次に気がついた時、うちは学校に程近い市民病院に担ぎ込まれていた。
知らせを受けて東京から飛んで帰って来たお父さんによると、天井部分が消失した体育館で倒れていたうちとユカリを発見し、肝を潰しながらも、警察と救急車を呼んでくれたのは居残った生徒がいないか校内を見回りしていた用務員さんらしい。
憔悴しきっているためしばらくの入院が必要と医者からは診断されたものの、うちの身体は肉体的には全くの無傷だった。
多分、否、間違いなく童ノ宮の神様のお陰だろう。
ズタボロの肉袋になったうちの身体を元通りに再生してくれたのか、クローン人間のような、新しい器を用意して再度、そこにうちの意識を移してくれたのだと思う。
そして、ユカリもまた、傷一つなかった。
ユカリはうちと同じ病院に収容されたのだが直前の出来事――、つまり、パンザマストの怪談や校内で発生した怪異については全て記憶を失っていた。
稚児天狗が怪異とその手下のモウジャを喰らったことと関係があるかどうかは分からないが、結果的にその時の記憶を失ったことはユカリ自身のためによかったと思う。
怪異やモウジャに絡まれた記憶など持っていても辛いだけだ。
だけど、一週間ほど先に退院したユカリは、うちの病室に やって来て、
「……私、何も覚えていないんだけどすごく怖いことがあったんだと思う」
と、不安を口にした。そして、こう続けた。
「多分だけど――きっとまだ終わってないよ。気をつけてね、キミちゃん」
この時、うちはどんな顔をしていたのか。笑ってユカリを見送ってあげたかったけど、あまり上手くできていなかったと思う。
うちとユカリが入院を余儀なくされている間、学校や街は騒然となっていた。
命に別状なかったとはいえ、二人の女生徒が前代未聞の事件に巻き込まれたとみなされる案件が発生したのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
病院のロビーには連日のようにマスコミが姿を見せていたし、幾度となく警察関係者がうちらに事情を聞こうと訪ねて来た。
話せることは特に何もなかった。ユカリは怪異に関する記憶を失っていたし、うちも赤の他人に人外魔境について語るつもりは毛頭なかったから。
結局、困り果てた警察は何らかの原因で自然由来の有毒ガスの類が発生、体育館の天井を跡形もなく吹き飛ばした挙句、うちらはその瘴気に当てられてしまい意識を混濁させてしまったのではないか、という仮説を発表したのだった。
少し落ち着いてから――、ふと思い立ってうちは病院のパソコンルームでネットにアクセスした。
アキミチ君が運営していたチャンネルがどうなっているのか気になったからだ。
しかし、案の定と言うか、アキミチ君が運営していたはずの動画などは、チャンネル丸ごと削除されていた。
稚児天狗に喰われたのと同時、呪術的な力が作用してそうなったのか、あるいはモウジャや怪異の痕跡がネットに残っているのが不都合な何者かが工作したのか。
何にせよ、一介の女子中学生にすぎないうちにはそれ以上のことは知りようがなかった。
その後――。
面倒で憂鬱な様々な検査を終え、ようやく退院許可がうちに降りたのは事件から一か月近くたった頃だった。