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第3話

――以上が、私の前世での記憶。


 とはいえ私は生まれたときからその記憶を持っていたわけじゃない。

 前世の記憶を思い出したのは、私が七歳くらいのときかな。


 乳母と隠れんぼをしていた私は、立ち入りを禁じられていた地下室に隠れた。


 そこにあった大人の身の丈ほどの大きな鏡。思えばあの鏡は何らかの魔力を帯びていたのだろう。その鏡の前に立った瞬間、突如として私は前世の記憶を思い出したんだ。


「……あ」


 鏡に映るピンク色のドレスを着た金髪の少女・ミア姫。


 その姿を見て、私はハッと息を飲んだのを覚えている。


 なんて美少女だ。サラサラの絹糸のような髪、最高級のエメラルドのような瞳、ぷるんとした小さな唇。


 まるで女神か天使を具現化したかのようだ。こんな美少女、今まで見たことない。萌え。


 って、あれ? これは俺だ。だが、「あちらの世界」で暮らしていたミナトもまた自分で……。


 なんてこった。本当に異世界に転生したんだ!


 しかしなぜ幼女、それもお姫さまに? 強くてモテモテでカッコイイ勇者になるんじゃないのかよっ。


 私は鏡に映る自分をマジマジと見た。


 美しい外見。侍女や乳母にも可愛い可愛いとチヤホヤされている。

 姫――つまりは王族。高貴な家庭で金持ち。

 腕っ節も強い。私は目の前の巨大な鏡を持ち上げた。七歳の子供にしてはかなりの怪力。


 つまり、生前の望みは全て叶えられたことになる。


 ……そっか、性別のことなんか考えてもみなかった。てっきり男になるものだとばかり!


「姫様ー、姫様どこでちゅかー」


 乳母が地下室に入ってきて、呆然としている私を抱きかかえる。


「こんな所にいたんでちゅかー。さあ、隠れんぼは止めておままごとをしまちょうねー」


 いやまてよ。ここは剣と魔法の世界なんだし、女でも頑張れば勇者になれないことはないだろう。


「姫ちゃまー?」


 姫として生きるなんて絶対に嫌だ。どっかの国の王子と政略結婚なんてもっての外。


 だったらその前に勇者になってしまえばいい。城の外には、ひょっとすると男に戻る魔法もあるかも知れないし。


 この瞬間、私の人生プランは決まった。強くなり、城を出て旅に出る。そしてゆくゆくは勇者に。


「どうちまちたかー? お人形遊びがいいでちゅか?」


「剣術の修行だ」


 いきなり真顔でそんなことを言う幼女に、乳母は凍りつく。


「え?」


 まじまじと私の顔を覗き見る乳母。

 さぞかし気味が悪かっただろう。悪魔に取り憑かれたとでも思ったかもしれない。とにかく私は、乳母の腕から飛び降りると走り出した。


「こんなことしてる場合じゃないっ。俺は最強の勇者になるために剣術の修行をするっ! うおおおお!!」


「ひ、姫様ーーっ! 姫様、どうなさったのですか!?」


 半狂乱になりながら叫ぶ乳母。


 こうして俺……じゃなかった、私、ミア姫は、姫でありながら最強の勇者になることを決意したのであった。



 最強の勇者になることを決意した私は、護身の為だと言って無理矢理兄さんと一緒に王宮剣術や王宮武術を習った。


「はあ。武術の訓練ばかりして。こんなお転婆姫じゃ嫁の貰い手も無いですぞ」


 嘆く爺や。


「私は最強の勇者になるんだから嫁には行かない。安心しろ」


「その男みたいな言葉遣いも、どこで覚えたんだか知りませぬが、はしたないったら」


「うるさいな。客人の前ではちゃんとするんだから、それでいいだろ?」


「はあ、困ったものだ」


 だって男の姿で暮らしていた期間の方が長いし、姫らしくするというのも何か違和感があるっつーか。


 だって私は、最強の勇者になるために生まれてきたんだから!


 私は自分の拳を見つめる。


 初めは嫌だったが、慣れてくるとこの体はかなり性能が高いことが分かった。


 とにかく丈夫だし、パワー、スピード、持久力、どれをとってもその辺の男なんか目じゃない程優れてる。身体能力は化け物と言っていい。


 強いだけじゃなくルックスも最高。家柄も王族、頭の回転もそう悪くないと思う。女だということを除けばほぼ理想通りだ。


 素手での殴り合いでは、今や敵う者がいない。試しにこっそり街に出て喧嘩してみたこともあったが、大抵の野郎は素手で倒せる。


 こんなに強いのに、姫として政治の駆け引きに使われるなんて勿体ない。早く冒険の旅に出なくては。


 十六歳になった私は、とうとう兄さんにこう切り出した。


「冒険者になりたいんだけど!」


 長男であるレオ兄さんは目を丸くする。

 父さんと母さんは数年前に亡くなっていて、今はこのレオ兄さんがこの国の王であり私の保護者代わりでもある。


「駄目だ!」


 レオ兄さんが突っぱねる。


「なぜだ?」


「決まってるだろう、危険だからだ! ああ、俺の可愛いミアが暴漢にでも襲われたら」


 さめざめと泣く兄さん。

 誰がテメェのだ。ケッ、と横を向く。


「大丈夫だ。私を倒せる男がいたら見てみたいくらいだ」


「ぜーーーーーーったい駄目ですぞ!!」


 そこへ走って来たのは爺やだ。


「じ、爺や」


「絶対、絶対ーー! 駄目ですぞ!」


 地団駄を踏む爺や。


 爺やって言っても本当の祖父ではなく教育係みたいなもんなんだけど、ともかくこの爺や怒りようといったら、城に雷が落ちた方がまだマシなレベル。


「何のために! この爺めがミア姫様をここまで育ててきたと! 全ては立派な姫となり、姫として立派な殿方に嫁いでうううううっ……」


 おまけに感情が高まりすぎて泣き出す始末。勘弁してくれよ。


「はいはい、分かった分かった。分かったから泣かないでくれ。そうだ、最後に腕自慢を集めて武闘会を開いてくれよ。そこで負けたら冒険者になるのは諦めるからさ。その代わり、優勝したら旅に出るのを許してくれ」


 兄さんと爺やが顔を見合わせる。


「しょうがないなあ。負けたら大人しく、冒険者になるのは諦めるんだぞ?」


 まさか本当に私が優勝するとは思っていなかった兄さんは、あっさりと承諾する。


 しかし結果は……



「優勝は、ミア姫ー!」


 私は拳を天高く掲げた。

 湧き上がる歓声。



 ……見事優勝してしまうんだけど。

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