広大な空き地に直売所を建てる工事が始まった。普通は設計で何ヶ月もかかるらしいけど、狭間さんが「朝市」で建てたときの図面を提供してくれたのだ。
何でも設計で時間がかかるのが「強度計算」らしい。専門の人が建物に使ってる鉄骨の太さとかが妥当か計算してくれるらしい。
それは通常の設計の人とは違うし、多くの場合外部の会社らしくて急がせようと思っても急げないみたい。
その点、既に建ってる建物は強度計算も終わってる。当然、今の土地用の図面は必要なんだけど、鉄骨の太さとかも決まってるし、建物の形も決まってる。見切り発車で行っても9割9部9厘大丈夫なんだとか。
まずは、鉄骨を建てて屋根を付けるところまで。設計も狭間さんの紹介。実におんぶに抱っこだった。
この辺は俺は全く関われない。全然分からない世界だから。
俺は村長さんが言ってた「休んでる畑」ってのがどの程度手間がいるのか実験しようと思ってた。
耕運機なんか借りてきたし。
そしたら、せしるんが「ぜひ、見たい!」と。お姉ちゃんと智絵里は例の反省会(?)の後、動画作りに意欲を見せて学校から帰ったらそれぞれの部屋にこもって作業を進めているみたい。
やる気が違う。
俺が見てないと寝ないで続けようとしてる勢いだ。そっちも俺はあんまり参加ができない。家の掃除をしたり、ご飯を作ったり、娘達を助けるくらい。
家のリフォームも終わっちゃって少し寂しさを感じていたくらい。
暇なんで畑仕事って感じ。
ところが、せしるんが来た。頭はピンク色なんなだけど……いや、それだと単なる悪口か。髪の毛がピンク色に染まってて、非現実的な対象なんだけど、考えてみたら20歳そこそこの娘さん。
むしろ、お姉ちゃんに歳が近い。俺とは一回りどころか二回りくらい違うんじゃないかな。
一緒にいたら捕まらないだろうか……。心配になってきたよ。
「な、何から始めるんですか? あ、カメラはすいません。記録の意味と何か良いものが撮れたら素材にしたくて……」
「大丈夫だよ」
俺の時代は記録っていったらメモだった。今はスマホで写真が撮れるし、動画も簡単だ。便利な時代になったなぁ。
「今日は、とりあえず耕運機で畑を耕してみて畝を作ってみようかと」
「『ウネ』ってなんですか?」
そうか。彼女は畑とかやらないのか。
「こんな感じの土が盛り上がってるやつだよ」
俺は荒れた畑の一部を掘って簡単な畝を作ってみせた。
「あ、画像で見たことあります! でも、何でわざわざ掘るんですか? あ、通路?」
「まあ、通路の意味もあるかなー。水はけを良くしたり、表面積を増やして温度を上げるって話も聞いたことがあるかな」
「なるほどですねー」
畝を撮影するせしるん。俺からしたら単に土を撮影しているようにしか思えないんだけど、この年齢には何か違う価値観があるのだろう。
しばらくして耕運機で畑を耕していたら、せしるんが手を振っているのが見えたので作業を止めた。
「すっ、すいません! 作業を止めてしまって!」
「どうかした?」
「いえ、この耕運機って私でも運転できますか!?」
「畑の中なら運転しても大丈夫だよ。やってみる?」
耕運機は農地なら免許は要らない。公道を走るときは要るけど、普通免許があれば大丈夫。でも、車と違って怖いので俺達が公道を走ることなんてないだろう。
2輪のハンドルが付いているやつもあるけど、村長さんに借りたのは人が乗れる乗用タイプだ。
当然一人乗りだから、俺が降りてせしるんを乗せた。
「え? え? 怖い怖い怖い!」
「ははは、ゆっくりでいいから」
乗り物ってスピードに慣れるまで怖く感じるもんだ。俺も昔、原付きで20キロしか出してないのにめちゃくちゃ怖かったのを覚えてる。
耕運機は土をほぐしていったり、一直線に掘り進めて畝にしたりと色々できる。せしるんはまっすぐ掘り進めているんだけど、見事に曲がってる。しかも、ぐねぐねに曲がってる。
「す、すいません! こんなぐねぐねにっ!」
気づいたらしいせしるんが耕運機を止めて走ってこっちに来た。
「はっはっはっはっ! いや、面白い! いいね!」
初めてなんてそんなもん。むしろちゃんと耕せてる分、見込みがあるかも。
「あの……怒らないんですか?」
「怒る……? 別に悪いことしてないのに」
「あの……失敗したから……」
申し訳なさそうに上目遣いで訊いた。
「失敗……てわけじゃないけど、ケガしそうだったら止めるけど、何も間違ってなかった。上手下手は人それぞれだし、何度もやってたら上手になるよ」
「……ありがとうございます」
お礼を言われること……何かあったか?
「ネットの世界では、ちょっと失敗したら命取りで……再起不能になることも割とよくあります」
ヤバイなネットの世界。
「そういう意味では、ここでは誰も見てないからどれくらい失敗しても大丈夫だよ。気に入らなければ何度でもやり直したらいい。ただし、ケガだけはしないようにね」
「……はい、ありがとうございます」
ちょっと涙ぐんでるみたいだけど、大丈夫か。この子……。
「……くまくまミュー様とにゃーたん様がお父さんを好きな理由が少し分かった気がします」
それだけ言うと、せしるんはまた耕運機に乗って耕作を始めた。中々へこたれず、いいんじゃないかな……。