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黎明の氷炎
黎明の氷炎
雨宮麗
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月02日
公開日
8.5万字
連載中
時は令明時代、魔法が栄える日本帝国。
魔法は世界を豊かにしたが、危険な力でもあった。

令明十三年に発覚した、人類改造計画。
「強き者こそが正義」
そんなひとりよがりな正義が巻き起こした計画。

魔力を持たない者を弱者とし、不必要な存在だと言った研究者が、魔力の無い者の体に無理矢理に魔力を注ぎ込み、そうしてその研究が生み出したのはもはや人間では無い魔物と呼ばれる存在。
人間であったことなど忘れ、ただただ血を求める魔物の強さは世界を恐怖に陥れた。

そして、その計画に巻き込まれ婚約者を失った男、朱雀あまねにより、崩壊の道を進んでいく世界を救うために結成された魔法組織、国家守護十隊。
そんな国家守護十隊に、ただ世界を救いたいという真っ直ぐな意志を胸に隊士として入隊したまだ十五歳の少女、氷上翠蓮。
そんな翠蓮を中心にして隊はどんどん世界の真実に近づいていく。

第一話 国家守護十隊


  血溜まりに沈むその何か。

それが美しい女性だったということなど、誰も気付かない程に変形し穴だらけで、半身はほとんど残らず、もはや赤い血と肉のかたまりのようになっている。

それでも、白く、細い指先は、しっかりとその体に触れた。


「………っ…」


 ただその少年だけが、その塊の正体を想い涙を落としてすがる様に願った。


「お願いだから、僕を置いていかないで」


 まだ十五歳である少年は肉の塊と化した婚約者を、彼女が流した血で綺麗な薄い紫の髪や手が汚れることも気にせずその手にしっかりと抱いて、未来を誓った。


「待ってて。もっと強くなって……、僕が絶対、こんな世界壊すから」


 婚約者の亡骸なきがらの傍に落ちていたのは、少年が贈って以来、彼女がずっと付けていた花形の耳飾り。

 少年……朱雀すざくあまねはその耳飾りを手に取り握りしめた。


✻✻✻


 そして朱雀すざくあまねが婚約者を失った、その五年後のこと。

 令明れいめい十三年に発覚した『人類改造じんるいかいぞう計画けいかく


 その非道な計画が世界に公になった時、人類は戦慄せんりつした。この世界では魔法が栄えており、魔力の無い者もいるが、魔力をその体に持つ者が多くいた。

 世界に広がる魔力。魔力の無い者を弱者、この世にふさわしくない存在だとする計画組織は、魔力の粒子を許容値以上、魔力の無い人体に流し込み、人間だったそれは魔力を生命力にした人ならざる者……『魔物まもの』と呼ばれる未知の生命体となった。


 魔物となった者はみにくい化物となり、人格も記憶も、人を思いやる心も……何もかもを失い、ただひたすらに血肉を求めて昼夜問わずに人を襲った。人を殺すことに何の躊躇ためらいもない。計画の代表である研究者の手記にはこう記されている。


『強き者こそが正義だ』


 研究者の目的は独りよがりな最低最悪の正義。魔物を作り出し、弱きを狩る。魔力の無い人間など必要ない。という非道なもの。

 組織は昼夜問わず人間をさらい、体内に膨大な魔力を注ぎ続けた。そして遂には賛同者まで現れ派生組織まで誕生し、世界は絶望し崩壊ほうかいを始めた。


 朱雀すざくあまねの婚約者であった彼女も、その計画の犠牲者ぎせいしゃの一人だった。魔力のない人間を研究所に誘拐ゆうかいし、体内に強制的に魔力を注ぎ込む。魔力が適合しなかった者、体が魔力に追いつかなかった者など、この研究は所謂いわゆる、失敗作も多く作り出し多くの死者を出した。

 この研究が公になり、政府は即時にその研究室の活用停止と人類改造計画に携わった者複数名を見つけ次第処刑した。


 その後すぐに捜索が入った研究室は荒れ放題で、何人もの人間の死体が何かに激しく損傷そんしょうさせられた状態で放置されていた。巨大な水槽のような研究機器は強化ガラスが割れ、そこから何体もの『何か』が逃げ出した形跡があった。

 すぐに世界は魔物と恐怖で溢れ、人間は魔物に怯える生活を強いられることになった。


 それから五年が経った、令明十八年のこと。婚約者を研究により失ったあまねはその復讐ふくしゅう、そして魔物から世界を護るという思いを胸に、あの日唯一彼女が遺してくれた花形の耳飾りに口付けると、今度は自分の耳に付けて前に進む。対人類改造計画として、国家守護十隊こっかしゅごじったいを政府の認可を得て設立させたのだ。

 この物語は、国家守護十隊総隊長・朱雀すざくあまねと、計画発覚時に出会った二人の小さき少年。三人からはじまる隊が紡いだ軌跡きせきの物語だ。


✻✻✻


 令明二十三年。


「これより、国家守護十隊の入隊試験合格者を発表する」


 国家守護十隊の隊士である男が、その場を制するような声で式を進めていく。自信に溢れる者や、不安に震える者など、さまざまな感情が混じり合うそこは、政府により国家守護十隊の入隊試験時のみ使用することが許可された、国家守護十隊本部の地下にある地下基地内である。

 一年に一度行われる入隊試験。設立から五年目になった国家守護十隊は着実に地盤を固め実績を重ねていた。毎年世界中から入隊希望者が参加しては、その試験の厳しさに崩れ落ちていた。


 試験に同席している隊士の中には、役職を持つ程の者もいる為、その姿を見る為に甘ったれた考えで参加し、現実を突きつけられた者も多くいた。そんな隊の中でも一際異彩いさいを放つ者が二人。

 総隊長である朱雀あまねと共に、設立時から隊に所属している一番隊隊長の京月亜良也きょうげつあらや、二番隊隊長の四龍院伊助しりゅういんいすけだ。

 国家守護十隊で一、二を争う程の実力者である二人は、隊に関係の無い一般人からの人気も凄いものだ。誰もが皆、その二人が隊長を務める一番、二番隊への入隊を目指して試験に参加していた。


 五年の間、試験受験者は合計で十万人にも及んだ。書類による一次試験、魔法適性での二次試験、そして二次試験を突破した試験者のみ参加できる本隊一般隊士との実戦試験が最終である。

 国家守護十隊の中でも、一番から五番隊までにはそれぞれ役職が付く。


 隊長、副隊長の役職を持つ者が在籍するのが一から五番隊。国家守護十隊はその名の通り、一から十番隊まで設立されており、隊長、副隊長が在籍しない六番以降の隊には一般隊士のみが在籍している。

 一般隊士と位置づけられている隊士ではあるが、国家守護十隊の入隊試験を突破する程の実力者でもある隊士と張り合える者はそうそういない。

 奮闘したとしても、一般隊士にかすり傷を与えるだけで精一杯だろう。この五年の中で、入隊試験を突破した者の数は約百名程度。十万もの中からたったの百しかその実力を認められなかったのだ。

 そしてその中でも、入隊時に一から五番の隊に入隊を決められた試験受験者は、設立直後にあまねにより腕を買われて入隊した者を除いて存在しない。


 だからこそ、今年の入隊試験は異例中の異例だった。


氷上翠蓮ひがみすいれん神崎桜かんざきさくら一条花いちじょうはな。以上三名の入隊を認める。尚、総隊長の指名により三名は上位五隊いずれかへの入隊をこの後行われる会議で決定する」


 いつもの年より遥かに少ない合格者。しかもそれが上位五隊のいずれかに入隊が決定したのだ。そんなたった三人の選び抜かれた合格者達に、名を呼ばれなかった不合格者達からさまざまな視線が投げかけられる。その視線を背に、晴れて国家守護十隊の隊士となった三人は自分達の思いが繋ぐ道へと足を踏み出した。


✻✻✻


「答えろ、お前は何者だ」


 背中に走る激痛。燃えるような赤髪を後ろで結った長髪の男は美しい顔からは想像も出来ないほどの強い力で一瞬にして翠蓮すいれんを床に押し倒す。ギリ、と押し付けられて身動きの取れないこの状況に冷や汗を流しながら答えた。


「えっ、と。一番隊の、新入?です」


 そう言うと、男の眉が寄る。


「はぁ?」


 ハイライトのない暗い青の瞳でそう睨まれて、既に泣き出しそうになっていたところで、明るい男の声が響いた。


氷上ひがみちゃーーん!!ごめーん待たせた〜!!」


 大きな音を立てながら隊舎の扉を開けて入ってきたのは少し長さのある紫色の髪を後ろでハーフアップにしている男。入隊後の会議で翠蓮すいれんを一番隊に引き入れた張本人である一番隊副隊長の不破深月ふわみつきだ。


「あっ、不破さん……!た、助けてくださいぃぃぃぃぃぃぃ」


 さっき会ったばかりとは言え、知った顔の不破を見て翠蓮すいれんは安心からドッと涙を流す。そんな翠蓮すいれんの姿より、不破は彼女を捕まえている男を見て綺麗な黄色い瞳を見開いた。冷や汗も溢れ出ている。


「あ……。か、帰ってたんデスネ……キョウゲツタイチョウ…………」


「任務で出られない俺の代わりに会議に出ろとは言ったが、まさか隊士が増えてるとは。なぁ?不破ァ」


「ひぃぃっ!すいません隊長!!」


「選べ、俺に斬られるか燃やされるか」


「どっちにしても死ぬとかある!?!?総隊長もいいよって言ってくれたし良いじゃないですか!!」


 不破の口から出た総隊長という言葉に、ぴたりと京月の動きが止まる。


「総隊長が?」

「はい……!今回はうちだけじゃなくて二番隊と三番隊にも入ったんです!!」


 そもそも!!と大きな叫びを上げながら不破が続けた。


「一番の戦力であるはずの一番隊が二人だけってどうなってんすか!?京月隊長がいるから実質一万人みたいなとこあるけどさぁ!!やだよ俺死ぬ死ぬ死ぬ今日死ぬあーもう死ぬんだいやあああああああああ!!」


「その、なんだ……。悪かった」


 叫び狂う不破を無視して、床に倒れて呆然としている翠蓮すいれんの手を取って起き上がらせる京月。押し倒されたことで少しボサボサになった青と白が入り混じった綺麗な髪を整えていると声が掛けられた。


「お前、名前は」

氷上翠蓮ひがみすいれんです……」

「不本意だが、総隊長の決めたことに反対する理由はない。お前は、一番隊で何が出来る?」


 試されているようなその発言に、翠蓮すいれんはしっかり顔を上げて、取り繕わずに真っ直ぐ答える。

 キラリ、と水のような淡い色の瞳には強い意思がしっかり宿っている。


「みんなを守れるくらい強くなります」


 その言葉に一瞬、京月の表情が変わる。


「そうか」


 すぐに無表情に戻ると、それだけ呟いて京月は隊舎から出ていった。どうすればいいのかわからずに一人固まっていると、不破が笑顔で翠蓮すいれんに飛びつく。


「やったああああああ!!これから仲間だよ〜!」

「み、認めてもらえたんですか……!?」

「あの人朴念仁ぼくねんじんだから分かりづらいけど、認めてくれたんだよ!嫌だったら問答無用で追い払うような人だから!」

「わ、わたし……国家守護十隊に……」


 そう噛み締めるように呟く翠蓮すいれん


「国家守護十隊、そして一番隊の仲間だよ。改めて、よろしくね」


 優しい笑顔を向ける不破に、翠蓮すいれんも眩しい笑顔を向けた。


「よろしくお願いしますっ!」



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