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第13話 全裸とメイド喫茶

「良かった、さすがにフルカさんみたく全裸で出かけるなんてことはしてないんですね・・・・・・」


 ルリは街の中央にある広場の噴水の前、約束した待ち合わせ場所にいたサルトル子爵家の令嬢、リュリュの格好を見てホッと胸を撫で下ろした。


 ルリとフルカは、リュリュと会う約束をしていた。と言っても、ルリとフルカは一般庶民(1人全裸)なので、気軽に貴族と会えるわけではない。


 ただ、ルリにどうしても人数が必要な用事が出来てしまったので、一応リュリュが逗留している屋敷に行った。街には貴族や王族などいと尊き方々がいらっしゃった時のために、専用のお屋敷があるのである。


 で、そこの衛兵にダメもとで伝言を頼んだところ、ちゃんと伝えてくれたらしく、ルリの家に返事の使いが来た。それでこうやって待ち合わせをすることができたのだ。


 そういう経緯で待ち合わせ場所に来たリュリュは、例の大正女学生風の服、上は着物に、下は袴という服をちゃんと着ていた。ひょっとして全裸で来るんじゃないかと戦々恐々だったルリは、それを見て安心した、というわけである。


 ルリのその言葉を聞き、リュリュは神妙な面持ちをするとこう言い出した


「ええ。わたくし、あの後考えたんですの・・・・・・。物事には順序がある。やはりお姉様みたいに外で全裸になるには、わたくしはまだまだレベルが足りないと」


「はあ・・・・・・」


 何を言ってるんだろうこの人は。


「全裸は一日にしてならずですわ!だからわたくしは一歩一歩進んでいくことにしましたの!」


「うん。ちょっとよくわかんないですけど・・・・・・」


「ということで、まずは手始めにパンツを穿かずに外出してみましたわ!そう、わたくしの全裸は、ここから始まるんですわあー!」


「そんな少年マンガの1話みたいなこと言われても・・・・・・」


「リュリュ・・・・・・頑張れよ!全裸への道を、一歩ずつ確実に歩いていくんだぞ!」


「終わりへの歩みですね・・・・・・」


 この2人はもうダメだと思って、ルリはリュリュの斜め後ろ、自分の目の前にいるメイドのリナに話しかけた。


「あの・・・・・・リュリュ様あんなことになってるけどいいんですか?このままじゃ道を踏み外すことになりますよ・・・・・・」


「私が怒られなきゃ別になんでもいいですね」


「クズすぎるだろ・・・・・・」


 この人もダメだった。


 ルリはこの3人を御しきれるだろうか、大丈夫だろうかと一抹の不安を抱えながら目的地へと向かうのであった。


 ◇


「ところで、ルリさんから急に呼び出されたわけですが・・・・・・一体何の用なんですの?」


「リュリュ様、その質問に答える前に、まずズボンを穿いてください」


「えー」


「えーじゃなくて!」


 それではあらためて、テイク2。


「急に呼び出されたわけですが・・・・・・一体何の用なんですの?」


「それがですね・・・・・・うちの姉がやっている喫茶店が突然人員不足になってしまったらしくて・・・・・・」


「人員不足・・・・・・ですの?」


 そう何でも、ルリの姉がやっている喫茶店の店員の中でにわかに風邪が流行ってしまって、人員不足となってしまったらしいのである。


 ギルドで絡んできた例のパスタ投げ少女ヤスナと、その時一緒にいたメガネをかけた図書館の司書風の少女アンナ(魂技は『メガネビーム』。メガネからビームを出せる能力)もヘルプで入ってくれたりはしたのだが、その2人も指名依頼が入って来れなくなってしまったらしい。


 で、ルリは誰か友達で手伝ってくれそうな人を連れてきてくれ、と頼まれたのである。


「僕の友達も依頼とかで全然捕まらなくて・・・・・・」


「それで一か八かでこないだ会ったばかりのわたくし達を頼ってきたというわけですのね」


「やっぱりリュリュ様みたいな高貴な方が、喫茶店の手伝いっていうのはまずかったですかね・・・・・・」


「いえ、わたくしも庶民の仕事というものに興味があったからちょうど良かったですわ」


「そう言っていただけると助かります・・・・・・」


 さて、そんなことを言っているうちに、どうやらルリの姉がやっているという喫茶店に着いたようである。


「着きましたよ」


 リュリュはそう言ってルリの示した方向を見遣った。


「これは・・・・・・」


 ルリの姉がやっているという喫茶店。一見すると普通の喫茶店と何ら変わらないようであるが、よく見ると明らかに通常の喫茶店とは違うところがあった。


 壁はレンガ造りで、真ん中の辺りに半円形、アーチ型の西洋風デザインの扉がある。その右隣には、ショーケースがあって中には食品サンプルが置いてある(この食品サンプルを置くという文化も、その技術とともに異世界人が持ち込んだものだ。最も、日本の食品サンプルのように、本物と見紛うほどのレベルではない)。


 ここまでは普通の喫茶店と何ら変わりはない。問題はここからだ。扉の左隣には黒板が置いてあって、そこにアニメ風の絵柄で、可愛らしい女の子の絵が描いてあった。しかも、その女の子は普通の格好ではなく、いわゆるメイド服を着ている。


 そして、扉の上の看板には、ポップなデザインの文字で『メイド喫茶 ホワイティ・ホワイト』と書いてあった。


 ぽかんとした表情で店を見つめるリュリュに対して、ルリはこう説明した。


「これが僕の姉さんの店、見ての通り、いわゆる『メイド喫茶』って奴です」


「これがメイド喫茶・・・・・・ですか。あの異界の人々が持ち込んだという・・・・・・なるほど、これは少し予想外でしたわね。喫茶店は喫茶店でも、まさかメイド喫茶だとは」


「何でも、姉が前にユウキさんから借りて読んだ異世界の書物に書いてあって、興味を持ったらしいですよ。もし冒険者を引退するような時があったら、メイド喫茶なるものをやってみたいと思ってたんだとか」


「へえ・・・・・・そうなんですのね」


「と、こんなこと話してる時間ないんでした!早く入りましょう!」


 4人はメイド喫茶の中に入った。内装はピンク色やリボン多めで、女の子らしい可愛いらしい雰囲気で飾り立てられてある。


 そして、そんな店の中ではメイド服を着た女性が1人、箒を使って掃除をしていた。


「あれが、ルリさんの・・・・・・?」


「ええ。あれが僕の姉さんです」


 ルリの姉。


 それは血のように紅く炯々として、しとしとと、引き込まれるような眼を持った、濡れたように艶やかで麗しい黒髪の、斬れそうなほど美しい女性だった。


 しかも左手が義手。


「いや・・・・・・一介のメイドが出す風格じゃないですわよ・・・・・・メイドというより冥土送りにされそうじゃありませんの」


「まあ、元上級冒険者ですから・・・・・・とりあえず、声をかけましょう。姉さん!呼んできましたよ!」


 ルリが声をかけると、ルリの姉は一旦手を止めて顔を上げた。


 と、そこでルリは突然、自分が大切なことを忘れていたことに気づいた。


(あれ?そういえば・・・・・・・)


 そう、ルリはあろうことか、フルカについて事前に説明するのをまた忘れてしまっていたのである。


(し・・・・・・しまったあああああああああ!!)


 さて、ここで問題だ。


 問い 全裸の女性を連れて外から戻ってきて、姉に紹介したらどうなるか。


 答え 死。


「あー、っとですね・・・・・・姉さん、これは、その・・・・・・」


 わたわたと説明するルリをよそに、姉はフルカのことをじっと見つめると意外なことを言った。


「・・・・・・はっ!この人はまさか・・・・・・妖精さんか!?」


「はい?」


「メイドとして頑張る私のもとに、ついにメイドの妖精さんが姿を現してくれたのか・・・・・・?」


「いやどういう思考回路?何をどうしたらそんな発想になるんですか・・・・・・」


「メイドの妖精だったらメイド服着てなきゃおかしいですわよ、ルリさんのお姉様」


「そうですよ、店長。この方は妖精などではなく・・・・・・『自分のことを海苔をつける前のおにぎりだと思い込んでる人』です。自分に海苔をつけてくれる誰かを待ってるんです」


「ちょ、リナさん!場をかき乱さないでください!何で急にカスみたいな嘘つくんですか!?」


 さて、ツッコんだあとでルリはふと思い出したように言った。


「あれ?そういえば姉さんは前にフルカさんと会ってるじゃないですか」


「おー、そういやそうだったな!ルリの姉ちゃんと会ったことあったわ、私!」


「む?そう言われれば前に会ったことあるような気がするな・・・・・・」


「会いましたよ。もう忘れちゃったんですか?」


「いや、あまりに現実味がなかったんで夢でも見たのかと思ってた・・・・・・」


「・・・・・・まあ、そりゃそうか」


 気を取り直して。


 ルリはこほん、と空咳を一つしたあと、改めて姉に連れてきた3人を紹介した。


「えー、こちらがフルカさん。冒険者仲間ですね。大体この人とパーティを組んで依頼を受けてます」


「それはそれは・・・・・・ルリがいつもお世話になっております」


「いやいや、こちらこそだぜ!」


 続いてリュリュとリナ。


「こちらはサルトル子爵家の御息女、リュリュ様とそのメイド兼護衛のリナさんです」


「よろしくお願いしますわ」


「お嬢様ともども、よろしくお願い致します」


「子爵家のご令嬢とそのメイド、そして全裸・・・・・・・また凄い人たちを連れてきたものだな」


「あはは、まあ他に頼れる人がいなかったものですから・・・・・・特に全裸に関しては先に謝っておきます。本当に申し訳ありません」


「うおおおおおお!やあってやるぜー!」


「はは、元気だなフルカさんは。と、私の自己紹介がまだだったな。私の名前はルーフィリア・ホワイト。気軽にルーと呼んでくれ。一日だけだが、一応君たちの上司・・・・・・ということになるかな。よろしく頼むよ」


 一通り紹介が終わり、さてと・・・・・・と一座を見渡し、それからリュリュのことを注視して言った。


「なあルリ・・・・・・貴族のご令嬢にメイド服着せて働かせるとかしていいものなのか?何というか、問題になりそうな気がするんだが・・・・・・」


「あっ、そういえば・・・・・・」


「何、一日働くくらいなら大丈夫ですわよ。お父様に気づかれさえしなければ、問題ないですわ」


「そうです。誰も告げ口しなければ問題ないですよ。ということで、はい」


 そう言って、リナは手のひらを上に向けて出した。


「・・・・・・何ですか?それ」


「口止め料下さい」


「あんた本当に子爵家のメイドか?」


 まあとりあえず、問題はないということで、フルカ以外はメイド服に着替えることになった。


 着替え中・・・・・・


 ・・・・・・・・


「ね、姉さん・・・・・・」


「どうした?・・・・・・おお!似合ってるじゃないか」


「いや似合ってるって・・・・・・あの、僕、男なんですよ・・・・・・何で僕までメイド服着なきゃならないんですか・・・・・・」


 ルリは頬を赤らめながら、やや短めのスカートを手で押さえるようにした。


「仕方ないだろう。ただでさえ人員不足で、猫の手も借りたいくらいなんだ。可愛い弟の手だって借りるさ」


「まあ大丈夫だろ!お前普段から男感これっぽっちもないしな!」


「フルカさん、それ全然フォローになってない・・・・・・」


 さて、続いてリュリュが出てきた。リナも、自前のメイド服ではなく、この店のメイド服に着替えていた。


「リュリュ様、それは・・・・・・」


「いいでしょう?これ。こんなこともあろうかと持参してきましたわ!」


 こんなこともあろうかって、どんなことがあると思ってたのか知らないが、リュリュはメイド用のカチューシャの代わりに猫耳をつけていた。スカートからはちゃんと尻尾も伸びている。非常に可愛らしい猫耳メイドになっていた。


「どうでしょう」


「いや可愛いですよ?可愛いですけど・・・・・・露骨に媚びてきましたね」


「読者へのさりげないサービスも貴族たる者の勤めですわ」


「あとものすごい気になるんですけど、その尻尾はどうやってつけてるんですか・・・・・・?」


「・・・・・・・」


「おい!」


 挿入式尻尾はともかく。


 これで全員、ここの喫茶店のコスチュームであるメイド服を着たのだった・・・・・・・ただ1人を除いて。


「・・・・・・・」


 お察しの通り、フルカだけは全裸であった。


「・・・・・・」


「・・・・・あの、姉さん?」


 ルリの姉、ルーは、そんなフルカのことをじっと見ていたが、やがてポケットから海苔を一枚取り出すとそれをフルカに差し出した。


「すまないな、たいした海苔でもないんだが・・・・・・こんなのでよければつけてくれ」


「いやだから、フルカさんは自分をおにぎりだと思い込んでるわけじゃないんですよ・・・・・・まだ信じてたんですか・・・・・・」


 とりあえず、フルカはそのまま接客することになったのだった。


 ◇


「いらっしゃいませー!」


「フルカさん、いらっしゃいませじゃないです。挨拶違います」


「あ、そっか!お帰りなさいませ!お嬢様!」


 開店すると、早速お客様が入ってきた。女性客である。フルカは全裸で対応した。


「・・・・・・何で全裸なんですか?」


 当然の反応をされた。


「えーっとですね、これは、その・・・・・・」


「お嬢様、この方は自分を剥かれた甘栗だと思い込んでるんです」


「今度は甘栗かよ!もういいよカスみたいな嘘は!」


「へー、そうなんですか。あ、じゃあモンブラン注文してもいいですか?」


「前から思ってたけど、この街の人って順応力高すぎない?」


 フルカはとりあえず大丈夫そうである。


 一方リュリュはというと・・・・・・


「ねーねー、この尻尾どうやってついてるの?」


「あっ、ちょ、やめてくださいまし・・・・・・その尻尾を引っ張ってはいけませんわ・・・・・・!」


 大変なことになっていた。


「やばい無垢なる興味が!無垢なる好奇心がリュリュ様を殺そうとしてる!社会的に!」


 ルリは慌てて止めに入ろうとする。


「やばい!止めに入らないと・・・・・・!」


 と、リュリュのもとへ行こうとすると、後ろからリナと客の話し声が聞こえた。


「・・・・・・なあ、俺の目にはあそこに全裸の女性が立ってるように見えるんだけど・・・・・・」


「全裸の女性・・・・・・ですか?はて、私には見えませんが・・・・・・」


「やっぱりあれは、俺にしか見えない類の存在だったのか・・・・・・!?」


「ちょ、リナさん!客をからかって遊ぶな!!」


 ・・・・・・・店は常になく、こんな感じでわちゃわちゃしていたが、まあどうにかこうにかやっていけそうであった。


 こうして、全裸まじりのメイド喫茶業務は順調に(?)執り行われていくのであった。


 ◇


「姐さんすいません!思ったより依頼が早く片付いたんで、手伝いに来やした!」


 さて、そんなふうに店を回していたところ、なんと依頼を早めに終わらせる事が出来た例のパスタ投げ少女、ヤスナが駆けつけて来てくれた。


 そしてフルカと鉢合わせした。


「あーっ!!お前はあの時の全裸野郎!」


「そういうお前は、パスタ投げ少女!」


「・・・・・・何変なあだ名つけてんだよ!次そんなふうに呼びやがったら、お前をジェノベーゼにしてやるかんな!!」


「やめてくれ。ジェノベーゼは人を選ぶんだ」


 2人がこんなふうに会話を交わしていると、ヤスナの声に反応したルーがこちらの方へやってきた。


「おお、ヤスナ、来てくれたのか」


「はい姐さん!超速で片付けて飛んできました!」


「そうかそうか・・・・・・ありがとな。早速だが、メイド服に着替えて接客に────」


 と、ルーが早速ヤスナを着替えさせるためにバックヤードへと連れて行こうとしたところ、ふとルリと客とのこんなやり取りが聞こえた。


「よーよー、君可愛いねー?俺と遊ばなーい?」


「あの、ご主人様、そういうことを言われては困ります・・・・・・あと僕、こう見えても男なので・・・・・・」


「男!?そうなのか、逆に興奮してきたな・・・・・・」


「ああ、やばい人だこの人・・・・・・」


 その様子を見て、フルカは声を上げた。


「おいおい、あれマズくないか?ルリの奴、なんか絡まれてるっぽいぞ?助けに行った方が─────」


 と、フルカはルリの姉であるルーの方を見た。


「・・・・・・」


「ルー?」


 フルカはルーへ呼びかける。ルーは、青ざめた顔をして震えていた。手を強く握りしめ、何かに耐えているようだった。


「私が止めてきます。大丈夫です、姐さんが出るまでもありやせん」


 その場はヤスナのおかげでうまく切り抜けることが出来た。だが、フルカは疑問に思ってルーにこう質問した。


「なあ、確かあんた元冒険者だったよな?しかもけっこう強めの・・・・・・」


「ああ、そうだな」


「ならあの程度のチンピラなんて、物の数でもないはずだろ?なのになんで、そんなに怖がってるんだ?」


 そこへチンピラを諌めて戻ってきたヤスナが割って入った。


「バカかお前は!この程度の奴に姐さんが怖がるわけないだろうが!これは姐さんが出るまでもなかったんだよ!それに、姐さんはお強いけれども、どちらかといえば1人相手より多人数相手の方が得意だしな!」


「でも、震えてたぞ?」


「いやそれは・・・・・・武者震いってやつだよ!」


 と、ルーを庇うようにするヤスナを制して、彼女は言った。


「もういい、ヤスナ。そんなふうに庇ってくれなくともいい」


「姐さん・・・・・・」


「私は実際恐怖したのだ。それは事実だ。隠そうとしても仕方がない。認めよう」


 と、ルーはそこで一瞬言葉を切ってから、付け加えた。


「だけど、恐怖したのはあのチンピラ相手ではない。もっと別のもの、別の何かに恐怖したのだ」


 フルカの疑問はまだ解けなかったが、彼女はそれ以上聞かないことにした。ただ、そうか、とだけ言ってこの話は終わりにした。


 こういう小さな事件はところどころで起きたものの、大きな事件は起きることもなく全体的に見ればその日のメイド喫茶業務は無事に終わった。


 フルカ、ルリ、リュリュ、リナの4人はルーの好意で夕飯をご馳走になることになった。


「じゃあさじゃあさ!このパスタでジェノベーゼ作ってくれよ!」


「やめろおい!それは食用じゃなくて武器用のパスタなんだよ!つーか歯ぁ折れるぞ!?」


 ちゃんと食用のパスタを食べました。

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