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第5話

 ため息をついていると、モアが不安そうな顔をした。


「もしかしてお姉様、舞踏会に出ないつもりなの?」


「うーん、どうしよっかな。私、別に社交界とか興味ないし」


「そんなぁ。明日はモアの初めての舞踏会なのに、一緒にいてくれないの?」


 そうだった。今年十三歳になったモアは明日が社交界デビューなんだった。

 私が行かないとモアもきっと不安にちがいない。

 というか、私が不安だ。変な男がモアに目をつけたりしたら大変だ。何しろモアは世界一可愛いんだから!


「い、いや? もちろん行くよ。舞踏会なんて楽勝だし? いい所だぞー! 賑やかだし、食べものは美味いし」


 私がまくしたてるように言うと、モアはホッとしたように笑う。


「良かった。お姉さまが居るなら安心ね」


 私とモアはお揃いの髪飾りを付けて鏡の前に立った。


「えへへぇ、お揃いだね!」


 ニッコリと微笑むモア。


 ……かわいい。


 私はモアをギュッと抱きしめた。


 モアは可愛い! 天地を揺るがすほどの可愛さだ。


 妹が可愛い事だけが私の唯一の救い。


 はぁ。


 私はこれからどうなるんだろう。冒険者にもなれないし、結婚も嫌だ。将来はただ美少女を愛でるだけのババァになるのだろうか。


 ***



王宮に柔らかな朝日が差し込み、使用人たちやメイドが朝からバタバタと準備を始める音が聞こえる。いよいよ今日は舞踏会だ。


「わあ、お姉さま可愛い!」


 王宮の一室では、モアが天使の笑顔で私を誉めそやした。


「そうかな。こんなフリフリ、あんまり落ち着かないんだけど」


「そんな事ないよ。可愛いよ! いつもよりずーっと女の子らしい!」


 モアが力説する。可愛いのはモアのほうなんだけどな。


「モアこそ。いつもに増して可愛いね」


 私が言うと、モアがポッと頬を赤くする。


「もう、お姉さまったら……」


 モアがピンク地に水色と白のリボン、フリルのたっぷりついたドレスを着てくるくると回る。まるで雪の妖精みたい。


 私はというと、モアが選んでくれた白地に黄緑のリボンのついたドレス。もちろん頭にはお揃いの髪飾り。


 初めは私もピンクのフリフリだったんだけど、そんなフリフリ着れるわけないとごねて、リボンやフリルの控えめな、色もデザインも落ち付いたものになったんだ。


 どうせ女に生まれたんならダサいゴリラみたいな女よりは可愛い美少女になりたい――そういう気持ちもない訳ではない。


 だが、どうもこの世界の派手な服装のセンスは私には合わない気がする。

 やたらにフリルやリボンをつけたり。個人的はもっと動きやすいほうがいいのにと思う。


 そうこうしているうちに荘厳な鐘の音が鳴り、舞踏会の始まりを告げる。


「いけない、舞踏会が始まっちゃう。早く行かなきゃ」


 モアが柱時計を見て飛び上がる。


 舞踏会の場所は王宮の母屋一階にある大広間。俺たち王家の住む部屋は離れの三階にあるから少し離れてる。急がないと間に合わないかもしれない。


 二人で大広間へ向けて走る。


「あーだる……」


「しっかりして、お姉さま!」


 だって、やっぱり舞踏会なんて面倒臭いんだもん。


「姫様っ、まだこんなところにいらっしゃったのですか!」


 鋭い声に振り返ると、爺やが自慢の禿頭を光らせて走ってくる。


「げっ」


 思わず声を上げると、爺やは鋭い目をギラリと光らせた。


「『げっ』ではありません! くれぐれもはしたない真似はしないように」


「分かってる分かってる」


「言葉遣いは丁寧に、お客様に粗相のないようにするのですぞ」


「はいはい」


「女性らしく、恥じらいを持って!」


「分かったってば」


 全く、しつこいなぁ。


「く・れ・ぐ・れ・も! 暴力など振るわぬよーーに!」


「分かってるってば!」


 全く、心配しなくても大丈夫だっての!


 私はしつこい爺やを軽くあしらい、モアとともに会場に向かった。


 大広間に着くと、使用人が豪華な装飾に彩られた扉を開けてくれる。


「わあ、人がいっぱい」


 モアが中の光景を見て目を輝かせた。


 大広間にはきらびやかなドレスを着た身なりの良い男女が大勢いて、ピアノの音色に合わせて踊ったり、酒を手に談笑したりしている。


 舞踏会にはもう何回も出ているはずなのだが、目が眩むようなきらびやかな光景に私も思わず息を飲む。


 ここエリス王国は、大陸の西南に位置するこれといった資源も特産物もない小国だ。


 だが周囲を囲むフェリル、イルク、ゲルーク、デナンという大国との貿易の中継地点としてそれなりに栄えている。


 見ると、同じエリス国の貴族だけではなく、エリス国を囲むそれらの大国の王族や貴族たち、さらには少し離れた北方の大国アレスシアや南方ブレナレットの王族まで数多く来ているようだ。


「なんだか人ごみに酔いそうだな」


 ため息をつく私を見て、モアはくすりと笑う。そしてきょろきょろと辺りを見回し不思議そうな顔をした。


「そういえば、レオ兄様は来てないのかな?」


「来ているに決まってるでしょ。ほらあそこ!」


 私は、壁際で貴婦人たちを侍らせている金髪の男を指さした。


 レオ兄さんは私より五歳年上の二十一歳。若くして一応この国の王様なのだが、私はこの人が少し苦手だ。


 私が冒険者になりたいってのをよく思ってないってのもあるけど、それだけじゃない。


「本当だっ。お兄様ー!」


 モアがレオ兄様駆けていくので、仕方なく俺もその後を追い走る。


「モア、ちょっと待って」 



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