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第6話

 レオ兄さんが私たちの声に気づいて振り向く。ほどよく筋肉のついた細身の長身。さらさらと流れるような金髪。鮮やかなグリーンの瞳。腹が立つぐらい整った顔。


「やあ、僕の子猫ちゃんたち!」


 兄様が少し微笑んだその瞬間、白い歯がきらりと光り、背中にキラキラと星や薔薇のエフェクトが舞った……ように見えた。


「キャーッ!」


 取り巻きの貴婦人の内の一人が失神する。


「しっかり、カトリーヌ!」

「わたくしももうダメですわ。あの瞳に見つめられただけで蕩けてしまいます」

「ああ、あの美しい緑の瞳、流れるような金の髪」

「声を聴くだけで妊娠しちゃう!」


 ……何の冗談だ?


 そりゃあ、兄様はその辺の男よりは見た目は良いのかも知れないけど、そんなに騒ぐほどだろうか。


 それよりモアの可愛さをもっと見ろ!


 私は兄さんをじろりと睨んだ。


「それより兄さ……陛下、アビゲイル姉さんは?」


 私はわざと嫌味ったらしく去年結婚したばかりの兄様の奥さんの名前を出した。


 だがこの攻撃にもめげず、兄様はへらへら笑う。


「え~? なんだよ~こういう時ぐらいハメを外させてくれよ~」


 クズだ。こいつは人間のクズだ。思わず眉間にしわを寄せてしかめっ面をする。


 妻帯者の身でありながら、あっちに美女がいると聞けば口説きに行き、こちらに美少女がいると聞けば浮気をしに行くその根性、何とかならないものかね。


 不倫なんてもってのほかだと私は思う。たとえ愛情の伴わない政略結婚だったとしても、一度生涯を共にすると誓った夫婦なのだから。それを破るなんて男らしくなーーーい!!


 もし私が男に生まれてたら、レオ兄さんと違って硬派だから、あんなのよりずっといい男になってたのに。


 実際女の姿の今の時点ですら、兄様より私のほうがはるかに女性にモテモテだ。


 女の子からもらったファンレターの数でもプレゼントの数でも、私の人気は兄さんを上回っている。


 ただ、女の体なのでいくらモテても女の子とは付き合えないのが残念だけど。


「二人とも可愛くて目立つから、へんな男につかまるんじゃないぞ~!」


 レオ兄間がウインクしながらへらへらと言う。


 私は変な男なら目の前にいるんですが、と言いたいところをぐっと堪えた。


「大丈夫よ。会場中を見回しても、お兄様みたいな素敵な人はいないし」


 モアがにっこり笑う。うーん、お世辞がうまい!


「そりゃあ、身近にいる男の人が陛下じゃあ、好みの男性のハードルも上がりますわよねぇ」

「本当に! 羨ましいわぁ。オホホホホ」


 とりまきの貴婦人たちが笑う。


「そ、そうですね……オホホ」


 私も棒読みで笑った。

 いやいや、こんな男のどこが良いんだ? やっぱり顔? 世の中顔か? こんなの間違ってる……。


「やっぱり、モアの好みのタイプは兄様みたいなすらっとした男前なのかい?」


 レオ兄さまがモアに尋ねる。おいおい、自分でそれを言うか。

 ……でも私もモアの好みのタイプは気になる。

 どんな人がいいんだろう。優しい王子様タイプ? それとも、クールでちょっとドSな感じとか?

 知ってるぞ、最近婦人たちの間でそういう小説が人気なのは。


 じっとモアの顔を見つめていると、モアは少し赤くなりながら、恥ずかしそうに答えた。


「モアはお姉さまみたいな勇敢な方がいいっ!」


 頭の中で、鐘が鳴り響く。

 パイプオルガンが鳴り響き、白い教会の上をハトが飛んでいく。


 モ……モアアアアアアアア!!


 その一言で、私は天にも昇る気持ちになった。


 ううっ! やっぱりモアはいい子だ!!


 私が涙をぬぐっていると、モアが心配そうに私の顔をのぞきこんでくる。


「お姉様大丈夫?」


「い、いや、大丈夫だ。ちょっと天に召されそうになっただけだ」


「それ、結構大ごとじゃないか」


 兄さんのツッコミを無視し、感動に浸る。

 そっかあ。モアは私のような人が良いんだな。


 でも……。


 嬉しくなりつつも、少し寂しさにも襲われる。


 あれはモアが五歳か六歳ぐらいの時だっただろうか。


「モアは将来どんな人と結婚したい?」


 私がそう尋ねると、モアは満開の笑顔でこう答えたんだ。


「モアはねー、お姉さまと結婚するの♡」


 まあさすがにあの時とは違うよね。モアが結婚したいのは私みたいに勇敢で、でも私とは違う男の人なんだ。


 さすがに、姉と妹で結婚出来ない事ぐらい分かる年齢だもん。


 私はモアの成長を喜ぶと同時に、勝手に少し寂しくもなった。



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