村長さんとの打ち合わせは霞取さんも参加だった。それと、俺。3人だけの打ち合わせらしい。村長さんの家の客間で行われた。
せしるんは俺の夕飯を作ってくれるってことだったけど、打ち合わせに参加するわけではないし、風呂に入りたいと自分の家に帰って行った。確かに、若い女性が昨日1日風呂に入ってないだけでストレスだろう。
打ち合わせの内容は比較的予想できるものだった。1つめは、直売所をあれだけ盛り上げたことにお褒めの言葉をいただいた。
「この村にあげな場所を作るげな、善福さんの手腕はすごいと思っとう!」
「いえー……」
村長さんとのこのやり取りは何回もあって、少しマンネリに思っていた。そもそも、村長さんの財力と権力、狭間さんのノウハウと助け、娘達の集客力の結果であって、俺の力はほとんど関係ない。
褒め殺しにあっているようで居心地が悪いばっかりなのだ。
ところが、今日は少し違った。村長さんが真剣な表情で話を続けた。
「善福さんも次期村長なら、考えておいてもらいたいことがある」
これが今日の2つめの話らしい。
2つめは、俺がずっと目を背けていたことだった。直売所がうまくいってるから、目を逸らしがちだったこと。
それは、直売所の成功は、必ずしも村の成功ではないということ。
「直売所の繁盛は素晴らしい。あそこで雇用も生まれとる。村外から人もカネも入ってきとるから実質的には村の利益になっとる」
まず農家さんが儲かる。出せば出すほど売れているので兄弟親戚の手を借りてもまだ足りない。都会に出ていった息子や娘を呼び戻しているがそう簡単には戻ってこれない。
そこで、アルバイトとかパートとかで人を雇い始めているのだ。小さいけど、これも雇用だ。
農家さんとの関係は良好になりつつあり、数人ずつ狭間さんの「朝市」に一緒に行って視察に行ってる。おばあちゃんの料理などを商品化できないか模索中だ。
「じゃが、直売所が儲かっても、その村に住もうとは思わん。この村に住みたくなるようにせんといかん」
そうなのだ。どれだけ直売所が儲かっても積極的に人が移住してくるわけじゃない。せいぜい都会に出て行った子ども達が戻ってくる程度。村民がどんどん増えていくわけじゃないのだ。
「それについて、考えていなかったわけじゃありません。実は既に動いているものもあるんです」
「ほぉ……」
村長さんは顎を触って声を漏らした。まるで「それを今から言ってみろ」と言わんばかりの表情だ。霞取さんもニヤリとしている。そんな期待されてもすごいことは言えないのだけれど……。
「では、お二人を前に僭越ながら……俺の考える『糸より村、村民倍増計画』は大きな柱として3つ考えています」
〇●〇
「きゅーーーーー」
俺は床にへたばっていた。元々プレゼンって苦手なんだ。俺には向いてない。人の前に立って何かを言うなんて……。
「だいぶお疲れでしたね」
俺は色々あって、本当にせしるんの家にお邪魔している。若い娘さんの家のリビングでへたばっているのもどうかと思うけど、フローリングにうつ伏せで寝そべり、頬にはフローリングの板の形が転写されている状態だった。
それくらい疲れてたの!
せしるんのいえのピンポンを押して、中に招き入れてもらったところまでは覚えている。俺はふらつきながらリビングまで来て、へたばっているって状態。家にはリフォームなどで何度かお邪魔していたのが俺の理性を緩めているのかもしれない。
「どはーーーーー」
何も考えられない。
「お父さん、本当にお疲れでしたね。とりあえず、コーヒーでも淹れますか?」
「ああ……ありがとう」
さすがに俺もちゃんとしないとと思って身体を起こした。
「糸より村の村民を増やすための方法っていうか、今後の方向性について聞かれちゃって……」
そんなことを言いながら、ふとせしるんを見た。俺の知っているピンク頭といえば、超能力が使える男子高校生しかいなかったから、普通の人とは思っていなかった。
でも……せしるんはいつものピンク頭なのにお嬢様みたいな白いブラウス、側面には黒くて細いリボンが並んでいくつも付いている。オフショルダーっての? 肩が出てて、ミニスカートにニーソックス……。
かっ、かわいい。アニメから飛び出してきたみたいな姿……。
やっ、ちょっ、ヤバい……。かわいい。
いやいやいや、彼女は推定二十歳。娘とそんなに年齢は変わらない。そんなおっさんの俺がそんなことを思ったら、思っただけで犯罪だろう。
危ない危ない。危うく重加算税を掛けられるところだった(?)
「あ、お父さん。コーヒーはホットでよかったですか? 暑かったらアイスにもできますけど……」
コーヒーカップとコーヒーサーバーを持って振り返るせしるん。
ピンクの長い髪がふわりと舞った。
かっ、かわいい!
(ガンガンガンガン)
「おとうさん! どうしたんですか!? ソファに頭を打ち付けて! ケガしてしまいますよ!」
ダメだ……16歳と14歳の娘を持つ父親として、二十歳の娘さんをそういう風に見てはいけない!
あの人はピンクの頭の人。変な人。ピンクの人。ちょっとおかしい人……。
「大丈夫でした? おでこ」
座った状態で顔を上げたら、目の前にせしるんの顔があった。それもアップで!
ぴ、ピンクの髪……見慣れるといいじゃないか。
目は大きくて、少しおどおどとした表情、しゃがんでいるから少し見える胸元……ミニスカートでしゃがんでるから足もかなりのところまで見えてる……。
あ、ダメなヤツだ。俺、変態だ。
「赤くなってますよ? 冷やしますか?」
俺のおでこを撫でてくれる、せしるん。
俺はどうしてしまったんだーーー! せしるんがかわいく見えてしょうがない。
「あ、ご飯の準備もうできてるんです。すぐお出ししますねー」
立ち上がると来るんと身をひるがえしてキッチンに向かったせしるん。身をひるがえしたときに黒いミニスカートに紛れてピンク色の何かが見えた気がするんだけど……。俺の脳髄は見た映像をリピートとか、停止とかスローとかできる仕様になってない!
ちょっと、今のピンク色が何だったのかスローで見せてくれないか!?
「お父さん、お待たせしました。こちらにどうぞー」
俺がリビングでジタバタしていたら、呼ばれてしまった。テーブルの上にはかわいい食器に盛られたご飯、豚汁、コロッケ、サラダが準備されていた。
ちょっと待て、俺。せしるんのことは「娘の友達」って意識で固定されていたから、普通にご飯をご馳走になりにやって来たけど、よく考えたら変じゃないか!?
相手は二十歳の女の子だぞ!? もちろん、未婚。普通に1人のときに遊びに来るって俺はどうかしてないか!?
しかも、普通にご飯をご馳走になりにきてるし!
「じゃあ、いただきます!」
「あ、はい。いただきます」
普通に挨拶しちゃってるよ! 普通にテーブルの席についてご飯食べてるよ!
「あ、豚汁美味い」
「ホントですか? よかったです」
いや、この豚汁、美味いぞ。豚汁は外で食べるより、家のヤツの方が圧倒的に美味しいと思ってたんだ。これはうちのに負けないくらい美味しいぞ!?
「お姉ちゃんってよく色々ご存知ですよねー。私、豚汁ってお出汁と味噌を入れておけば、具は適当でも豚汁になるって思ってたんですけど、ショウガ、にんにく、白だし、お酒、みりんってお味噌の他にも色々入ってるんだなって……。今まで私が作ってたのってただの具の多いみそ汁でした」
お姉ちゃんに習ってたーーーーー!
「お味噌多めの方が、お父さんはお好きだって聞いたんですけど、どうですか?」
「うん、濃い目。美味しい」
「よかったですーーー」
きーーーーーっ! 俺は何をしているんだ! ほのぼのとご飯を食べているんだ!?
なんなんだ。おねえちゃんにご飯を習ってるって! 花嫁修業かよ!? お姉ちゃんは年下だろ!
しかも、俺の好みに合わせようとしてるって……!
もう、どこからツッコんでいいのか……。
「せしるん……昨日のことなんだけど……」
「お父さん。それなんですが、まず私の性癖を聞いてください!」
そう言って、せしるんは持っていた箸を箸置きに置いた。