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第4話

「なんだよ兄さんも爺やも。話が違うじゃん!」


 いらだち紛れに棚を殴る。


 棚に大きな穴が開いた。中に入っていた本やら小物やらがガラガラと崩れ落ちてくる。


「うわっ」


 ベッドで眠っていた飼い猫のムータもこれには思わず飛び起きる。ごめんごめん。


「やば。つい手加減せずに八つ当たりしちゃった」


 慌てて釘や板を手になんとか棚を直そうとしていると、ノックの音と共にドアが開いた。


「お姉さま、試合見てたよ、カッコ良かったぁ!」


「モア♡」


 入ってきたのは、今年十三歳になる最愛の妹、モア。


 銀の髪、ブルーの瞳。ニコリと笑えば、光とともに天使の羽が舞い散る。ああっ、可愛い!


 モアは神様が作った最高の芸術品に違いない。どんな花も星も宝石も、モアの可愛さの前には霞んでしまう。


「ああっ、可愛いなぁ。モアは可愛いなぁ」


 私がモアの可愛さにキュンキュンしていると、モアは目をきゅるんと丸くして首を傾げる。


「ところで、今のは何の音?」


「い、いや、何でもないよ。ただの日曜大工……」


 慌てて釘やトンカチを投げ捨てる。


「へえ、お姉さまってそんな趣味もあったんだ!」


「ハハハ」


 苦笑いをする私を見て、モアはポケットからおもちゃみたいなピンク色のクシを出した。


「それより、お姉さまの髪、乱れてるよ? モアが直したげる」


「えっ? いいよ別に」


「駄目っ! お姉さまはせっかく可愛いんだから綺麗にしないと」


「こらこら」


「いいからお姉さまはここに座って!」


 私が諦めて抵抗をやめると、嬉しそうに私の髪をとかし始めた。


 全く、お人形さん遊びの延長みたいなものなのかな。モアはまだまだ子供だからなぁ。


 柔らかな銀髪に、南国の海を思わせる深いブルーの瞳。モアは、大事な大事な私の宝物。


 モアが大事なのは、可愛いってのもあるけど、どことなく前世でお世話になった桃花姉さんに似ているから。


 お転婆だった桃花姉さんと違ってモアはもっとずっと女の子らしいんだけど、クリクリとした目元だとか、少し天パがかった髪がそっくりで、私は少しモアに桃花さんを重ねている。


 城の外に出れない私は、今は勇者になって世界を守ることは出来ないけど、せめて城にいる間はモアだけでも守ってやろうと心に決めているんだ。


「うん、可愛い可愛い。やっぱり女の子は可愛くしてなくちゃ」


 モアが私の髪を梳かしながら満足げにうなずく。

 まあ、確かに私の顔は前世の頃とは比べ物にならない程整ってはいるが、モアのように愛くるしくはない。


「モアの方が可愛いよ」


 私が言うと、モアはかあっと頬を薔薇色に染めた。


「えーっ、お姉様の方が可愛いよ! はあ、この金髪のサラサラストレート、綺麗な緑の瞳……お姉さまったらこんなに美しいのに、自分では分からないのね。モアもこんな髪が良かったなぁ」


 モアが私の髪を撫でながらため息をつく。


 どうやらモアは自分の天パのかかった髪にコンプレックスを持っているらしい。こんなに可愛いのに。


「そんな事言わないでよ。私はモアのこの髪、フワフワしてて可愛くて好きだけどな」


「本当?」


「ああ、本当だよ。モアの髪は可愛い」


 私が微笑みながらモアの髪を撫でてやると、モアは少し機嫌を良くして、私の腕に頭を擦り付けてくきた。


「じゃあお姉さま、モアの髪、もっとなでなでして? そうしたらモアもこの髪、好きになるから」


 ニコッと笑うモア。

 全く、可愛すぎる。


「モアの髪は可愛いよ。モアは可愛い。世界一可愛い」


 私がモアの頭を撫でながら言うと、モアは照れたように笑った。


「えへへへへへへへ」


 ああ! もう! 本当に! 可愛いなあ~モアは!! 天使か? 天女なのか!?


 モアは私の髪を丹念にとかし終わると、嬉しそうに何かの箱を出してきた。


「それからね、さっき宝石商が来てたから、お姉さまの優勝祝いにプレゼントをしようと思って奮発しちゃった!」


 モアに渡された宝石箱を開けてみると、そこには白いレースで出来た花の髪飾りが入っていた。


「これを私に? わあ、ありがとう!」


 花の中央には小さなエメラルドが黄緑色に光っていて、私のグリーンの瞳に合わせたのだと分かった。


 さすがモア、お姉ちゃんにプレゼントをくれるなんて、可愛い上に優しい。なんていい子なんだ?


「モアもお揃いで買ったの。見て見て、モアのはねー、アクアマリンなんだ」


 モアもお揃いのレースの花飾りを髪につける。その中央には水色の石が上品に光っている。


 モアが私の髪に髪飾りを付けてくれる。


「うん、お姉様ったら最高に可愛い。これでもう誰にもお姉様の事をゴリラ女だとかアマゾネスだなんて呼ばせないんだから」


 いや、私、そんな風に呼ばれてたんかい!


 私は思わずずっこけそうになった。


「これで明日の舞踏会でもきっと、殿方はみんなお姉様にメロメロになるはずだよ」


 その言葉に私は固まった。そう、明日は舞踏会。私が世の中でいっちばん嫌いな行事だ。


 だってそうでしょ。なーにが悲しくて、男の手なんか取って踊んなきゃいけないんの!


 は~あ、なんで女に生まれたんだろう? 


 確かに異世界に転生した。素手での殴り合いじゃ誰にも負けない。でも冒険にも出れないんじゃ意味がないじゃないか。


 そりゃ確かに、転生するときに「男にしてください」とは願わなかったけどさ。



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