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第7話 姿無き三番隊隊長


   もう一度翠蓮が目を覚ましたのは、その日の夕方だった。隊士がまた翠蓮の傷や体調を確認するために忙しなく動き、それまで静かだった部屋が明るさを取り戻したようになっていた。それもしばらくして落ち着いてきたところで、また明るい声が部屋に響いた。


「氷上ちゃん!」


 部屋に入ってきたのは一番隊副隊長である不破深月ふわみつき


「不破さん…………」


 ゆっくり体を起こそうとする翠蓮を不破が止める。


「あー!起きなくていい起きなくていい!無理しちゃだめだからね!」


 そう言って優しく翠蓮を横にする。


「さっき来たときは寝ちゃってたから、三件任務行ってからまた来たんだ。丁度目を覚ましたみたいだね。任務、お疲れ様。頑張ったねぇ〜」


 皆、頑張ったと言ってくれる。でも、それで本当に良いのだろうかと翠蓮は不安になる。


「わたし、なんにもできなかったです……」


 ぽつりと零したその言葉。不破は何も言わない。ハッとなった翠蓮はすぐ不破に謝る。


「あ、すみませんこんな話……」


 そんな翠蓮を見て、不破はどかりとベッドの横に置いてあった椅子に座る。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜、氷上ちゃんマジで言ってる?????」

「えっ??」


 信じられないものを見る様な顔でそう言う不破に翠蓮は目を瞬く。


「あのね、今回の任務はさ本当にマジでぶち殺してやりたいくらいのクズが氷上ちゃんを陥れるために渡した禁出の任務だったじゃない??」


「はい……。でんでん丸から聞きました」


「で、でん???あー、まぁそれはいいや。それでね、禁出の任務に新人がいくとかそれはもう有り得ないワケ!あのクズは殺人犯で捕まった!それくらいのものなのね!」


「あっ、えっ、そうなんですか?」


「そうなの!そんな任務で氷上ちゃんは男の子を無事助け出して、氷上ちゃん自身も無事とは言えないけど京月隊長が到着するまで諦めずに耐えて、今ここにいる。それって、すごい事だからね?」


 捲し立てるようにそう話した不破の必死な剣幕に、なぜか笑いが漏れる。そんな翠蓮の頭を不破が優しく撫でる。


「だからなんにもできなかった、なんて言ったら駄目だよ。今回のこと、氷上ちゃんも二番隊の子も、誇りに思うべきだね」


「不破さん、ありがとうございます。心が軽くなった気がします」


 翠蓮がそう言えば、不破はパッと笑みを浮かべた。


「あっ、でさ、伝令蝶の名前って……もっかい聞いてもいい?」


 不破の言葉に、翠蓮は自信満々の笑みで答える。


「でんでん丸ですっ!!」

「そっかぁ〜!」


 そうして不破は爆発しそうになる笑いを必死に我慢しながら翠蓮の病室を出ていった。それから日が経つのは早かった。ほぼ同時期に目を覚ましていた桜と一緒に楪から許可を得て復帰した翠蓮は、楪に連れられて本部の中心にある総隊長の屋敷を訪れていた。今回の任務の報告の為に二人を総隊長が呼んでいるらしく、楪が案内してくれたのだ。

 立派な屋敷の前に到着すると、楪は緊張する二人を落ちつかせて送り出す。二人が屋敷の中に入ると、仲居さんが現れて総隊長のいる奥の部屋を案内してくれる。


「この通路を真っ直ぐ行った奥の大きな部屋で、総隊長がお待ちです。わたしはここまでしか行けませんので、失礼いたします」


「「ありがとうございます!」」


 二人でそうお礼を伝えて、言われた通りに総隊長の元へ向かっていく。だが、桜は突然止まった翠蓮にあやうくぶつかりそうになりながらも何とか踏みとどまり、どうしたのかと声を掛けようとした。だが、桜の声は翠蓮の声により遮られた。


「初めまして!一番隊隊士・氷上翠蓮と言います」


 そうして翠蓮は桜の目の前で何も無い空間に向かってぺこりと頭を下げたのだ。しかし、翠蓮は見ていた。翠蓮の目の前で赤い瞳を見開いて驚きを露わにしている三番隊隊長を。


「…………はっ?」


 翠蓮はそう声を漏らした三番隊隊長に、何か間違えた!?と焦りはじめるが、そんな翠蓮の隊服の袖を掴んだ桜が不思議そうに声を掛ける。


「翠蓮ちゃん、何に……話しかけてるの?」


 桜のその言葉に翠蓮は目を瞬く。


「……え??」


 少し間を置いて、翠蓮に声が掛かる。


「きみ、俺が見えるのか?」


「え、あ、はい……。え???」


 そうこうしていると、止んだ足音を不思議に思った総隊長のあまねが部屋から顔を出し、何かを理解して驚きを露わにした。


「……そうか。ふふ、これは面白い子を引き入れたな、あまね」


 三番隊隊長のその言葉にあまねも笑う。


「そうみたいだね」


 そこで翠蓮がふわりとした力を感じたと同時に、桜もその姿を見ることができたようで、突然目の前に現れた、長い白髪に赤い瞳を持つ人間離れした美しさを持つ男に驚きしりもちをついていた。


「俺は三番隊隊長、エセルヴァイト。今日会ったことはできたら秘密にしておいてくれると助かる。きみとはまた話がしたい。また会える日を楽しみにしているよ」


 そう翠蓮に言いながらそのエセルヴァイトという名の男は桜の手を引いて起こすと、その場を離れていった。


「な、なんだったんだ……??」


「翠蓮ちゃん最初から見えてたの??わたしにはなにがなんだか…………」


 そう話す翠蓮と桜にあまねが声をかける。


「エセルヴァイトは色々あって基本姿を見せないんだ。今日は何だか驚かせてしまったみたいだね。おいで、少し話をしようか」


 そう言われて、二人はあまねの後を追うようにして部屋へと入っていく。座るように促されて、二人は用意されていた座布団に正座すると、その前で総隊長であるあまねがいち隊士である二人に頭を下げた。それに焦りと驚きを露わにした二人が止めようとするが、あまねは謝罪を続けた。


「僕の管理不足だよ。あのような気持ちを持つ隊士が生まれることは理解していた。だけど僕は君たちの力と意志から感じた未来を信じたかった。僕の我儘みたいなもの。結果として、僕の我儘が生んだことだ。本当に申し訳ない」


「いえ、総隊長!頭を上げてください!」


 翠蓮の言葉に続いて桜も総隊長に声をかける。


「わたし達は大丈夫ですから!」


 それでも、あまねはその表情を強ばらせたままだった。


「隊の未来を追うばかりで今を見失っていた。それでも、戦い抜いてくれてありがとう。国家守護十隊総隊長として感謝します」


 顔を上げて、二人の目を見て真っ直ぐ伝えられたその言葉。


「わたしは、これからもっと強くなって…………もっと、たくさんの人を助けられるようになります。だから、総隊長は未来を見てください。必ず、そこにいきます」


 零された翠蓮の言葉。あまねが翠蓮の言葉に目を見開く。


「わたしも、総隊長が信じてくださったこの力と、思いを必ず未来に繋げます!!!」


と桜の言葉。最後に、翠蓮と桜の声が重なる。


「「だから大丈夫です!!」」


「ふふ、あははは!それでこそ、亜良也と伊助の隊士だ。君たちは本当に強いね。わかった、僕は君たちを何があっても信じ抜くよ。二人も、隊の一員として胸を張って進むといい」


 総隊長からのその言葉に、翠蓮と桜は明るい笑みを浮かべた。話が終わったところで、あまねが何やらジャラジャラと音のする重ための袋を二人にひとつずつ手渡した。


「「これは……?」」


「それは今回の任務のお給金だよ。好きなことに使ってね」


 二人は初めて手にしたお給金に目を輝かせる。まるで子供のようなその姿にあまねは目を細めて笑みを浮かべた。


「じゃあ、もうゆっくりしておいで」


 あまねは仲良く話しながら屋敷を出ていった二人の背を見ながらその表情に影を落とす。


(まだ十五歳の女の子までもがこの死地で戦う……。最悪な時代だ)


「せめて、束の間の休息くらい幸せに過ごしてほしい」


 そうあまねは呟いた。


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