葉を否定すると、ニンジンを懐かしそうに眺めた。
「私の故郷に、同じようにニンジンが苦手な子がいたことを思い出してさ」
「ルーの故郷に?私みたいにニンジン苦手な子か・・・・・・どんな子だったんだ?」
「ああ、それは・・・・・・」
と、ルーが話し出そうとした、その時だった。
窓の外、通りの方から。
「魔族だ!魔族が出たぞー!!」
大声で叫ぶ声が聞こえた。
「なんだあ?また魔族が出たのか?」
フルカはいつものように、1人の魔族が送り込まれたのかと思ったようだが、今日に限っては少し様子が違った。
「1人だけじゃない!複数だ!複数の魔族が襲ってきたー!」
「複数だと?」
フルカがそう呟いた瞬間。
レストランの窓をバリーンと破って、ギャルみたいな魔族が転がり込んできた。
「いっえーい!」
「お前ガラスめっちゃ刺さってんぞ?」
フルカは冷静にツッコミながらも、拳を握りしめファインティングポーズをとった。
「とりあえず、あの魔族を倒せばいいんだな?」
そしてルーの方を振り向いた。
「ルー、お前は・・・・・・」
ルーは前と同じように震えていた。顔を俯かせているせいで、髪で隠れてしまって表情は見えない。
「・・・・・・よし、ここは私に任せとけ!」
フルカは魔族へと殴りかかった。
◇
「ぐ、やっと倒れてくれたか・・・・・・」
ユウキは片手に血濡れの刀を持ちながら、そう呟いた。
頬には返り血がついており、足元には血溜まりの中に魔族の男が倒れている。
街へ送り込まれた二十数名ほどの魔族の精鋭たちを倒すために駆けつけたのである。ユウキはすぐに街の異変に気づき、すぐに出てきて魔族に戦いを挑んだわけなのだが・・・・・・。
「・・・・・・ようやく一体倒しただけか。やれやれ、先が思いやられるな全く・・・・・・」
ユウキは首に手をやり、嘆息しながらそう言った。やはり魔族の精鋭、一筋縄では行かなかったらしい。
「やれやれ・・・・・・鍛冶屋に頼んで新しい武器を作ってもらっててよかったぜ。日本刀は異世界転生者の特権だからな」
ユウキは刀を眺めながら呟いた。
と、そんなことをしていると後ろから声をかけられた。
「なんだ、まだ1人しか倒してないの?だらしないわね」
振り向くと、そこにいたのは例のA級冒険者、魔法少女のサクラとサクラの押す車椅子に座るシスタであった。
「しっちゃんはすごいんだよ!何せ、ここに来るまでに単独で魔族を五人も倒しちゃったんだから!」
「いやそれはすごいけど・・・・・・なんでサクラが威張ってんだよ」
「そうよ、サクラちゃん。そういうことあんまり言わないの」
3人はしばらく休息も兼ねて、立ちながらそんなことを話した。
「ところで、トップはどうした?」
「さあ?まあこの街のどっかにはいるでしょ」
「いやテキトーだな・・・・・・まあ、あいつなら別に大丈夫か。とりあえず────」
ユウキはぐるりと周りを見回した。ユウキたち3人は、魔族たちに周りを囲まれていた。
「人の心配するより、まずは俺らの心配をする必要がありそうだな」
「そうね・・・・・・ま、私もいるし何よりしっちゃんもいるんだから大丈夫でしょ!ねー、しっちゃん」
「そうねえ、でも、私はあんまり本気出せないわよ?ここで本気出したら、街が壊滅しちゃうもの」
「じゃあ本気出さずにこの速さで魔族五人下したのか・・・・・・相変わらず規格外だな、シスタさんは。それで?シスタさんはいいとして、お前はどうなんだ?サクラ」
「ばっちりよ!こんなこともあろうかと、しっちゃんとめちゃくちゃ仲良くしてきたから友情パワーは満タンだわ!」
「そうか。ならとっとと変身しろ!ぐずぐずしている暇はない、行くぞ!」
ユウキは肩にスライムを乗せ、刀を構え、サクラは変身し、シスタは微笑む。
囲んでいる魔族は八人ほど。普通なら三人で戦うには少々きつい人数だが、この三人に限っては大丈夫そうである。心配無用だろう。
ちなみにその頃、話に出たトップはというと─────
「うおおおおおおお!行くぞ!この俺のぉ、超・絵本読み聞かせ!!」
「ぐ、ぐわあああああああ!!ダメだ寝てしまう!この我が、おねんねしてしまうううううううう!!」
「これぞ必殺の、不可侵不可逆ふかふかお布団だ!!」
・・・・・・なんだかよくわからないことをしていた。こちらも大丈夫そうであった。