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第61話:静かに変わりゆく日常

 直売所「糸より村コンニャク」の成功はネットニュース、地元のニュースでも取り上げられた。そこで、俺達は糸より村の直売所の成功の秘密を全て教えることにしたのだ。もちろん、「朝市」の真似をしたところもあるので、狭間さん達に許可はもらってから。


 順番が大事という訳ではないけれど、俺が一番最初にやったのは、商品ラインナップの変更だった。

 当初は、投網とか、マルチって農作業で使うビニールシートが売られていたからだ。


「日持ちするものを置く」という考えをやめ、「新鮮なものを置く」という考えにシフトさせた。これは完全にターゲットを見誤っていたと思う。多分、当初は野菜も置いてあったはず。ただ、置いていただけでは商品は売れない。売れないと野菜は捨てられる。そのうち、捨てなくていいものを置くようになった……と予想した。


 これは、商品を見直すだけではダメだったことを示している。


 次は、「集客」を行った。テレビCMなどを打つお金はこの村にはない。だから、娘達が動画を中心にSNSを意識した集客を行った。それが当たったのが大きかった。


 売れそうな商品を置く、それが欲しいお客さんが買う、また新しい商品を置く……と、農家さんとしては「置けば売れる」という「確変タイム」を経験したのだ。


 農家さん達は直売所に興味を持った。


 道の駅では横槍が入ってしまったけれど、対策を取ってからは協力的な農家さんが現れたのだ。数はほんの少しではあったけれど。


 例えば、玉ねぎは袋詰めされて売られるのだけど、1袋3個がいいのか、4個がいいのか。これまでの農家さんでは考えなかったことに知恵を働かせるようになった。


 Aさんは3個入り、Bさんは4個入りにした。お互いが情報交換しつつ、いい結果が出た方にまとまっていく。そうなると、逆張りで箱にドーンとたくさん入れたものが売れて行ったり……と新しい事象が現れる。


 こうして、同じ玉ねぎでも色々な商品が出現するようになった。


 例えば、レンコンは泥付きが一番鮮度が落ちずにいいのだけど、一般家庭でその泥を洗うのは大変だ。あえて泥を落として袋詰めして売る農家さんが出現した。普通の農家さんからすれば「邪道」かもしれない。しかし、よく言えば「消費者目線」、言葉を選ばなければ「売れるならなんでもする」である。レンコンのレシピのポップを作る農家さんが出現したら、アクの取り方を説明した紙を付ける農家さんも出現した。


 料理方法については、せしるんも活躍した。直売所で各農家のおばあちゃんに料理の方法を聞いたり、ときには家まで行って、料理を作ってもらって、それを動画にしたりもしていた。


 せいしるんは当初ピンクの頭が年配者に受け入れられなかったのだけれど、ずっとあのスタイルを崩さなかったので、だんだん見慣れてくる現象が起き始めた。


 料理を教えてもらう姿勢が謙虚だったことから、おばあちゃんたちは若い子たちに料理を教えたい気持ちを引き出され、次々新しいメニューについて教えられ、それが動画になっていった。あのピンクの髪も「若いから」とか「パソコンの世界の人だから」と村人の中で落とし所ができていったようだ。


 せしるんとしても、料理を覚えることができるようになった上に、動画の再生数も上がり、村のために貢献できていることから自身の満足感というか、自己肯定感が高まっていった。


「お父さん、お姉ちゃん、ちぃさん、レンコンとニンジンのきんぴら作ってみました。食べてみてください」


 いつの間にか、せしるんがうちで普通に料理してた。


「せしるん! これ、美味しい! 味の濃さもちょうどいい!」


 お姉ちゃん、普通に昼食で食べて、普通にほめてるし。


「ごまが合う」


 智恵理よ、ぼそっと一言いうのは、なんとなくお父さんの役じゃないだろうか……。


「お父さんはどうですか?」

「え? あ、ちょっ……」


 そう言われて、慌てて口に放り込む。そして、ご飯も。


「うん、歯ごたえがいい。この音も。ASMR」


 ちゃんと美味しいのだ。それはささ習って作ってるのだから、美味しいんだろうけど、あのピンクの頭が作っていると思うと、ちゃんとしすぎている美味しさなのだ。


「あー、せしるんさん。この焼魚も美味しいです!」

「きんぴらがしっかりした味なんで、アジには大根おろしでさっぱり」


 いつの間にか、うちの姉妹がせしるんを誉める人になってる。そして、せしるんも普通に俺のことを「お父さん」とか呼んでるし! 娘が三人になったかのような錯覚に苛まれる俺。


「ん? ……この味噌汁、美味いな。大根もいいし」

「大根おろしだけじゃ消費しきれないから、短冊にしてお味噌汁にも入れてみました」


 いや、美味い。お姉ちゃんは料理上手だけど、それともちょっと違う感じというか……、安心する味。


「あ、たくあんも出せばよかった!」


 普通にうちの食卓で食事を食べている、せしるん。我が家のテーブルに頭がピンクの人がいますよ!?


「あ、お父さん。新しいおうちのリフォーム案を考えたいです。今日、打ち合わせの時間を作ってください」


 せしるんがご飯を食べながら、打合せの時間のことを言ってきた。


「じゃあ、ご飯の後で」

「はい、コーヒーを淹れるので、その後で」

「了解」


 普通に食後にコーヒーが出てくるらしい。


「あ、お姉ちゃん、リフォームで使うサンダーについて後で教えてください。マキタですか? リョービですか?」

「今日はブラック・アンド・デッカーでいこうと思います」

「なんですか、そのかっこいい名前」

「新しいのをゲットしたんです」


 ちなみに、ブラック・アンド・デッカーはメーカー名だ。サンダーとしてサンダーを使うのはとても便利だし、価格も安いので良い商品で良いメーカーだと思う。お姉ちゃんは気に入ったみたいだけど、サンダーに関してはメンテパーツが少ないので、分解してのメンテナンス性に少し疑問が……。普通に使うのだったら、良い商品だし、価格も安いので最高だ。俺の考えは「プロ目線」なのかもしれない。分解することを前提としたらおかしいのは俺にも分かるから。


 あれ? 何かが変わってきている様な……。


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