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第24話 何があっても


 『本当の過去』


 ジェイドが残した言葉が、翠蓮の中で強く衝撃となる。その言葉の意味は分からないのに、どうしても大事なことなのだと頭の中が割れるように響いて、呼吸が乱れる。ここは戦いの場なのに、どうして今。そう思っても呼吸は落ち着かない。必死に呼吸を落ちつかせようと焦れば焦るほど酷くなるばかりで。


「氷上?」


 翠蓮の呼吸の異常に京月が気付く。そして翠蓮が真っ青な表情で大量に冷や汗を流しており、しばらく戦闘は不可能だと即座に京月は判断する。だが必死に立ち上がろうとする翠蓮。かひゅかひゅ、と浅くて辛そうな呼吸と、何が何だか分からないまま荒れる頭の衝撃で翠蓮はふらつき立つこともままならない。


「氷上、お前はここにいろ」

「!ぃ、やで、す……ッ」


 即座に戦力から外されたことに、翠蓮はまだ役に立てていないのにという悔しさからそう縋る。だが、この状態で戦いに出れば足でまといになることも痛い程分かっていた。それでもジェイドの言葉の意味も分からず漠然とした恐怖心であるそれのために止まるなどしたくなかった。


「落ち着け、大丈夫だ」


 そんな翠蓮の頭に京月の手が触れ、その手のぬくもりと声に、翠蓮は少しだけ呼吸が落ちつくのを感じる。京月は翠蓮を抱き上げて隅へと寄せると、翠蓮の前に屈んでもう一度翠蓮に言葉を向けた。


「氷上、お前の隊の隊長は誰だ?」


 翠蓮はその問いに戸惑いながらも口を開く。


「京……月、隊長……です」


「そうだ。お前の上には俺がいる。言っただろ、自分の気持ちに真っ直ぐ立ち向かえる強さがお前にはあるって。俺はお前の力を信じているから先に行くんだ、お前の後くらいどうにでもしてやる。だから今は、自分のことを考えろ」


 辛い呼吸で流れる涙を軽く拭うと、京月は翠蓮から貰った自分の羽織を脱いでその頭に被せる。


「た、隊長……?」

「待ってるから、はやく返しに来いよ」


 そう言うと、京月は翠蓮のそばを離れて戦場と化す魔物と魔道士の群れへと向かっていった。翠蓮は自分を信じると言ってくれた京月の言葉を胸に、必死に呼吸を落ちつかせようとするが、ズキズキとした痛みが全身を襲う。ぼやけながらも何かの記憶が思い出せそうになるが、まるで鎖で雁字搦めにされているかのようにそれは思い出せず記憶の底で蠢いていた。それが思い出さなければならない記憶だと本能で感じるが、同時に思い出したくないという悲痛な感情の波が押し寄せ、翠蓮の意識は混乱し始めた。


「翠蓮………………」


 そんな翠蓮の様子をでんでん丸が心配そうに見つめる。だが翠蓮は自分の頬を力強く叩いて立ち上がる。


「翠蓮、大丈夫なのか!?」


「大丈夫。京月隊長の隊士である私が、こんなとこでうだうだしてられないから」


 まだ落ち着きを取り戻したとは言い難いが、翠蓮は立ち上がり前へと進み出す。


「何が隠されていようと、きっと隊長は私を隊士だと言ってくれる気がするんだ。だから、わたしは京月隊長が信じてくれた私の力を信じる」


 自分で前へと進むその力を信じた京月に返せるものは、何があっても前に進むこと。翠蓮は京月の羽織をでんでん丸に預けると、刀を持ち直して真っ直ぐ進み始めた。一番隊の、京月隊長の立派な隊士として。翠蓮の行く先の廊下からは階下から逃れてきた魔物がこちらへと一直線に向かってきていた。魔物も翠蓮に気付いて一気に攻撃を仕掛けようと飛び上がる。そして、その一帯を冷気が支配する。翠蓮が刀を抜いて走り出すと冷気が増して一体の空間は白い氷で覆われて凍り付いた魔物は空間ごと切り落とされて消滅する。


「いこう、でんでん丸!」


 そうでんでん丸を見る翠蓮の瞳は、もう迷いや恐怖などは無く、ただ真っ直ぐに未来を映していた。


「おうよ!!やるぜやるぜーーっ!」


 _______________


 京月は残った魔物を一掃する為に動き回っていたが、伝令蝶を通じての報告で魔物の数が一向に減らないことを知り、やはりそうかと納得する。残る幹部の誰かの魔法だろうと、まずは幹部を探し出すことを先決して、大きな魔力を辿っていた。

そして四龍院が、幹部の一人でありこの城を操る空間魔道士ゼレンと対峙。不破も同じく幹部の影魔道士レヴァーンと。

もう一人、幹部の召喚魔道士アリサと礼凛が対峙したことが伝令蝶の報告で全隊士に伝えられる。

 それと共に、ウロボロス幹部の情報が全て明かされ、あと一人、ウロボロスのトップである男が、無から魔物を作り出すことができる魔物使いだと発覚し、京月はその魔力がする方へと瞬時に飛び込んでいく。

 そして、全体に伝令蝶の声が響き渡った。


「ウロボロストップ戦力である首領・第一級反逆魔道士デル・ヴァン・ディレゼスタの元に一番隊隊長、京月亜良也現着!!」


 一気に戦いが加速し、隊長、副隊長達も白熱した戦いにその意志を燃やす。翠蓮にも、でんでん丸を通じてその状況が届いていた。一般隊士も隊長や副隊長の邪魔をされないように必死で溢れかえる魔物を倒していた。

 倒しても倒しても無限に増える魔物を前に、既に弱音を吐いてしまいそうなほど疲労していても、圧倒的な強さで戦う隊長達の背を見て、弱音を吐くなど恥でしかないと奮い立つ。

 桜も、いつか四龍院隊長の隣に立って戦えるようになる為に、その強い意志を魔力と共に魔物にぶつけて抗っていた。翠蓮も、京月に追いつくために必死に前を向く。京月の元を目指して、自分の力の限りを尽くし次々と溢れる魔物を切り、ただひたすらに魔物を倒し尽くす勢いで駆けていく。魔物の強さが増していくが、翠蓮の中にはもう恐れなど無かった。


「へへんっ!!禁出でもねぇオマエらに俺様の翠蓮は止められねーんだぞ!!」


 でんでん丸がそう煽れば、魔物たちは言葉を理解せずとも気に障ったのか大きく吠えながら押し寄せる。


「凍れ!」


 魔物は一瞬にして白く染まり氷漬けにされて消滅するが、数体巨大化した魔物が氷を破壊して先程よりも威圧感のある咆哮を放つ。放たれた咆哮を避けるが、衝撃で浮いた翠蓮の体を狙って再び咆哮が向けられる。その咆哮を、作り出した氷壁で止め、崩れたところから飛び出すと翠蓮は魔物の心臓を目掛けて刀を突き出した。


氷迅一閃ひょうじんいっせん


 魔物の心臓を貫いたそれはバキバキと魔物の体を内側から破壊し凍らせていく。そして消滅した魔物の血などの残骸に背を向けて、まだまだ残る魔物を倒すためその場を離れようとした翠蓮は、聞こえた微かな音で振り返った。振り返ったと同時にドッ、と何かが翠蓮の頬を掠めた。気配さえ感じなかったそれに目を見開くと、次は頭に強い衝撃を受けて勢いよく吹き飛び壁を突き抜けて大きな柱に体をぶつけて倒れる翠蓮。髪を結んでいたリボンが切れたのか解けた髪がどんどん頭からの出血で赤く色付いていく。


「翠蓮!!!」


 でんでん丸が翠蓮の体をすかさずその場から転移して離れさせようとするが、でんでん丸の声と命はそこで途切れた。


「ぐぎゃっ!」


 翠蓮は、でんでん丸のその小さな悲鳴を聞いて朦朧としていた意識を取り戻す。


「……でん、でん丸………?」


「ほう、これはでんでん丸という者だったのか。これは可哀想なことをしてしまった。ほら見ろ、この通りゴミだと思って握り潰してしまったぞ」


 突然声がして、勢いよく顔を上げて飛び退いた翠蓮は、目の前に現れた男の手にぐしゃりと潰された黒いなにかがあるのを見てその目を見開いた。


「でんでん丸………?」


 でんでん丸だったはずのそれは、もう何の反応もしなかった。

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