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第7話 僕は私で、君は君

 サラは貴族令嬢みたいな振る舞いを終えて、最後にもう一度お辞儀をする。


「いかがでしたか、エレノア様?」

「とても綺麗でしたわ」


 仕草はもちろん、顔立ちも、心の中だって。全部全部、綺麗だよ

 なんて、ちょっと陳腐な気がするから言えないけどね。

 でも気持ちだけはたくさんこめて僕が言うと、サラは安心したように笑う。


「エレノア様に褒めていただけて、良かった」


 そうしてサラは笑みをちょっとだけ陰らせた。


「実は父から『エレノア様が当家にお越しくださる』と聞いたとき、申し訳ない気持ちでいっぱいだったんです。お会いしてすぐに“お土産”をお渡ししてお帰りいただいた方がいいのでは、とも考えたんですよ。……私にだって、少しくらいは動かせるお金があるんです」


 やっぱり、僕の考えは当たってた。

 サラは自分が皆に嫌われてるはずだってことも、誰も教師を引き受けてくれないだろうってことも分かってたんだ。


「では、どうして考えた通りになさらなかったの?」


 どうして僕を、自分の部屋に招き入れてくれたの。


「それは、エレ――」


 言いかけてなぜかサラは口を閉じた。少しのあいだ迷う様子を見せたあと、改めて言いなおす。


「あなた、が」


 その微笑みは子どもの頃、僕の家にきたときのものと同じ。

 無邪気で、楽しそうで、嬉しそうで。


「あなたが、私に笑顔を見せてくれたから。少しの間だけでも、またお話ができたらいいなと思ってしまったからなの」


 そんな彼女を目に映す僕も、子どものころに戻った気分になる。


 ジェフリーが屋敷に来るという話が出るたび、母上は泣きそうな顔になって、姉上の態度は刺々しいものになった。なにせそのたびにうちの財産が減るんだ、当然だと思う。

 思うんだけど、でも僕は浮き立ってしまう心をどうしても止められなかった。

 だってジェフリーはいつもサラと一緒だったし、僕はサラと一緒に遊ぶのが好きだったからね。


 ……いや、違うな。僕が好きなのはサラだ。サラが好きだから、僕はサラと一緒に遊ぶのが好きだったんだ……。


「ねえ、一つ聞かせてくれる?」

「いいよ。なに?」


 昔の記憶に引きずられるようにして『グレアム』のまま答えてしまった。僕は慌てて咳払いをして言い直す。


「なに……なにかしら?」


 幸いにもうまくごまかせたらしい。サラは態度を変えずに問いかけてくる。


「……あのね。このあとは、どうしようと思ってるの?」


 どう?

 そんなのは決まってる。


 他の人たちがどう思っていようと僕はサラが好きだ。僕がここへ来たのは父上に泣きつかれたからでもあるけど、でも一番は「サラの力になりたいと思ったから」なんだよ。

 例えそれが社交界デビューのため……ひいてはサラの夫を探すためだとしても、僕はサラが困らないよう全力を尽くすつもりだ。今の僕の姿は偽りだけど、気持ちに偽りは絶対にない。


 だから僕は胸を張って答えられる。


「当初の予定通り、このエレノア・パートリッジがサラさんの教師を務めさせていただきますわ。もちろんサラさんがよろしければ、ですけれど」

「そうですか。ありがとうございます、ぜひともお願いします。――エレノア様」


 サラの表情はとても明るい。だから声の中に少し落胆というか「やれやれ」という気持ちがあったように聞こえたのは、きっと僕の気のせいだろうと思う。


 こうして僕は週に二回、サラの教師になるため“エレノア”としてモート家の屋敷へ通うことになった。

 ……でも、僕がサラに教えられることって何があるのかな? 幸いなことに所作は問題なさそうだし、あとは礼儀作法だけど、ちょっと話した限りだと特に問題もなさそうだしなあ。あとは……。


 そういえば昔のサラは、物を「綺麗」「素敵」より「価値がある」「価値が出そう」で判断することがあったっけ。

 あれだと令嬢たちと話をしても合わないだろうなあ。


 いまのサラはどうなったんだろう。

 よし、ちょっと試してみるか。


「サラさん。わたくしと少しお話していただけるかしら?」

「もちろんです! どうぞお掛けくださいな」


 サラに促された僕は窓辺の椅子に腰かける。机を挟んだ向かいにはサラが座った。

 さて、何の話にしようかな。


「ええと……そうですわ。サラさんのドレスの生地は南部地域の織り物ですのね」

「よくお分かりですね」


 にっこりと笑ったサラは袖口を僕の方へ差し出す。


「うちで扱っているものは“月がさ湖畔”の町や村で作られたものばかりです。あの辺りは優れた工房が多いのですが……ほら、こちらをご覧ください。浮かび上がるように織られた地紋が素晴らしいでしょう? このような繊細な織り方ができるのは月がさ湖畔の職人たちの中でも限られておりまして、うちの店でも自信をもって薦められる一品です。こちらはなんと、王都の有名デザイナーであるあの――」

「サ、サ、サ、サラさん?」


 怒涛のごとく始まった商品説明に僕が戸惑っていると、サラは小さく「あ」と呟いて頬を染める。


「……すみません」

「いいえ」


 変わってない! やっぱりサラだ、嬉しいー!

 ……じゃ、ないぞ。うーん。

 あ、そうだ、あれはどうかな? 僕は向こうの壁に飾られた絵を指す。


「素敵な風景画ですわね。山の緑と川の青の色がとても美しいですわ」

「さすがエレノア様、お目が高い! あの絵はまだ若い画家が描いた風景画なんです。実は彼はいま肖像画家として、王都で徐々に人気が出てきているんですよ。そんな彼の初期作、しかも数少ない風景画ということで、いずれ価値も上がって――」

「……サラさん」


 僕が呼ぶと、サラは小さく「うっ」てうなる。


「……すみません……」


 頬を赤くして、下を向いて、小さな声で言うサラは可愛いけど……。

 うん。

 最初に僕がするべきことは決まったかな。


 まずはサラの会話術からだ。


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