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第15話 あの日のお礼


「じゃあ、あとは氷上ちゃん……マジで、うん……頑張って………ね」


 京月に扱かれまくり、いつものキラキラスマイルさえ浮かべられず、ヘトヘトになっている不破にそう言われ、これは絶対に何がなんでも成功させなければと何に対してか分からない闘志を燃やす翠蓮。そのまま屍のようになりながらも、眠りにつくために部屋へ向かっていく不破に心の中で謝りながら、翠蓮は部屋に戻り寝ているであろう京月を起こさないように外へと出ていく。

 もう朝とはいえ午前十一時が来ようとしていた。昨日の夕方からこんな時間まで副隊長は扱かれていたのかと思うとなんだか申し訳なく感じてしまう翠蓮。

 翠蓮も参加しようと鍛錬場に行ってみたのだがあまりの白熱した戦い、という名の一方的な扱きに邪魔することが出来ず心の中で不破副隊長に謝りながら眠りについたのが昨日のこと。


 お休みのため私服に着替えてどこかへでかけようとする隊士達が多く、翠蓮はその中に桜を見つけて駆け寄った。


「桜ちゃん!」


「あ、すいれんちゃん!どこかでかけるの?」


「うん!今日羽織取りに行くんだ!」


「もうできたんだ!あ、あのねわたしも一緒に行っていいかな?」


 桜は前回わらび餅を四龍院隊長にと買ったのだが、丁度長期任務と被っており渡すことが出来なかったのだと言う。


「もちろんだよ!一緒に行こう!」


 そうして二人で列車に乗り、再びあの町へと向かっていく。町に到着すると、隊自体がお休みのため何人かは見覚えのある顔がちらほら町に訪れており、なんだか面白いねと二人で笑った。

 二人で仲良く歩き、以前わらび餅を買ったお店を見つけて、桜が買うのを翠蓮は外で待っていた。和菓子屋の中も前より人が多く、買うのに時間がか買っているようだ。そんな時、人のざわつきを感じてそちらを見れば、まあ目立つ目立つ。それはもう顔面を布で隠しているのだからそれはもうあの国家守護十隊二番隊隊長の四龍院伊助しりゅういんいすけだと丸分かりでとても目立っていた。

 四龍院隊長はこのわらび餅屋の方向に真っ直ぐ、自分を取り囲む女性陣を躱しながら向かってくる。四龍院隊長ももしかしてわらび餅を買いに来たのか!?と慌てて翠蓮は丁度わらび餅を買おうとしていた桜に声をかけて、四龍院隊長が来ていることを伝えると、これはもう邪魔をしてはいけないと親指を立てて桜の健闘を祈って翠蓮はそこから離れた。


「す、すいれんちゃん!?えっ、隊長が!?」


 後ろからありがとう、ごめんね〜という声がするのを聞きながら、その近くにある和服屋へと向かう。


「お礼伝える場に私がいたら邪魔だもんね」


そうして翠蓮は、四龍院隊長に気を取られ、その後方でも騒ぎ立てられる人物がいたことに気付いていなかった。


「女将さん!羽織取りに来ました!」


 和服屋に入って女将さんに声を掛ければ、奥から女将さんが駆け寄ってくる。


「氷上ちゃんいらっしゃい!できてるわよ〜!持ってくるからちょっと待っててね〜!」


 そうパタパタと忙しなさそうに奥の部屋へと走っていく女将さんの声に続いて、翠蓮の心臓をびくりとさせる声がした。


「女将、いる?」


 そう。聞き間違えるはずのないその声。


「ん?氷上?お前ここでなにして……あぁ、自分の羽織か?」


 翠蓮はなんとか誤魔化そうと、京月のその言葉に頷く。


「そうなんです!自分のを作ろうかと!決して隊長にお礼をとかじゃなくて!!えー、自分も羽織欲しいなーって、お礼じゃなく!!」


「はぁ??」


 訳がわからないとでも言うような声を出す京月。京月が何か言葉を続けようとした時、女将さんが明るい声を上げながらこちらにやってくる。


「氷上ちゃん!もう絶対この羽織京月隊長にぴったりよ!奮発したかいがあったってものね〜!絶対京月隊長喜ぶ………………。あら、京月くんいらっしゃい」


 京月隊長の声に気付いていなかった女将はぷるぷる震える翠蓮に心の中で謝罪する。


「ほら、ね……?京月隊長にぴったりよ!!うふふ、おほほほ!!!」


 そうフォローする女将さんを遮り翠蓮が京月に言う。


「京月隊長!!こ、これはなにかの間違いです!いや〜わたしの羽織にぴったりですね!ははは!ありがとうございます女将さん!!」


 そう言って羽織を受け取ろうとする氷上に京月が小さく笑いを零す。


「俺にはくれないのか?」


「え?……へ!?」


「くっ、氷上お前、嘘つけないだろ。下手すぎだ」


「え、や……だって、わたしから貰って嬉しいのかなーとか、嫌だったりしないかなーとか、買った時は全然何も思わなかったのに段々恥ずかしくなっちゃって」


 そんな翠蓮の可愛らしい一面をみて、女将がにっこり笑みを浮かべる。


「うふふ、いっぱい悩んで考え抜いたたった一枚の羽織ですからね、京月くん?」


 女将から何だか圧のようなものを感じる京月だが、その答えは最初から決まっていた。


「自分の隊の隊士に貰うもので、嫌な物があるわけないだろ?」


 そう言って京月は女将から羽織を受け取ると、それをその場で羽織り、翠蓮を連れて店を出る。


「女将、また来る。うちの隊士が世話になった」

「はい、またお待ちしていますよ〜」


 翠蓮も慌てて女将さんにお礼を伝えると、置いていかれないように京月の後をついていく。


「京月隊長!あの、ほんとに嫌だったら全然わたしが布団にしますから!全然大丈夫ですからね!」


 翠蓮がそう言った瞬間、京月の青い瞳と視線が合う。


「京月隊長?」

「氷上。嬉しい、ありがとう」


 京月からそう伝えられた時、翠蓮は分かりにくいだけで京月はとても優しいことを思い出す。言葉にするのが得意では無いが、隊員思いで、新入の自分をしっかり見ていてくれる京月隊長。

 そんな京月がひとつひとつ、しっかり伝わるように言葉にしてくれたことに翠蓮は笑みを浮かべる。


「それなら、良かったです!」


 そうして翠蓮は京月と一緒に町を歩いていく。さすがは京月隊長。四龍院隊長と同じか若しくはそれ以上の人気ぶりで常に人の波に追われている。

 必死についていこうとするが、どんどん引き離されてしまいそうになり、遂には邪魔だ、どけ、と思いっきり突き飛ばされ人の波から押し出されてしまった。


「わ、わぁ………やっぱりすごいなぁ隊長は」


 仕方がないと一人で帰ろうとしていた時、突然腕を捕まれてびっくりして振り返れば、そこには京月がいて。


「えっ、京月隊長??」

「突然吹き飛ばされるな、いなくなると普通に焦るだろ」


 そうして京月に手を引かれたまま店がある方に連れて行かれる。


「京月隊長?駅は反対ですよ??」

「知ってる。あそこに行く」


 そう京月が指差したのは以前から気にかかっていた甘味処で。窓際で女の子が食べていたキラキラした可愛らしいパフェというスイーツが忘れられずにいた。


「えっ、あそこですか??」


 翠蓮の足が止まり、京月が不思議そうな顔をする。


「あぁ、不破と、二番隊の神崎がお前がこの店をよく見ていたと言っていた。違うのか?」


 桜はともかく、不破副隊長にまで見られていたのかと恥ずかしくなる翠蓮。だが、女の子らしい食べ物は自分には合わないと足が進まないでいた。


「あの、隊長……」


「どうした?」


「わたし、大丈夫です……!その、女の子らしい食べ物はわたしには合わないっていうか………普通の女の子が食べるもの、でしょうし」


 そう言って笑えば、京月はきょとんと不思議そうな顔をした。


「何言ってる?お前は、普通の女の子だろ?」


 その言葉に翠蓮はなんだか心が暖かくなっていくのを感じる。 


「ふふ、隊長、わたしやっぱり食べたいです」

「あぁ、行くぞ」


 そうして二人で入った甘味処。


「あの、京月隊長、」


「なんだ?羽織は返さないぞ」


「違いますよ!京月隊長の伝令蝶の名前って何なんですか?」


 注文を済ませてパフェが来るのを待つ間にそう聞いた翠蓮。


「そんなに知りたいか?」


「はい!知りたいです!」


「そうだな、氷上がいつか俺に勝てたら教えてやるよ」


「えー!」


 そんな他愛もない話をしながら、初めて食べたパフェはやっぱり宝石箱のようにキラキラしていて、甘くて美味しかった。そして、翠蓮はその日京月隊長が甘党であることを知った。

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