帝都の基地に到着してからは、派生組織との決戦に向けて、各自鍛練に勤しむため、特に任務なども予定されていなかった。そのため、京月達は毎日朝から夜まで基地の鍛練場で過ごしていた。
翠蓮は結界術と刀を合わせて使いやすくするため。不破は体が鈍らないようにする為だけでなく、翠蓮の結界術の師範として彼女が結界術を覚えるサポートをするために、翠蓮と不破の二人対京月という形で、京月に稽古を付けてもらっていた。
まず翠蓮が結界術のレベルを上げられるように、不破が京月を抑え、そこに翠蓮が結界術の応用である"弾き"を利用して斬撃を飛ばしていた。その間も、京月と不破は目に負えぬ速度で斬り合いを繰り広げる。
翠蓮はあんなに強かった不破が防戦を強いられる程の京月の剣術に、冷や汗を流しながらもひたすら結界術を展開していた。そして、不破から教えてもらった結界術の応用の一つである結界術の付加をなんとか成功させた翠蓮。
不破の持つ木刀と、京月の持つ木刀の間の僅かな空気に結界を付加させて、その刀を弾こうとするが、京月の刀はその魔力ごと切り伏せて不破の刀を勢い良く押し退けると、そのまま低く構えて下から蹴り飛ばす。
「うッ、!?」
勢い良く吹き飛んだ不破に気を取られた瞬間、既に翠蓮の前には京月がいて、頭の上にポスッと軽く木刀が当てられる。
「気を抜くな。ほら、さっさとかかってこい」
そう言われて、翠蓮は木刀を持ち直すと京月へと向かっていく。翠蓮は京月と木刀を合わせて気が付いた。京月の剣術は今まで見てきた剣術のどれにも当てはまらない自己流のものだと。
一つ一つの動作が独特で、次の流れも読みづらく、予想外の方向やタイミングで攻撃されることがほとんどで、加えてその速さ。直前で止められるため翠蓮に当たることはないが、当たらないと分かっていても恐ろしい程に京月の"突き"には確実な死が見える。
それだけに留まらず、間合いの広さも恐ろしい。この鍛錬場内ならどこにいても京月の間合い内なのでは、という程どこにいても必ず当たる。
結界術を使う間もなく、気が付いた時には全て終わっており、ポン、と気配も無く頭に木刀が乗せられる。不破と同じように、木刀を結界術で弾こうとしても、京月には魔力そのものを斬られてしまう。たとえ僅かに隙が生まれたとしても、不破の時のようにその隙ごと振り払われてしまうのだろう。
京月に百本取られたところで、対京月との稽古は終了する。
「はぁ〜〜、あそこで蹴り来るとか思わないですよ。マジで死ぬかと思った、いってぇ〜〜〜〜」
「お前もまだまだだな。いつ俺に勝ってくれるんだか」
そんな、他愛もない話をして過ごした夜の休息。丁度今日、二番隊とその他の隊士たちも、帝都入りをしていた。遂に派生組織ウロボロスが動きを見せたと報告が入ったのだ。予定通り、明日明朝に奴らは帝都への侵略を開始する。
帝都入りをした四龍院は、少し中心地東寄りに隊を配置し、計画通り一番隊と共に中心地の守護に重点を置く。その他隊士達もそろそろその周辺に配置された頃だろう。
「氷上」
京月が翠蓮に声をかける。
「新人であるお前や、神崎が最前線に立つことはまず異例だ」
「はい」
だからこそ、頑張らなければと翠蓮の手に力が入る。
「怖がったっていい。自分の気持ちに真っ直ぐ立ち向かえる強さが、お前にはある」
その言葉に翠蓮は目を瞬く。
「お前には、不破と俺がいる。だから、自分のやりたいように戦えばいい。その後は俺がどうにでもしてやる。どれだけ怖がったっていい。俺がいるから、お前は死なない。必ず勝つ。分かったか?」
こんなに心強い言葉があるのかと、翠蓮は笑みを浮かべる。
「はい。じゃあわたしは、前だけ見て戦います。京月隊長を信じてます。もちろん、不破副隊長のことも、信じてます!」
不破は自分を信じる翠蓮の言葉を受け止めて答える。
「絶対大丈夫だよ、なんたって次のおやすみは、皆で海に行くんだもんね」
その言葉を聞いて、翠蓮は一番隊の約束だと強く頷いた。そして明朝、けたたましいサイレンの音が帝都に鳴り響く。
一般人は不破の結界術で守護の為だけに作られた空間に避難されており、帝都中心部からは人が消えていた。今、中心地に立つのは一番隊の三人、そして東に逸れた所には二番隊がいた。サイレンの音で、皆が一斉に警戒を始める。中心地の周辺に配置された隊士たちも、緊張でざわついていることだろう。
そんな時、空に大きな影が現れ、雲の中から大きな魔道飛行艇が帝都上空に観測された。魔力量を辿ってみれば、飛行艇だけでなく、地上でも帝都に向かってくる魔力へ辿り着く。
「京月、飛行艇は頼んだぞ」
京月の伝令蝶から四龍院の声がする。
「言われなくても、わかってる」
そう答えて、飛行艇を見据える京月の後ろで、不破が翠蓮に話しかける。
「ね、氷上ちゃん。京月隊長の間合い広かったでしょ。鍛錬場のどこにいても当たってさ」
「はい、鍛練場の外に逃げたいくらいでしたよ……」
その返事に不破が笑う。
「あのね、あの飛行艇あるでしょ?」
不破がそう言った時、京月が刀を抜く。
「はい、今回の任務は飛行艇が重要視されるって、」
「そうそう。まああっちの組織の切り札みたいなもんだからね〜。それも、京月隊長がいなかったらの話なんだけど」
「え??」
「あの飛行艇、隊長の間合い内なんだよね」
そして、それに驚いたのは翠蓮だけでは無かった。京月の真髄を知っていた不破と、二番隊の四龍院と礼凛。それ以外の隊士すべてが、その光景に驚愕した。
京月が刀を振り下ろした瞬間、飛行艇が真っ二つに切断され、組織が誇る飛行艇の魔法機能そのものが京月の手で簡単に破壊される。
京月亜良也の力を見誤った。
まさか、空までをも間合いとする者がこの世界に存在するなど、考えたこともなかったのだ。切断され、修復など出来るはずもなく、乗っていた人や魔物が空を滑るように落下する。
そして、もう一人、実力を見誤っている者がいた。国家守護十隊で隊長を務める程の実力者を舐めていたのだ。中心地、帝都一番隊よりやや東。四龍院伊助が動き出す。
『起きろ』
四龍院の毒の魔法がかつて数多の国を滅ぼしたとされる伝説の毒龍を呼び起こす。
『毒龍呪術』
呼び起こされた毒龍は空中を舞い、あっという間に毒で支配した空間で、全ての悪に終止符を打つ。その京月と四龍院の連携に、翠蓮と桜、隊士たちは何が起きているのかとその光景を瞳に焼き付けた。そうして、魔道飛行艇に乗っていた部隊が壊滅し、三百いた組織の人数はたった数分で百程までに減ってしまった。
だが、面白いことに、京月と四龍院は両者どちらも素知らぬ顔をして、そそくさと次の配置へと動き始めていた。それもそうだ。この二人の一連の流れは全く本気では無かったのだから。
敵の弱さにあくびをするとは、まさにこのような場面のことであろう。
隊士たちはその力強い背中に憧れるようにして着いていく。