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第22話 幻覚魔道士ジェイド


 隊長二人の強さを見て、隊士たちは闘志を燃やす。地上にいたウロボロスの部隊は、危険を察知したのだろうか、空間魔法で城のような巨大な建物を異空間に作り出して、残った魔物含めた人員百名程が全てそこに身を潜めていた。

空間魔法では無く結界を張り、自分達の身を守ろうとしたところで、誰もがその名前を知る程の結界術の使い手である不破には適わず破られてしまうことを理解していたのだろう。だが、その空間さえ、京月により切り開かれてしまう。


「行くぞ!」


 京月が翠蓮と不破にそう声を掛ける。

 一番隊と二番隊、一般隊士たちは次々にその開かれた穴から作り出された城の中へと飛び込んでいく。内部に足を踏み入れると、一斉に魔物が襲いかかるが、京月はそれに動きを止められる程度の男では無い。襲いかかる魔物を一瞬で斬り捨て、中の魔物を一掃する勢いで駆け抜ける。


「京月!お前は上から攻め落とせ、俺たちが下から攻める!」


 四龍院の言葉を聞いて、京月は階段へと走る。それに不破と翠蓮が続こうとした時、城全体がぐにゃりと歪み始める。

 空間魔法の使い手により作り出されたその城は、自由自在に内部の構造が変化する。強い魔法では無いが、何度も何度も配置を変えられては厄介だ。

 魔物と戦っていた隊士達も、空間の歪みと共に別の空間へと飛ばされていく。翠蓮の真下にも別の空間が現れ、その体は落下する。


「わ、わーーーっ!!」


 だが、京月がすぐにそこへ飛び込み翠蓮の体を抱き寄せる。


「しっかり捕まってろ!」

「はいぃぃぃ!!うわぁぁぁぁぁああ!」


 長い距離を落下し、遂に光が見えたと思えばそこは、一面金色の豪華すぎる大広間のような場所だった。京月が足元に炎を纏い、勢いを殺して着地する。

抱き抱えていた翠蓮をゆっくり降ろしながら辺りを確認するが、近くには誰もいない。不破とは離れてしまったようだが、少し離れたところからその魔力を感じる。どうやら不破は既に戦闘を始めているようだ。まず厄介な空間魔法の使い手を探そうとしたところで、何も無かった空間にぶわりと霧をまとうようにして灰と黒が混じった髪を持つ怪しげな男が現れる。


「これはこれは。あの有名な京月亜良也さんではありませんか。ふふ、お会いできて光栄です」


 胡散臭い笑みを浮かべる男に京月がすぐさま刀を振るうが、その男に傷を負わせることなくその体を刃がすり抜ける。霧のように姿を消したかと思えば違うところにまた霧と共に姿を現す男。男の紫の瞳には愉悦が見える。この状況を楽しんでいる様だ。


「幻覚魔法か」


 そう呟いた京月に男はにっこりと笑みを浮かべる。


「正解です!流石は京月さんですねぇ。私は、ウロボロスの幹部が一人、幻覚魔術士のジェイド・ヴェリヴスと申します。以後、お見知りおきを〜」


 翠蓮が氷の魔法を飛ばすが、幻覚魔術士であるジェイドに当たるはずもない。目の前にいるジェイドの姿そのものが幻覚であり、本体ではないのだから。わざわざ自分から京月を相手にするとは、それ程自分の魔法に自信があるのだろう。


「隊長たるもの、部下は守らねばいけませんからねぇ」


 ふわりと、まるで蝶のように軽やかに翠蓮の背後に姿を現す。翠蓮が刀を振るうが、幻覚を傷つけることなどできはしない。

幻覚魔法の領域が翠蓮を呑み込んだ瞬間、ジェイドの思惑通り、京月もその魔力の中に飛び込んだ。幻覚魔法に掛けられた者は、内側から魔法を破壊しなければ助からない。外側から破壊して助け出すことは不可能な為、京月は内側から破壊して翠蓮を助け出そうと飛び込んだのだ。


「あなたが仲間思いなのは、よく見ていましたから。ふふふっ」


 ジェイドは幻覚魔法で姿を消し、今まで情報を集めていたのだ。しかしその幻覚魔術をもってしても、国家守護十隊本部に張られた結界を破ることは出来ず、そこで目を付けたのが一番隊新入隊士である翠蓮だった。

ジェイドは翠蓮を通じて京月の優しさに触れた。だからこそ、京月の戦力を削ぐため、翠蓮は利用するに値すると確信した。翠蓮が結界術を使えることも知っていた。そのため翠蓮が刀にかけようとした結界術も、"既に掛かっている"という幻覚で避けたことで、何にも妨害されず幻覚魔術をかけることができたのだ。

 そうして得た京月の仲間思いな性格を利用して自分の計画通りに、"最強"を戦闘不能にすることができ深く笑みを浮かべる。


「あぁ、言い忘れておりましたね。私の幻覚は嫌な記憶の中に落としちゃうので、ちょっとキツイかもしれません。って、聞こえてないですよね、ははっ」


 ✻✻✻


 京月は、幻覚の中で意識を目覚めさせる。目覚めてすぐに、幻覚の中だと気付いたが、目の前に広がる光景に酷く表情を顰めて盛大に舌打ちをした。


(あの胡散臭いクズ野郎、絶対殺す。)


 京月にとって戻りたくない場所。ぐっぱぐっぱと小さな手を動かすと、その体は自分の意思で動かせる範囲なのだが、どうしても背けたくなる目の前の悲惨な光景から意識を逸らすことだけができないでいた。


「なに、してるの?」


 あの日の記憶の通りに、自分の口が勝手に同じ言葉を紡いでいく。まだ声変わりなどするわけのない四歳の自分の声。目の前で母を殺そうと刀を振るう父親は笑う。


「お前のせいで小百合は死んだ」


 父親の姿にどくどくと血が沸きたとうとする感覚も、京月の心に染み付いていた。

 日本帝国でその名を知らぬ者はいない程の剣術の名家である京月家。当主は亜良也の父である京月誠二郎きょうげつせいじろう。彼は亜良也の兄であり、将来的に京月家を継ぐ存在でもある総司そうじが失踪して以来、周りからは鬼と言われる程、変わってしまった。

 兄である総司は八歳を迎えた日に、なんの手がかりも残さず失踪し、次期当主を失った怒りと焦りで、父はそれまで見向きもしなかった、まだ四歳の亜良也を次期当主にするために無理矢理刀を持たせた。何度もそれを止めようとする妻・小百合には暴力を。刀を持つのを嫌がる亜良也にも暴力を。


 京月誠二郎は狂い始めていた。


 鍛錬と言ってまだろくに刀も持てない亜良也が気絶するまで木刀で殴りつけては起こし、再び殴りつけて気絶すれば起こし、と亜良也にとって家は地獄だった。そんな中で唯一の救いだったのが母親だった。病弱が故になかなか体を動かすことができない母と、二人で話す時間が好きだった。父にどれだけ地獄を見せられようとも、自分を愛してくれる母がいたから亜良也は大丈夫だった。そんなある日、母は父に殺された。

 誠二郎が狂ったと、京月家は終わりだと、誰もが言っていた。誠二郎はいくら痛めつけても全く刀を持とうとしない亜良也にもう価値は無いと、ついに日本刀を持ち出した。そんな時に母は、ろくに動かない体を引き摺り、亜良也を守るために持ち出した包丁で誠二郎を背後から刺した。だが、急所を外したそのナイフは誠二郎を殺すには至らず、逆に誠二郎の手で小百合は切り殺されてしまった。


そんな、光景。あの日と同じ光景に、それが幻覚だと分かっていても尚怒りは消えない。あの日と同じように、自分の魔力が覚醒していく。そこでもう一度、京月は舌打ちをする。


「クソ野郎が、」


 これは幻覚だと、胸の内で強く呟く。そうすることで、幻覚は覚醒した意識が呼び起こした魔力により破壊される。

 ただ、母が生きている姿にすこし、その足を止めてしまっていた。それが幻覚魔術の真髄だ。偽物だとわかっていても、目の前の光景から目が離せない。翠蓮を助けなければという気持ちさえ、幻覚に惑わされていく。そんな時、記憶通りの母の声。死の直前だ。掠れ、血を吐きながらも紡いだ小さな声。


「亜、良也…………、あなたは、その手……で、大切な、ものを……、まもる、のよ…………。そしていつか……旦那様のことも………」


 そこで声が途切れて母が死んだと同時に、足元が濡れた。どうやら、京月は少しばかり、いやかなり、それを楽しみにしているようだ。京月は自分の足元を満たす海水に小さく笑った。あの海の約束が、幻覚をすり抜けて京月の心を揺さぶる。


「そうだったな。海、三人で行くんだよな」


 京月はそのまま、ついに過去の幻覚から意識を背けて、翠蓮の魔力を感じる方へと進んでいく。段々とその体も子供のものから現在のものへと変わっていき、幻覚である母と父の姿も消えていく。


「いかないで、亜良也」


 母の声に、京月は振り返らない。


「あの人は、今の俺にそんなことは言わない」


 そうして京月は、翠蓮がいる幻覚の魔法の中へと入っていった。

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