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第58話:心を開くカギ

 せしるんの先日の動画「初めての耕作」は思いの外好評だったらしい。せしるんが頑張って耕運機を運転する様や、まっすぐ耕し進めて行けずにぐねぐね曲がっている様が「かわいい」という評価だった。


 俺からしたら、「耕作」が「かわいい」って……理解できない。


 同じように、農業ガチ勢(がいるのかどうか不明だ)が、農作業をおもちゃにしていると猛抗議。炎上していた。


 これがせしるんの言う「ちょっとした失敗で怒られる」なのかと俺は理解した。


 うちに来ていたせしるんに訊いてみた。


「大丈夫か? 炎上しているんだろ?」

「……大丈夫です。アクセス数は伸びてるのでこれも仕事だと思えば……」


 目に見えて凹んでる。


 お姉ちゃんも飲み物とおやつを出してくれている。智恵理は肩をポンポンと叩いて2階に上がっていった。いや、お前はせしるんよりだいぶ年下だよな!?


「まあ……あれだ」


 俺もテーブルの席についてコーヒーを飲みつつ、せしるんが持ってきてくれたダックワースを食べながら何か言葉を考えた。特に思いつかなかったので、心に浮かんだことを考えずにそのまま話した。


「俺も……昔は職人の中に入ったらめちゃくちゃ怒られた。全然仲間に入れてもらえなくて……俺中卒だったから年齢も若かったし、技術もなかったし、そもそも常識がなかったし、専門用語とかも分かんなくて職人たちの言葉も分かんなかった……」


 せしるんが光の無い目ながら顔を少し上げ、俺の方を見た。


「俺は自分には何もできないって理解してたから、あいさつして『俺に○○を教えてください!』って周囲に言って回ってた。めちゃくちゃ無視されて、一番大変な荷物運びとかにまわされるんだけど……」

「それで……どうしたんですか?」


 せしるんが恐る恐る聞いた。


「俺はとにかく、断られても頼み続けたし、教えてもらったことはできるように何度も練習した。そしたら、次第にこれもやれ、あれもやれ、って逆に色々やらされるようになった」

「大変じゃないですか。いじめですね!?」


 そうきたか……。


「まあーーー、否定はできないけど俺はそれだけ周囲から劣ってたから。とにかく日々できることをやって……いつしか後輩が入って来た。その時に俺はちゃんと親切に仕事を教えたんだ」

「あ、良い話系ですか……?」


 オチとか考えずに話し始めちゃったしなぁ……。本当のことを伝えるべきだろう。


「その後輩、すぐに現場に来なくなった」

「は!?」

「先輩の職人達は、職人達で俺がすぐに逃げ出さないか試したところはあったかも。何度もそんなことがあったんだろうな……。今じゃ考えられないけどね。今の現場は土日休みだし、残業ないし、コーヒー買いに行かされたりしないし、夜中まで飲みに連れまわされたりしないし……」

「お父さん、どんな世界で生きてきたんですか!?」


 せしるんが笑ってた。少し目に光るものはあったけど、笑ってた。


「いいじゃないか? 最初から上手なやつはいないし、徐々に上手くなったら。動画の世界は分からんけど、素人の俺からしたらプロの動画より、素人が一生懸命の方が見ごたえがある……かな」

「は、はい……。ありがとうございます」


 少しは元気になったかな。お姉ちゃんもほっとしてるし。


「あの……」

「どうした?」

「この家のリフォームってお父さんが中心になって、ご家族三人でされたんですよね?」


 いつの間にか、俺せしるんに「お父さん」って呼ばれてないか!? 「くまくまみゅーとにゃーたんのお父さん」って意味だよね!? 長いから「お父さん」だよね!? ……まあ、いいけど。


「私も、リフォーム習いたいです!」

「「は!?」」


 俺とお姉ちゃんの口から間抜けな声が出てしまった。


「初めての耕作に続いて、初めてのリフォームの動画を撮りたいです!」

「……まあ、簡単なものなら。何かリフォームしたいところあるの?」

「えーっと……特に思いつかないです。よかったらうちに来て見てください!」


 なんかめんどくさそうな話になってきた……。気付けばお姉ちゃんは静かにフェイドアウトしているし。めんどくさいのか、忙しいのか、「私は行きません」ってことだろう。


「……分かった」

「やったー! ありがとうございます!」


 〇●〇


 久々にせしるんの家に来た。村に引っ越す前に面接で来たとき以来。最初から良い家だと思ってたんだ。新築と言われたら新築に見えるくらいきれい。


「ここきれいだし、リフォームする必要ある?」


 そう言って家の外観を見ながらせしるんに訊いてみた。そしたら、もうスマホで動画を撮影中だった。


「もう撮ってるの? 外観きれいだからそのままがよくない? うちは外観がボロボロだったからリフォームしたんだし」

「じゃあ、中を見てください」


 玄関を開けて、中へ案内された。


「あれ? せしるんってYouTuberだよね? 家バレしてない!?」

「はい……珍しいタイプのYouTuberになってます。ストリートビューでも家バレしてるし、Googleマップでは観光地みたいにちってん登録されてます」


 それでいいのか、年頃の娘さんだろうに。


「一応、プレゼントとかも届くので、行って帰ってチャラです」


 ある程度ポジティブな考えなのね……。


「あ、セキュリティは?」

「ドアが二重ロックになってます!」


 言っちゃダメだろ……。


「うーん……」

「どうしましたか? 何か変です?」


 せしるんが心配そうに見てる。


「論より証拠か……」


 俺は車の工具箱からある道具を持ってきた。延長できる柄のミラーで本来、狭くて遠いところに延長アームで鏡を入れ込んで遠くの様子を見るための道具なんだけど……。


「鏡を取って……いい具合のおもりを付けて……。あ、この道具については、動画にするならモザイク付けてね」

「はい……」


 何が始まるのか分からないという様子のせしるん。


「じゃあ、玄関の中に入ってカギを2つとも締めてみて。もちろん、ドアガードも締めてね」

「ドアガードって、あ、このU字型のこれですね」


 そう言うと、せしるんは家の中に入り、ドアを閉め、カギをかけた。(ガチャン)(ガチャン)と2回音がしたからカギをちゃんとかけたのだろう。ついでに(ガコ)って音がしたからドアガードもしたっぽい。


 俺はドアスコープを覗き込んで……。ちょちょいとそれを外し、バーを挿入。ちょっとしたコツはあるけど……。(ガチャン)(ガチャン)……と開いた。


『え!? マジ!?』


 ドアの中でせしるんの声が聞こえる。


 俺は少しだけドアを開けて、紐をかけて……、くるん、と。


(ガコ)という音共にドアガードをある方法で外して見せた。ここまで約20秒。


(ガチャ)「これはセキュリティ低いよ」

「ホントです!」


 せしるんの目が丸くなっていた。


「パッと見た感じ、今の玄関の他に、風呂場の窓と、勝手口のドア、あと2階の窓から入れる気がする」

「大事件じゃないですか!」


 適当なリフォームをしてお茶を濁そうと思っていたけど、若い娘さんが住んでいるのにこれはひどかった。俺には娘がいるから、これは見過ごせない。


「じゃあ、ホームセンターと鍵屋さんに行こうか……」


 その後、せしるんの家のセキュリティ性を高める商品を選んであげた。そして、取り付けは一緒にやって動画は完成した。どこに何があるか全部わかってしまうと危ないので、多少フェイクを入れて完成とした。


 一応俺もトライしてみたけど、ディンプルキーとかピッキングできないし、電子キーとか指紋だし。風呂場の窓と、勝手口のドアはセキュリティ強化してあげて、2階にはちょっとやそっとでは登れないようにした。


「お父さん、ありがとうございます。これで安心です!」


 まあ、不安になるように現状を教えたのは俺だし、ある意味マッチポンプだけど……。


 一応、キッチン上の棚の取手は白だったんだけど、ピンクのものに交換するという「リフォーム」もした。ちゃんと取手の交換はせしるんがやったし、部品を選ぶところからやった。


「これだけで、なんか自分のものになった気がします!」なんて喜んでたけど、それでよかったのか……?


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