翠蓮の体は最早氷と化そうとしていた。パキパキとひび割れ始めたその崩壊へと向かう体で必死に、デルを空間を超えた先にいる京月の元へと繋ぐために限界を超えた力で押し出していく。
翠蓮の刀はデルの体を貫いてこそいるが、どこか不気味な力が翠蓮の全力を押し返すために膨れ上がる。
それでも翠蓮は、京月に繋ぐ為に刀から手を離さなかった。
限界を超えた魔力により、その体が凍り崩壊へとどれほど近付き始めようが気にすることなく赤々と燃える炎を求める翠蓮。その力は遮断していた空間に亀裂を入れ、デルは共有する本体の意識からその先の危険に気付き、何がなんでも翠蓮を殺して逃れなければと、魔力を放つがそれすら白く凍り砕け散る。デル程の実力者の魔力そのものを凍らせる威力の冷気。その冷気で、抵抗するデルの体も凍りはじめ、遂には空間が破壊される。
「
怒りのままに叫ぶデルを前に、とっくに魔力を使い果たしていた翠蓮は遂にその刀を持つ手から力が抜ける。
「京、月隊長………………」
デルと共に壊れた空間から落下する翠蓮。
『
その瞬間、京月の赤い炎はその火力で一帯を真っ赤に染め上げて、波のように荒れて猛る炎を纏いし刀がデルの本体と、翠蓮により空間から突き出されたデルの分身体をまとめて斬り捨てる。
落下してくる翠蓮の体を京月が受け止め、凍りつきそうだった翠蓮の体は炎の熱でぬくもりを取り戻し、氷は溶けて崩壊も止まる。
「新入りでここまでの力を……」
四龍院がそう呟く。
その声音からは驚きが感じられる。
「隊長…………」
京月の腕の中で、翠蓮が意識をぼーっとさせながらそう呼べば、京月はすぐに魔力で出血を止めるための応急処置をして不破のもとにつれていく。
「頑張ったな、後は俺に任せろ。不破、氷上を頼んだぞ」
「はい!」
そのまま翠蓮は魔力の消耗により疲弊していたのもあり、不破の腕の中で意識を手放した。ボロボロになるまで諦めずにいた翠蓮の頭を優しく撫でて、不破は再び京月達の方へ視線を戻す。
京月の前では、斬られたことで分身体が消滅し、不気味な力により命を繋ぎ止めている状態の本体のデルが怒りのままに叫んでいた。
「まだだ……俺が負けるなど有り得ない!!」
そうして更に力を解放しようとするが、再び京月の刀がその体に向けられ、深い斬撃が直撃する。
「もう終わった。お前は氷上に負けたんだ」
その言葉に表情を顰めながらデルは京月達を睨みつける。
「俺は神だぞ、神である俺が負ける訳ないだろう!」
そう発狂しながら立ち上がったデルの体は、既に死んでいてもおかしく無いほど深い斬撃を浴びせられており、その異様な雰囲気のデルを京月達は警戒する。
更に不気味な力をさらけ出して一帯を黒いオーラが支配しようとする。もはや人間では無く本当に神だとでもいうのか、デルはすさまじい程の魔力を暴走させると、その魔力は巨大な魔物を大量に呼び出し、全方位から隙ひとつ作らず飛びかかった。
だが、そんな魔物は全て何者かの手により一瞬にして粉々に切り刻まれ、その凄まじい速度で誰にも気付かれずにデルの首まで斬り、首はごとりと落ちる。
ごとりという音でようやく斬られたことに気付いたのだ。四龍院達は京月がしたことだと思ったが、当の本人は刀を構えただけで、京月よりはやく魔物全てを斬り捨てることのできる者がそこにはいた。京月達は突然感じた気配にバッと上を向く。ゴロゴロと転がるデルの首。それは段々と消えゆくその空間にある高い柱の上に立つ男を見て、なぜだと声を漏らして嘆いた。
「なぜ、なぜだ…………俺は貴方達魔天のために…………俺を裏切るのか………」
柱の上からデルの首を見下ろしながらフードで顔を隠した男は声を向ける。
「裏切る?違うな。俺が裏切られたんだ。お前が弱くあることが、俺に対する裏切りだろ?存在価値の無い弱者は、もう要らない」
その言葉を聞いてデルは叫び声をあげる。
「ふざけるな、俺を裏切るなど……後悔させてやるぞ京月総司!!」
その名前を聞いた瞬間、四龍院達は驚いた様子で京月を見るが、ただ本人だけは、兄である京月総司の登場に目を見開いていた。突然失踪してから、今まで何の音沙汰も無く死んだものだとされていた兄の姿に固まる。デルの言葉を聞いた総司は、柱から飛び降り、着地すると同時に首だけになったデルの顔に刀を突き刺す。
「ギャァァァアアア!!!!」
「後悔させてやる?お前、いつから俺にそんな口が聞けるほど偉くなったんだ?もう一回言ってみろよ。……って、もう死んでるか。どいつもこいつも弱ぇな」
血がべっとりとついた刀を引き抜けば、魔物を取り込みすぎたことで体そのものが魔物となっていたデルは魔物と同じように消滅する。デルが消滅したそこには黒ずんだ石のようなものが落ちており、総司はそれを手に取ると、それ以上口を開くこと無くその場から離れようとした。だが、亜良也がそれを許さない。目にも止まらぬ速さで総司へと刀を振り下ろす。しかし総司にその刀は当たらない。ギリギリの所で総司の刀により受け止められたのだ。
フードがずれて亜良也と同じ総司の赤い長髪が刀のぶつかる衝撃で靡く。母の青い瞳が遺伝した亜良也と違い、父のもつ赤い瞳が遺伝した総司の瞳。亜良也の中で総司の姿が先程ジェイドの幻覚により見せられた父と重なる。
「なに?お兄様に刀向けて良いわけ?」
総司の口から発せられた兄という単語に、その場にいた四龍院達は驚き、そしてそのまま勢いよく吹き飛ばされた京月を見て総司の力に目を見開いた。
「誰が兄だ、ふざけんなクソ野郎!」
吹き飛ばされはしたが、無傷で立ち上がり、再び飛び出した所で別の声が響く。
「そーじー!」
その声を聞いた総司は、京月の刀を軽く受け流しながら視線を向けてその名前を呼んだ。
「……なにしにきた、六華」
京月はその名を聞いてジェイドの話を思い出す。今いるのが、魔天の二人だと。予想外の敵と、兄の登場に、終わりを迎えそうだった戦いがまた熱を持ち始めた。