お姉ちゃんと智絵里の転校ができてない。実はお姉ちゃんと智恵理とだいぶ手こずっていた。俺は知らなかったけど、複数の問題があったらしい。
住民票の問題もその一つ。うちは引っ越す前の福岡市内に住民票を置いたままになっていたので、これを糸より村に移した。それにより、元嫁に現住所が発覚してしまった訳だけど……。
次が教師陣というか、学校からの書類の不備指摘など再提出の注文が多いのだそうだ。そう言えば、何度も書類を書き直した気がする。
さすがに同じ書類について三度目のリテイクを言われた時は、俺も学校に行った。それでも書類が通らない理由が実にはっきりしなかった。「受け入れ態勢ができていない」とか「既に通っている生徒が受け入れない」とか「立地的な問題」とか絶対本当の理由じゃないやつがいくつも出てきた。
「ここも霞取さんの土地ですか?」と訊くと、たちまち校長や教頭が黙ってしまった。俺達はもうわかった。これ以上どう頑張っても書類の不備は正せないのだと。
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「今日、学校に乗り込もうともうの!」
リビングでお姉ちゃんがすごい勢いで言った。智恵理も横でうんうん、と頷いていた。
そして、今日、この場でこの二人がこんなことを言うまでには少しの時間があった。それは、前回狭間さん、高鳥さん、東ヶ崎さんの三人が村まで来てくれて、動画のアップ内容について打ち合わせをしてからだった。そう、あれから1週間が経過した。
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その間にあったことを俺が覚えている範囲で思い出してみたいと思う、
お姉ちゃんは、せしるんと二人で糸より村を紹介する動画を作っていた。そのため、せしるんは日々うちに来ていたので、段々あのピンク頭が普通に見えてきた。アニメじゃないんだから、ピンク頭の人が現実にいるなんて考えたことがなかったけど、彼女はあれで日々暮らしている。しかも、割と頻繁に染めているみたいで、いわゆる「プリン」にはならないのだ。なんなら眉毛もピンクなんだけど……。あれって地毛じゃないよね!?
糸より村の観光地の案内、レビュー。糸より村までの道の動画もあった。俺はあれが意外に好きで夜に酒を飲みながら倍速で道を走っている道路の映像を見て楽しんでいる。
コンニャクづくりも改めて動画になっていた。習った方法でどれくらいのものが作れるようになったか成果報告的なものから、材料のうち消石灰を焼成貝殻という、貝殻を焼いて灰にしたもので作るようにしてコンニャクのクオリティを上げていた。
あの公民館横の空き地で貝殻を焼く光景はちょっとしたキャンプみたいでそれなりにアクセス数を伸ばしているらしい。その他、おにぎり作りとか、玉子焼き作りとか、いずれはそれらをまとめて「お弁当」にするのだと日々の成果も動画になっていた。
「にゃーたん」としての活動も通常通りしていた。相変わらず顔はフレームアウトで。
智恵理はどこからか本格的な機材を持ち込んで本格的な演奏と本格的な動画を作っているらしい。今までは室内での動画だけだったけれど、外に出て「バス停とギター」とか「直売所『コンニャク』とギター」とか、「ナス畑とギター」など恐らく世界初の組み合わせの動画を次々と算出。大声で歌っても誰にも迷惑をかけないという田舎の特性を活かしたスタイルで動画を量産していた。
それでも根強い人気なのが「トーク回」だ。せしるんも加えた三人でのトークは人気を伸ばしているらしい。
そして、演奏部門で言えば、彼女たちの新曲があった。その名も「コンニャク」。絶対ネタだろうと思ったけれど、よく考えてみれば世にはクリームシチュー、パクチーの唄、黒毛和牛上塩タン焼680円、チョコレイト・ディスコ、セロリ、バニラ、ビスケット、ビールとプリン、Strawberry Shortcakes、アボカド、マカロニなどなど食べ物の名前がタイトルの曲は世の中にたくさんある。「コンニャク」があっても悪いことはない。
そして、この「コンニャク」が村の小学校、中学校、高校の昼食の時間に放送で流れるのだそう。どういう経緯なのか分からない。
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そして、今。
なぜか、小学校、中学校、高校の合同グラウンドに来ている。時間はもう少しでお昼休みというタイミング。みんな自分の弁当なのか、給食なのかを準備していてグラウンドにいても校舎内にいたら誰も気付かない。
せしるんのものと思われる大型スピーカーも持ってきた。あのイベントで使ったやつだ。そして、智恵理はギター、お姉ちゃんがドラムセット、せしるんはピアノ。あの鍵盤だけのやつ。お姉ちゃんと智恵理から「シンセサイザー!」って強めに言われたんだけど、そんなに違うものだったか?
(キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン)お昼の合図だ。
チャイムが鳴り終わると同時にそれは始まった。
(ジャカジャーン、ジャカジャーン、ジャカジャーン、ジャカジャカジャカジャカ)
思いっきり三人のセッションが始まった。その音の大きさと存在感で学校の生徒たちはほとんど出て来てしまった。
「いやだー! ダメだろ! こんなのー!」
俺の心からの叫びは音にかき消されて誰にも届かない。
今さら娘達の自己紹介は必要なかった。それぞれの楽器の見せ場も作った演奏。
(ギュウキュウワギュウギュワギュワギュワギュワギュワ)智恵理のギター。
(シタシタシタシタバシャーン)お姉ちゃんのドラム。
そして、それらを助けるせしるんのシンセサイザー。
当然、校舎内から教師たちも出てきた。そして、教師たちが三人に近づこうとしたら、生徒たちが三人を取り囲みガードしてしまう。
演奏は続行。
教師たちはガードの弱いところを探して輪になった生徒たちの周囲をうろうろ。しかし、その中心では三人がさいっこうの笑顔でセッションしていた。
(……ジャカジャン!)一曲目終了。
『えー……私達姉妹は……』
ここで智恵理がマイクを使ってトークを始めた。YouTubeで見たあの「くまくまにゅー」が目の前にいる。顔も見えていて、フレームアウトしていない。それだけで熱狂している生徒もいた。
『この学校に転入したいんだけど、『既に通っている生徒が受け入れない』とか言われたんだけどーーー』
「そんなこと誰が言ったんだー!」
「ありえねー!」
「なんだとー!?」
ヤジが飛んでいる時点で既にかなりの生徒達を味方に付けている節はあった。
『もう1曲弾くんでみんなの意見聞かせてねーーー!』
「「「うおーーーーー!」」」
(ギュウワーーーン・シタシタシタシタ・ペパペっ)
聞かせても何も既にかなりの生徒がお祭り気分で乗っかってしまっている。そして、三人が弾き始めた曲は……その学校の校歌(?)だった。だいぶロック寄りにアレンジされていたけれど、生徒達には分かる曲。
一般的な校歌は4分の4拍子の割とゆっくりしたテンポ。だけど、彼女らが弾く曲は一拍に2つ、3つ音が叩きこまれている音楽のことはよく分からないけれど、少しテンポが早くなっただけで、歌うことは可能な速さで演奏されていた。でも、明らかにロック寄り。
(ギュワギュワギュワギュワ、ジャーン……ジャッ)
「うおーーーーーーーーっ!」
正にお祭りだった。生徒たちは100人そこそこなのだけど、100人が騒いだら割と迫力があった。
『私達も混ざっていいかなーーー!?』
「うおーーーーーーーーっ!」
いいともかよ。お姉ちゃん、そのころ物心ついてた!?
『受け入れないって子いるーーー!? いねーよなーーー!』
「うおーーーーーーーーっ!」
それ、マイキーでしょ! 智恵理もノリノリだ。
『こーちょーせんせーもいいかなーーー!?』
「……」
お姉ちゃんの問いに校長先生は答えられない。当たり前だ。生徒達とはノリが違う。
『そこんとこよろしくー』
智恵理さん? きみもいくつだ!? 14歳だよね!?
「ぜ、善福さん!? そこにいるのはお父さんですよね!? これは……!?」
俺は、校長先生に見つかった。その後、こっぴどく叱られたのは……言うまでもない。