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第14話 リュリュとルリ

「すまんな、ルリ。今日は一緒に依頼を受けれなくて・・・・・・」


「いえいえ、仕方ないですよ。僕もちょうどそろそろ休もうかなと思ってたところなんで、むしろちょうどよかったですよ」


 ルリとフルカは街中をずんずんと歩いていきながら、そんな会話を取り交わした。


 そう、フルカは今日用事が出来てしまって依頼を受けることが出来なくなったのである。と、いうのも・・・・・・。


「仕方ないですよ。ギルドの依頼なんかより、教会での『聖典』講義を受ける方が優先なのは当たり前ですからね」


 フルカは教会でやっている、誰でも自由に参加できる『聖典』の講義に参加することになったのである。


『聖典』というのは、この世界における、いわばキリスト教的な立ち位置である『アフラ・マズダ教』にとっての聖書のようなものだ。


 フルカがちょっと前に例の孤児院院長、シスタ・シスターからの依頼を受けた時に記憶喪失のせいなのかなんなのかわからないが、『聖典』に関しての知識が全くないということがわかったので、シスタから一度講義を受けてみてはどうかと勧められたのだ。


 で、今日はその講義を受ける日なのである。シスタの口利きで、わざわざフルカのために超初心者向けの講義まで用意してくれたみたいで、当然断るわけにいかない。それに、フルカも『聖典』なるものの内容に関して興味があったので、ちょうどよかった。


「いやー、それにしても楽しみだぜ。『聖典』・・・・・・なかなか面白そうだからな」


「そうですね、確かに『創世の章』とかはけっこう面白いですよ」


「お?『聖典』って章分けとかされてるのか?」


「ええ。そうですね。ざっくりいうと、『創世の章』『予言の章』『名も無き預言者の章』の3つの章に分けられています。僕らはこの3つの章からなる『聖典』の内容全部を暗記してるんですよ!」


「全部か、それはすごいな・・・・・・。ていうか、『名も無き預言者』っていうのはなんだ?誰なんだ?そいつは」


「ああ、『名も無き預言者』というのは造物主アフラ・マズダの名を一番初めにこの世界へ伝えたと言われる、最後にして最大の使徒です。預言者は造物主アフラ・マズダの名を伝えることを最優先とし、自らの名を語ることがなかったため、預言者自身の名は伝わっていないらしいです。『名も無き預言者の章』にはそんな預言者様の言行が記されているんですよ」


「へえ、名も無き預言者か・・・・・・なるほど。話を聞く限り、さぞかし無欲で崇高な人物だったんだろうな。ルリ、教会に着くまでには時間がある。その間に私に少し私に教えてくれないか。その預言者がどんな言葉を語ったのかを」


「いいですよ、そうですね・・・・・・」


 ルリはちょっと考えてから、口を開いた。


「僕の心に一番残っている預言者様の言葉は、『女の子2人がキャッキャウフフって仲良くしてるのは万病に効くのだ。これを百合という』って奴ですね。それが一番心に残ってます」


 フルカは一旦立ち止まって、呆れ顔で言った。


「・・・・・・お前それほんとに預言者の言葉か?お前自身の思想じゃねえのかそれって」


「何疑ってんですか!失礼ですね、ちゃんと書いてありますよ!全能の神、アフラマズダにだって誓えます!」


「いや書いてあるならあるで、なんでそんなこと書いてあんだよ。聖典に書くことじゃねえだろそれって」


「そうですか?僕は普通に聖典っぽいと思いますけど・・・・・・」


「お前一応ツッコミなのにさ、時々感覚おかしくならねえ?・・・・・・もっとさあ、預言者らしい言葉ねえのか?もっとこうさあ」


「んー、そうですね・・・・・・『チョコミントアイスは至高である。歯磨き粉とか言うヤツは神敵である』・・・・・・とか」


「預言者思いっきり教義私物化してんじゃねえか!さっきまでの無欲な感じはどうしたんだよ!無欲で崇高な感じは!!・・・・・・他は!?」


「他ですか?ええと・・・・・・『今日の夕飯はチーズハンバーグでいいよ。てかもうずっとチーズハンバーグでいいだろ。今日も明日も明後日もずーっとチーハンでいいよ』・・・・・・とか」


「もう口調すら取り繕えてねえじゃねえか!てかチーハンもチョコミントも歯磨き粉もその時代には絶対ないだろ!!・・・・・・いやもっとこうさあ・・・・・・なんかないの?なんかもっとちゃんと預言者っぽいのがさあ」


「預言者っぽいの、ですか・・・・・・」


「そう!預言者っぽいのだよ!」


「ええと・・・・・・『たけのこかきのこかでいえば、私は断然きのこ派である。だがしかし、たとえ自分がきのこ派だとしてもたけのこ派を否定してはいけない。思想信条の違いで人を差別してはならない』・・・・・・とかですかね」


「うん、確かに預言者っぽいな。確かに預言者っぽい崇高なこと言ってるけど・・・・・・そこに至るまでの過程が卑近すぎるわ」


 フルカは一通りツッコんだ。


 今も全裸で、完全にボケみたいな格好のフルカがツッコミに回るという異常事態が発生してしまっている。さすがは預言者と言ったところだろうか・・・・・・。


「ふう・・・・・・さすがは預言者。一筋縄ではいかないみたいだな。・・・・・・他には?なんかないのか?」


「えーと・・・・・・・すいません忘れました」


「全部暗記してるんじゃなかったのかよ・・・・・・」


「まあまあ!あとは行ってからのお楽しみということで!」


「おう。ルリが憶えてなかった部分にまともなのがあることをアフラ・マズダに祈っておくぜ」


 と、そんなことを言っていたら、なんやかんやで教会の前まで来たのでそこで2人は別れた。


 さて、ルリは特に用事も行くあてもないので、そこら辺をぶらぶらしていた。家に帰ってもいいのだが、せっかく予定が空いたんだし、このまま帰ってしまうのも何か惜しい気がする。


 だから、ルリはそこら辺をそぞろ歩きしていたのだが、ふと見ると、何かがひらひらと落ちてくるのが目に入った。


 何がなくキャッチしたそれは、女物のパンツだった。


「・・・・・・は?」


 なんで急にパンツが降ってきたんだろう。ひょっとして今日の天気は晴れ時々パンツなのかな?


 急に降ってきたパンツをどう解釈すればいいのやらわからなくて、道の真ん中で女物のパンツをまじまじ見るという不審者ムーブをかましていると、前方から見慣れた二人組が声を上げながら駆け寄ってくるのが見えた。


「あ、ルリ!ルリじゃありませんの!おーい!」


「あ、リュリュ様じゃないですか。それにリナさんも」


 リュリュ、リナの主従コンビが駆け寄ってきたのである。


 さて、そのリュリュは近くに来るとルリが手に持っていたパンツに反応した。


「あら、わたくしのパンツじゃありませんの。ルリさんがキャッチしてらしたんですのね」


「は?これリュリュ様のパンツなんですか?なんで子爵家令嬢のパンツが空を飛んでたんですか・・・・・・」


「それは当然、屋外で脱衣していたからですわ」


「知ってます?普通の子爵家令嬢は当然脱衣はしないんですよ」


「んー・・・・・・そうですわね、そのパンツ、良ければルリにあげますわ。存分に使ってくださいませ」


「いやいらんわ!!てか生々しいわ!!やめてくださいよ、そういうネタはただでさえ人を選ぶんですから!ただでさえ少ない読者がこれ以上減っちゃったらどうするんですか!」


 ちゃんとパンツを返して、一段落ついてから改めてリュリュはルリに聞いた。


「ルリ、お姉様はどうしたんですの?あなたがお姉様と一緒じゃないなんて珍しいですわね」


「ああ、フルカさんは・・・・・・」


 ルリはリュリュへ一通りの事情を話した。


「なるほど、そういうことなら仕方ないですわね・・・・・・今日はお姉様と過ごしたかったところですが、しょうがないからあなたで我慢して差し上げますわ」


「は?・・・・・・いや、は?」


「わたくしの暇つぶしに付き合ってもらいますわよ!」


「いやちょ、待ってくださいよ!何を勝手に────」


「それはいい考えです、お嬢様。ルリ様もどうやら快く承諾してくれているようですし」


「ちょ、おい!クソメイドおい!」


「では私はこれから遊びに行きますので、ルリ様はお嬢様の相手をお願いしますね。さらばです!」


「クソメイドー!!」


 ルリは引き止めようと手を伸ばすが、リナはさっさと歩いていってしまった。


 ・・・・・・あとに残ったのはルリとリュリュの2人。


「さてと・・・・・・わたくしの暇つぶしに、付き合ってくださいますわよね?」


「ひい」


 こうして、ルリはリュリュとともに休日を過ごすことになったのであった。


 ◇


「えー、まあ、こうして遊び相手をゲットしたわけですけれども・・・・・・これからどうしましょう?」


「予定決めてないんですか?そんなんで僕を無理やり付き合わせたんですか・・・・・・」


 ルリが呆れ顔でそう言うと、リュリュは焦ることなく堂々と言い放った


「なあに、予定なんか決まってなくても大丈夫ですわよ!ここはギャグファンタジーの世界なんですから、ぼーっとしてても向こうから『起承転結』の『起』が転がって参りますわよ!そしたら暇になんてなりたくってもなれませんわ!」


「それはそれで不安なんですけど・・・・・・」


 と、ルリとリュリュがそんなやり取りをしていた時、ふとルリの服の裾を何者かに掴まれた。


「・・・・・・?」


 ルリがなんだろうと振り返ると、そこには四角い包みを持った4、5歳くらいの小さな女の子がいた。


 その女の子はルリのことをじっと見上げると、ぽつりとこう言った。


「・・・・・・お父さん?」


 ・・・・・・時が、止まった。


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


「・・・・・・ほら見なさい!何もしてなくても事件が向こうから転がってきて────って、え?え?えええええええ!?・・・・・・あなた、そんな感じで一児の父でしたの・・・・・・?」


「んなわけないでしょうが!!第一、僕は生まれてこのかた彼女すら出来たことないんですから!」


「単為生殖かもしれないじゃないですか」


「ねえよ!あるわけねえだろ!ミジンコじゃねんだよ僕は!!」


 そんなやり取りを終えてから、ルリはしゃがみ込み目線を合わせて幼女へ尋ねた。


「あの・・・・・・僕がお父さんってどういうことかな?何かの間違いだと思うんだけど・・・・・・」


 ルリがそう言うと、幼女は頷いて言った。


「うん。お父さんとにてたけど、やっぱりちがったみたい」


 どうやら、本当に何かの間違いだったようである。


「なんだ、ほんとに間違いだったんだ。よかったよかった・・・・・・」


「いや良くはないですわよ。ご覧なさいよ、この子、1人ですわよ。近くを見てみても誰も親らしき人が見当たらないのに、この子だけ1人でここにいるということは迷子の可能性が高いじゃありませんの」


「あっ、確かに・・・・・・言われてみれば、なるほどそうですね。えーっと、君はひょっとしてお母さんやお父さんとはぐれちゃったのかな?」


「えと、えっとね、わたしおかあさんにおべんとうをとどけにいくの」


「んー・・・・・・詳しく話を聞いてみましょうか」


 ルリとリュリュは、その子の話を詳しく聞いてみることにした。


 その話を要約するとこうである。この子のお母さんとやらはどこかのお屋敷のメイドとして働いていて、普段から忙しく働いてはいるのだが、最近は特に忙しく働いていたらしい。


 そして今日は朝早くから起きて、急にお弁当持参になったとかで、いつもは作らないお弁当を作っていたらしいのだが、慌ててたせいでせっかく作った弁当を忘れてしまったらしいのである。


「なるほど、それでお母さんの忘れたお弁当を届けに来たと・・・・・・しかし、なんで普段はお弁当持参じゃないのに急にお弁当持参になったんですかね」


「それは多分、わたくしが関係しておりますわね」


「リュリュ様が?」


「ええ。実は今日の夜はわたくしの歓迎パーティーがこの街のある大商人の家で開かれることになっておりますのよ。ここら辺でメイドを持つ家なんてそうそうありませんから、おそらくこの子のお母様もそこで働いている可能性が高いですわ」


「ふむふむ、なるほど・・・・・・ああ、だからその準備のために最近は特に忙しかったと」


「そういうことですわね。それで今日だけお弁当持参だったのはそれが影響ですわ。当日ともなれば料理人もメイド用の食事なんて作ってる余裕はないでしょうし、あと何かあった時のために食材も残しておきたいでしょうからね」


「なるほど・・・・・・そういうこともあるんですね」


「そういうことでしょうね・・・・・・ねえ、あなた、お母さんが勤めていらっしゃる商人の名前はなんていうんですの?」


「バーリーさんっていってたよ」


「ああ、歓迎パーティーを開いてくれた商人で間違いありませんわ。そういうことみたいですわね・・・・・・ふむ」


 リュリュはしゃがみ込み女の子と目線を合わせると、こう言った。


「そういうことなら、わたくしにも責任の一端がありますし、わたくしたちも一緒に、その商人の屋敷までついていって差し下げますわ」


「ほんと!?」


「ええ。よろしいかしら?」


「いいよ!3人のほうがたのしいもんね!」


 と、いうわけでルリとリュリュはこの女の子と一緒に商人の屋敷まで行くことになったのだった。


 ◇


「あ!おとうさんがたまにきてるのとおなじふくきてる人がいる!」


「ああ、ルリに似てるっていうお父さんですわね。どれどれ・・・・・・」


「あの、リュリュ様あれって・・・・・・」


「確か異世界から伝来したっていう・・・・・・バニー衣装という服でしたわね・・・・・・ルリに似ていて、たまに女性用の服を着ている・・・・・・ご夫婦の夜の生活が透けて見えるようですわね」


「なんですか、生々しすぎる下ネタ言うことがリュリュ様最近のマイブームなんですか?」


 こんなことを話しながら歩いていると、やがてバーリーという商人の屋敷へ辿り着いた。貴族を招待できるほどな商人だけあって、かなり大きく豪勢な屋敷だ。人の背丈を優に超える大きさの門の前には、門番が2人立っていた。


 リュリュはそのうちの1人へ声をかけた。


「ちょっとよろしいかしら?」


「ん?なんだ嬢ちゃん。悪いがここは大商人バーリー様のお屋敷でな、そう易々と人を近づけるわけにはいかねえんだ。特に、今日は子爵様がいらっしゃるんで特に警備を厳重にせよとのお達しがあってな」


 普通の子供に言い聞かせるようにする門番に向かって、リュリュは手に持っていた扇子を開いて、中に描かれたサルトル家の紋章を見せた。


「こ、これはサルトル子爵家の紋章!?と、いうことはあなた様は・・・・・・!」


「あなたの想像通りの存在ですわ。わかったらさっさと門を開けて、わたくしたちを通してくださいまし」


「ぐぐぐ・・・・・・し、しかし警備の面から言って例え子爵家のご令嬢様といえどもそう軽々しく通すわけには・・・・・・す、少しお待ちください!バーリー様を呼んできます!」


 彼はもう1人の門番にその場を任せて駆け出して行った。


「むう、流石に子爵家パワーでゴリ押すのは無理っぽいですわね」


「まあ、仕方ないですよ。待ちましょ待ちましょ」


「まとー!」


 ルリとリュリュと女の子が待っていると、眼鏡にスーツという、あまり商人らしくない見た目の男が現れた。一見したところ商人とは思われないが、門番が連れてきたところを見るに、この男が大商人のバーリーで間違いないらしい。


「あなたが商人のバーリー様ですか?」


 ルリがそう尋ねると、


「そうだ」


 バーリーはメガネをくいくいっとしながらそう言った。


「それで?子爵家ご令嬢が、どういうご用向きでいらっしゃったのかな?パーティーまでにはまだ時間があるはずだが・・・・・・」


 と、そう答えた。


 ルリはこのバーリーという男へ、包み隠さずに事情を話した。


「と、いうことでこの子のお母さんに会わせて欲しいんです。会えたら何もせずに帰りますから、邪魔にはならないと思います。どうかよろしくお願いします」


 ルリはそう言って頭を下げた。それを見てリュリュがその女の子を促すと、女の子も頭を下げてやや辿々しい口ぶりで言った。


「よろしくおねがいします!」


 商人はその様子をじっくりと見てから口を開いた。そしてこんなことを言った。


「ルリと言ったね、君、正義というのを知っているかな?」


「は?」


「正義だよ正義。ジャスティスだ。ご存知かな?」


「いや知ってますけど・・・・・・え?」


「じゃあ聞くけど、君はどういうことが正義だと思う?何が善で、何が悪かを分ける基準とは?」


「あの、急に倫理の授業始まって僕、ついていけないんですけど・・・・・・そうですね、人を殺しちゃいけないとか、嘘をついてはいけないとか、そういうのが善悪を分ける基準になるんじゃないんですか?」


「確かに、そうだ。一般的にはそういうことが善悪を分ける基準であると言われている。だが、それも絶対的な基準とは言えないのではないか?所詮それらも絶対的な基準とは言えず、恣意的な基準なのではないか?確かな基準もなく、恣意的に判断しているだけではないのか?」


「恣意的・・・・・・ですか?」


「そうだ。嘘をつくことは一般にはいけないこととされている。しかし、ある人物が詐欺的行為をやっていたとして、それは一般的には悪とされる。だが、その人が詐欺的行為をするに至った、御涙頂戴の悲劇的な背景を聞かされたとしたらどうだろう。昔から貧乏で、とか、自分も人に騙されて借金をさせられて、とか。そうしたら、十中八九の人間が、こう言うだろうと思う。『可哀想だから許してやれ』と」


「そうでしょうけど・・・・・・これなんの時間なんですか?」


「人を殺すにしても、例えばいじめられていた人間が、いじめに耐えきれずにいじめていた人間を殺したとしたら、むしろ殺された人間の方を群衆は憎むんじゃないか?むしろ、殺された人間の方が悪になる・・・・・・。こんなふうに、人は悲劇的な背景がちょっとでもあれば、通常なら有無を言わさず悪と決めつけるような人間すら、善なる者としてしまうんだよ。しかしこんなものはなあ、絶対的正義の基準とは言えない。こんなものは完全なる恣意的判断だ。こんな人間の感情によっていちいち揺らぐような基準は絶対的とは言えないんだ。故に君の話したそれらの基準も、絶対的正義ではあり得ない。俺はそう思っている」


「はあ・・・・・・」


「だがしかし!ここで俺は絶対的なる正義の基準を発見した!」


 と、バーリーはいうと、どこからともなく何かを取り出した。


「なんすか?それ」


「これはな、聖典にも記された聖なる食べ物、チョコミントアイスだ!」


「チョコミントアイス・・・・・・」


 バーリーはチョコミントを突き出して言った。


「そう、この聖なるチョコミントアイスを食べて、美味しいと思うかどうか・・・・・・それで俺は善悪を分けることにしたのだ!!」


 バアァァァァァン!!!


「・・・・・・いやあんだけ長々聞かせといてなんだその結論は!?これ以上ないくらいの恣意的判断じゃねえか!!」


「とりあえず食え!これを!」


「急に雑!さっきまでの賢げな感じはどこ行ったんだよ!」


 と、いうことでチョコミントアイスを食べることになった。


「このチョコミントアイスを食べて、美味しいと感じたらその人は善人として我が屋敷に入ることが出来る。だがしかし!マズイと感じたらその時は悪人としてこの屋敷には入れない!大人しく帰ってもらう!そういうことにする!」


「いやどういうことだよ!!・・・・・・おかしいな、なんでこんな展開になったんだろう。わけがわからないよ」


「まあこうなった以上は仕方がありませんわ」


「仕方ないですかね・・・・・・?」


「とりあえずチョコミントアイスを食べますわよ」


「アイスたべれるの?わーい!」


 3人は商人の屋敷へ入るために、チョコミントアイスを食べることになった。謎展開。


「あら、初めて食べましたけど、けっこう美味しいですわね。爽やかなミントとチョコのまったりとした甘さのマリアージュですわ」


「おいしーね!」


 リュリュと幼女、合格。


 さて、次はルリの番になった。


 ルリは、カップの中に入っている、緑と茶色のまだら模様を見つめ、ごくりと生唾を飲み込むと恐る恐るスプーンで掬い取り口に運んだ。


 そして目を見開いた。


「こ、これは・・・・・・!」


 ルリは口を押さえ、スプーンを取り落として言った。


「う、これは・・・・・・ちょっと僕には・・・・・・歯磨き粉の味かもしれない・・・・・・」


 ルリ、不合格。


「うう・・・・・・僕はバーリーさんの屋敷には入れないのか・・・・・・釈然としねえ!思いっきり釈然としねえ!釈然としないけど・・・・・・まあ、最悪僕が

 出禁でも、リュリュ様とあの子が入れたんなら・・・・・・いいかな」


 と、そんなことを言うルリの背中を、バーリーはポンポンと叩いて言った。


「別に、入ってもいいぞ」


「・・・・・・は?え、いやだって僕はチョコミントを美味しいと感じられなくて・・・・・・」


「やだなあ、チョコミントが美味しかったら善人で美味しくなかったら悪人なんて、そんなこと本当に思ってるわけないじゃん。ほんの冗談だよ冗談!入っていいよ」


「・・・・・・なんだったんだよこの時間!」


 無事、3人とも屋敷に入れました。


 ・・・・・・・


 バーリーの屋敷に勤めているという、女の子のお母さんに、ちゃんとお弁当を届けることができた。


「おにいちゃんおねえちゃんありがとー!またあおうねー!」


 お弁当を渡したあと、今度はこの女の子を彼女の家まで送り届けた。


 女の子が手を振ってそんなことを言ってくれたので、2人も笑顔で手を振りかえしながら、やがて別れた。


「さて、これからどうしましょうかね・・・・・・」


「カフェでお茶でもしませんこと?」


「ああ、いいですね。この辺にいいお店があるんですよ。なんとあの、A級冒険者のユウキさん御用達の・・・・・・と、いっても所詮は庶民向けのものなので、貴族向けの上等な紅茶を飲み慣れたリュリュ様には少し物足りないかもしれませんが・・・・・・」


「あら、別にそんなの気にしませんわよ。大事なのは、何を飲むかではなくて、誰と飲むかですわ」


 リュリュたちは女の子と別れたあと、喫茶店でお茶をしながら、2人で楽しく話したのだった。


 ◇


 ルリ、フルカはリュリュやリナと色々なことをして何日か過ごした。


 そうこうしているうちに子爵一行がこの街を離れる時が来た。リュリュとリナと別れる時が来たのである。


 街の外、子爵家の紋章のついた、子爵家の私兵が警護する複数の馬車のそばで、フルカとルリはリュリュやリナと別れの挨拶を交わしていた。


「だからさ、生クリームを塗ってないスポンジだけのケーキって要するにこれは全裸のケーキなんだよ。だからなんのドレッシングも調味料もかかってない野菜盛り合わせは全裸のサラダになるんだよな」


「・・・・・・・なるほど、単なる手抜きでも何か意味ありげなことを言っておけば深遠なる意図の表現と見てもらえるんですね。勉強になります」


「フルカさんの言葉を変なふうに曲解しないでください。クソメイド」


 別れの時だが、なんとなくいつもの感じになっていたところへ、リュリュがルリへ話しかけた。


「ルリ、これでお別れということですし、わたくしからあなたへプレゼントがありますわ。お姉様にもあとで渡しますけど、先にあなたから渡しましょう」


「ああ、これはご丁寧にありがとうございます」


「はい」


「・・・・・・なんですかこれは?」


「わたくしのパンツですわ」


「天丼かよ!もういいよパンツは!」


 ルリがそうツッコむと、リュリュは笑いながら、


「冗談ですわ、冗談。本当はこっちですわ」


 と言っていつの間にかそばに来ていたリナから何かを受け取って、それをルリへと差し出した。


「これは・・・・・・剣、ですか?」


「ええ、そうですわ。あなた、かなり安物の剣を使ってますでしょう?しかもけっこうボロボロになってますし・・・・・・だから差し上げますわ」


「え、でもこれ・・・・・・けっこう良いものですよね?」


「わかりますか。そうですわ。そこそこ良いものなんですのよ。それに、柄頭のところにサルトル子爵家の紋章が彫ってありますから、何かあった時にはそれを見せれば、なんとかなるかもしれませんわ。・・・・・・まあ、子爵家ごときの力でどこまでの事態を乗り切れるかわかりませんけど・・・・・・」


「い、いやいやそんな・・・・・・ほ、ほんとに良いんですか?僕みたいな人間にこんな大層なものを・・・・・・」


「何言ってるんですの。わたくしはこれでもあなたのことはけっこう買ってるんですのよ。そんなものならいくらでも差し上げますわ」


 ルリは非常に恐縮していたが、恐縮したまま、肩にかけていたカバンの中から何かを取り出した。


「・・・・・・これは?」


「リュリュ様の贈り物のあとで非常に恐縮なんですけど・・・・・・フルカさんの似顔絵です。リュリュ様なら喜ぶかと思いまして・・・・・・」


 ルリが差し出したのはフルカの似顔絵だった。写真立てのような小さな額縁の中に入っていて、箪笥の上とかテーブルの上とかに飾れるようになっている。


「あ、と言っても描いてもらったのは画家ですらなくて、元画家志望で絵が上手いっていう冒険者に描いてもらったもので、この額縁もそこら辺の店で売ってたやっすいやつなんで・・・・・・すいません。やっぱりリュリュ様の贈り物の後では見劣りしますよね・・・・・」


「いえ、そんなことありませんわよ。すっごく嬉しいですわ。ただ、唯一不満点を挙げるとすれば──────」


 リュリュはルリの手からフルカの似顔絵を受け取りながら言った。


「─────お姉様の似顔絵だけで、あなたの似顔絵がないってところが唯一の不満点ですわね」


「・・・・・・は?い、いや僕なんかの似顔絵に需要なんかないでしょ」


「あら、十分ありますわよ。短い付き合いですけど、わたくしは一応あなたのことは友達だと思ってたんですのよ。あなたも、そう思ってたんじゃありませんこと?あなた、時々わたくしにツッコむ時敬語がとれてましたもの」


「あ、い、いやあその節は・・・・・・なんというか、あれはその、夢中になっていたもので・・・・・・」


「別に良いですわよ。わたくしはやっぱり貴族の娘だから、同じくらいの年齢の子でもみんな遠慮してしまって、普通の子供たちみたいに全然打ち解けることがなかったですから。・・・・・・ま、リナみたいに遠慮会釈もない人もいますけど、リナは同年代の友達って感じではないですものね。だから、ルリ、あなたがあんなふうに接してくれて、わたくしはけっこう嬉しかったんですわ」


「・・・・・・・」


 リュリュは次にフルカへプレゼントを渡した。フルカへのプレゼントは全裸の女神像であった。フルカは大層喜んだ。


 こうして、別れの挨拶も済んで、子爵一行は馬車へと乗り込み伯爵閣下のいらっしゃる街の方へと去ってしまった。


 ルリはその馬車を見送りながら、ポツリとこう呟いた。


「・・・・・・今度は、僕の似顔絵もちゃんと用意しておきます。だから、またこの街に来て、くだらないボケかましてくださいね。そしたら僕はツッコミながら、それを渡してあげますから」


 ルリとフルカは、馬車が見えなくなっても、出来うる限り留まり続けて、友達との別れを惜しんだのだった。

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