物思いに沈む僕を乗せて馬車は行く。パートリッジ本邸に到着すると、出迎えてくれたのはメイドだ。
「エレノア坊ちゃま、おっかえりなさーい! 見てください、ウチのおっ
「ああ、そっか。直して届けてくれるって言ってたもんね」
「はいさ! ちゃんと
「良かったね。ところで、これ。夕食に出して」
「食べ物ですね! 今日は食べ物の日ですね! 坊ちゃんは愛されてますねえ!」
「うん? とにかく、よろしく」
「はーい!」
ちょっとまだしんみりしてる僕は深く考えずにバスケットをメイドへ渡し、階段をのぼる。少し遅れてメイドがついてきた。……いや、本人はこっそり追跡してるつもりかな? 足音は聞こえてるし、ときどき「くふふ」って笑い声が聞こえてるから丸わかりなんだけど。
何だろうって思いながら部屋の扉を開け、僕は動きを止める。
「なに、これ?」
部屋の中央に、大きな麻袋が五つも積んであった。
いや、それだけじゃない。横にはみずみずしい野菜がどっさりあるし、羽根をむしってある丸々とした鳥や、大小さまざまな魚まで置いてある!
あれだけ言ったのにまた扉に触ったのか? って文句も頭をよぎるけど、今はそれよりこの食料の謎が知りたい。
近寄ってみると麻袋の上には一枚の紙が置かれていた。そこに書いてあったのは村の人たちの名前と、簡単なメッセージ。
内容はどれも、
「天候が良かったこともあって今年は豊作でした。若旦那に小麦のおすそ分けです!」
「坊ちゃんのため漁に出ました。この魚は干物にするとおいしいんですよ!」
という、僕にあてて食料の紹介をしたもの。中には小さな子が書いたものもあって、
「ぼくがとった、おやさいで、わかだんなさまが、おおきくなりますように」
なんてたどたどしい文字と一緒に、雲を突き抜ける巨人の絵が描いてあった。
え……これはまさか……。
昨日、村へ行ったときに皆が僕の頭の上を見てたあれは、背の高さを気にしてたってこと?
紙を持ったまま呆然としていると、隠れるのをやめた……ううん、隠れてたことを忘れたんだろうな。メイドがくふくふ笑いながら近寄ってきた。
「びっくりしました?」
「……うん」
「良かったー、わざわざ坊ちゃんの部屋まで持ってきた甲斐がありましたよ! それじゃあ貯蔵庫まで運ぶの手伝ってください!」
「えっ? 運ぶ?」
「はいさ! 坊ちゃんの部屋に置きっぱなしってわけにはいかないじゃないですかー!」
「……だったら何のために僕の部屋まで持ってきたの」
メイドはぐっと胸を張る。
「見せたかったから!」
それなら最初から貯蔵庫に置いておいて、そこへ僕を案内したらよかったよね?
なんて言っても仕方がない。既にここにあるんだから。
麻袋の横で着替えをした僕は、メイドと、途中からは男性使用人と一緒に何往復もしながら、食料を地下の貯蔵庫へ運び込んだ。
「今日はごちそうですよ! 楽しみにしててください!」
そう言って手をふるメイドと別れ、僕は部屋へ戻る。
当然ながら村の皆にだって生活がある。なのに税以外の食料をこんなに届けてくれるなんて本当に優しいな、ありがたいよ。
あと、僕ってそんなに小さいのか。確かにサラと同じくらいの背丈だもんな。はあ……。
そんなことを思いながら魚と、肉と、穀物の匂いの中で化粧を落とす僕の心からは、帰って来た時のしんみりした気持ちなんてとっくに消え去っていた。
***
次の週は姉上が王都で活動する番。だけど僕だって無為に過ごすわけじゃない。使用人が三人しかいないパートリッジ本邸はやらなきゃいけないことが山積みだし、そうでなくとも翌週のためにちょっとした仕込みもしなきゃならないんだ。
そうしてまた僕が“エレノア”になる週を迎え、赤の曜日の朝が来た。ピッカピカの馬車に乗った僕は資料を抱えてモート邸へ向かう。やっぱりサラは玄関で待っていてくれた。今日は華やかな紅色のドレスだ。
「ごきげんよう、サラさん」
「おはようございます!」
会えなかったこの十日はすごく長く感じたし、寂しいなあとも思ったけど、サラの顔を見たらそんな気持ちも吹き飛んじゃうよね。
で、僕が来たということは、もしかして……。
「あ、ええと。今日の父は朝から『忙しい』って言って、ちっとも書斎から出てこないんです」
サラが苦笑まじりにそう言ったのは僕が玄関を見たせいだ。さすがだね、サラは僕が何を気にしてるのか分かったんだな。
「そうでしたの。では、ジェフリー卿にお取次ぎを願えますかしら?」
「何かありました?」
「ええ、少々用事がありますの。ですが大したことではありませんわ。すぐに終わりましてよ」
サラは困惑したように目を瞬かせたあと、控えてた使用人に指示を出した。でもその表情はなんとなく浮かない。理由が分からなくて不安なんだろうなっていうのは僕も理解できたから、安心してもらえるようにもう一度笑った。
時間をあけて戻ってきた使用人が案内してくれたのは、サラが言った通り書斎だ。室内なのに今日もシルクハットをかぶってる。本当にこれはなんだろうね。
シルクハットのツバを押さえて僕に頭を下げたジェフリーは、続いてサラのほうへ顔を向けて、
「ここは私の部屋なのだから、お前は出ていなさい」
なんて言う。うーん。
先日の僕はジェフリーに授業を聞いてほしくなくて「パートリッジ家の伝統は、家族が一緒に居ないこと」なんて出まかせを言った。ジェフリーは今もそれを信じたままなんだな。
だけどこんなに極端な行動をされるとさすがに気が咎めるから、ちょっと捕捉しておこう。
「そのように仰るものではありませんわ。我がパートリッジでも、必要とあらば家族で一緒におりますのよ。例えば……」
僕は少し悩んで腹をくくる。
「わたくしの弟のグレアムがそうですわね」
“エレノア”との共通点を見出されたら困るから、本来はグレアムのことはあんまり思い出してもらいたくない。
でも今回は、他にいい例がないから仕方がないよね。
どうかジェフリーが“エレノア”の中にグレアムとの共通点を見出したりしませんように!
「ジェフリー卿がパートリッジの本邸にお越しのとき、グレアムは父と一緒に出迎えておりませんこと?」
「確かに、お二人でおられますな」
「『どんなときでも疎遠にしていればいい』というものではありませんのよ。一緒にいるべきかどうか、状況を考えて動く必要がありますの」
ふむ、と呟くジェフリーの表情が心持ち明るくなったから、僕は慌てて付け加えた。
「で、でも、サラさんの授業は『一緒に居ない方が良い状況』の見本のようなものですわね」
ジェフリーの瞳にある期待の光がしゅーんと消えた。良かったと安堵すると同時に再び申し訳なさも湧いてきたので、僕は今日の本題を切り出すことにした。