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第9話 不思議な飴玉


 翠蓮と桜は隊に復帰して、それぞれ単独での任務も傷に配慮した内容のものであれば向かえる程度には回復していた。

 今日も翠蓮は単独で国家守護十隊に一番近い町である和泉莉翠いずみのりすいの巡回に向かっていた。列車で町につくと、今日も変わらず人で溢れかえる町に圧されそうになるが、隊服に身を包んだ翠蓮は気を取り直し、しっかり背筋を伸ばして町を歩く。

 前に桜と遊びに来た時とは違い、隊服を着ている今日、翠蓮は目立ちに目立ちまくっていた。


「おねーさん隊員さんなの!?すごーい!」


 そう言ってくる小さな女の子の可愛らしさに笑みを零す。そして人混みをかき分けながら、特に不審な点が無いかを確認していく。巡回していると、たくさんの方から声を掛けられ、翠蓮は国家守護十隊の凄さを知る。少し歩くと、先日京月隊長に渡す羽織を購入した和服店の女将が大きな声で翠蓮を呼んだ。


「氷上ちゃーん!!」


 ぶんぶんと手を振る女将の元に駆け寄っていくと、先日頼んだ羽織が明日には仕上がるのでまた次のお休みの日に取りにきてね、とのことだった。


「ありがとうございます!あ、あと、最近変わったこととかは無いですか?」


 翠蓮がそう聞けば女将はにっこりと笑う。


「あら、もう立派な隊士さんね。そうねぇ、う〜ん、こんな噂話をしていいものか迷いはするんだけど、、」


 そう言って濁す女将。大丈夫だからと先を促す翠蓮に、女将はしぶしぶ口を開いた。


「最近このあたりで飴玉を配る女性がいるみたいなんだけど、なんだかその飴玉が変みたいで……食べた人が消えるって、……あ、ふふ……こんな変な噂、ごめんなさいね」


「いえ!こんな時代ですから……、少しでも助けになれればと思います!ありがとうございます!」


 そうお礼を伝えると、翠蓮は女将の元を後にする。今聞いた話をでんでん丸にも伝えると、翠蓮も予想していた答えが返ってくる。


「魔法効果のある飴玉だな!なんだ翠蓮、そいつ探すのか??」


「うん、上手く見つけられると良いんだけど」


 そうでんでん丸と話していた時、少し離れた道の先で何やら男女の言い争う声がして、周りにいた人々がなんだなんだと集まり始めていた。


「喧嘩かな?」


「喧嘩だろうな、俺様も混ざりたいな〜」


「馬鹿なこと言わないでくださいよ。一般人に手は出せませんからね」


 翠蓮がそう言うと、でんでん丸がつまらなさそうに舌打ちする。しかしその瞬間、でんでん丸を置いて翠蓮が男女の元へと駆け出した。

 男が怒りに任せて魔法を放ったのだ。

 ろくに抵抗もできずに女性へ向かう炎の魔法を翠蓮が氷魔法で消滅させる。


「はぁ!??なにしやがるクソ女!」


「国家守護十隊です、魔法の悪用は処罰対象ですよ!」


 翠蓮に対して怒りを向ける男はどうやら酔っぱらいのようで、見ず知らずのこの女性に絡み断られたところで逆上して魔法を放ったようだ。


「お前みたいなガキになにができるんだよ、ひっこんでろ!」


 そうして再び男は炎の魔法をちらつかせて、今度は真っ直ぐ翠蓮に攻撃する。翠蓮がまた氷魔法で止めようとした時、その男は何かに気付いて後ずさった。


「……??」


 なんだ?と翠蓮が不思議に思ったと同時に周りからドッと歓声が上がる。


「きみ、今うちの子になにしようとしたのかな〜」


 その声で、翠蓮がぱっと後ろを振り返る。


「不破副隊長!」


「や、巡回お疲れ様〜!厄介な人に当たっちゃったねぇ〜。はぁ〜、まったくさぁ、こっちにはあの京月とかいう炎のバケモンがいるってのにそんな弱い炎で勝てると思ったわけ〜?」


 そう言いながら不破は伝令蝶に指示を出し、逃げ出そうとしていた男を捕まえる。女性にも翠蓮にも怪我が無いことに安心し、周りの人々にももう大丈夫だと伝えた不破は自分の周りに押し寄せる人の波を軽くあしらいながら翠蓮を連れて走り出す。


「ごめんね皆〜!ちょーっと急いでるからまた今度ね〜!」


 不破の人気ぶりに驚きながらも、翠蓮は不破の後を着いていく。


「あの!不破副隊長!」


「ん?あぁ、あの飴玉の噂話?」


「!不破副隊長も知ってたんですか?」


 不破は翠蓮を人気の少ない裏通りに連れていき、そこで話を続ける。


「俺にその件の任務が割り当てられたんだ。行方不明者の捜索と、原因究明。丁度氷上ちゃんが巡回にいるから一緒にって総隊長から言われてね。そしたら変なのに絡まれちゃってたから」


「そうだったんですね!……一般の方相手だと思うと戸惑ってしまって」


「まぁ仕方ないことだよねぇー。こっちは魔物倒してるってのに、魔法を持った人間の争いも日常茶飯事。魔法そのものが争いの種なんだから。ほんと嫌になっちゃうよ」


「わたしももっとしっかりしなきゃ」


 そう言う翠蓮を見て不破は明るい笑みを浮かべる。


「氷上ちゃんなら絶対大丈夫だよ!よし、じゃあ任務を始めようか」


 それから二人は二手に別れて裏通りも含めた町の至る所を巡回し始めた。表の通りを巡回する翠蓮はやはり町の不審な点を見つけられず、でんでん丸も疲れ始めたところで、翠蓮は小さな男の子が飴玉を持っていることに気が付いた。

 翠蓮は近くのお店の前で配られていた風船を一つ手に取ると、男の子の元に近付いて声を掛けた。


「ねぇ、きみ。その飴玉と、この風船を交換してくれないかな?」


「えー……やだ!あ、おねーちゃん、ヒーローなの!?」


 隊服を見て、明るい表情でそう言う男の子に翠蓮が答える。


「ヒーロー……?あぁ、そうだね、わたしは国家守護十隊の隊士だよ。きみはヒーローになりたいの?」


「うん!正しいこといっぱいして、みんな守るんだぁ!」


「そっか。あのね、お姉ちゃんね、皆を守るためにどうしてもその飴玉が必要なんだ。だからこれと交換してくれないかなぁ?」


 そう言って翠蓮は風船を差し出す。


「交換したら、お姉ちゃんは嬉しいの??みんな嬉しい??」


「うん!すっごく嬉しい!お願いできるかな?」


 翠蓮がそう言うと男の子は飴玉を差し出してくれた。


「じゃあそれと交換する!」


「ありがとう!きみは皆の、わたしのヒーローだね!」


 そう言って風船を渡せば、男の子は嬉しそうに笑った。そうして問題の飴玉を手に入れた翠蓮。小さな子供が持つにはまだ早い高級そうな包みの中に入った、丸くてつやつやと輝く美味しそうな飴玉。その飴玉を見た瞬間、翠蓮の意識が一瞬揺らいだ。


「翠蓮!!」


 でんでん丸の声がして、翠蓮がハッと意識を取り戻す。


「とりあえず羽!!俺様の羽が!?!」


 口元でバタバタとするでんでん丸に驚きの声をあげると、翠蓮のヨダレで羽をベトベトにしたでんでん丸が悲鳴を上げていた。


「ギャーっ!俺様の羽がーっ!!!」


「な、なんでわたしの口にでんでん丸が!?」


「オメーがその飴玉食おうとしたから俺が止めようとしたんだよ!!!まさかそのまま俺様の羽がハムハムされることになるとはな!?!?」


「えぇ!?!?ごめんなさい!でも、やっぱりこの飴玉………」


 翠蓮が飴玉をもう一度見るが、特に不審な感じは無い。だが、確かにあの意識が揺らいだ空白の瞬間が危険なことを理解した。


「こりゃー、かなり強い魔法が深く刻まれてる感じがするぜ!」


 でんでん丸の言葉に頷いて、翠蓮は不破と合流する為に動き出す。

 そして、それと同時に不穏な影も動きだした。

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