私はこっそりと自室を抜け出すと、大広間のある宮殿の母屋へと向かった。
ろうそくの明かりだけが薄暗い廊下を照らす中、私は全速力で階段を駆け下りた。
幸か不幸か、使用人や家族とは誰とも会わずに私はゆっくりと大広間の付近を探すことができた。
「ない……ない」
暗い広間の床や廊下を小さな燭台の灯り一つで探し回る。
やがて私が暴漢に蹴りを入れたあたりまで来たところで、廊下のすみに緑に光る何かを見つけた。
「……あった」
私は胸を撫でおろしながら髪飾りを拾い上げた。
よかった。髪飾りを失くしただなんて知ったら、モアがどんなに悲しむことだろう。
何しろこの髪飾りはモアがわたしのために選んでくれたものなんだから。
ホッとしながら自室に戻ろうとすると、客室から何やら男女の言い争うような声が聞こえる。
「なんだ?」
俺が恐る恐る部屋を覗いてみると、そこには衣服の乱れたアオイと、その上に跨るレオ兄様がいた。
「…………!」
こ、これは不倫現場!? いや、アオイが襲われてるのか! 助けなきゃ!
しかし気が動転したのか、私はガウンのすそを踏んずけてその場ですっ転んでしまった。
――ドッテーーン!
私が派手に転ぶ音を聞きつけて、レオ兄様は慌ててアオイから離れる。
「いてててて」
私がお尻をさすっていると、アオイが真っ青な顔になる。
「お、お姉さま」
レオ兄様も顔を上げ、こちらを見る。
「誰だ! ……って、ミア!?」
慌てふためくレオ兄様。その隙に、アオイがパッと兄様から離れた。
「助けてください! 私、王さまに言うことを聞かないと酷いことをすると言われて……」
ヨヨヨ、と袖で涙をぬぐうアオイ。
「なんですって!?」
私が睨むとレオ兄さんはうろたえた。
「ち、違う、も~何言ってんだよアオイ!」
アオイは私の後ろに隠れた。可哀そうに、ずいぶん怖い思いをしたに違いない。
「よしよし、怖かったな……レオ兄様、覚悟は良いか?」
私はポキポキと拳を鳴らしてレオ兄様に詰め寄った。
「違~う、これは誤解だ!」
「なーにが誤解だ、だよ。この野獣め。変態!」
私は兄様の顔面に思い切りパンチを食らわせた。
「ぐはっ」
「アオイ、おいで」
私はアオイの腕を引っ張った。
「はい♡」
アオイがポッと頬を赤らめ、私の手を取る。
私は床に転がるレオ兄様を蹴ると、思い切り部屋のドアを閉めた。
「アオイ、大丈夫か? ど、どこかに怪我は」
私がオロオロしながらアオイに尋ねると、アオイは素早く乱れた衣服を直した。
「大丈夫です。変なことは何もされてません。ちょっと服を脱がされそうになっただけで……」
アオイが困ったように笑う。いやいや、充分変なことされてるし!
「あの……このことは他のかたには内緒に」
恥ずかしそうに目を潤ませるアオイ。
「うん、分かってる」
私は優しくアオイの頭をなでてやった。
全く、お兄様はあんな美人な奥さんがいるのに何をやってるんだ? しかもアオイは命の恩人だというのに!
怒りが収まらないまま歩いていると、廊下の先で、アビゲイル姉さんとヒイロが何やら話し込んでいた。それを見てアオイがさっと顔色を変える。
「こちらの通路を通るのはやめましょう」
「う、うん」
私はアオイに腕を引っ張られ、別の道から自分の部屋へ帰ることにした。
そうだよね。あんな事があった後じゃアビゲイル義姉さんに会うのは気まずいか。
見るとアオイは随分険しい顔をしている。余程嫌だったんだな。
アオイは丁寧にも、私を部屋まで送ってくれた。
「おやすみなさい。……お気をつけて下さい。くれぐれも夜中に部屋など抜け出さないようにしてください」
声を潜め、あたりを見回しながら言うアオイ。
「へ? うん。おやすみ」
アオイの態度に何となく釈然としないものを感じながらも、昼間の疲れからか、私はぐっすりと眠り込んだのだった。