イベントの後日、狭間さん達に参加してもらってイベントの反省会をすることになった。
集まったのは糸より村の集会所。打合わせなんかをする部屋に長机を出してきてみんなパイプ椅子に座ってる。前方にはホワイトボード。東ヶ崎さんが書記らしい。
「朝市」からは狭間さん、高鳥さん、東ヶ崎さん。
糸より村からは村長さん、その奥さん。
うちからは当然みんな。
「まずは、プレオープンの大成功、お疲れ様でした!」
司会進行は狭間さん。彼は今回のイベントを褒めることから始めた。色々失敗したと感じていた俺の心が少し開放された気がした。
「俺の経験から言わせてもらえれば、良い野菜、美味しい野菜、珍しい野菜を作ってる農家さんはたくさんあります」
ここで一拍おいて続けた。
「でも、正直儲かってない。マネタイズ……収益化のビジネスモデルが少ないんです。あとは集客が以前より変わってきています。広告媒体が企業から個人にシフトしていっている」
さすが狭間さん。なんか難しいことを言っている。お姉ちゃんと智絵里はうんうんと頷いているけど俺には全く内容が入ってこない。
村長さんとその奥さんは……固まってるのか? おとなしく座ったまま動かない。表情も「無」だ。
「その点、この村には『くまくまミュー』さんと『にゃーたん』さん、『せしるん』さんと3人も人気Youtuberがいます。これはかなりすごいことです!」
(パチパチパチパチパチパチ)
お姉ちゃん達三人が拍手したので、俺も村長さんも、その奥さんもつられて拍手した。
「集客と販売、これは車の両輪のようにどっちもしっかりしていないといけないんです。普通はここが難しい」
これは何となく分かるぞ!? 村には野菜がある。コンニャクもある。今までは売る方法がなかったけど、ネットで集客すれば売れるってことだ!
「じゃかな……」
ここで村長さんが口を挟んだ。
「野菜もうちからだけしか出しとらんからったらたかが知れとる。うちは息子は役所勤めやから畑仕事はせん。嫁も手伝い程度。どげんかならんやろか?」
息子さんは役所勤めだったか。どうりで全く見たことがない。
「村長さんは畑をかなり持たれてますよね? 休ませてる畑も含めて」
「休ませとる……ちゅーか、耕す人間がおらんのよ」
「それらの畑を耕しましょう!」
「誰がそんなことするの!?」
ここでこれまで黙っていた高鳥さんが参加した。
「それにはいい考えがあるんです!」
○●○
「そんな一休さんみたいなこと……」
ここで村長さんが言った「一休さん」とはとんちってこと。昔はアニメが何度も再放送されていたのだ。
「俺達だけでは力が足りません。そこで村長さんど善福さんにお願いがあるんです」
狭間さんはアイデアとその背景を説明してくれた。俺には半分くらいしか分からなかったけど、そんなことでこの問題を解決できるというのか……。
「次の話題に進みます」
進んじゃったよ! あれでよかったの!?
「世の中の動向として、モノ消費からコト消費にシフトしていますが……」
「狭間さん!」
狭間さんの話に高鳥さんが割って入った。
「善福さん、ゴムの木ってご存知ですか?」
聞いたことがあるぞ!? 木の表面に傷を入れてゴムが出てくる木のことだ。
「はい……聞いたことくらいは……」
取っ拍子もない話の転向に俺は眠気が吹っ飛んだ。
「天然ゴムの価格は1キロ370円くらいなんてす」
「はあ……」
高鳥さんは続けた。
「天然ゴムは弱くて用途は限られるそうです。必要な素材を混ぜて作るのが合成ゴムです。頑張っても価格はほとんど変わりません」
何の話!?
「これを風船にしたら100円ショップでも100も入って100円です。しかし、よくみると1個2グラムの風船なので価格は5倍になってます」
え? 風船? 5倍!?
「これにヘリウムガスを入れて浮かぶようにしたら夜店で1個500円になります。そして、ウェディングなんかでバルーンアートとして使えば1000個ほどで数万円から数十万円にその価値は上がります」
「すごい!」
ここで高鳥さんがにっこり笑顔。実にかわいらしい。
「これはゴムの売り方……マネタイズなんです」
「なるほど!」
分かりやすい!
「でも、そんなサービスがあっても、どこで誰がやってるか分からないと頼めないし、ウェディングでバルーンアートを使いたい人も探すのが大変です」
確かに、道を歩いてても結婚したい人なんて見つからない。
「どんなサービスがあるか知らせて、それがほしい人を探すのが『集客』なんです」
ああ……なるほど。
「俺にも分かります!」
お姉ちゃんも智絵里もその生温かい目をやめてくれ。
「そして、風船って子どもさんなら誰でも喜びますよね。親はその笑顔にお金を払うんです」
完全に理解した。いつか「朝市」で買ってきた味噌はまた買いに行った。お姉ちゃんも智絵里も美味しそうに食べてたから!
俺はその味噌自体が欲しかったんじゃない! 娘達の喜ぶ顔が見たかったんだ! そして、それを実現できる方法の一つがあの味噌……。なるほど。
あと、狭間さんはすごい。高鳥さんはお飾りオーナーさんかと思ったらそれは違う! 高鳥さんは相手の心情なんかを汲み取った上での話ができるんだ! あれは「2人」じゃない。「2人で1人」なんだ!
「今は『モノ』を売る時代じゃなく、体験……つまり『コト』を売る時代なのです」
待てよ。俺は直売所の野菜がよく売れる理由を考えたことなかった。安いからじゃないのか!?
「新鮮なお野菜は買って帰って、味ももちろんですが、『新鮮だろう』なんて話になったり、曲がっている野菜や大きかったり小さかったりするものの話題にもなるんです」
確かに、曲がったやつや大きいのも飛ぶように売れていた。スーパーで買う野菜とお客さんが求めているものが違うのか!
「あ、もしかしたら、野菜を作っている様子の動画とかもあった方がいいです?」
ピンク頭のYouTubeせしるんが小さく手を上げて、恐る恐る聞いてた。
「めちゃくちゃ良いですね! 特に三人が行って収穫だけでも畑の手伝いなんかしたらもっといいです!」
狭間さん絶賛。
「私のコンニャク作り体験も!」
「あれはかなり良いと思ってました!」
きゃー、とお姉ちゃん大喜び。また狭間さんがいるからお姉ちゃんがバグってる。早く帰ってきておくれ。
「野菜がたくさんあるなら、つかみ取りとかも『コト』になりますか?」
「善福さん、良いですね! 採用の方向で!」
褒められた。嬉しい。狭間さんの周囲の人は仕事が楽しいだろうなぁ。
「よし! わしはあの空き地に前倒しで直売所を建てるぞ!」
急に村長さんが宣言した。
「話を聞いたら上手くいく将来が見えた。わしは、パソコンの3人とこの村に投資する!」
「ちょ、ちょっとあなた!」
「いや! これはやる! 村長としてやらなければならん!」
止める奥さんを制止して村長さんが乗り出してくれた。プレオープンで足りないものも見えたので、それは狭間さんも入ってもらって打ち合わせることになった。