「そうだ、せっかく舞踏会に来たんだから、ミアとモア、どちらか僕と踊るかい?」
レオ兄さんが私たちに向かって手を差し出してくる。私とモアは顔を見合わせた。
「いや、私はいい」
私が首を横に振ると、モアは目を輝かせて兄さんの手を取った。
「じゃあモア、お兄様と踊ってくる!」
モアがレオ兄さんの手を取り駆けていく。まあいいか。変な男につかまるよりは兄様と踊っていてくれた方がまだ安心だ。
曲が始まる。いつもの退屈なワルツ。
くるくると人形のように踊るモアは最高に愛らしい。
舞踏会会場はまるでモアのためのオンステージだ。
モアだけにスポットライトが当たったかのように、モアの周りだけ、白く清浄な光で輝いて見える。
周りを見渡してもモアより可愛い子は見当たらない。いや、世界中探してもモアより可愛い子なんて居ないだろう。
モア可愛すぎて他の子が可愛そうだな。モアの隣にいたんじゃ、他の子はカボチャかジャガイモにしか見えないんだから。
私がケーキを頬張りながら、ぼんやりと踊る女の子たちを眺めて暇をつぶしていると、一人の美少女が目に留まった。
その子は、野菜じゃなかった。
モアのオーラが白い聖女のようなオーラだとすると、その子のオーラは小悪魔だ。紫の淫靡なオーラが辺りを包んでいる。
「あの子、かなり可愛いな」
目に留まったのは、壁際に物憂げな顔をして立っている黒髪の美少女だった。
歳は私よりも少し年上だろうか。すっと通った高い鼻に、サラサラと流れる絹糸のような長い黒髪。透き通るような色白の肌。
紫色の少しエキゾチックなドレスは、スリットが大胆に入っていて、少し透け感のある素材と相まって彼女の美しい体のラインをより引き立てている。
モアとはまた違ったタイプだけど、好みかもしれない。
私が黒髪の美少女をぼんやりと見ていると、不意に彼女と目が合った。
紫水晶を思わせる瞳が煌めきを放ち、口元に微かに笑みが浮かぶ。
やばっ。ジロジロ見すぎて変態だと思われたかも。私は急いで目をそらした。
いや、今の私は美少女だし、別に他の女の子が美人だと見ていたところで後ろめたさを感じる必要なんてないはずなんだけどさ。でもやっぱり気まずいものは気まずい。
「お姉さま~!」
そこへモアがダンスを終えて戻ってくる。トテトテと走る姿がまた可愛い。
「お疲れ様、モア。可愛かったよ」
「本当?」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるモア。あぁ、癒される。
「ああ、会場の中でもダントツだ」
「またまた~」
照れてふにゃあ、となるモア。私はキョロキョロとあたりを見回した。
「ところでレオ兄様は?」
「お兄様なら、あそこに」
モアが指さす方向を見ると、先ほどの小悪魔美少女に兄様が何やら話かけているではないか。
きっとモアとダンスをしながらも好みの女がいないかチェックしていたに違いない。なんて奴だ!
私がギリギリと歯を噛んでいると、モアが俺の顔を上目遣いでチロリと見てむくれる。
「お姉さまもあの女の人、ずーっと見てたでしょ」
ゲッ、ばれてた!?
「い、いや、それはその……綺麗なドレスだなーってさ」
しどろもどろになりながら美少女に視線を戻すと、なんと兄様が美少女の耳元に顔を寄せ、細い腰に手を回したではないか。
こ、こらー!
だが美女は腰に回そうとした手をやんわりと拒絶して身を離すと、スタスタと歩き去ってしまった。
「ハハッ、フラれてる」
ざまあみろと笑っていると、カツカツと甲高いヒールの音が近寄ってきた。
「あの人ったら、懲りないのね」
氷のように冷たい声にびくりと身を震わせる。
「アビゲイルお義姉様!」
燃えるような真っ赤な巻き髪、すらっとした長身のこの女性はレオ兄様の妻、つまり私たちの義理の姉さんだ。
兄さんより三歳年上のアビゲイル義姉さんは、噂によると国政にあまり興味のない兄さんの代わりにほぼ全ての国務を取り仕切っているらしい。
だがその義姉さん、どうやら先ほどのレオ兄様と謎の美少女とのやり取りを見ていたらしく、怒り心頭の様子。
全く、自分の妻を放っておいて何やってるんだか、あのバカ兄貴は!
私はこの後ろ怒るであろう惨劇に身を震わせたのだった。