糸より村のコンテンツを次々作っていった。お姉ちゃんと智恵理は狭間さんと打ち合わせた内容の動画を作り、着実にファンの数を増やしていた。彼女達は夏休みの時期らしく、時間はたっぷりあったらしい。
予想外に予定にない動画を作り進めたのが、せしるんだった。
「初めての耕作」
「初めてのリフォーム」
「自宅警備員の警備強化」
「福岡で手に入る玉ねぎの種類を比べてみた」
村に放置されている家のリフォームを俺がやって、せしるんは撮影したり、手伝ったり、それもコンテンツになっていた。
成長しているものなどは、動画として長く見てもらえるみたいで、直売所「糸より村コンニャク」の鉄骨が建って、屋根が取り付けられている動画などは割と人気だった。早く見られるように10倍速とかで流していた。
「プレオープン2」とか「プレオープン3」とか、俺達は少しずつイベント開催能力を高め、起こりうるトラブルを回避できるようになってきていた。
そして、いよいよ「グランドオープン」のイベントを開催するところまでこぎつけていた。ネットの前評判もかなり良くて前回までの様子を動画で見て参加したいと行ってくれている人が多いらしい。
ここからは従来からの修正案と強化内容。
狭間さんの「朝市」からは出張でローカルアイドルのステージを開催予定だ。なんでもメイド喫茶「異世界の森」にはローカルアイドルや、そのたまごがゴロゴロいるらしい。ファンの人がやって来てくれることを考えただけでも、来場者数は爆上りが期待できる。
しかも、キッチンカーの他に「屋台」も来るらしい。福岡市内の有名ホテルの料理人が名前を隠して屋台をしていたり、本格的なスパイスカレーが有名らしくて、そんなお店が当日「糸より村コンニャク」に出店してくれるのだとか。
当然、お姉ちゃんと智恵理とせしるんの公開収録、握手会も行う上に、三人のセッションも従来通り行う。これは人気コンテンツなのでそのまま。
「コト」消費を意識した、体験型のイベントとしては、お姉ちゃんとモモエばぁちゃんの「コンニャク作り体験」も開かれる。以前の企画で案が出た、「野菜の詰め放題」も実施予定だ。
以前の課題だった「食事」と「トイレ」はお弁当やお総菜の種類と数を増やして対応。本当は飲食店を入れたかったみたいだけど、それはまだ次のステップらしい。狭間さんが言ってた。それを補う様にキッチンカーと屋台を事前に手配してくれているので、今回はこれで暫定的に対応する形だ。
トイレは常設のトイレの他に、当日用に仮設トイレを十分量準備する。
あとは当日を待つだけ。
〇●〇
準備を進めていたら、イベント当日なんてすぐだった。オープンを10時に設定していたが、8時には行列ができていた。早い人は前日から並んでいる状態。念のために言っとくけど、直売所で買えるのは野菜とお弁当とお姉ちゃんの……もとい、「糸より村コンニャク」だからね。
早く並ぶ理由なんてないのに今日は既に前回よりも多い1000人近くが並んでいた。このままでは暴動が起きてしまう。そんな心配をしていた時だった。
特設ステージから音楽が流れてきた。普段、お姉ちゃんや智恵理が会場で弾いているノリのいい曲じゃなくて、静かな曲。せしるんがピアノを弾いていたのだ。
この曲知ってる! 元嫁に出て行かれて絶望に打ちしがれて生きる気力がないときに聞いた曲。過度なストレスで寝ることすらできなくなっていたときに癒やしてくれた曲!
「お姉ちゃん! この曲知ってる!?」
俺は開店作業の合間にお姉ちゃんに訊いてみた。
「あ、これは私の曲」
「え?」
この曲は、元嫁に逃げられて、娘達もいなくなったとき、何の目標もなくなって自ら命を断とうと考えていたとき……ネットから聴こえてきた曲だ。
この曲に癒やされて俺は頑張れた。あの曲をお姉ちゃんが作っていたなんて。
俺はお姉ちゃんの頭に手をのせて、よしよしと頭を撫でた。気持ちが昂ぶって声にならなかったんだ。しゃべったら、隻を切ったように泣いてしまうと思ったから。
「もう、お父さん! 髪の毛セットしてるんだから!」
怒ってたけど俺の心には全然響かなかった。構わず頭を撫でていた。
「私、あの曲のアレンジした」
突如すぐ横に智絵里が現れた。そうかそうか。智絵里の頭も撫でた。
「智絵里は頭のセットを気にしなくていいのか?」
「うん、いい」
俺に頭を撫でられて目を細める智絵里。反抗期どこ行った……。
このエピソードで俺は「ほっこり」してしまった。「今日は闘い!だ」とか「勝負は今日!」、「決戦は土曜日!」などと思い詰めていたからだいぶ気持ちが落ち着いた。
だから、冷静な判断ができたと思う。品出しがある程度できたら、先に並んでくれている人から入店してもらうことにした。
待たせている理由は特にないのだ。10時からって告知したから10時からにしないといけないような気がしてた。
一部の人には文句を言われるかもしれないけど、目の前のたくさんの人が少し楽になる。じゃあ、やるか!
○●○
「時間より早いですが、段階的にオープンしまーーーす! 順番にご案内しますので、係の人間の指示に従ってくださいますよう、お願いしまーす!」
そう、今回からは「係の人間」がいるのだ! 500人、1000人規模のイベントだ。これまで案内係がほとんどいなくて何とかなっていたのはお客さんたちが協力的だったからに他ならない。
今回からは村の消防団って若い男性中心の集まりが手を貸してくれることになったのだ。突然出てきたような村の消防団だけど、これは村長さんの依頼を受けた形。
そして、村の消防団としては、若い女の子がいるなら積極的に、前向きに、前のめりで参加、協力する、といい答えをいただいたのだ。
元々消防団は男だけとか制限はない。村には年頃の女の人がいないのだ! 学生のときくらいまで村にいるけど、卒業と共に村を出てしまう。
男は家を継ぐとか、畑を守るとか、色々のしがらみで村に残る。そして、わざわざ農家をしたい女の人は少なく男ばかりが残る構図になっていた。実家での同居ってのも評判が悪いらしい。
むらの消防団の人達は、駐車場の案内係、列の管理など色々手伝ってくれていた。もちろん、狙いはうちの娘達とせしるんだ。
朝の打合せ兼、決起会では……。
「ほっ、ほっ、ほー、本日はお日柄もよくぅ……」
テンパってるせしるんは、そうそうに下げた。リアルにたくさんの人に注目されると弱いらしい。
次はお姉ちゃん。
「今日は私達のためにありがとうございます! 村の発展のために、ぜひお力を貸してくださいっ!」
「「「おうっ!」」」
(ざわざわざわ……)
お姉ちゃんの90度の最敬礼がみんなの心を掴む。若い男達が浮足立ってるのが分かるぞ。
最後に智絵里だ。
「こん中で一番活躍してお姉ちゃんの心を射止めるのは誰だーーー!? 今日はノートラブルで頼むぞっーーー!」
「「「おうっ!!」」」
さっきはやる気だけはあっても、それぞれの方向性がバラバラだった男達の方向がピシャリ一つになった気がした。
なにこの子。一言で30人はいる村の消防団の男達の心を掌握してしまった。なんか軍隊みたいになってる。「イエス!マム!」とか言ってる。
ノリだよね!? みんな悪ふざけしてるだけだよね!? 一抹の不安を抱えつつも、仕事はお願いすることになった。
この中の一人が将来、俺のところに挨拶にくるかも……一瞬、頭が痛くなったけど、今は忘れて仕事に集中することにした。