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第16話 不破と稽古


あれから一緒に本部に戻った翠蓮と京月。


「あ、氷上。俺は一度総隊長の所に行くからお前は先に戻ってろ」

「分かりました!」


 翠蓮はそこで京月と別れて一人で隊舎へと進んでいく。その途中で、たくさんの書類を抱えていた女の子を見つけて手伝いを申し出る。

 声を掛けた時に、その女の子がまだ話したことの無かったもう一人の同期である一条花であることに気がついた。


「三番隊……は、エセルヴァイト隊長のところか!」


「うん!とは言ってもいつも色んな地域をまわってるみたいで隊士の中にもエセルヴァイト隊長を見た事ある人はいないみたい」


 翠蓮は花のその言葉を聞いて、つい先日の話をしてしまいそうになるが、エセルヴァイトが秘密にしておいてほしいと言っていたのを思い出して慌てて口を塞ぐ。


「そうだったんだね!わたしまだあんまり他の隊、というか国家守護十隊自体に詳しくなくて……へへ」


「翠蓮ちゃんは学院からじゃなくて、一般から試験を受けて入ったんだよね?」


「うん!そうだよ。花ちゃんは学院から?」


「わたしは親に学院に入れられてその流れで、みたいなところがあるけど、大事なものを守れるようになるって凄いことだから、今はとても良い選択だって思ってるよ。まだまだ力不足だけどね」


 そんな話をしていると、書類の運び先である三番隊舎に到着する。


「手伝ってくれて助かったよ、本当にありがとうね!」


 そう言う花に手を振って翠蓮はその場を離れて一番隊舎に向かう。そんな翠蓮と桜の様子を誰にも姿を見られることなく上空から見守る男が一人。


「やっぱりこの世界は面白いな。次々に予想外のことが起きる。まさか俺を見ることが出来る者があまね以外にいるとはな」


 三番隊隊長であるエセルヴァイトはそう呟いて笑みを浮かべていた。


そして、一番隊舎に戻った翠蓮は丁度起きてきた不破に声を掛けられる。


「あ、羽織渡せた〜?」


「はい!へへ、喜んでもらえました!わたしがお礼する側だったのにその後甘味処に連れて行って貰っちゃって……」


「良かった良かった!隊長口下手な上に基本口数少ないから分かりにくい時あるけど優しいから、気負わずにね。それに、氷上ちゃんはうちの末っ子だからね〜、俺たちになんでも頼ってね」


「はい!ありがとうございます!あの、早速お願いしたいことがあって」


「お!なになに?!京月隊長にドッキリ仕掛けるとかは自殺行為だからマジで辞めた方がいいよ??」


「違います違います!!京月隊長にドッキリとか仕掛けるのはなんだか楽しそうなのでやってみたくはありますけど、今日は刀の稽古に付き合ってもらえないかなって」


 翠蓮がそう言えば、不破がなんだか楽しそうに笑う。


「え!もちろんいーよ!俺しばらく隊長と二人だったから新人に教えたりするのしてみたかったんだよね〜」


 そうにこにこしている不破と一緒に翠蓮は鍛錬場へと入っていく。鍛錬場へ入ると、不破が木刀を準備し始める。


「ん〜、とりあえずはまぁ、隊長方式でいこうか」


 そう笑って木刀を翠蓮へと渡す不破。


「隊長方式??」

「うん!どこからでもいいから、俺から一本取ってみて」


 突然そう言われて戸惑うも、不破が竹刀を構えたのを見て翠蓮も慌てて構える。


「じゃあ、開始ね」


 不破がそう言ったと同時に翠蓮が踏み込むが、もうその時には既に目の前に不破がいて。


「もっと踏み込まなきゃ、ね」


 咄嗟に木刀で攻撃を受け止めるが、そのまま翠蓮の体は軽々と浮いてしまう。それでも不破の攻撃は続く。一秒たりとも隙をつくらない。

 空中で体勢を整えようとする翠蓮に攻撃が飛び、それを何とか躱した翠蓮だが、躱したと思っていた不破の木刀は一瞬たりとも間を開けずに振り払われそのまま激しくぶつかり、翠蓮は木刀ごと吹き飛ぶ。


「わ、あ!!」


 途中で体をひねり、衝撃を抑えて着地するが、まだまだ続く攻撃の手からは隙を見い出せず、ただ防戦一方になってしまっていた。激しい音を立てて翠蓮の木刀と不破の持つ木刀がぶつかる。

 元々の男女の力の差だけでなく、今まで培ってきた力の差もある二人。翠蓮はそれでも必死に、その背に追いつくために、力を振り絞って不破の木刀を押し返そうとする。だが、不破の木刀はびくともせず、あっという間に押されていき全力を振り絞ろうとして目をぎゅっと閉じてしまう翠蓮に不破の声が掛かる。


「目、閉じちゃダメだよ〜、ちゃんと見てなきゃ次の行動分かんないよ。ほら、頑張って」


 そう言われて、圧倒的な力に押されながらもやっとの思いで目を開ける。

 ぐぐぐっと押し合いに耐えるべく力を入れようとした時、ふと不破が任務の時に魔物の攻撃を弾いていたことを思い出す。そして、翠蓮は列車の中で不破から聞いた通りに、魔力の流れを形に変える。不破から聞いたと言っても、不破は軽く話しただけでほとんど結界術の使い方を説明してはいなかった。

 だから当然、不破は驚いていた。あの一瞬、軽く伝えただけでそこからろくな知識も無いままで翠蓮は結界術を発動させて不破の木刀を弾いたのだ。


「マジで言ってる???あは、やっぱり最高だね氷上ちゃん!」


 弾かれはしたが、不破は木刀を離すことなく翠蓮の木刀を弾き返す。


「わ、わわわ!!!」


 弾かれた強い衝撃で翠蓮は後ろに倒れて尻もちをつき、持っていた木刀は空中を舞って床に落ちる。


「よし、俺の勝ちね〜。今日は終わりにしよっか、氷上ちゃん」

「えっ、まだできます!!」


 そう言って立ち上がろうとする翠蓮だが、ぐらりと視界が揺れて、立ち上がれずにまたしりもちをつく。


「結界術って初歩的なやつは簡単とはいえかなり魔力回路が複雑だから慣れないうちは一気に脳を使っちゃうから体力が厳しいんだよね、って……あらららら」


 その結界術の影響か、疲労が一気にきた翠蓮の鼻からだらだらと赤い鮮血が溢れ出す。


「あ、ぅ、わぁ………」


「あちゃー、結界術氷上ちゃんにはちょっとキツかったか〜、大丈夫??」


 そう言って不破が持っていたハンカチで翠蓮の鼻を軽く押さえてくれる。

 しかし、今でこそ国家守護十隊に入り多額の給金が貰えるようになったとは言え、この時代でハンカチは高級品の一つだった。そんなハンカチで鼻血を押さえてくれている不破に対して翠蓮は申し訳なさと不甲斐なさで、はらはらと涙を零してしまう。


「ごめんなさい不破さん〜〜〜!!ハンカチ汚しちゃって、うぅ〜〜」

「わ、大丈夫だからね〜!ハンカチくらい気にしないで!ね〜?」


 そんな時丁度隊舎に戻ってきた京月が、二人が鍛錬場にいることに気付いてそこへやってきた。


「おい、何してる?」

「あ、京月隊長」


 不破が口を開こうとした時、不破の前に座り込んだ翠蓮がぼたぼたと鼻血を出しながら泣いているのを見て京月が不破を引き離す。


「不破、お前何した」


「えっ!?違いますって!俺が殴ったとかじゃないですからね!?」


「はぁ?だったら何で血が出てるんだよ。まさか初っ端から力の差も考えずに木刀でぶっ叩いたのか?」


「それは一番隊入ってすぐの稽古で京月隊長が俺にしたことでしょ!!!」


 京月に責められる不破を見て翠蓮が止める。


「あ、あの!違いま、す、ぁ」


 立ち上がろうとしたがまだふらつく体は再び後ろに傾いていく。


「は、おい」


 咄嗟に京月が翠蓮の体を支える。


「違くて、その……結界術?使ってみたら最初って疲労がすごいらしくて、それで鼻血がでただけなんです」


 それを聞いた京月は不破の方を見る。

 京月ですら新人で鍛錬無しに結界術を使えたということには驚いているようだ。


「ほんと、才能の塊って感じですよね〜」


 そう不破は言うが、それほど結界術を使える者は珍しく、現在隊全体にも五名程しかいない。それ故に狙われやすくもあり、現に不破自身も過去に反逆指定魔道士達にその力を買われ狙われたことがあった。京月は翠蓮が結界術を覚えることを止めようかと悩みが生じる。


「結界術を覚えたら、もっと強くなれますね。へへ」


 だが、そうして大切なものを守る力が強くなることを心の底から願う翠蓮を見て、京月はその悩みを手放した。


(もしこの子が狙われるようなことがあれば、俺が守らなければ)


「あぁ、期待している」


 京月の言葉に翠蓮は嬉しそうに笑った。

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