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第55話:善福家とその仲間たちの一番長い日

 俺はミスをした。それは大きなミスだ。経験不足から来るミスだった。


 来客者の見積もりが甘かった。今巷で言われている「オーバーツーリズム」と同じようなことが起きていた。


 500人近く来てくれたお客さん達はその後も増え続けている。幸い土地だけは広いので車は全て収容できているようだ。途中から、狭間さんが呼んでくれた助っ人の人が石灰で暫定の線を引いて車をいい具合に整列駐車できるようにしてくれた。


 問題は昼食だった。


 直売所ではお姉ちゃんがお弁当は作った。それでも50食程度。前の日から家族みんなで仕込みをして、お弁当を作ったんだ。俺はこの「弁当を作る」ってことのためだけに「食品衛生責任者養成講習会」って講習を受けてきた。1万円の受講料を払えば中卒でも資格が取れると言われたからだ。


 そして、作ったお弁当は一瞬でなくなった。


 他の人の昼ご飯がないのだ。中にはお弁当を持ってきた人はいるかもしれない。だけど、それはレアケース。幼稚園くらいまでのこのためのおやつだったり、昨日食べ切れなかったスニッカーズ程度だったり……。


 それでは飢えをしのいでいるだけだ。満足なんてとてもできない。


 それに気付いて絶望感を感じたときだった。


 道路からたくさんのトラックが駐車場に入って来た。あのトラックは見たことがある。


「キッチンカー」だ!


 パネルを1枚跳ね上げるだけですぐにお店になる移動式店舗。


「善福さーん!」


 聞き覚えのある頼もしいあの声は……。


「狭間さん!」

「善福さん! 朝の電話でこれが役に立つんじゃないかって思って急遽知り合いに集まってもらったんです!」


 ハンバーガー、ホットドック、ケバブ、ピザ、焼肉弁当、牛丼、唐揚げ、各種スープ、ホットサンド、サラダ、アイスクリーム、エスプレッソ、ソフトクリーム……なんの店も全部ある!


「善福さん、お疲れ様です!」

「狭間さん! ありがとうございます! たった今気付いたところでした!」

「すいません。俺の方も今日の今日なので何台くらい集められるか賭けだったので……」


 聞けば狭間さんの「朝市」ではお客さんが「多い日」と「すごく多い日」があるらしく、やっぱり食事の提供に限界を感じる日があったそうだ。そのため、キッチンカーを導入したり、近くのキッチンカーを運営している人に声をかけて「朝市」に来てもらったりしていたそうだ。


「あと、これだけお客さんがいたら、これも……」


 そう言って後から来たトラックには移動式のトイレが積んであった。


 そうだ! トイレ! トイレは公民館のトイレを使ってもらっていたけど、キャパが少ないので行列になっている。


 俺は野菜の品出しに夢中になっていたのでそんなことまで気が付かなかった!


 給水車も来ていたし、シャワーで周辺に水を撒くと虹ができていた。暦の上ではもうすぐ秋なのだけど、まだまだ日差しは強い。シャワーにわざと当たってびしょびしょになる子供もいた。熱中症対策も考えておかないと行けなかったか……。


「今日は、高鳥さんと東ヶ崎さんは……?」

「すいません、高鳥と東ヶ崎は『朝市』の方の応援に入ってます。店長は別にいるんですけど、最近また一段とお客さんが多くててんてこ舞いしてて、急なトラブルに対応できる人間が必要なんです」


 そんな大変な時にこっちに手を貸してくれるなんて……狭間さんって神かな!?


「じゃあ、娘さん達を少し借りますね」

「? ……はい」


 狭間さんがニッコリ笑顔で言った。公開収録は長時間連続じゃない。途中で給水の休憩やトイレの休憩も必要だ。もちろん、長時間人から注目され続けるのも疲れるので色々含めての休憩が必要だった。


 狭間さんはその休憩の間にお姉ちゃん達と打ち合わせをしているようだった。


 〇●〇


『お姉ちゃん、お腹空いたんだけど……』

『あ、そろそろお昼だもんね!』


 公開収録の中で智恵理とお姉ちゃんの会話。


『おっと、じゃ、じゃあ、我が「糸より村コンニャク」ではランチに何が食べられるんでしょうかーーー?』


 少しわざとらしい感じだったけど、せしるんが「導入部」を作っていた。


『今日のキッチンカーのメニューの紹介でーーーす』


 キッチンカーの人が試食でハンバーガーを持ってきてくれたみたい。


『ハンバーガーだ!』

『あ、ちゃんとしたハンバーガーだ』

『ちぃ……くまくまミューちゃん。ちゃんとした……って』

『ハンバーグ部分が分厚いし。ほら』


 今日はお客さんが朝から500人は来てくれていた。それからも増えているから最低でも600人はいってる。そんな中、いくら大きなハンバーガーでもそのハンバーグについての話題なんてほとんど誰にもみえない。


 ところが、もう1台のトラックがすごかった。「アドトラック」といって「大型LEDビジョン」搭載のトラックも狭間さんが持ってきてくれていた。簡単に言うとトラックの荷台が大きなテレビになってる。


 狭間さんの助っ人さんがカメラを持って行って、ハンバーガーの拡大と三人が驚いている表情も捉えていた。


 ハンバーガーは紙皿に載せられて、4等分して特設ステージの三人が食べていた。


『美味しい!』

『くまくまミューちゃん、もう少し味の感想を聞かせて』

『んーーー、タレがいい。いや、パンがやわらかくて美味しい。いや、ハンバーグかな……?』

『ごめん、全然伝わらない』


 とりあえず、会場の笑いは取っていたので、ギリギリOKなのか!?


『せしるんさんは?』

『お、美味しいです』


 こっちも

 ポンコツか!?


『まず、ハンバーグですね! 肉汁がすごいです! どうやって作るんだろ!? こんなに肉汁出るようにできないですよ!』


 お!?


『ソースがすごく合ってる! こんなトロッとしたソースどうやるんだろ!? どうやるんですか? これ』


 せしるんはハンバーガーを持ってきてくれたお店の人に聞いてた。


『えっと……特別に作ってもらってるソースで……ハンバーグは……秘密です』


 お店の店長さんと思われる若い女性は照れながら恥ずかしそうに答えてた。予期せず聞かれて照れてしまっていた。


『店長さんかわいいですね』


 せしるんが店長さんを褒めた。


『このハンバーガーは①の看板のお店です』


 お姉ちゃんの紹介でキッチンカーの前に行列ができてた。


『次は焼肉のお弁当! すごい! お肉たっぷり!』

『食べたい食べたい!』


 智絵里現金だな。


『あ、弁当だから少し肉が薄いのか。食べやすい。美味しい』

『くまくまミューちゃん、その顔反則だから!』


 智絵里は本当に美味しそうな顔で食べている。この時点で焼肉弁当のキッチンカーの行列が伸びた。


『えっと……、次は……』

『ちょっと待って。この調子で全部行くの!?』


 次のメニューをせしるんが紹介しようとしたら、智絵里が止めにかかった。


『これだけど?』


 お姉ちゃんがパフェを見せた。今度は1人1個。


『いただきます!』


 こいつ、本能のままに生きてるな。


『くまくまミューちゃんのはチョコレートパフェで、セシルんさんのはいちご。髪の色と微妙にマッチしてますね。そして、私のが抹茶です……え? もしかして私、髪の毛緑に染めないと!?』


 会場爆笑。


 お姉ちゃんは自分で言い始めたのに。ちょっと天然なのは良いところに違いない。


 外は暑い。パフェにはふんだんにアイスクリームが使われている。パフェの売れ行きも良いみたいだ。


 キッチンカーは通常、イベント参加時は場所代を払っている。今回も村長さんにその話をしているので村長さんもその奥さんもホクホク顔だ。


 元々野菜が売れた分が村長さんの儲けだったけど、その分野菜を提供してくれているって。野菜がお金に代わる図式。


 一方でキッチンカーの賃料は何も使わずにお金だけ入ってくるのでかなりインパクトが違ったみたい。


 午後からはお姉ちゃんとモモエばぁちゃんのコンニャク作り体験もある。


 お姉ちゃん、智絵里、せしるんの握手会も控えてる。まだまだ今日は長そうだ。


 そして、糸より村の弱点も見えてきた。


 娘達が人気者過ぎた。いや、娘達の人気に答えるだけのコンテンツが少なすぎた。商品も全然足りない。


 利益が出れば建物が建てられるのに……。


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