「うちは、お父さんが早くに亡くなりました。あ、私のお父さんですよ?」
なんか、ややこしい話が始まった!? しかも、なんか重そうな話? それでいて「性癖」とか変なワードがぶち込まれているから聞かない訳にはいかない感じ……。
俺も食べながら……ってわけにはいかないから、箸置きに置かないまでも箸を降ろして真剣に話を聞いた。
「私がまだ小学生の頃、お父さんが病気で亡くなったんです」
いわゆる、母子家庭で育って来たってことか。生活とか大変だったのかな……?
この話を聞いたら俺は、せしるんの内情を知って、同情から、それがいつしか愛情に変わったり……!?
いやいやいや! それはない! せしるんは娘達の友達だから!
「幸い、保険金も入ったし、母も仕事を持っていたので、それほどお金には困らなかったんですけど……」
良い話! 生命保険って良い話! お金に困ってないなら良い話! 良い話なのに、今、俺、肘がカクンってなったから! 話の方向性が分からない。
もしかして、学校でひどいいじめに……? 俺はそれに同情して……!?
「学校ではいじめられるほど他人と関わらなくて……」
……それはリアクション難しい! 良いことなの!? それとも残念なこと!?
いずれにしても、また肘がカクンってなったから!
「そのくせ、母からの期待が大きくて……」
大きすぎる期待に耐えきれず、そのアンチテーゼ的にYouTuberに……?
「なんでも好きなことを一生懸命やりなさいって……」
良いお母さん! 同情要素なし!
またまた肘がカクンってなったから! いや、すごく良いことだから! お母さん良い人!
なに? 最終的に俺を骨折させるつもりなの!? カクンって何度させて骨折させるつもりなの!?
「そんなこんなで、私……年上の男性が好きみたいで……」
「……」
それで……。同情要素はどこに……!?
「……あれ? 終わり?」
「はい、終わりですー」
なんだよ、その晴れやかな顔は。要するに、お父さんが早くに亡くなったから、ファザコンの気がある……と。一行で終わったじゃないか!
「性癖」はどこ行った!? ちょっと期待した俺が……なんか、心が汚いみたいになってるじゃないか。
「それで……あの……」
そう言いながら、せしるんはコロッケに箸をプスプスと刺し始めた。ソースが中心までよく沁みそうだ。
「娘さん達を力強く守っていたり、家のリフォームしているところとか、重たいものを1人で持ち上げられるところとか……」
お?
おお?
俺の好きなところか!? ところか!?
「おっきなお腹とか、短い足とか、すぐにお腹が空くところとか、走ったらすぐにバテるとことか……」
なんだ!? 俺の悪いところか!?
お? ケンカか!?
おお!? ケンカ売ってんのか!?
「そんなところが好きになってしまったんです!」
「ホントかよ!?」
あまり信じられないんだけど(怒)
全っ然! 褒められた気がしない!
「お、お料理もできるように頑張ります!」
「いや、料理はもう十分でしょ。ちゃんと美味しいし。レパートリーは次第に増やせばいいんだから……」
コロッケって手作りみたいなんだけど、これって作るのがめちゃくちゃ大変なんだよ! じゃがいもを茹でて、皮剥いて、潰して味付けして、炒めたミンチ混ぜて、丸めて、粉振って、たまごくぐらせて、パン粉付けて、揚げる!
茹でる、炒める、焼く……って3つも調理法が必要だし! 俺なんか「コロッケは買うもの」って思ってるから!
「善福さんのご家族を見てたら……理想的で……憧れが……」
「でも、娘達はすぐに巣立っちゃうから。きみが憧れているものは、今だけかもよ?」
せしるんは下を向いてしまった。年齢もまだ若いし、そんなに深く考えないで変なことを言っちゃっただけだよね!?
「あの……それでも、その……私も家族にしてもらえたら……って……」
「要するに、『娘の1人にしてください』って意味だろう!?」
「違います! 奥さんがいいんです! ……ダメですか?」
うう、上目遣いが眩しい!
上目遣いで言うもんだから、変な意味に捉えちゃったよ! かわいく見えちゃったよ!
「奥さんなら娘さん達が巣立ったとしても、私は残りますので……」
「いやいやいや」
せしるんみたいに若い子にそんなことを言ってもらえるのは嬉しいけど……。いや、俺は何と闘ってるんだ!?
「でも、年の差がなぁ……」
頭を抱える俺。
「そ、そんなことないですよ!? わたっ、私、サバ読んでますから! 年齢詐称ですから!」
明らかに挙動がおかしい。
「じゃあ、いくつーーー?」
「さ、さんじゅう……なな? ……くらい?」
なぜ、探り探り訊く!?
「昨日は35歳って言ってなかったっけ?」
「えーっと……今日、誕生日です! 今年は2つ年を取りました!」
絶対嘘だ! この子、俺と結婚するためなら何でも言うな。ちょっと面白くなってきたぞ?
「『ぺっぺけぺー』って言ってみて」
「ぺ、ぺっぺけぺー」
言ったよ! 若い子が「ぺっぺけぺー」って言ったよ。……ところで、「ぺっぺけぺー」って何? 何だろ頭が痛い。
「俺は正直な子が好きなんだよなぁ……」
「はいっ! 20歳です!」
急に敬礼して答えた。
「身分証明書は?」
「はいっ! こちらに!」
免許証を見せてもらったら、本当に20歳だった……。お姉ちゃんと4歳差……。仮に俺達が夫婦になったら、せしるんが3歳のときにお姉ちゃんを産んだことに……。いや、それはならないのか。
あれ? 俺また変なことを考えてる。
「はーーー……。俺42歳だから。ハタチとは年の差がなぁ……」
「わ、私、よんじゅっさいでした! う、うっかりしてました!」
こんな面白い生き物をみすみす放流していいのか!? ちょっと考えてみろ俺。
料理 → できる!
掃除 → できる!
洗濯 → できる!
性格 → 良い!
俺の趣味 → 理解してくれる!
年齢 → 若い!
俺のこと → 好いてくれてる(?)
キャラクター → ちょっと壊れてる!
悪いとこ → ない!!
俺達の間に障害→ない!!!
いや、あるわっ! 年齢差がありすぎて世間がそれを許してくれない! くれるわけがない!
俺は思考がめちゃくちゃだけど、彼女のことを好きになりたい自分と、世間体を気にして断りたい自分がいるのか!
そもそも彼女は俺の家庭に憧れがあるだけで、それはお姉ちゃんがいて、智恵理がいて、成立してる。
彼女は俺の子どもになりたいだけだ。変な意味じゃない!
「その……お父さんが来られる前にシャワーは浴びましたし、お布団は2階に敷いてますので……」
変な意味の方だったーーー!
「あれ? お父さん? 顔が真っ赤ですよ!?」
せしるんが慌てて近づいてきて、俺の顔をのぞき込んで額に手を当てた。冷たくて気持ちいい。 あれれ? 天井が回っている。 空間がゆがんでいく。
「大変! すごい熱! ふ、布団! 2階から布団持ってきます! お父さん! とりあえず、ソファに横になってくださいっっ!」
その日、俺は高熱でぶっ倒れた。不本意ながら、せしるんの家で寝かせてもらって、看病してもらったのだった……。