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第5話 京月亜良也


 暗く沈んでいく。翠蓮は迫り来る魔物を前にもう動くことすらままならず、実力の半分も出していないであろう魔物の攻撃を浴びていた。魔物からすれば遊びなのだろう。

 自分の体から溢れる赤い血を見ながら、翠蓮の意識は暗い闇に沈んでいく。


 わたし、こんなにすぐに死んじゃうのか。ごめんね、お母さん。お父さん。仇、取りたかったな。


 目の前で魔物に惨殺された両親のことを死の間際に思い返す。せっかく、ここまできたのに。わたしには、何の力も無い?何もできない?仇を、取りたかった?どうして、過去形にするの。わたしは、まだ……………………。

 翠蓮の指先がぴくりと動く。こんなところで、簡単に諦めてたまるか。そんな強い意思を持ち、翠蓮はもう一度立ち上がる。


「まだ俺と遊んでくれるのか?ゲヒャヒャヒャ!」


 刀を持つ手に力を込めて、翠蓮は魔物を見据える。


「わたしは諦めない。……絶対、負けない」

「お前みたいな雑魚に何ができるんだよ?」


 ズブズブと広がる闇のような魔力が魔物から晒け出される。翠蓮が身構えるも、一瞬で腹部を大きな魔力が一閃し、深い傷を負ってしまう。


「あぁああッ!!!」


 血をぼたぼたと流しながらその場に崩れ落ちる。だがそれでも翠蓮は立ち上がった。魔物は動かずとも翠蓮に傷を負わせていく。どんどん深さを増していく傷に、翠蓮は意識を朦朧とさせながらも立ち向かう。まるで相手にならない。それしか言いようがない。そんな状況でも、翠蓮は折れなかった。


「わたしは、もっと強くならなきゃいけないんだ!!」


 一番隊だろうが、何番隊だろうが、そんなものは関係無い。


「わたしは、大切なものを守れたらそれでいいんだ!!」


 刀を構えて魔物へと飛び出す翠蓮。だが、魔物の強烈な一撃を喰らい、そのまま木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。


「おぉ、ボールに丁度いいな。よく飛ぶ」


そう心底楽しそうに笑う魔物は、翠蓮を遊び道具にする為に拾いに向かう。少し離れた先で血塗れになっている翠蓮を見つけて、ずんずんと近付いていく。そしてその体を掴もうとして、まだ翠蓮に息があることに気が付いた。


「まるで死に損ないの虫だな。ブンブンと音を立てて俺を不快にさせる」


 そう言って、もう一度翠蓮の体を鷲掴みにして放り投げる。


「ボールは息などしないんだよ。ゲヒャヒャ」


 また木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んで、一際大きな木にぶつかりずるずると落ちていく翠蓮は、もはや死へと踏み込みかけていた。ただそんな状況でまだ息があったのは、ただ翠蓮の諦めないという意思が強すぎたからだとしか言い様が無かった。それほどまでに、翠蓮はボロボロだった。


「まだ、頑張らなきゃ…………」


『俺に認められるように努力しろ』


 その京月の言葉を思い出す。誰にも、認められずにいた翠蓮にそう言った京月。隊長に認められたい。隊長の元でもっと、強くなりたい。


「まだ、……もっと、強く………………」


 翠蓮はゆっくりと、激痛に耐えながら立ち上がる。立ち上がる途中で、突然なんの痛みも感じなくなった翠蓮だが、もはやそんなことにも気付かなかった。ただ、翠蓮は目の前の魔物一体しか眼中に無かった。深呼吸をして、自分の残りの魔力全てをその一撃に込める。


「無駄なことを」


 翠蓮の魔力の大きさを更に上回る大きな魔物の魔力が翠蓮を押さえ込もうとするが、翠蓮は止まらない。全身に力を込めて、全身全霊の力で走り出す。

 目にも止まらぬ速さで飛び上がり、刀を魔物へと一直線に向け、凄まじい速度で突き出し一閃する。


氷迅一閃ひょうじんいっせん


 その一閃はついに魔物の体を貫いた。そのまま地面に落下した翠蓮だが、その一撃で魔物を葬ることはできず、ほぼ無傷で飄々としている魔物は翠蓮の体を魔力で掴みあげる。


「虫みてぇなことしやがって。ちゃんと最高に痛い思いさせて殺してやるから安心しろよ」


 魔物に捕らわれもう身動きさえ取れずに項垂れる翠蓮。赤い鮮血がぼたぼたと地面に流れて血の海を作っていた。


「まだ、………………」


 そう呟いて翠蓮は遂に意識を手放す。魔物が大きな笑い声を上げて、無数の攻撃を翠蓮へと飛ばす。魔力の銃弾のようなそれはそのまま翠蓮の体を蜂の巣にしてその命を奪うはずだった。


「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ…………は?」


 一瞬で弾丸を燃やし尽くした炎は勢いを増して魔物そのものを包み込む。あまりの熱に先程まで余裕だった魔物からは想像も出来ないほどの轟音のような悲鳴があがる。炎のおかげで翠蓮を掴んでいた魔力が消失し、そのまま落下する翠蓮を一人の男が抱きとめる。


「……京月……隊、長……?」


 血塗れで、ボロボロで、生気の無い翠蓮。うっすら目を覚ました翠蓮がそう呼べば、翠蓮を抱き抱えていた京月と視線が合う。


「隊長、わたし……」


 先程まで張り詰めていた空気からようやく解放されたのか、京月の姿を見て安堵した翠蓮が言葉を漏らす。


「全然、なにも…………できなくて…………」


 自分のことなど気にも止めずに、魔物を倒せなかったことだけを悔しそうに言葉にする。そんな翠蓮に京月は言葉を向ける。


「お前は良く戦った。今は寝てろ。大丈夫、後は俺がやる」


 そう話す京月の言葉に翠蓮は自分の頑張りが認められたような気がして、そして京月隊長なら絶対大丈夫という安心を感じて、そのまま瞼を閉じた。そして京月は目の前で炎に包まれ悲鳴をあげる魔物に鋭い視線を向ける。

 やっとの思いで炎から逃れた魔物だが、京月の激怒した表情に恐れをなす。


「俺が……恐怖だと……!?ッたかが炎の魔法に!?」


 翠蓮をゆっくり木のそばに寝させて、京月は未だ吠える魔物を前に刀を抜く。

べっとりと羽織を濡らす赤い翠蓮の血に、京月の顔が強ばっていく。


「よくも…………ここまで……………」


  ギリ、と京月の怒りが燃え上がる。 魔物は隊服につけられた飾緒を見て声を上げる。


「お前が…………一番隊隊長……京月亜良也きょうげつあらやか!!」


 魔力を爆発させながら魔物が京月の前に飛び出すが、一瞬にしてその胴体が真っ二つに斬られてそのまま地面に落ちる。まるで先程までの自分と翠蓮のような実力差。


「俺の隊士をよくもあそこまで傷付けやがって」


 心の底からの怒り。京月の炎は慈悲のかけらもなく、その魔物を消滅させた。圧倒的な実力差。

 魔物を一瞬で葬り去り、京月は翠蓮を抱き上げて、同じく二番隊の桜を助けに来た四龍院と合流する為に動いていく。そんな中で、京月はかつての過去の記憶の中にいる一番隊隊士の少女と、翠蓮を重ねる。


「だから……俺に隊士を持つ資格なんて無いんだ」


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