「なんだあ?君らこの俺に逆らうつもり?なら良したほうがいいよー?こう見えても俺って超能力者なんだよ。このナイフ見ればわかるっしょ?超能力で君らのことなんかどうとでも出来るわけ。逆らわない方がいいよ?」
一旦真顔になってから、再び顔をにやつかせて2人に脅しをかけてくるチャラ男。しかし勇気は男の予想に反して、特に動揺もせずに答えた。
「知ってる。お前も俺らと同じ『ダメージ』の所有者なんだろ?」
ユウキがそう言うと、男はキョトンとして問い返した。
「ダメージ?ダメージってなに?」
「ああそうか。『ダメージ』ってのはお前が持ってるような、そういう超常的な力のことだ。『ダメージ』っていうのは俺が名付けた。名前が無いと不便だろ?だからそういう能力を総称して名付けたんだよ」
「なるほどなるほど。そういうことね。なら俺の『ダメージ』はもちろんこのナイフだよ。ナイフをいくらでも創り出すことが出来て、しかも自由に操れる。それが俺の能力なんだ。すごいっしょ?」
自慢げに2人に言う男。
確かにすごい・・・・・・いや、すごすぎるな、と勇気は思った。ナイフを操れるだけならまだしも、ナイフを無限に創り出せるだって?・・・・・・ありえんな。
「それってめちゃくちゃ苦労して隙を作らなきゃいけねえってことじゃん。めんどくせえなあー・・・・・・」
やれやれ、と勇気は心底面倒そうな顔をしてため息をついた。
「と・こ・ろ・で!そんなことを言うってことは、君たちも俺みたいな超常的な能力を何か持ってるってことかな!?」
「え?ああうん、そうだな当然俺と詩織も持ってる。というか俺たち2人は────」
「あたしたちはねー!2人の『ダメージ』を使ってたくさんの悪いダメージ使いたちを退治してきたんだよ!」
勇気の言葉を受け、詩織はドヤ顔でそう言った。それを聞いて、ナンパナイフ男は得心したような顔をした。
「あー、なるほど。つまりは君ら、2人の能力を使って俺を退治しようとしてるってわけか。なるほどなるほど。普通の女の子たちは俺が脅すと、逃げるか、警察呼ぶかするんだけど、なんで君らだけ立ち向かおうとしたのか不思議だったんだ。これで納得がいったわ」
そして、再び得意げに言った。
「でもそれなら、やっぱり俺に逆らわない方がいーんじゃなーい?俺のその、『ダメージ』ってヤツはけっこう強い方だと思うけどー?君ら2人の能力ってどんな感じなわけ?ちょっと聞かせてみてよ」
「聞いて驚け!あたしの『ダメージ』は結界!結界を3つまで出せる能力!」
ややドヤ顔で詩織がそういうと、チャラ男はさも感心したように言った。
「へー、それは強力そうな能力だねー」
「そうでしょそうでしょ!そして勇気の能力は─────」
いよいよ主人公勇気の能力紹介である。勇気もここ一番の見せ場とあって、ややドヤ顔で言った。
「俺の能力は────」
「能力は?」
「そう俺の能力は────」
「能力は?」
「何を隠そう、俺の能力は────!」
勇気はそこでしばらく言葉を切り、2人の顔を軽いドヤ顔で交互に見比べた。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「いや焦らしすぎだろ」
勇気が勿体ぶって間をながーく取っていると、流石に詩織にツッコまれた。
せっかくの焦らしにケチをつけられた勇気は、やや憮然とした顔で詩織に言い返す。
「あ?バカかお前。これは一応主人公の能力紹介だぞ?これくらい焦らしして然るべきだろ」
「然らずだよ然らず。こういうのは焦らせば焦らすほどハードルあがっちゃうんだから。焦らすほどのもんでもないし」
「は?いやあるある。焦らすだけの価値あるって」
「いーやないね」
「なにをぉ?」
「・・・・・・・あの、そろそろ本当にそのユウキちゃんの能力とやらを聞かせて欲しいんだけど」
「「あっ、そうだった」」
気を取り直して。
「俺の能力は────そう、お待ちかねの俺の『ダメージ』。それは、『直近でおかず(性的な意味で)にした存在の能力をコピーできる能力』だ」
勇気はややドヤ顔で、今度こそ自分の能力を言い放った。
・・・・・・・。
「・・・・・・え?何その能力」
「ほらー!大した能力でも無いのに焦らすから変な空気になっちゃったじゃん!」
「いや違う違う。これはコイツのリアクションがおかしいだけだから。コイツがリアクション下手なだけだから」
再び言い合いを始めそうになった2人に、ナイフナンパ男は慌てて割って入った。
「い、いやそうじゃなくて!そう言うことじゃなくて!肩透かしくらったとかじゃなくて、あまりにも、その、変わった能力だから一瞬面食らってリアクション取れなかっただけで・・・・・・ってえ?でも待って?一見バカみたいだけど普通に強い能力じゃない?」
「だろお?そうなんだよ。つまりめちゃくちゃ強い能力のキャラで抜けばめちゃくちゃ強くなれるってことなんだよ」
「え?ヤバくない?え?」
途端に焦り出すチャラ男。当然である。勇気が直近で自分の『ダメージ』を上回るほどの能力を持つ漫画のキャラとかで抜いていたとしたら、窮地に立たされることになるのである。
「それで?勇気は昨日どんなキャラで抜いたの?」
詩織が勇気にそんな質問をする。チャラ男も気になっていたことだ。固唾を飲んで聞き耳を立てた。
「おう、昨日のおかずはなー」
「うん」
「スライム」
「え?」
「スライム娘で抜いたよ。昨日は」
「・・・・・・」
一瞬辺りに沈黙が走った。
詩織は一瞬固まったが、やがてハッとすると、
「・・・・・・バカかよ!」
そう言って勇気の頭をはたいた。
「いって、何すんだよ!」
「いやお前こそ何してんだよ!どーやってスライムで無限ナイフに勝つんだよどーやって!全然勝てる未来が見えないんですけど!?」
「そうだな。俺もどうやって勝てばいいのかわかんねえ」
「だからさあいつも言ってんじゃん!こういう時に備えて、あらかじめ強いヤツで抜いとけって!いっつも土壇場になって微妙な能力コピーしやがって!」
「いやなんで俺があらかじめのことを考えながら抜かなきゃいけないんだよ!俺は好きなもんで抜きたいんだよ好きなもんで!土壇場のこと気にしながらシコれるかよ!自由に抜かせろ自由に!」
「じゃあもういいから、今抜いてこい!なんか強そうなキャラで抜いてこい!ほらそこにトイレあるから」
「やだよここのトイレきたねーじゃん!こんなとこで抜いたら性病になるわ!大体、それだとなんか俺があのチャラ男きっかけで抜いたことになるだろ!それだと俺があのチャラ男に発情して抜きに行ったみたいで嫌なんだよ!なんか嫌なんだよなんか!」
と、勇気と詩織が言い合いをしていると、そこに割って入るように、チャラ男の高笑いが響いた。
「あははははは!いやー君ら面白いね?コンビ組んで漫才でもしたら売れるんじゃない?」
「見え透いたお世辞だな。売れるわけないだろうが。第一、俺ら下ネタしか言わねえから地上波NGになっちまう」
「あははは、違いない。・・・・・・さてと、どうやら杞憂だったみたいだ。もしかしたら俺が窮地に立たされるかもしれないと思って少し焦ったんだけど・・・・・・要らぬ心配だったみたいだね」
そう言って、チャラ男は手を前に出す。
「ッ!」
詩織は来ると察して、慌てて結界を張る。ややオレンジがかった、球形のプラスチックのようなものが2人を包む。
チャラ男は、そこへ数本のナイフを飛ばして当てた。それは結界に当たるが、結界は無事に2人を守ってくれた。
「おー、流石にすごいねえ、俺のナイフを当ててもヒビ一つ入らないなんて。だけどいつまで持つかな?」
男は今度はやり方を変え、ナイフを無造作に飛ばすのではなく、一つのナイフを規則的に、結界の一点、同じ場所へ正確に当て始めた。
「何やってんの?アイツ」
詩織は不思議に思ったが、勇気は感心したように言った。
「アイツ、考えたな」
「なになに?どういうこと?」
わけがわからず聞いてくる詩織に、勇気は説明した。
「あれなら、俺らを焦らせて効果的にプレッシャーを与えることが出来るだろ?ああやって同じ場所に一定のダメージを与え続けて結界を徐々に破っていくというやり方は、一気に大量のナイフをぶつけて結界を破るよりも、心理的なプレッシャーを与えられて、俺らを降参させられる可能性が高くなる。さらに俺らが心理的プレッシャーに耐えて降参しなかったにしても、結界が破られればどっちみち詰みだ。どっちに転んでも正解の、なかなかいい策だ。アイツもなかなかやるな」
「なるほどね・・・・・・って感心してる場合じゃないでしょ。なんとかならんの?スライム娘で抜いたってことは勇気、今スライムになれるってことでしょ?」
「そうだな。スライムになれる」
「なら捕食とか出来ないの?スライム触手を伸ばしてあのチャラ男を捕食しちゃえば一発で解決じゃない?」
「それがそうもいかないんだよ。俺が抜いたエロ漫画のスライム娘には捕食能力がなかったんだよ」
「えっ?ないの?」
「ああ。俺が抜いたのは生意気なスライム娘を無理矢理手籠めにするってヤツだったんだが、もし捕食能力があるスライム娘を無理矢理手籠めになんてしたら、お前、どうなると思うよ?」
「え、わかんない。どうなんの?」
「食われるんだよチンコが!だから俺が抜いたエロ漫画では捕食能力は無くて、スライムになるのと擬態するのとが出来るだけなんだよ。あと触手か。大体そんなとこで、捕食は出来ないんだ」
「うっわマジかよ。思ったよりも絶望的じゃん」
「そうなんだよ。思ったよりも絶望的なんだよ。あんだけナイフに囲まれてたら全然隙がないし・・・・・・」
どうしよう、どうしようか、と詩織と勇気が顔を見合わせていると、その様子を見たチャラ男はニヤニヤし、目をギラつかせて言った。
「ふふ、いいねえー・・・・・・もうすぐ君らとイイコト出来るかと思うとワクワクしてきたよ。ほら見て。こんな勃起してる」
見れば、男のズボンはテントみたいになっていた。はちゃめちゃに勃起していた。
「うわ、なんだアイツ。めっちゃ勃起してんじゃん引くわー。なあ詩織?」
「・・・・・・」
「詩織?」
「────ごくり」
「おい」
勇気はたまらずツッコんだ。
「おいてめえ何ちょっと発情してんだ」
「いやいやでもあれ見なよあれ。デカくない?あれあたし愛用のヤツよりデカいよ」
「知るかー!いいから真面目に対策考えるぞ!ナイフで自分を囲んでるから隙がないんだアイツ!どうやって隙を作るか考えないと!」
「隙・・・・・・別に作らなくても良くない?あたしあれなら別に突かれてもいいけど・・・・・・」
「俺が良くねえんだよ!」
「いいじゃん。一回突かれてみればいいんじゃない?おーい」
「ん?何?」
「実はコイツこう見えて男なんだけどさー。それでもいい?」
詩織のその言葉を聞いて、チャラ男は目をぱちくりさせて勇気を見つめていたが、やがてグッと親指を立てて笑顔で言った。
「多様性、いいよね・・・・・・!ぶっちゃけ、可愛ければなんでもいいかな!」
詩織は勇気の肩を叩いて言った。
「な?」
「『な?』じゃねーんだよ!だから向こうが良くても俺が良くねーんだって!」
「いいじゃんいいじゃん。一度突かれてみれば?新しい扉開けるかもしれないよ?」
「嫌だよ!それ開いたら最後人生終わるヤツだろうが!」
さて。一連の茶番が一旦終わって、詩織は再び真面目な顔で言った。
「でもどうする?このままだとほんとに体を差し出して見逃してもらうことになるよ?」
「いやー、そうは言っても、スライムでどうやって隙を作ればいいのか・・・・・・」
と、勇気がいい案が浮かばずに唸っていると、ピシッと言う音がして、ついに結界にヒビが入り始めた。
「あー!やばいやばいやばい!ちょ、早く早く!なんか案出して!」
「いやー、そうは言ってもなあ・・・・・・難しいぞ?これ」
「いやいけるいける!勇気ならいけるって!あっと驚くような作戦案が出せるって!」
「あんまハードル上げんなよ・・・・・・」
「ちょ、やばいやばい・・・・・・そうだ!昨日の夜おかずにしたっていうエロ漫画を一から思い出してみたら?何かヒントがあるかもしれないよ?」
「あー、なるほど。確かに、コピー元のエロ漫画なら何かヒントがあるかもしれねえな。ちょっと待って。今思い出すから・・・・・・」
そういうと、勇気は目を瞑って昨日読んだエロ漫画のことを記憶から引っ張り出し始めた。
結界のヒビが大きくなっていくなか、勇気は必死にエロ漫画のことを思い出していく。
(えーと、確か冒険者が魔物の森に入っていって、そこで人間の女性に擬態したスライム娘に出会って・・・・・・スライム娘がめっちゃ煽ってくるんだけど、魔法で拘束してわからせる展開に・・・・・・)
と、そこまで思い出して、勇気はハッと、何かに気づいた。
(魔法で拘束、そうか魔法で拘束か・・・・・・!そうかそれなら─────!)
勇気は思いついた。あのチャラ男の隙を作るための作戦を。しかしそれと同時に、結界も完全に破れて、ナイフが、勇気に迫った。
「勇気危ない!」
詩織の声に、勇気は咄嗟に避けようとする。しかし、避けきれずに、ナイフは勇気の肩に突き刺さってしまった。赤い鮮血が吹き出る。
「勇気!」
詩織の心配そうな声が響く。
「ぐ・・・・・・」
勇気は痛そうに顔を顰める。肩から流れた血が、袖口から滴り落ちてくる。
そう、勇気は避けきれなかったのだ。避けきれずに、ナイフが肩に刺さってしまった────という、ふりをしたのである。
「あはははは!ついに破れたねえ!・・・・・・そして、君の友達は負傷したみたいだね?どうかな?そろそろ降参する気になったかい?」
チャラ男のこの言葉を無視し、詩織は勇気のそばへ近寄る。
「大丈夫?勇気────」
勇気は詩織のその言葉を遮るように、小さな声で言った。
「詩織」
鋭い眼光と共に発せられたその言葉を聞けば、詩織には勇気の言わんとしていることがすぐにわかった。
「・・・・・・何か思いついたんだね?」
「ああ思いついた。いい作戦がな。・・・・・・詩織。とりあえずアイツを足止めしてくれ」
詩織は頷いて言った。
「わかった」
それを見たチャラ男は、茶化すように言う。
「なになに?2人で作戦会議かい?なら無駄なことだと─────」
その言葉を皆まで言わせず。詩織は一旦結界を2人の周りに出していた結界を解除したあと手を伸ばして、
「『固定結界』」
チャラ男を結界の中に閉じ込めた。
「・・・・・・え?は!?」
「あたしの結界はな、固定式か追尾式かを選べるんだよ。追尾式は指定した人間の動きに合わせてついてくるけど、固定式はついてこない。その場にとどまるだけなんだよね。────ま、つまりこれであんたはその結界の中から出られなくなったってことだね」
「クソッ、こんな結界、すぐに破って────」
「二重にしてあるから、あんたでもすぐ破れないと思うよ?」
「おーう、そうだぞ。ついでに言っておくと、大量のナイフを出して破ろうなんてことはあまり考えない方がいいな」
「なんだと?」
「大量のナイフを出すには、その結界の中は狭すぎるからな」
「ぐ、た、確かに・・・・・・!」
チャラ男は自分の周りを見る。オレンジの結界が彼を取り囲むように張られているが、確かに狭い。チャラ男が1人がようやく入れるくらいの感じだ。
「破れるには破れるかもしれないが、そのかわり圧死するなんて間抜けなことになるだろうよ」
「クソッ・・・・・・!」
「さて・・・・・・詩織!」
「うん!」
「いくぞ!」
詩織は自分の足と地面の間に結界を展開した─────つまり直径1メートルほどの円形の結界に詩織が乗っている形となる。
そして、万が一のことがないように、勇気はスライム、つまり自分の体の一部を使って詩織の足を結界にくっつける。
「そして、ここで俺が詩織の体を触手で持ち上げると、追尾式結界は当然詩織と一緒に上に上がる」
「そんで、あたしが上下の追尾機能だけをOFFにする。そうすると、あたしは空中に止まったままになる。この時に、他の上下以外の方向の追尾機能だけはONにしておく」
「そして、俺が触手を伸ばして俺自身の体を持ち上げて結界の上に乗る」
「あたしがOFFにしたのは上下の追尾機能だけだ。だから─────」
勇気は触手を伸ばした。そしてそれを道路を挟んで公園の反対側にある、家の塀にくっつけた。そしてその状態で触手を縮める。そうすれば勇気は前に進む。詩織の体も触手でがっしりと掴んでいるから、一緒に前へ進む。
「こうやって俺らの体を移動させれば、結界は俺らと一緒についてくる。つまりは─────」
勇気たちはあっという間に公園の外の道路の上に出た。
「空中移動が可能になるってことだ。ま、俺が詩織を持ち上げて運べる時だけに限るけどな」
そして勇気は公園の外から、チャラ男へ向かって言った。
「最後に、一つお前に聞いておきたいことがある」
勇気の言葉に、チャラ男は苛立ちながら答える。
「なんだよ!!」
「カニバリズムって知ってるか?」
チャラ男はきょとんとした顔をして言った。
「・・・・・?なんだそれ?」
「知らないならいい。じゃあな」
「あっ、てめえ!」
勇気たちはあっという間に男の視界から消えていった。
・・・・・・・
・・・・・・さて、空中移動しながら、詩織は勇気に聞いた。
「それで、どうするの?本当にこのまま逃げるつもり?」
「いいや。逃げるつもりはない。絶対にあの男はここで倒す。『ダメージ』を悪事に使うような奴をそのままにしておく事はできない」
「・・・・・・ふふ、勇気ならそう言うと思ったよ」
「今から作戦を伝える。いいな?」
「はいはい。こっちはいつでも準備オーケーだよ」
◇
「く・・・・・・っそが!!あいつらあ!!」
チャラ男はやっとの思いで結界を壊し切った。そして公園の入り口まで全速力で走って向かうと考えた。
(しかし、どうすればいいんだ。あの様子だともうとっくにめちゃめちゃな遠くに行っちゃってるんじゃないか?どこへ行ったかもわからないし、これじゃあ・・・・・・)
と、そこまで考えたところで、道路に何か落ちていることに気づいた。
「ん?これは・・・・・・」
それは血液だった。紛れもない血液が点々と道の向こうへと伸びていく。
「はは・・・・・」
チャラ男の顔に笑みが戻った。
「はは・・・・・あはははは!これは僥倖だ!運が良い!」
相手は空中移動できる奴らである。歩きでは到底追いつけないだろう・・・・・・だが、逃げた方向がわかれば話は別だ。これならどれだけ速くてもいずれは追いつける。
「要は、これを辿っていけば良いんだ・・・・・・あの子らがどこへ行ったのかわからないが、うまくいけば家の場所とかが割り出せるかもしれないな」
そう呟いて、チャラ男が血の跡を辿っていくと、しばらく行ったところで、血の跡が折れ曲がっていた。
「お?」
血の跡は折れ曲がって、家と家の間にある、何もない空間へと続いていた。
「なんでこんなところに・・・・・・?」
ここは家の塀と家の塀の間にある、何もない場所だ。一見道かと間違えそうになるのだが、しばらく行くと行き止まりになっていて通り抜け出来ないから、土地勘のある人間ならまず寄りつかないような何もないところである。
「ここで途切れてるな・・・・・・」
血の跡はその場所の真ん中あたりで途切れていた。
「おかしい。途中で行き止まりに気づいて引き返したのなら、戻っていく血の跡がついているはず。それがついてなくて、血の跡がここで途切れているということは・・・・・・」
と、チャラ男はしばらく考え込んで、そしてハッとした。
(そうか!あの子らは逃げたんじゃなく、俺をここへ誘き寄せたのか!・・・・・・確かに、よく考えてみると不自然だ。あれだけ頭の切れるあの子らが血の垂れた跡に気づかないなんて間抜けなことをするわけがない!間違いなくあの子らは俺をここへ誘き寄せた・・・・・・ならなぜそうしたのか?)
チャラ男はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、指を鳴らす。
(そう!俺をここで迎え撃つためだ!あの子らの1人は擬態の能力を持ってると言っていた。ここへ俺を誘き寄せるために血の跡をあえて残す。そしてこの場所の何かしらに擬態する。そして隙を見て俺を攻撃する・・・・・・それだ。あの子らの狙いはそれに違いない)
そしてチャラ男は再び考え込む。
(擬態したあの子らを見つけ出すには・・・・・・)
その瞬間、チャラ男の脳裏に浮かんだのは血。ナイフを刺した時にあの黒髪の美人な子が流した、真っ赤な鮮血だった。
そして、チャラ男はニヤーっと顔を歪ませた。
(そうだ。ナイフを刺して確かめれば良いんだ。ナイフを刺せば痛みに耐えかねて姿を現すかもしれない。それに、もし痛みに耐えられたとしても、血は流れる。流れる血は誤魔化せない。そうすれば居場所がわかる・・・・・・どっちに転んでも正解のいい策だぞ。これで行こう。ま、ナイフの当たりどころが悪ければ2人のうちどっちかは死んじゃうかもしれないけど・・・・・・最悪、1人が生き残ってればいいや。こうなったら背に腹は変えられないしね。3P出来ないのは残念だけど、こうなったら高望みはしないことにしよう。1人とヤレればいいや。いやー、俺って我慢強いなあー!)
そして男は手当たり次第にナイフを突き刺し始めた。2人に自分たちの策がバレたと悟らせないように「クソッ!!」と荒れているフリをして、近くの塀、足元の地面に突き刺す・・・・・・しかし、血は流れなかった。
(あれー?おっかしいなー。血が出ないぞ?一番有力かと思ってた地面からも出てこないし、近くの塀からも・・・・・・ここで血の跡を途切れさせたのは、俺をここまで誘き寄せ、そしてここで考え込ませて足止めさせるためだろう。なら、そんな遠くの塀や地面に擬態なんてしないはずだ。遠ければ遠いほど、不意打ちの失敗率が高くなる。だからあの子らは必ず近くの何かに擬態してるはず・・・・・・)
と、手に持ったナイフを弄びながら考える。そしてハッとした。
(そうか、よく考えたらあの子ら・・・・・・空に浮かべるんだったね)
チャラ男は、ニヤーっと笑った。
(えーっと俺のうなじがこの辺りだから・・・・・・ちょうどあの辺りかな?ま、一応3本ぐらい出しといて・・・・・・)
そして男は、手の中のナイフを3本ほどに増やす。そして、後ろをチラ見しながらそれらを操って、見当をつけたところへ飛ばした。
3つのうち2つは外れたが、残り1つは予想通り、空中に刺さった。そして、空中から、どろりと血液が流れ出た。
「しめた!当たったぞ!そうかそうかやっぱりだ!俺の思った通りだ!俺の思った通り、あの子らは空中に偽装していた─────」
と、チャラ男の興奮した言葉を遮るように。
「と、見せかけて。足元だよ、バカ野郎が」
グサッと。
チャラ男の胸にはナイフが突き立てられていた。
下を見ると、自分の胸にナイフを突き刺すスライムの触手。そして地面に擬態していた勇気が元に戻っていくところが見えた。
足元のその場所は、確かにチャラ男もナイフを刺したところだ。実際、勇気の胸にはナイフが刺さっていた。
しかし、血は流れていなかった。滲みさえもしていなかった。
「なん・・・・・・」
だんだん寒くなって力が抜けていく。チャラ男は薄れゆく意識の中で、勇気の煽るような言葉を聞いた。
「バカかてめーは。スライムが血を流すわけねえだろうが」
◇
「終わった?」
「ああ、終わったぞ。ちゃんと死んでる」
「ならスライムとってくんない?もーベタべタしてすっごいキモいからさー」
「あー、すまんすまん
勇気がスライムを取り除き、自分の体に戻すと、詩織の姿が現れる。
結界の上に乗った詩織にスライムを貼り付けて、空中に擬態させたのである。この時、前面の詩織とスライムの間に血糊を仕込んでおいた。さっき空中から垂れていたのはこれである。
さて、勇気に降ろしてもらった詩織が、地面に降り立つと、さっきからずっと気になっていたことを聞いた。
「ねー勇気、あたし、さっきからずっと気になってたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「これはさ、結局チャラ男はナイフが刺されば血が流れると思ってたけど、実際はスライムには血が通ってないからナイフを刺したって血が流れなくて、そこの齟齬のところをつかれたってことだよね?」
「まあざっと言やあそうだな。まあ他にも色んな要素はあるけど、この作戦の要はそれだ」
「でもさあ、勇気、あんた血出してたじゃん。あんだけだばだばとさ。そこんとこはどうなってんの?」
「ああ、あれか。あれは嘘だ」
勇気はいつ誰が来ても良いように、一旦チャラ男の死体を地面へと擬態させながら、さらりとそう言った。
「は?嘘?」
詩織は目を丸くした。
「ああ。まあ、正確には、あれは血じゃなくて血に擬態させた俺の体の一部だ。この血の道しるべもな。あの時、気づいたんだよ。あのエロ漫画では、スライムのことを魔法で拘束していた。そう、物理攻撃が効かないから魔法で拘束してたんだよ」
「ふんふん、なるほど?」
「それを思い出した時、この作戦を思いついた。奴に思い込ませることにしたんだよ。俺だって刺せば血が流れるってな。実際には、スライムには痛覚もないし、血も通ってない。だけど、奴は俺の嘘のおかげで血を流すと思い込む」
「あー、なるほど」
付け加えておくと、勇気が詩織に渡した血糊も、勇気の体の一部を擬態させたものである。
「おまけに、ヘンゼルとグレーテルみたいにつけといた血の道しるべで、血を印象付けさせておけば奴は擬態した俺たちを炙り出す時、ナイフを突き刺すという手段を取る。あの場では、どう考えてもそれが一番最適解だからだ。痛みに耐えかねて出てきてくれれば僥倖、そうならなくても流れる血だけは誤魔化せない。どっちに転んでも正解のいい策だ。俺が奴の立場なら、絶対にそう思う、そう考える。奴だってそう考えるだろうと踏んだ。この前提があれば、絶対に空中擬態の囮にもコロッと騙されてくれる。そうすれば必ず大きな隙が生まれる。あとは、その隙をつけばいいんだ」
「なるほど・・・・・・さすが勇気。やっぱ頭いいね」
「いや、そんなに褒められるようなことじゃない。一か八かの作戦だった。本当に頭のいい奴ならもっと上手い作戦を立てるだろう。さてと・・・・・・この死体をどうにかしないとな」
勇気たちはスライムと結界を利用して、男の死体を公園の地面に埋めた。
「また・・・・・・殺しちゃったね」
詩織がポツリと呟いた。
それに勇気は、やや沈んだ表情で答えた。
「いいんだよ。こんな奴ら。『ダメージ』を悪事に使うような奴なんかに、生きる価値なんてないんだから」
─────勇気と詩織には、あまり共通点がない。お互いの性格や趣味嗜好、過去の経験などに一致するところがあまりない。
ただ、ほとんど唯一と言ってもいいほどの、デカい共通点がある。
それは心に傷を負っているということだ。2人とも、心に傷がある。子供の時につけられた、深くて大きな傷だ。
その共通点からとって、勇気は、この能力全体の名前を、『ダメージ』と、そう名付けたのである。
帰る時になって、ふと詩織が勇気に言った。
「さっきはごめんね」
「・・・・・・なんのことだ?」
「いや叩いたり、バカとか言っちゃったりしてさ。勇気はそういうキャラだったもんね。あたしの理解が足りなかったよ。ごめん」
「いやいや、そんなんこっちこそだよ。・・・・・・・俺も、必ず強い能力者で抜くとは約束できなけど、せめて出来るだけファンタジーもので抜くようにするよ」
こうして2人は連れ立って、歩いていくのであった。