木村瑠璃は学校の廊下を歩いていた。もちろん女装はしていない。一度女装すればスーパーアイドルとなる瑠璃も、男子の学生服を着て学校にいると、背がかなり小さいということを除けば、世の一般の男子学生と何ら変わりない普通の男子高生でしかない。
ウィッグを外してメガネをかければ、瑠璃が超人気アイドルユニット『ラピス・ウイン』のラピス(瑠璃のアイドル名)だとは気づかれない。気づかれないったら気づかれない。それくらいの変装で気づかないのおかしくない?とか言わない。そういうものだから。
まあそんなこんなで瑠璃が廊下を歩いていると、急に後ろからタンと背中を叩かれた。
「よっ!瑠璃!」
瑠璃は後ろを振り向いて言った。
「なんだ、田中か」
田中というのは、瑠璃のクラスメイトで友達の男子生徒である。
「瑠璃は今日も低いなー。うちの弟より低いんじゃないかー?」
「ちょ、髪をわしゃわしゃするな!やめろー!」
田中はあはは、と笑って瑠璃の頭から手を離した。そして瑠璃の隣に移動すると、並んで教室まで歩き出した。
「・・・・・・田中、今日はなんか眠そうだな?」
「おっ、わかるか?」
「うん。明らかに目の下にクマが出来てるからな」
「いやー、昨日やっと『ラピス・ウイン』のライブDVDが届いてさー。嬉しくてつい何度も見ちゃったんだよねー」
瑠璃は田中のこの言葉に、ピクッと反応した。
「・・・・・・何お前、『ラピス・ウイン』好きなの?」
「あったりまえだろ!嫌いな奴なんていないぜ!」
「そ、そうなのか・・・・・・」
「ちなみに俺の推しはラピスちゃんだ!あの愛くるしい感じがたまらないんだよ」
「ふ、ふーん」
「いやー、なんていうか、小動物みたいでさ!妹じゃないんだけど、なんだか妹みたいで放っておけないっていうか、守ってあげたくなる感じがあるんだよ!歌も上手いし、ダンスも上手いし、いつも元気で頑張り屋さんなところとかもう最高─────っていってえな!なんで急に叩くんだよ!」
「うっせ、なんでもねーよ・・・・・・あんまり褒めるな、ばか」
瑠璃が一通りバンバンと田中のことを叩いてから、2人はまた再び会話に戻った。
「でも、そうか。田中はそんなに『ラピス・ウイン』のことが好きなんだな」
「ああそうなんだよ。めちゃくちゃ好きなんだ」
「ふーん・・・・・・」
「ん?何ニヤニヤしてんだ?」
「別になんでもねーよ!」
「いやー良かったなライブDVD・・・・・・現地には行けなかったからな。まあ、高かったけど、それだけの価値はあったぜ」
田中はニコニコしながらそう言った。確かに、あれはけっこう高かった気がする。瑠璃は普通にただでもらったわけだが、ちゃんと買おうとしたら、学生からすればけっこう苦しいはずだ。
「・・・・・・本当に好きなんだな。『ラピス・ウイン』」
「そうだな、好きなんだよ。すっごくな。・・・・・・ただなあ、少し心配なことがあるんだよ」
「心配なこと?」
「実は、『ラピス・ウイン』の2人に不仲説が出てるんだよ」
瑠璃は思わず立ち止まった。
「・・・・・・はあ!?なんだそれ!?そんなのあるわけないだろ!オレた、・・・・・・あの2人が不仲なんて!」
「そうだな、俺もそう思う。まあ、こういうのはよくあるんだよ。別になんの根拠もないのに、不仲説なんてものが出ることはさ。アイドルユニットに不仲説なんてものはつきものだ。・・・・・・いや、ユニットじゃなくても、もっと複数人のグループでも、そういうものは出されるものだ。大げさな言い方をすれば人が2人以上集まって活動してたらどっかの誰かが不仲説というのを流すものなんだよ」
「・・・・・・そういうもんなのか」
「まあ、そういうものかな。俺とか、他のファンたちも大体そんなものだってわかってるから気にしないと思う。気にしないと思う、んだけど・・・・・・でも世の中には俺たちみたいな話のわかる奴らばかりいるわけじゃない。そういう奴らが面白おかしく言いふらしたりするんじゃないかと、まあそれが少し不安なんだよ」
「そっか・・・・・・」
「でも、それはさすがに心配しすぎかな。根拠のない噂なんだし、すぐ立ち消えになるんだろうな・・・・・・って聞いてる?」
瑠璃は田中の話も聞かず、上の空で何事かを考えていた。
◇
「と、いうことでショッピングモールにやって来たぞ!」
「どういうわけよ・・・・・・」
と、いうことで、瑠璃は休日に留羽(アイドル名ウイング)とともにショッピングモールに来ていた。
大勢の人が行き交う中、ショッピングモールの自動ドアの前で仁王立つ瑠璃。今回は女装をしていて、ツインテールに結んだ瑠璃色のウイッグをつけ、ふりふりした感じの女児服のようなものを着ていた。身長も相まって本当に女児にしか見えない。
瑠璃の後ろで呆れ顔をする留羽は、赤く長い髪をポニーテールに結んで、セーターにスキニージーンズという格好だった。瑠璃と合わせると姉妹にしか見えない。
その留羽は自分の前で仁王立ちする瑠璃に向かって、呆れ顔で聞いた。
「・・・・・・それで?今日はまたなんで一緒に買い物しようなんて誘ってきたわけ?」
「ああ、実はさ・・・・・・」
瑠璃は自分たちに不仲説が出ているという話をした。
「なるほど・・・・・・それで今日はこのショッピングモールで一緒に買い物ってわけ?・・・・・・いや、うーん・・・・・・私たちがカメラも回さずに買い物したところで不仲説の払拭になるとは思えないけど・・・・・・」
「いやでもさ、ここのショッピングモールってけっこうバラエティとか雑誌とかに取り上げられてるじゃん?カフェとか服屋さんとかさ。だからマスコミがそこそこ出入りしてるってことでしょ?」
「・・・・・・あー・・・・・大体分かった。こうやって2人で歩いてればマスコミに撮られて、不仲説払拭につながるかもしれないってことね?だから、こんなマスクだけの軽い変装だったの・・・・・・」
「そう!そういうこと!」
「いや、そんなうまいこといく・・・・・・?」
「いくでしょ!大丈夫大丈夫、きっとうまくいくって!別にマスコミに撮られなくても、ファンの人に見られたりすれば、噂の上書きとか出来るかもだしさ!とにかく入ろう!」
「はいはい、分かったわよ」
こうして、瑠璃と留羽は休日、一緒にショッピングモールで買い物をすることになったのであった。
・・・・・・・
「さてと、まあ、このまますぐ目的の買い物をするっていうのアレだし、撮られやすいように色々なとこ回ってみよー!」
「・・・・・・まあ、そうね。本当に撮られるかどうかはともかく、せっかくだから色んなところ回ってみましょうか。ロケとか以外で、一緒に出かけるのなんて初めてだもんね」
やっぱり休日だからか、モール内は家族やカップルなど、老若男女様々な人間でごった返していた。群れなす人の声は、ザワザワとした一つの騒音となってモール内に蔓延していた。
瑠璃と留羽はそんな中を歩いていった。途中、何組かの客たちが瑠璃と留羽のことを指差して何事か囁き合っていたりもしたのだが、さすがに超人気アイドルであるあの『ラピス・ウイン』の2人がマスクだけの軽い変装で(一応留羽は伊達メガネもしていた)こんな人が多い中を歩き回っているとは思えないのか、意外と声をかけてくるような人はいなかった。
瑠璃留羽が歩き回っていると、喫茶店のようなところに、人が並んでいるのが目に入った。
「おっ!あそこなんかいいんじゃないか!?人が並んでるってことは雑誌なんかに取り上げられるような店なんじゃない!?」
「そうかしらね・・・・・・?まあ入ってみましょうか」
瑠璃留羽の2人は、列の最後尾について、並んでいる喫茶店に入ってみることにした。
「ところで、瑠璃・・・・・・あなたその服どうしたの?」
「ああ、これ・・・・・・妹に借りた」
「・・・・・・あなたの妹って、今いくつなんだっけ?」
「10歳。小学4年生」
「小4の妹の服が着れる、高校生の兄って・・・・・・ちょっとどうなのよそれは・・・・・・」
「自分でもちょっとどうかと思う・・・・・・まさかとは思うんだけど、こ大人になってもこの身長のままなんてことはないよな・・・・・・?」
と、そんなことを話していると列が動いた。瑠璃留羽は進んでいって、まもなく2人の番が来た。
「そういえばここはなんの店なんだろうね?」
「さあ・・・・・・なんなんだろうね?こんなに並んでるってことは普通の喫茶店じゃなさそうだし・・・・・・」
と、そんなことを話しながら入っていったら
「いらっしゃいませ」
・・・・・・2人は、猫耳に猫の尻尾をつけ、ドレスを着て透明な羽を背中につけた少々奇怪な格好をした店員に出迎えられた。
「えと・・・・・・あの、ここはどういう店なんですか?」
「ここは性癖盛り合わせ喫茶です」
「・・・・・・性癖盛り合わせ喫茶?」
「わたくしは猫耳妖精お嬢様ですわ、にゃんのだ。いらっしゃいませですわ、にゃんのだ」
「語尾の三重奏・・・・・・てか不協和音・・・・・・」
「ていうか、『のだ』は妖精の中でも特殊な妖精のヤツでしょ・・・・・・」
瑠璃と留羽は性癖盛り合わせ喫茶とかいう謎の店に入ることになった。まあ、こんなに個性的な店ならマスコミとかも雑誌の取材とかも来やすいだろう。
瑠璃留羽は猫耳妖精お嬢様とかいう存在に案内されて席についた。
「・・・・・・メニューは案外普通なんだな。天ぷら盛り合わせとか餃子盛り合わせとかじゃなくてよかったよ」
「何よ餃子盛り合わせって・・・・・・うーん、とりあえず、紅茶とケーキとか頼みましょうか」
「そうだな、オレ・・・・・・私もそれにしよ」
2人は紅茶とケーキを頼んで、しばらくするとケーキが来た。
瑠璃はそのケーキの端っこの方をフォークで切り取ると、留羽の方へ差し出した。
「はい、あーん」
「・・・・・・・何これ?」
「いやあーんだよあーん。女子だと友達同士でもこういうのやるんでしょ?」
「やんないわよ・・・・・・それ、アニメの見過ぎだから。・・・・・・はあ。まあいいわ。今回は目的が目的だものね。やってあげるわよ」
留羽は少し顔を赤らめながらも、瑠璃の差し出したケーキのかけらを食べた。
「・・・・・・ね、ね、あの2人見て見て」
「わ、あーんしてる・・・・・・可愛い〜。姉妹とかなのかな?」
「なんか、オレら・・・・・・私たち見られてない?」
「当たり前でしょ、誰のせいよ・・・・・・」
そんなことがありつつも、瑠璃留羽の2人は性癖盛り合わせ喫茶とかいう場所を後にして他のところを色々と回った。
映画館
『おお、君の髪は非常に美しい髪だ・・・・・・まるでわかめのように綺麗な髪だ。これからは君のことをわかめちゃんと呼ぶことにしよう』
「なんなのこの映画・・・・・・」
「うう・・・・・・感動的だなあ」
「は?」
本屋
「あ、このインタビュー記事もう出たんだ」
「あー、これね・・・・・・そういえば、このインタビュワーさん胸大きかったよな」
「・・・・・・そういうとこは男子高校生よね。そういう話は友達としなさい」
服屋
「天使だ・・・・・・天使がいる・・・・・・」
「・・・・・・あの、手を合わせて拝むのやめてくれません?店員さん・・・・・・」
「ありがたやありがたや・・・・・・」
「瑠璃、そっち着替え終わったー?」
「あっ、留羽。こっち着替え終わったよ」
「私も着替え終わったわ」
「おお、こちらには女神様がご降臨なされた・・・・・・ありがたい・・・・・・」
「・・・・・・なんか、私服屋に行くといっつもこんな反応されるのよね」
「留羽もか。私もなんだよ。なんでなんだろうね?」
・・・・・・とまあ、こんなふうに色々なところを回りつつ、本命の買い物も済ませて2人は充実した時間を過ごしたのだった。
・・・・・・
さて、留羽は色んなところを回って疲れてしまったので、通路の端っこにあるベンチに座って休憩していた。瑠璃はお手洗いに行っていたので、ここにはいない。
「はー・・・・・・ちょっと疲れちゃった。それにしても色々買ったから、けっこうお金使っちゃったわね」
留羽が座りながら、そんなふうに独り言を呟いていると、ふと声をかけられた。
「おうおうおう、休日のモールなんて正直言って期待してなかったんだけど、なかなかどうしていい女がいるじゃねえか」
「へーいねえちゃん、ちょっと俺らとお茶しねえか?」
留羽がその声に顔を上げると、学ランにリーゼントというプロトタイプのヤンキーが2人いた。
「うわあ、これまたマンガの中から飛び出してきたみたいな・・・・・・いや、マンガでも最近見ないわよ、こんなプロトタイプのヤンキー・・・・・・」
留羽は呆れ顔で呟きながらも、極めて冷静に毅然とした態度で言った。
「せっかくのお誘いだけれど、遠慮しておくわ。あなたたちみたいなのは、趣味じゃないからね」
留羽はそういうふうにしてきっぱりと断ったのだが、ヤンキーたちはなおもしつこく食い下がった。
「えー?いいじゃん行こうぜー?」
「そうだぜそうだぜ。つまんない思いはさせないぜ!」
留羽がどうしようかと、少し困った顔をしていると、
「そこまでだお前たち!」
ヤンキーたちへ向かってそう言い放った人物がいた。
それは────
「・・・・・・瑠璃」
当然瑠璃である。トイレから戻ってきた瑠璃は、仁王立ちして、そのヤンキーたちの方を睨みつけていた。女の子が絡まれて困っていると、ちょうどいい時に駆けつける。まさに、ラブコメ主人公的ベストタイミングである。
ただ・・・・・・
「ああ?なんだこのちっこいのは」
仁王立ちで睨みつけたところで、ただひたすらに可愛いだけであった。ラブコメ主人公のラの字もない。小動物の威嚇である。
「帰れ帰れ!ママのとこにでも帰りやがれ!こっちは大人の女にしか興味ねえんだ!」
「おい、何言ってんだよお前!むしろああいう子の方がいいだろ!俺はこっちのねえちゃんよりも断然あの子の方がいいぞ!」
「・・・・・・マジかよ相棒。お前そんな趣味あったわけ?・・・・・・よし!分かったぜ!そういうことならそこのねえちゃんもそっちのちびっ子も2人まとめて相手にするってのはどうだ!?」
「さすが相棒!冴えてるぜ!」
何やら勝手に話を進めている2人のヤンキーを尻目に、隙を見て留羽の座っているベンチへ近づいてきた瑠璃へ向かって聞いた。
「ちょっと!どうするの?瑠璃、あなたそんなに喧嘩とか強そうに見えないけど・・・・・・」
「安心しろ、オレに策がある」
瑠璃は、留羽を庇うようにして前に立つと、ヤンキーたちへ向かって呼びかけた。
「おいお前ら!これを見ろ!」
瑠璃がそう言って掲げた物は────
「「・・・・・・ストロー?」」
「そうストローだ!それもただのストローじゃない!」
瑠璃はそこで一呼吸おいて言った。
「これはあの超有名アイドルユニット、『ラピス・ウイン』のラピスちゃんの使用済みストローだ!」
「「な、なにいィィ────ッ!!」
瑠璃はそれをヤンキーたちの目の前でゆらゆらと見せつけるように揺らすと、
「ほーれほーれほーれ・・・・・・ほれとってこーい!」
投げた。
「うおおおおおおお!ラピスちゃんの使用済みストローゲットすんのは俺だァ─────ッ!」
「ちょ、相棒てめえ!お前ついさっき大人の女にしか興味ねえって言ったばっかじゃねえか!!」
「それとこれとは話がちげえんだよ!!オラァ!!」
「あってめえ!抜け駆けすんな!!」
「よし、この隙に逃げるぞ、留羽」
「いや、ええ・・・・・?」
こうして、プロトタイプヤンキーの魔の手から瑠璃留羽の2人は逃れることが出来た。
ヤンキーたちから逃げるために走ってる途中、留羽が瑠璃に聞いた。
「あのストロー、ほんとに瑠璃が使ったヤツなの?」
「いや?近くにいたおっさんからもらったヤツだよ」
「男って・・・・・・」
◇
「んー・・・・・・はー。今日は色々回って疲れたな。けど、楽しかった」
「そうね。私もけっこう楽しかったわ」
瑠璃と留羽はモールの出入り口の自動ドアの前で、そんな会話を交わした。
「・・・・・・ありがとね、瑠璃」
「ん?なにが?」
「ナンパから助けてくれて」
「ああ別にいいよ。むしろよかったよ。女の子をナンパから助けるなんて、マンガとかアニメの中でしか見たことなかった激レアシーンだったからな。主人公になれたみたいでけっこう楽しかったぜ」
「なによそれ、全くもう」
留羽は呆れたようにそう言ったあと、ふふ、と小さく笑ったのだった。
こうして、この休日は終わりを告げたわけなのだが・・・・・・
後日。楽屋にて。
「・・・・・・ねえ瑠璃」
「なに?」
「あの日、私たちが一緒にモールで遊んだことが功を奏したのか、不仲説はだんだん消えていってるみたいなんだけど・・・・・・」
「おお、よかったじゃん」
「代わりに、その・・・・・・私たちが付き合ってるって噂が流れてるみたいなんだけど・・・・・・」
「は?」
変な噂が消えた代わりに、また別の変な噂が生じたのだった。