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第19話 帝都へ


 時間が経つのは早く、今朝早くに本部を出た翠蓮達は、本隊基地のある帝都へと向かっていた。本部から帝都までは距離があり、列車で約半日以上はかかるようで、その間にそれぞれ、対ウロボロスの作戦や配置を改めて隊士間でも確認していた。

 四龍院隊長率いる二番隊は、一度京にある本隊基地で物資などの調達や準一般隊士との合流を済ませてから帝都に向かうとのことで、今は一番隊の三人で列車に乗っている。


「まず敵の人数は奴らが使役する魔物も合わせて約三百程だと分かっている。そして空、陸で半分に別れて恐らく北から攻め込んでくるだろう」


 京月が帝都の地図を広げながら、大まかな方向を二人に伝える。


「まぁ、どこから来られても対処できるように全方位に配置するんでしょうけど、一番隊はどこにつくんですか?」


 向かいの席に座っている不破の言葉。


「今回狙われているのは国の動きを止めること。恐らく政府本体……帝都中心部が最前線になる。一番隊と二番隊は初期配置で中心部、その他で他全方位を囲む。その後は状況によって逐一変動するはずだ」


 なるほど、と京月の説明を飲み込む不破の横で翠蓮は、京月の話を聞きながら結界術に慣れるための練習をしていた。

 少しずつ小さな結界を作りそれを維持するのだが、魔力で形を作ることがまず難しいもので、昨日もひたすら不破に結界術の練習に付き合ってもらっていたのだ。

京月の話を聞きながら、小さく作った結界の維持に集中していた時、隣の席に座って話を聞いていた不破がサッとハンカチを取り出して翠蓮の鼻を押さえた。たら、と血が垂れる独特な感じがして翠蓮はまた鼻血を出してしまったことに気付く。


「あちゃ〜、また出ちゃったね。大丈夫?そろそろ休憩しよっか、それにしても昨日今日でここまで維持できるようになったのすごいね〜」


 不破はそう言いながら、軽い治癒魔法をかけて鼻血を止めると、すこし血で汚れていた鼻周りを拭き取ってくれる。


「そうだな。長時間の列車は体力的に疲れるのもあるしな。初めてで、しかも結界術を使いながらだと尚更だ。もうどこか駅に着く頃だろ、休憩していくか」


「京月隊長!俺隊長の奢りで美味しいご飯が食べたいです!」


「はいはい。氷上、腹は減ってるか?」


「あ、はい!減ってます!」


「そうか、なら何か食べに行くか」


 そんな話をしていた時、翠蓮のお腹がぐるるると鳴って不破が笑う。


「んふッ、氷上ちゃん、今日は隊長の奢りだからなんでも食べたいもの言いな〜。寿司とかステーキとかさ!隊長の奢りなら鰻も良いな」


「えっ、いや、そんな!大丈夫ですよっ、そんな高級料理……!」


 なんだか隊長と副隊長の優しさに甘えて迷惑をかけているような気がして、申し訳なく思っている翠蓮を見た京月が口を開く。


「別に、少し奢ったくらいで迷惑を被るほど貧乏では無い。氷上は何が食べたいんだ?」


 翠蓮の考えなどお見通しだとでも言うような京月の言葉に絆されて、翠蓮はすこし恥ずかしく思いながらも好物の名前を口にする。


「お……おむらいす…………が食べたいです。」


 恥ずかしがりながらも、オムライスが食べたいと口にした翠蓮に京月は小さく笑う。


「ふ、お子様だな」


「あ!もしかして馬鹿にしてますか!?」


「してないしてない」


 そうこうしているうちに、列車が近くの駅に到着したようだ。降りる人が次々に立ち上がり荷物を降ろす様子が専用車両の窓から見える。


「ほら、行くぞ」


 そう言って立ち上がる京月。

 そうして三人は帝都と本部の丁度中間あたりにある町に降り立った。


 ✻❉✻


 それから三人で入った喫茶店。

 駅に着くや否や、まさか駅にいた人々も列車最後尾の専用車両から降りてくるのがあの一番隊の京月亜良也と不破深月だとは思っていなかったのか大歓声で騒ぎ立てられ、その場から離れるのにかなり時間を要してしまっていた。やっとの思いで見つけた喫茶店に逃げるように飛び込んで、三人はようやく息をつく。

 喫茶店では、店主が京月たちに気付き気を利かせて騒がずひっそりと個室の席に案内してくれたことで、店内の客に気付かれることなくゆっくりと過ごすことが出来ていた。


「すごい人の波でしたね……。京月隊長と不破副隊長は凄いですね!」


 翠蓮がそう言うと、二人は思ったより大変だったのかどこか遠い目をしてため息をつく。

ようやく落ち着いてメニューを見始めるが、目当てのオムライスの他にも様々なメニューがあり、どれも美味しそうで翠蓮は瞳を輝かせる。


 翠蓮は元々田舎の小さな村で育ったためこの様に外食などもしたことがなく、実を言えば先日京月と行った甘味処が初めてだったのだ。メニューを見ているだけなのにまるで宝石箱を見ているかのように楽しそうな翠蓮に、京月は僅かに口角を動かして微笑みを浮かべ、不破に関してはその可愛らしさに呑まれてうちの妹に欲しいとまで思うようになっていた。

悩みに悩んだ挙句、結局決められないからとオムライスにすることにした翠蓮。皆それぞれ注文したものが届き、揃って食べ始める。

 京月は唐揚げ定食の唐揚げを一つ。不破はコロッケ定食のコロッケを一つ。

 どちらも翠蓮が迷い続けて、メニューとにらめっこしていたものを彼女のお皿に盛る。


「えっ!いいんですか!?」


 ぱっっと顔を輝かせる翠蓮に京月が頷く。


「食べれる時に食べとけ、まだ帝都までは遠いからな」


「これもあげるね〜」


 そうにっこり笑う不破は定食に付いていたプリンも翠蓮のトレイに乗せてくれる。


「わ〜!やったぁ、ありがとうございます!」


 そしてにこにこ幸せそうに頬張る姿を見守りながら、しばしの休息をとる。戦いの前の、ほんの小さな幸せな時間。京月と不破はまだ十五歳である翠蓮が子供らしく頬張る姿に、この最悪な世界を守る理由を改めて考えさせられる。


「まだ時間はあるから、ゆっくり食べろよ」


 京月と不破の二人共が食べ終わったのを見て急いで食べようとする翠蓮に京月がそう声を掛けた。

 まるでリスのように美味しくご飯を食べる翠蓮に不破も笑う。


「そうだよ氷上ちゃん、ゆっくり食べな〜。プリンは逃げないよ。はい、お水」


 そう言って差し出された水を飲んでいた時、どうやら何か外で乱闘が起きたようで悲鳴が聞こえてくる。


「あ〜、一般人の乱闘みたいですけど、魔力持ちですね。止めに行きますか」


 不破がそう言うと、京月が立ち上がる。


「そうだな、町への被害は避けたい。不破行くぞ。氷上はここで食べてろ、俺と不破だけで十分足りる」


「えっ!?や、でも……っ」


「大丈夫大丈夫、食べてていいからね!そもそも京月隊長だけでも余裕というかやりすぎ感あるからさ〜。じゃ、いってくるね!」


「あ……頑張ってください……」


 一緒に行きたかったが置いていかれてしまい、一人でもう残り少しだったオムライスとプリンを食べる翠蓮。不破からもらったプリンの最後のひと口を食べたところで、お店の扉が開かれる。

 京月と不破が戻ってきたのかと思い、席を立ちそちらを見るが、入ってきたのは二人ではなかった。


「邪魔するぜおっさァん」


 いかにも悪人です、というような風貌の男三人組が店に入ってきており、どうやら普通に食事をしに来た訳では無いようだ。

 店主もそんな様子に気付いているようだが、無下にすることは出来ず、急かされるがままに席を案内していた。


「俺らさぁ〜、国家守護十隊の隊士なんだぜ。怒らせたらどうなるか分かるだろ?ほら、何でもいいからさっさと飯持ってこいよ。いつもお前らカスの為に体張って戦ってるんだから金取るなんてことしないよな?」


 その発言に翠蓮は目を瞬く。


「なぁ、翠蓮、あいつら隊士じゃないぞ??」


 移動中は魔力に戻り休息していたでんでん丸がそう言って男達を睨みつけながら翠蓮の傍に姿を見せる。


「うん、やっぱりそうだよね。一般の方からは分からないだろうけど見た感じ魔力も無いし。隊服は……似てるけど偽物かな」


 店主がわたわたと厨房に戻っていくと、男たちは席を立ち、近くの席にいた若い女性二人組の傍に行く。


「姉ちゃんたち俺らの席に来てよ。一般人には魔法使ったら駄目だけどさぁ、逆らうなら何しちゃうかわかんないよ?」


「そーだそーだ」


「兄貴に逆らうなよ!」


 そう言って隊の名前を使い、女性に対しても隊に対しても無礼極まりない行いをする男たちを翠蓮が引き離す。


「なんだ?ガキ、てめぇはひっこんでろ」


「そーだそーだ!ガキはひっこんでろ!」


「ひっこんでろ!」


 男達はそう言うが、翠蓮が国家守護十隊の隊服を着ているのを見て後ずさる。


「……こッ国家守護十隊!?」


「国家守護十隊の名前を使い随分なことをされていますね、お兄さんたち」


 女性達を後ろに庇いながら、翠蓮が言う。隊服を見て怖気付いた男たちだが、まだ翠蓮が自分達より遥かに年下のか弱い女の子だと気付くや否や大きく口を開けて笑い始めた。


「なんだよ、ガキが隊士ごっこか?死にたくなけりゃ引っ込んでなァ!」


 そう言って三人組の中でも兄貴と呼ばれている男は翠蓮を押しのけて、再び女性達の方へ行こうとするが、女性が咄嗟に男の手を払ってしまい、それに男は激昂する。


「あぁ!?てめぇ!ふざけるんじゃねぇぞ!!」


 勢いよく振りかぶられた拳から、女性を護るために翠蓮が咄嗟に前に出たことでその拳は翠蓮の頬に直撃する。軽く治癒魔法を掛けてもらっていたとはいえ、結界術による疲労で負荷がかかっていたところに響いてしまい、翠蓮の鼻からは血がぼたぼたと溢れ、切れた口内からも血が垂れる。


「い……っ、た……」


 その瞬間、翠蓮を殴った男を丁度戻ってきた京月が殴り飛ばす。


「うーわ、隊長一般人相手に躊躇なく行きましたね〜。まぁ、止める理由も必要も無いですけど」


 京月のまさかの登場に残り二人の男は一人を置いて逃げ出そうとするが、不破がそれを逃がすはずも無く。


「やだなァ、逃がすと思う?」


 笑みを浮かべてはいるが、不破の瞳は笑っていない。


「今、俺の隊士に何をしていた?俺に、話してくれないか」


 冷たくも、怒りの熱で熱くも感じさせるその京月の声に、殴られた男は生まれたての子鹿のようにガタガタ震える。


「ず、ずびばぜッ、もうしまぜんがら!!」


「………とっとと失せろ」


 京月がそう言うと、男は真っ赤に腫らした頬を押さえながら、涙ながらにその場を飛び出していき、不破もそれを見て捕まえていた男を解放する。


「グズが。二度とここ来ないでね〜」


 そうして迷惑な男たちを追い払うと、すぐに二人は翠蓮のもとに寄る。不破が女性達に怪我が無いかの確認をしている間に、京月が翠蓮の手を引いて、空いた席に座らせる。


「一般人相手となると色々規制が掛かるから厄介だが、わざわざ自分を犠牲にするな。今日みたいなのは殴って分からせれば良い。どうせ格好的に隊士だって嘘ついて横暴にしてたんだろ。普通なら処罰ものだ」


「一般人だと思うとなんだか動き辛くて」


「その優しさを自分にも向けれるようになれ。お前も相手もただの人間であることに変わりは無い、魔法があろうが無かろうがな。自分を犠牲にしたりするな」


 翠蓮に治癒魔法をかけて血を止めながらそう言う京月の表情は無表情のようにも感じるが、心配と焦りの色があり、やはりあたたかさも感じられて。翠蓮はその優しさに触れていく。


「隊長は優しいですね」

「また馬鹿なことを。食べたなら行くぞ」


 そうしてまた、帝都への道を行く。

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