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第11話 だって二人きりになりたいんだ

「うう~む……」


 小さくジェフリーがうなってるのは、前回みたいな授業をどれだけやっても無駄だって考えてるせいかもしれない。

 だから僕は持ってきた紙の束を、膝の上から机の上にバサッと移動させた。


「こちらをご覧くださいませ、ジェフリー卿」

「……これは?」

「授業に使うための資料ですわ」


 言いながら僕は、前回の資料“パートリッジ家の歴史”よりずっと多い紙を示してみせる。

 さあ、どうだ、ジェフリー? これが昨日から今日にかけての僕の成果だ! 一本しかない蝋燭の細い光だけで明け方近くまで頑張ったから目はしょぼしょぼしたし、寝不足になったせいで目の下にくまはできたけど、かなりいい出来だと思う!


「今日の午前は、国史と衣装の推移を併せてお教えいたしますわ。具体的には開国王かいこくおうの時代から開墾王かいこんおうの時代までの宮廷事情と、その時代の服装のこと。この辺りのことは誰でも知っていなくてはならない、いわば常識ともいえる話ですわね」

「ほう?」

「午後からはこちらの資料を使いますわ。歴史が発祥となった“女性マナー”ついて幾つかお話する予定ですの」


 僕は「女性マナー」の部分をちょっぴり強調して言う。「男のお前は学ぶ必要のないことだぞ」って言外に伝えたつもりだったんだけど、ジェフリーは資料を眺めながら難しい顔をして呟いた。


「しかし……今日から午後の授業を開始するとは、ずいぶん急ですな。そんなことは考えてもいなかったので、私は昼過ぎから予定を入れてしまっているのですよ」


 ん?


「予定の変更ができるかどうかを確認してみなくては……。いやはや、今後エレノア嬢が当家へお越しになるときは、一日がかりを覚悟しなくてはなりませんな」


 ちょ、ちょっと待って。僕としては今日からサラと二人っきりになれる予定だったんだけど、これは……。


「もしかしてジェフリー卿は、今日の授業もずっとお聞きになるつもりでいらっしゃいますの?」

「無論」

「なんでよ!」


 バーン! と机を叩いて立ち上がったのはサラだ。


「予定があるんでしょ? 午後のお父さんはそっちへ行けばいいじゃないの!」

「お父様と呼べ。先ほども言ったが、エレノア嬢を当家へ招いたのは私なのだからな。私には話を聞く権利がある」

「女性のマナーなんて男のお父さんには関係ないのに!?」

「お父様と呼びなさい、サラ」

「そんなのどうでもいいわ!」

「どうでも? その言い草はなんだ」


 おっと、なんだか険悪な雰囲気になってきた。

 ジェフリーはため息を吐き、僕をちらりと見てから立ち上がる。


「とにかく、エレノア嬢には午後もこの部屋で授業をしていただくからな」

「お父さんの分からず屋! いっつも自分勝手なんだから!」


 顔を真っ赤にして叫ぶサラだけど、僕はといえば何とも不思議な気分だった。どうしてジェフリーはここまで僕の授業を聞きたいんだろう。

 僕がグレアムだと気づいてるのかな。それでサラと二人っきりにさせたくないとか? あるいは“エレノア”の演技が失敗するのを待ってるのかも。 

 だけどそれなら無駄な時間をかける必要はないよね。さっさと追及すればいいだけだし。じゃあ、なんだろう?


 僕は今までのジェフリーの言動を思い返す。そこでふと、気になることを思い出した。

 ……まさかね。でも……いや、とにかく試してみようか。


「とても興味深いことですわね、サラさん」


 僕は、ジェフリーを睨むサラに向けて――というていを装いつつ、部屋を退出しようとするジェフリーに向かって声を掛ける。


「ジェフリー卿があのように仰っておられるのは、娘のサラさんと一緒にいたいがためなのでしょう? 我が家では見られないことですからとても風変りな気がいたしますけれど、お家にはそれぞれ特徴がございますものね」


 扉に手をかけようとしたジェフリーの動きが止まった。

 サラは僕を見て、ジェフリーの方を見て、また僕に視線を戻す。


「エレノア様のお家はご家族で一緒に過ごされないのですか?」

「ええ。我が家では基本的に個々で行動をいたしますわよ。わたくしも王都から本邸へ戻ったとき、父に挨拶すらいたしませんもの。それが我がパートリッジ家の伝統でしてよ」


 嘘だけど。

 姉上が父上に挨拶しないのは、単に嫌いだからだけど。


「ですから、サラさんと一緒に居たいとお考えになるジェフリー卿の行動は――」

「これはうっかり!」


 ジェフリーが急に大声をあげる。


「考えてみれば午後の予定は変更ができないものでした! それに午前にも用事があるのを忘れていましてね! 残念ではありますが私はここで失礼しますよ!」


 そうしてジェフリーはそそくさと立ち去って行った。


 最初に会ったとき僕の出まかせに感心した表情だったからもしかしたらと思ったけど、やっぱりかー。

 ジェフリーも貴族の振る舞いについて興味があって、それで僕の話を聞きたかったんだね。

 サラの年齢ならまだ教師について教わってもいいだろうけど、ジェフリーくらいになったらさすがに教師なんて探せないもんなあ……ちょっとだけ可哀想かもしれない。


 だけど僕だって“エレノア”の演技が見破られる可能性はできるだけ下げておきたいし、何よりサラと二人で過ごしたいんだよ!

 そっと窺うと、扉の方に顔を向けるサラは微妙な表情を浮かべていた。だけど僕の視線に気づいてこっちを見て、ニコッと笑う。


「父もいなくなりましたし、私の部屋に行きませんか? エレノア様とお会いできるのが隔週になってしまったのは残念ですけど、そのぶん今日は長く一緒にいられるんですものね。あ、そうだ。せっかくですから今日は、私の部屋で昼食もご用意いたしましょう!」


 やった、今日もサラの部屋に二人でいられる! しかも食事も出してもらえるなんて!

 その瞬間に僕の頭からはジェフリーのことがすぽんと消えてしまった。ごめん。


 こうしてサラの部屋に行った僕は、さっきよりずっと楽な気分で授業を終え、我がパートリッジ家ではここ何年も見たことがない豪華な昼食をとった。

 食器を下げる使用人と一緒にサラが出て行ったから、僕は部屋に一人きり。お腹はいっぱいだし、部屋はポカポカ暖かい。僕のまぶたはものすごく重くなってくる……。


 ……いやいや、ダメダメ。こんなところで居眠りなんて。

 自分に言い聞かせながら頑張ってたんだけど、ここ数日が寝不足だったこともあって、僕の意識は結局、ふうっと途切れて、しまった……。


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