二番隊隊長である
「ん?京月、お前もどこか行くのか?」
たまたま隊本部の入口でばったり出くわした京月だけがそれに気が付いた。
「あぁ、羽織を買いに行くんだが、そっちは和菓子屋か」
「は、おい、なんで分かった!?」
「なんとなくだ」
そんなに気付かれやすいほど浮かれていたか!?と恥ずかしくなった四龍院は咳払いをして取り繕う。
そうして流れで同じ列車に乗り二人は和泉莉翠へと到着し、それぞれ目的の店へと向かい始めるが、自分を取り囲み始める人の波で目の前が塞がれていく。
「四龍院隊長と京月隊長よ〜〜!!」
そう言って、きゃあきゃあと歓声が上がりながらどんどん人は増え、後ろを見てみれば京月も有り得ないほど囲まれて心做しか目が死んでいるように見えた。
だが、そんな所で止まってはいられない。四龍院が贔屓にしているということで、その和菓子屋は有名になり、元よりどこにも負けないほど美味な和菓子だった為それはもう大人気のお店なのだ。
軽く謝罪しながら人の波の中を進んでいく。四龍院の頭の中には今やわらび餅しか存在していないのだ。
だが、ようやく辿り着いた和菓子屋で、誰にも気付かれずにいたが、四龍院は絶望的な表情をしていた。
「あ、あら四龍院さん……、ごめんなさいねぇ」
いつもわらび餅が並べられているはずの商品棚には何一つとして置かれていなかった。自分を取り囲む人々の中で、呆然とショックを受けるも無いものは無い。
「いえ、また次の機会にとっておきます」
そう言って、外で騒ぎ立てる人の波へと戻っていこうとした四龍院は、横の方からぴょこぴょこと顔を出してこちらを見ていた桜に気が付いた。
「神崎?」
桜は四龍院が気付いたことに気が付かなかったのか、そのまま人々に押されて四龍院から引き離されたと同時にしょんぼりしながらひとりで駅の方へと歩き始めていた。桜は先程買ったばかりのわらび餅の箱を落とさないように大事に抱えながら歩いていく。
四龍院に声をかけようとしたが、あの人の波に呑まれていては声すら届かないだろうと、桜は諦めていた。
「他の人からプレゼントとかたくさん貰うだろうし、わたしからなんていらないよね」
四龍院の周りにいた可愛らしい女の子たちは戦いなどとは無縁のお淑やかな人ばかりだった。そしてそんな女の子たちは彼へのプレゼントを持ちそわそわしていた。
「わたしにも可愛げがあればなぁ」
それはそれとして、と桜は悶々と考え込んだ。
「四龍院隊長ってば五歳しか離れてないのに私のこと子供扱いしちゃって……、ふん!わらび餅もまた礼副隊長と一緒に食べてやるんだから」
そうひとりでブツブツ呟いていた時、突然隣に人影が差す。
「……?」
誰だと思い顔を上げれば、全く知らない男がニヤニヤしながら桜の腰に手を回そうとしていた。
「君可愛いねー、俺と遊びにいこうよ!」
そんな男を桜はじとりと睨みつける。
「ムリ、あなたに可愛いとか言われても嬉しくない」
「そう言わずにさぁ、ほらほら〜」
男はそのまま桜の腰に触れ、そこで痺れを切らした桜がその手を押し退けると、男はそこで気分を悪くしたのか桜が持っていたわらび餅の箱を奪い取るとそのまま地面に投げ捨てる。
「ちょっと、なにするの!」
「うるせーよ、女が調子に乗るんじゃねーぞ!」
そうして男がわらび餅の箱を踏み付けるが、桜は必死に箱の上に手を置いて守ろうとする。痛みで眉を寄せる桜に気分を良くしたのか、男はどんどん踏みつける。悔しさから桜が涙を落としそうになった時、ふと男の動きが止まり、次の瞬間には痛みに呻く男の声がして桜は顔を上げた。
「あ………四龍院隊長……」
表情は隠されてこそいるが、その声音からは凄まじい怒りが晒けだされている。
「俺の隊士になにしてんだお前」
胸ぐらを掴まれた男は突然の四龍院の登場に冷や汗を流して震えていた。
「ひぃ!ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
「謝る相手が違うだろ」
四龍院がそう言えば、男は震えながらも勢いよく桜に土下座する。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!ひぃぃぃ!!」
そう言って逃げていこうとする男を四龍院が捕まえようとするが、桜がそれを止める。
「神崎?」
「わたしは大丈夫です!」
桜がそう言うが、皮がめくれて血が滲む手を見て四龍院は表情を曇らせる。
「…………わかった。本部に戻るぞ」
四龍院は桜を連れて本部に戻るために列車に乗り込む。駅長に使い捨ての応急処置キットを貰い、列車の中で四龍院が桜の手当をする。その間も、四龍院は口を開かない。
「ごめんなさい……」
そう小さな桜の声が漏れて、四龍院は見えないながらもその表情に驚きを宿した。
「なんで謝る?あ、いや……神崎に対して苛立ってるんじゃなくて、あの男に対して、いや……もっとはやく助けられなかった自分に対して苛立ってるというか……」
「迷惑かけちゃったし、渡そうと思ったわらび餅も踏まれちゃったし……」
箱が少し変形してしまったわらび餅を大事に抱え直す桜。そんな桜の言葉に四龍院が口を開く。
「それ、俺にか?」
「あ、えと、この前助けてもらったお礼に……って思ったんですけど踏まれちゃったから、なにか別の……」
またなにか別のものをと考えていたとき、桜の手からわらび餅が奪われる。
「これが良い」
「えっ、でも潰れて……」
「中は大丈夫だろ。それに、せっかく神崎が選んでくれたんだ。俺はこれがいい」
桜は、その隠された表情は笑みを浮かべているのだろうと優しい声音で気付き、同じように笑みを浮かべた。二人で本部の隊舎に戻ると、副隊長である礼凛が二人を出迎える。
「お、渡せたんだ。良かったな」
「なんだ、凛。知ってたのか?」
「あぁ、はい。前に買ってきた時隊長任務でいなかったから俺と神崎で食べたんすよー」
「あ!ちょっと礼副隊長っ、それ言わない約束!」
「あ〜ごめんごめん。うっかり」
も〜っと頬を膨らませる桜の頭を四龍院が撫でる。
「そうだったんだな、ありがとう」
「もう、子供扱いしないでください〜!!」
そんなこんなで、ようやく渡せたわらび餅。変形していたのは箱の部分だけで、中身は無事だったことで、四龍院は桜と一緒にわらび餅を頬張っていた。
「やっぱり美味いな」
「わ、おいしい〜!」
二人で仲良くわらび餅を食べる後ろで礼凛が笑う。
「隊長、周りに花飛んでるッスよ〜」
それからというもの、定期的に二番隊隊舎では和菓子持ち寄りのお茶会が行われるようになったのだとか。