せしるんの先日の動画「初めての耕作」は思いの外好評だったらしい。せしるんが頑張って耕運機を運転する様や、まっすぐ耕し進めて行けずにぐねぐね曲がっている様が「かわいい」という評価だった。
俺からしたら、「耕作」が「かわいい」って……理解できない。
同じように、農業ガチ勢(がいるのかどうか不明だ)が、農作業をおもちゃにしていると猛抗議。炎上していた。
これがせしるんの言う「ちょっとした失敗で怒られる」なのかと俺は理解した。
うちに来ていたせしるんに訊いてみた。
「大丈夫か? 炎上しているんだろ?」
「……大丈夫です。アクセス数は伸びてるのでこれも仕事だと思えば……」
目に見えて凹んでる。
お姉ちゃんも飲み物とおやつを出してくれている。智恵理は肩をポンポンと叩いて2階に上がっていった。いや、お前はせしるんよりだいぶ年下だよな!?
「まあ……あれだ」
俺もテーブルの席についてコーヒーを飲みつつ、せしるんが持ってきてくれたダックワースを食べながら何か言葉を考えた。特に思いつかなかったので、心に浮かんだことを考えずにそのまま話した。
「俺も……昔は職人の中に入ったらめちゃくちゃ怒られた。全然仲間に入れてもらえなくて……俺中卒だったから年齢も若かったし、技術もなかったし、そもそも常識がなかったし、専門用語とかも分かんなくて職人たちの言葉も分かんなかった……」
せしるんが光の無い目ながら顔を少し上げ、俺の方を見た。
「俺は自分には何もできないって理解してたから、あいさつして『俺に○○を教えてください!』って周囲に言って回ってた。めちゃくちゃ無視されて、一番大変な荷物運びとかにまわされるんだけど……」
「それで……どうしたんですか?」
せしるんが恐る恐る聞いた。
「俺はとにかく、断られても頼み続けたし、教えてもらったことはできるように何度も練習した。そしたら、次第にこれもやれ、あれもやれ、って逆に色々やらされるようになった」
「大変じゃないですか。いじめですね!?」
そうきたか……。
「まあーーー、否定はできないけど俺はそれだけ周囲から劣ってたから。とにかく日々できることをやって……いつしか後輩が入って来た。その時に俺はちゃんと親切に仕事を教えたんだ」
「あ、良い話系ですか……?」
オチとか考えずに話し始めちゃったしなぁ……。本当のことを伝えるべきだろう。
「その後輩、すぐに現場に来なくなった」
「は!?」
「先輩の職人達は、職人達で俺がすぐに逃げ出さないか試したところはあったかも。何度もそんなことがあったんだろうな……。今じゃ考えられないけどね。今の現場は土日休みだし、残業ないし、コーヒー買いに行かされたりしないし、夜中まで飲みに連れまわされたりしないし……」
「お父さん、どんな世界で生きてきたんですか!?」
せしるんが笑ってた。少し目に光るものはあったけど、笑ってた。
「いいじゃないか? 最初から上手なやつはいないし、徐々に上手くなったら。動画の世界は分からんけど、素人の俺からしたらプロの動画より、素人が一生懸命の方が見ごたえがある……かな」
「は、はい……。ありがとうございます」
少しは元気になったかな。お姉ちゃんもほっとしてるし。
「あの……」
「どうした?」
「この家のリフォームってお父さんが中心になって、ご家族三人でされたんですよね?」
いつの間にか、俺せしるんに「お父さん」って呼ばれてないか!? 「くまくまみゅーとにゃーたんのお父さん」って意味だよね!? 長いから「お父さん」だよね!? ……まあ、いいけど。
「私も、リフォーム習いたいです!」
「「は!?」」
俺とお姉ちゃんの口から間抜けな声が出てしまった。
「初めての耕作に続いて、初めてのリフォームの動画を撮りたいです!」
「……まあ、簡単なものなら。何かリフォームしたいところあるの?」
「えーっと……特に思いつかないです。よかったらうちに来て見てください!」
なんかめんどくさそうな話になってきた……。気付けばお姉ちゃんは静かにフェイドアウトしているし。めんどくさいのか、忙しいのか、「私は行きません」ってことだろう。
「……分かった」
「やったー! ありがとうございます!」
〇●〇
久々にせしるんの家に来た。村に引っ越す前に面接で来たとき以来。最初から良い家だと思ってたんだ。新築と言われたら新築に見えるくらいきれい。
「ここきれいだし、リフォームする必要ある?」
そう言って家の外観を見ながらせしるんに訊いてみた。そしたら、もうスマホで動画を撮影中だった。
「もう撮ってるの? 外観きれいだからそのままがよくない? うちは外観がボロボロだったからリフォームしたんだし」
「じゃあ、中を見てください」
玄関を開けて、中へ案内された。
「あれ? せしるんってYouTuberだよね? 家バレしてない!?」
「はい……珍しいタイプのYouTuberになってます。ストリートビューでも家バレしてるし、Googleマップでは観光地みたいにちってん登録されてます」
それでいいのか、年頃の娘さんだろうに。
「一応、プレゼントとかも届くので、行って帰ってチャラです」
ある程度ポジティブな考えなのね……。
「あ、セキュリティは?」
「ドアが二重ロックになってます!」
言っちゃダメだろ……。
「うーん……」
「どうしましたか? 何か変です?」
せしるんが心配そうに見てる。
「論より証拠か……」
俺は車の工具箱からある道具を持ってきた。延長できる柄のミラーで本来、狭くて遠いところに延長アームで鏡を入れ込んで遠くの様子を見るための道具なんだけど……。
「鏡を取って……いい具合のおもりを付けて……。あ、この道具については、動画にするならモザイク付けてね」
「はい……」
何が始まるのか分からないという様子のせしるん。
「じゃあ、玄関の中に入ってカギを2つとも締めてみて。もちろん、ドアガードも締めてね」
「ドアガードって、あ、このU字型のこれですね」
そう言うと、せしるんは家の中に入り、ドアを閉め、カギをかけた。(ガチャン)(ガチャン)と2回音がしたからカギをちゃんとかけたのだろう。ついでに(ガコ)って音がしたからドアガードもしたっぽい。
俺はドアスコープを覗き込んで……。ちょちょいとそれを外し、バーを挿入。ちょっとしたコツはあるけど……。(ガチャン)(ガチャン)……と開いた。
『え!? マジ!?』
ドアの中でせしるんの声が聞こえる。
俺は少しだけドアを開けて、紐をかけて……、くるん、と。
(ガコ)という音共にドアガードをある方法で外して見せた。ここまで約20秒。
(ガチャ)「これはセキュリティ低いよ」
「ホントです!」
せしるんの目が丸くなっていた。
「パッと見た感じ、今の玄関の他に、風呂場の窓と、勝手口のドア、あと2階の窓から入れる気がする」
「大事件じゃないですか!」
適当なリフォームをしてお茶を濁そうと思っていたけど、若い娘さんが住んでいるのにこれはひどかった。俺には娘がいるから、これは見過ごせない。
「じゃあ、ホームセンターと鍵屋さんに行こうか……」
その後、せしるんの家のセキュリティ性を高める商品を選んであげた。そして、取り付けは一緒にやって動画は完成した。どこに何があるか全部わかってしまうと危ないので、多少フェイクを入れて完成とした。
一応俺もトライしてみたけど、ディンプルキーとかピッキングできないし、電子キーとか指紋だし。風呂場の窓と、勝手口のドアはセキュリティ強化してあげて、2階にはちょっとやそっとでは登れないようにした。
「お父さん、ありがとうございます。これで安心です!」
まあ、不安になるように現状を教えたのは俺だし、ある意味マッチポンプだけど……。
一応、キッチン上の棚の取手は白だったんだけど、ピンクのものに交換するという「リフォーム」もした。ちゃんと取手の交換はせしるんがやったし、部品を選ぶところからやった。
「これだけで、なんか自分のものになった気がします!」なんて喜んでたけど、それでよかったのか……?