総隊長の屋敷を出た翠蓮と桜の二人は、今日、明日とお休みをもらったことで、早速町に遊びに行こうと盛り上がっていた。桜は四龍院隊長に助けてくれたお礼として美味しいお菓子を探したいらしく、翠蓮も京月隊長になにかお礼をと考えたが、何をあげれば良いかが分からず二人で町に行く途中も頭を悩ませていた。
町へ向かう列車の中で、桜がふとあることを思い出した。
「すいれんちゃん!わたしね、あの森を出た時少しだけ目が覚めたんだけど、京月隊長が羽織脱いでてね、多分すいれんちゃんを抱えてたから血で濡れちゃったんだと思うの。あの感じじゃ多分落ちないと思うから、羽織とかはどうかな??」
その話を聞いた翠蓮は一気に顔を青くする。
「たしかに………結構血出てたし、絶対そうだ」
「あ、でも……羽織ってかなり高いよね……」
桜はそう言って何か他の物をと考えるが、翠蓮はぶんぶんと首を横に振って否定する。
「大丈夫!!絶対羽織を買うんだ!」
そう翠蓮は言い切るが、言い切った後にどんな羽織が良いだろうかなどとまた頭を悩ませはじめた。うーんうーんと唸るようにして考えていると、もう列車は降りる駅に到着したようで、次々に人が動き始めていた。
「実際に見て考えるのも良いんじゃないかなっ?」
そう言って手を引いてくれる桜に連れられて、翠蓮は初めて訪れる町へと足を踏み出した。
町の名前は
翠蓮はその町の賑わいに大層驚いているが、桜は元々この
「桜ちゃんは帝都出身なの?」
「そうだよ!学院があるのも帝都だったから」
「わぁ、いいなぁ。わたしも帝都行ってみたいなぁ」
翠蓮がそう言うと、桜がなんだか可笑しそうに笑う。
「あはは!すいれんちゃんもそのうち帝都にいくんだよ?」
「えっ?そうなの??」
「もー!すいれんちゃんてば、本当に隊のこと知らないんだから!今わたしたちは隊本部にいるけど、基本的にはいつも一から五番隊はそれぞれの隊の基地が別にあるからそこにいるんだよ。今は入隊試験とかがあったりで皆本部にいるけど、もう少し落ち着いたら移動するんじゃないかな」
翠蓮はただただ強くなって目的を果たすために国家守護十隊を目指していた。そんな中で隊のことなど調べる間も無いほど翠蓮は必死になって自分の実力と向き合っていた。今初めて知った事実に翠蓮はその目を丸くする。
「一番隊の基地は、帝都にあるってこと???」
「そうだよ!ちなみにわたしは帝都からは少し西に寄ってる京にある二番隊本隊基地に行くの」
「そうなんだ、またこうしていっぱいお話したりできるかなぁ?」
翠蓮の言葉に桜が笑顔で答える。
「うん!お休みの日とかまた一緒に遊ぼ!ほらほら、さっそくお店見に行こう、いーっぱいあるんだから!」
そうしてまた桜に手を引かれてついていく。綺麗に舗装された通りに様々なお店が並んでおり、そのお店のどれもが人気のようで町には人が溢れかえっていた。美味しそうな甘味はもちろん、美しい装飾品まで。キラキラとして見えるその景色に翠蓮はどんどん惹かれていた。
「あ、すいれんちゃん!このお店見てもいい?」
そう桜が指さしたのはころころとした可愛らしいわらび餅が並んでいる和菓子店だった。
「うん!行こう!」
うきうきでお店に入っていく桜の後をついていくと、中には沢山の種類のわらび餅などが所狭しと並んでいた。わらび餅だけでなく大福やお饅頭、羊羹まで。そのどれもが美味しそうで、桜は頭を悩ませている。
「四龍院隊長に渡すもの?」
「うん!隊長はわらび餅が好きみたいだったから、ここなら良さそうだなって」
そう話す桜の手には楪から手に入れたのだという四龍院隊長の好物などの情報がずらずらと書き記されたメモ帳が握られていた。
「いろんな味があるんだね、全種類ひとつずつとか良いんじゃないかな?」
翠蓮がそう言うと、桜がバッと勢いよく顔を上げる。
「すいれんちゃん!!」
「えっ、はい!?」
「すいれんちゃんは最高だよ!!」
そうしようそうしようと、満足気に女将さんに声を掛ける桜。
他のお客さんの邪魔にならない様に先に外に出た翠蓮は、ふと視線を移した先にあった和服の専門店に目を奪われた。そこに並ぶ羽織がすごく美しく見えて、翠蓮は息を呑んだ。この羽織なら、喜んでもらえるかな。
「すいれんちゃーん、お待たせ〜!」
そう言ってお店を出てきた桜の手を今度は翠蓮が引いてその和服店へと飛び出していく。
「えっ、すいれんちゃん!ここ高級店だよ!?」
そんな桜の声すら届かずに翠蓮はうきうきで羽織を見るためにお店に入っていく。
「いらっしゃいませ、本日はようこそおいでくださいました。本日は何をお求めでしょうか?」
奥から出てきた女将にそう声を掛けられて、翠蓮は羽織を見に来たことを伝える。女将に羽織の良さや生地のことなど細かな説明を受けながら掛けられた羽織をじっくりと見ていく。
「プレゼント用でしたらサイズなどお分かりですか?」
そう女将に言われて、翠蓮と桜ははたと気が付く。
「あ……すいれんちゃん………サイズ…………」
「どうしよう一番大事なこと忘れてた…………京月隊長のサイズなんて分からないよぉ〜」
翠蓮がそうしてどんより落ち込んだ時、女将が嬉しそうに声をあげた。
「あら!あらあらあらあら、あなたひょっとして京月隊長のところに入った女の子かしら?」
翠蓮がその女将の言葉に顔を上げて頷くと、女将は更に嬉しそうに笑う。
「あら〜〜!そうだったのね!京月隊長なら大丈夫よ!いつもうちでお仕立てしているから、サイズはばっちりですよ!うふふふ、京月隊長はもうホントにこーんな小さな時からうちでお仕立てしてますからねぇ〜。最初は総隊長のあまね様と一緒に来られてそれはもう小さくて。うふふふ」
そう言って自分の腰あたりに手を翳して笑う女将に翠蓮は目を瞬く。
「あぁ、京月隊長と四龍院隊長が総隊長と出会ったのは今から十年前ですからね。十歳の四龍院隊長と京月隊長も見てみたかったなぁ」
桜のその言葉に女将が目を細める。
「ほんと、もう十年だものねぇ。よく頑張ってくださっているわ。あなたたちも、まだ小さいのに……よく頑張っているわねぇ。……あらいけない、年を取るとどうも涙脆くて。ささ、羽織を見ましょうか!」
女将に連れられて、店の奥にある生地からみさせてもらう事になった翠蓮は、その中でも一際目を惹かれた一枚の生地を手にする。それを見た女将が翠蓮に声をかける。
「その生地は特殊な魔法糸で作られていて、炎にも耐えられるから京月隊長にぴったりよ。それだけじゃなくてある程度の攻撃も糸にかけられた魔法が跳ね返してくれるから、お守りに使われたりもするのよ」
その言葉を聞いて、翠蓮はすぐにこの生地にすることを決めて女将に伝える。すると女将はせっかくだからオーダーメイドで色を付けてみるのはどうかと提案してくれた。そして翠蓮は悩みに悩んだあげく、やっぱり隊長にぴったりなのはこの色しかないと、羽織を下から淡い赤で少し色付けてもらうことにして、その日はお支払いをしてお店を出た。
翠蓮のお給金はかなり減ってしまったが、納得のいくプレゼントを買うことが出来て、来週の受け取り日を楽しみにしてウキウキなのを見て桜も笑う。
「絶対喜んでくれるよ!!」
桜にそう言われて、二人で帰りの列車へと急ぐ。その途中で、翠蓮は行きの道中でも見た甘味処に再び視線が奪われる。窓際の席でキラキラと輝く宝石のようなパフェを食べている女の子たちの姿を見て、きゅっ、と心が揺れる。
「すいれんちゃん?どうかした??」
(ダメだダメだ、わたしにあんな女の子みたいな食べ物は似合わない)
「なんでもない!」
そう言って翠蓮たちは束の間の休息を終えて、隊本部へと戻って行った。