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第6話 帰還する


 すいれんちゃん、大丈夫かな。ちゃんと森から出られたかな。


 そう桜は頭の中で考えていた。もう、口を開くことさえ出来ないでいる桜。

 魔物に暗闇の中に引きずり込まれた後、桜はこれが本来自分たちが行くはずだった任務では無いことに気が付いた。


 こんなに強すぎる魔物を相手に、勝てるわけが無い。何度も、何度も、人間を遊び道具としか思っていない魔物に死なない程度に魔法を当てられ、蹴られ、殴られ。ボロボロになっていた桜は自分に指令書を渡した隊士の、ニヤついた笑みの意味に気が付いた。

 最後に恨み言を吐こうにも、もう声がほとんど出ない。代わりに口から大量の鮮血が吐き出されるだけだ。血に混じったなんだか異様な匂い。


 魔物の持つ魔法の中にあった毒を喰らったせいだろうか。全身の力が抜け、どんどん痛みが増していき、もう何も感じることはなくなった。


四龍院しりゅういん隊長と同じ毒の魔法で死んじゃうなんて……なんかやだなぁ……」


 もはやきちんと呼吸さえできているのか怪しいほど。かひゅかひゅ、と苦しげな音が僅かに自分の耳に入ってくる。

 力を振り絞って魔法を飛ばすも、いとも簡単に防がれて、また魔物の一撃が桜へ直撃する。

 ごぽりと、大量の鮮血が吐き出される。しかし痛みを感じなくなり、もう何も感じない体では、ろくな抵抗も出来ずにただ倒れるだけだった。

 そんな時、翠蓮の魔力が大きく吹き荒れたのを今にも消えそうな意識の中で微かに感じ取った。翠蓮が、まだ頑張っている。それなのに、こんな所でわたしが折れる訳にはいかない。

 ぐぐぐ、と全身に力を入れてその体を叩き起す。


「まだ立ち上がるの?そんなに私に破壊されたいのかい?」


 笑みを零しながら魔物は桜を殺そうとするが、桜は最後の一撃を放つために自分の魔力を解放する。魔力を解放しながらも、毒により大量の血を吐き出す桜。

 それでも桜は倒れなかった。


「わた、しは……、四龍院隊長の、隣に立てるくらい……強く……なる……。こんなところで、負けてなんていられないの…………!」


 全身全霊の力を振り絞って自身が持つ水魔法の最大の力を魔物に向けて放つ。全力を出し切り魔力もほとんど使い切った桜はゆらゆらとふらつき、そのまま後ろへと倒れていく。


「こんな水で、私を倒す気だったのかい?笑わせるんじゃないわよ!!!」


 桜の全力でも倒しきれなかったその魔物。しかし、魔物の視界はぐらりと歪む。


「ほら、どうした?笑えよ」


 魔物の視界は歪み、全身から血が吹き出る。


「がはっ!!?……っな、何者だ!?」


 大量の血を吐きながら後ずさる魔物。全身を中から破壊されていく痛みにそれが毒だと気付くが、自分のもつ毒を何倍も上回るその威力を前に魔物はろくに抵抗できないでいた。

 ガンガンと警鐘を鳴らす頭を殴りつけて前を見れば、先程まで自分が遊んでいた女の隊士を抱き抱えている男が一人。

 強い魔物は知能が高く、国家守護十隊のことを理解していることがある。この森にいる魔物は知っていた。隊長格のみ隊服に飾緒がつき、その本数が所属する隊を表していることを。


「お前が、二番隊隊長か…………!」


 四龍院の顔は白い布で隠されており見ることは出来ないが、凄まじい怒りを感じる。魔物はそれに恐怖したが、それでも本能で血を求めて桜と四龍院を殺す為に襲いかかろうとした。


「お前、動いていいのか?」


 そう一言、四龍院が言った。魔物はその言葉の意味を理解できず、そのまま距離を詰めるために走り出す。だが、足に少し力を入れただけで、突然の衝撃と共に魔物は崩れ落ちた。


「え……?」


 魔物が戸惑い声を漏らす。


 四龍院は桜が意識を失って尚も吐き出す鮮血を見て、布の内でその表情を強ばらせていた。その表情でさえ、魔物には見えないが、ひしひしと膨らんでいく怒りにその身体を震わせた。


「これほどまでの毒をよくも神崎に浴びせたな……!お前も、神崎と同じ、いやそれ以上の地獄を見せてやる」


 四龍院の怒りが一際大きくなった瞬間、魔物の口から大量に血が吐き出される。魔物の足も、壊死するように溶けだして、その体はどんどん痛みを伴い崩れていく。


「ぐはぁっ!なっ、なんだ、この毒は……!毒に染まった私の体を破壊しているのか!?っぐげぇっ!!」


 ばしゃばしゃと何かわからない赤く染まったものを吐き出し、遂にその体を崩壊させていく。


「俺の毒と、お前の毒を一緒にするな」


 四龍院は桜を抱えたまま魔物の首を蹴り、そのまま魔物は全身が溶けたアイスクリームのように崩壊していった。


「……ぅ、ん……たい、ちょう?」


 すぐにその声を拾い、四龍院が桜へと視線を向ければ、桜が朧気な視線を向けていた。


「神崎、聞こえるか、俺が分かるか?」


「……たいちょう…………」


「あぁ、俺だ。よく頑張ったな。もう一人の子も大丈夫だ。本当に、頑張ったなぁ。もう大丈夫だからな」


 そう話してくれた四龍院の言葉に安堵して、またすぐに意識を手放していく桜。森を出たところで、丁度翠蓮を助け出した京月と合流し、急いで国家守護十隊本部へと向かい始める。

 もう夜も深く、臨時で出してもらった列車に乗り込み、出来る範囲で翠蓮と桜ふたりの怪我の処置をし終えた二人はようやくそこで息をつく。


「よく頑張ったなぁ」


 そう呟いた四龍院の言葉に、京月も頷く。


「逃げ出すべきだった。あの場でできたのはそれだけだった。だがそうせず立ち向かった。…………これで認めないなど言える訳が無い」


 そう言って眠る翠蓮の頭に触れる。


「無事、とは言えないが。それでも、生きてくれていて良かった」


 そうして翠蓮と桜は森を抜けて国家守護十隊の本部へと帰還した。


✻✻✻


 鼻を擽る薬品の香りと、誰かの声がした様な気がして、翠蓮の意識が浮上する。


「……………………、」


 まだ全身に力が入らず、声も出せない翠蓮だったが、翠蓮の病室に飾られた花を手入れしていた五番隊隊士が目を覚ました翠蓮に気付いて目を見開く。


「氷上さん!聞こえますか?」


 ゆっくりと首を動かす翠蓮を見て隊士はパッと笑顔を浮かべる。


「すぐに人を呼びますからね!」


 そう言って、近くにいた他の隊士にも声を掛けて翠蓮が目を覚ましたことを伝える。


ゆずりは隊長にすぐ連絡を!それから、京月隊長と不破副隊長にも!」


 先程まで全く音の無かった無機質な空間に、バタバタと忙しなく走り回る音が聞こえる。まだぼんやりする意識の中で、ぼーっと天井を見ていた翠蓮の所に、今度は隊士に呼ばれた楪がやってきた。


「目を覚ましたのね、良かった……!このままもう一度治癒魔法かけるわね」


 そう言ってゆずりはは翠蓮に治癒を施していく。丁寧に巻かれた包帯に滲んだ血の跡は綺麗に消えていき、少しずつだが声も出せるようになった翠蓮。


「翠蓮ちゃんの体力的に一気に治癒魔法をかけると体が耐えられない状態だったから何度かにわけて治癒したんだけど、他にどこか気になるところは無い?」


 そのゆずりはの言葉で、翠蓮は自分の手をにぎにぎと動かしてみるが、これといった大きな痛みは無く。


「大丈夫です、ありがとうございます」

「今日から一週間は絶対安静よ、その間はちょっとだけ苦いお薬があるからね」


 薬という単語に翠蓮はぐっと表情を顰めるが、そんな翠蓮の頭にゆずりはがそっと触れる。


「よく頑張りましたね」


 その優しい言葉に、翠蓮はようやく自分が無事だということを実感する。そして、自分を助け出した京月のことを思い出した翠蓮は口を開く。


「あ、あの!京月隊長は……?」

「あぁ、京月隊長?あの人なら丁度今朝から長期の任務でここを出てしまったの。翠蓮ちゃんを連れて来てから毎日お見舞いに来ていたのよ。この花も、京月隊長と不破くんからよ」


 そうゆずりはが指すのは先程隊士が手入れをしていた綺麗な花で。


「そうだったんですね、」


 お礼を言えないまま任務に行ってしまった京月のことを考えていると段々眠気がやってきた翠蓮にゆずりはが声を掛ける。


「まだまだ疲労が溜まっているから、ゆっくり眠ると良いわ」


 その言葉に返事さえできないまま、翠蓮は再び眠りに落ちた。


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