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第51話:価値の創造

 狭間さんの提案でYouTubeのコンテンツについて話を聞いている。


「野菜の直売所自体を紹介する動画もほしいですね。最初は公民館前のカゴから始まって、プレハブになり、小屋になり……って成長の様子も面白そうだし」


 狭間さんの話が上手なのか、なんか楽しそうに思えるから不思議だ。


「商品開発の様子とかも紹介したら、動画のネタとしてはなるならないですし、発売前から親近感持ってもらえそうです」


 今度は高鳥さん。この二人は連想ゲーム感覚で次々アイデアが出てくる。


「さっ、最初のうちは村から直売所までの道の紹介とかも必要では!?」


 ピンク頭のYouTube岡里セシルも参加してきた。俺は車に乗る。狭間さんも運転する。ナビがあればどこでも行けるけど、それはそこに行きたいとき。


 あんまり興味がないときは調べもしないのだから行こうとも思わない。当然イメージもしない。イメージしないところは行きもしないのだ。


 その点、ドライブ動画は面白い。俺もたまに酒を飲みながら見ることがある。倍速だから渋滞もないし、テンポよく進む。音楽も付けたらついつい見てしまうコンテンツになり得る。良いアイデアだ。


「コンニャク作り動画」

「もう! やめてよ!」


 我が智絵里も意見を言ったけど、お姉ちゃんが慌てて止めた。


「コンニャク作り動画って何ですか?」

「わー! わー! わー! 何でもないです何でもないです何でもないです!」


 狭間さんの普通の質問にお姉ちゃんが大騒ぎ。


「これです」


 智絵里がスマホの画面を狭間さんに見せる。


『私のコンニャク買ってください』


「きゃーーーっ! 違うんです、違うんです、違うんです!」


 お姉ちゃんは大慌てで智絵里からスマホを奪取。


「確か、お姉ちゃんの智子さんで『にゃーたん』さんでしたね……。いいですね。それで行きましょう!」


 狭間さんは頭の中で瞬時な何かを計算したかのようなリアクションで言った。


「えっと……狭間さん。どんな意味ですか?」

「えーーー……っと」


 高鳥さんの質問に対して答えに窮する狭間さん。あの狭間さんをナチュラルに追い詰めるとは、高鳥さんもやり手に違いなかった。


「えっと……後でお知らせしますね」


 東ヶ崎さんが高鳥さんにそっと耳打ちしてから高鳥さんは一切そのことに触れなかった。表側の話題ではなかったのだと瞬時に理解したのだろう。


「他はその都度必要と思ったものを追加していき、新しいコンテンツについては新しいアカウントを追加する感じでいきましょうか」

「「はいっ」」


 お姉ちゃんと智絵里は即答!


「よ、よろしくお願いします」


 せしるんは控えめに同意の返事をしていた。


 ○●○


 早速、俺達は総出でコンテンツを作り始めた。リフォーム動画は智絵里が既にほとんどを撮影していたし、アップロードしていたのでアクセスを集め始めていた。そこに「糸より村」の出来事であることを追加するだけだ。


 コンニャク作りについても同様で動画はある。編集も終わってる。アップロードしてこれも「糸より村」での製作だと動画内に知らせた。


 お姉ちゃんと智絵里、そしてせしるんの動画を狭間さんがやたら気に入ってくれたみたいだった。新しい野菜直売所の話はどこに作るか、どんな規模のものを作りたいか、まずは箱を置いただけの店で始めることなどを動画にまとめていっていた。


 すでに決まったことについて打ち合わせをすると、どうしても嘘くさくなってしまう。ここでも智絵里が撮影していたし動画が大いに役に立った。バッチリ映っていない分、余計にリアルに感じてしまった。まあ、ガチのリアルなんだけど。


 残るは福岡しないから糸より村へのドライブ動画。流石にこれは長尺になるのでち智絵里も動画を持っていなかった。撮影はドラレコの動画を編集することにして、糸より村から福岡市へ走り、そのままUターンすることとなった。


 何かコンテンツに肉付けができるかもしれないということで、お姉ちゃん、智絵里、せしるんも同行した。軽自動車に4人って女性でもだいぶ重たいな。加速の具合と坂道の登らない具合がすごい。……絶対口に出さないけど。


「近くの見どころスポットの情報とかどうかな?」


 移動中お姉ちゃんがポツリと言った。


「それは観光情報的な?」


 福岡市から糸より村までの道で途中に観光地となり得る場所がいくつかある。福岡市の人なら誰でも知っている油山とか牧場とか……川とか。


「観光地を案内したら、みんなそっちに行っちゃうから、ちょっとした休憩場所とかトイレとか……主にちょっと映えるものがある場所かな」


 お姉ちゃんの説明では俺にはあんまり伝わってこなかった。


「お姉ちゃんが言ってるのは、春には桜が咲いてる木の場所とか、ちょっと景色がいいとことか、名物おばあちゃんがいる定食屋さんとか……ついつい写真が撮りたくなって、Xとかインスタとかに上げたくなる場所!」

「そんなもん上げてどうなるんだよ!?」


 智絵里が補足してくれたけど、やっぱりよく分からない。


「つ、つまり……パンくずです」

「「「パンくず!?」」」


 せしるんも補足してくれたけど、お姉ちゃんも智絵里も首をひねってる。彼女たちの意見の補足になってないじゃないか。


「え、えっと……つまりですね……『ヘンゼルとグレーテル』の……」



 彼女の言いたいことが少し分かった!


「あの森でホットケーキとか焼くやつ! 絵本の!」

「お父さん! 多分それは『ぐりとぐら』かな」


 あ、そうだ。なに? お姉ちゃんは俺の頭の中の映像を見てるの!?


「つまり、最初から1時間のドライブって思わせないで、途中途中にマイルストーン的に休憩兼写真スポットを作ってSNSの露出を増やす作戦ってこと?」

「そ、そうです! それです!」


 智絵里がなんか難しいことを言った。


 よくよく考えたらここは変な関係だ。せしるんは推定20歳。


 お姉ちゃんは16歳、智絵里が14歳。


 せしるん敬語、お姉ちゃん普通、智絵里タメ口。


 今や世の中は「年功序列」から「メインアカウントの登録者数序列」の世の中にシフトしていっている!?


 いや、そんなわけはない。


「お姉ちゃん、智絵里。せしるんさんは年上なんだからちゃんと敬意を持って敬語で話さないか」

「いえいえいえいえいえ! にゃーたん様やくまくまミュー様に敬語で話されるなんて恐れ多いーーー!」


 車の後部座席に座ったまま上半身は土下座のポーズ。これはもう性格的なものかもしれない。無理強いもよくないからあまり言わないほうがよさそうだ。


 ちなみに、この「パンくず案」は後に狭間さんと高鳥さんに褒められた。「その考えはなかった。『朝市』にも取り入れたい」と最高の褒め言葉をいただいた。



 ○●○


 一通りの準備をしたころに、狭間さんと高鳥さんから声をかけられて再びレクチャーを受けることになった。


 暫定の直売所となる公民館の前に再び集まった。うちからは俺にお姉ちゃん、智絵里の三人。「朝市」からは狭間さん、高鳥さん、東ヶ崎さんの三人。村長さんにコンニャクばぁさんも来てくれている。


 カゴは専門的には「網カゴ」って言うんだけど、農家さんなら余るほど持っているような気がしていたけど、もちろんただじゃない。定価ベースでいくと1個6000円くらいする。50個も準備したらすぐ30万円とかいく。


 この日は狭間さんが中古品を揃えてくれていた。あとは村長さんからもらったベニア板と合わせて野菜を陳列する棚ができた。


 仮の直売所はできたのだけど、屋根がない。暫定でキャンプのときなどに使うタープを張って屋根とした。


「できましたね。『仮』ですけど。狭間さんには早速資材も提供してもらって……」

「できましたね。アミコンは『朝市』に転がってたもんですから気にしないで下さい」


 アミコンは狭間さんが快くくれた。


「では、ここで大事なことを決めないといけません」


 高鳥さんが仁王立ちで腰に手を当てて宣言した。決めなくてはいけない大事なこと……なんだろう?


「あ」

「あっ!」

「あー」


 せしるん、お姉ちゃん、智絵里は気づいたらしい。俺は全く分からない。


「何なに? お父さんにも教えてくれよ」

「私達は動画作ったりしたから気づいたっていうか……」

「今までもやもやしてたけど、今言われて気づいた」


 お姉ちゃんも智絵里ももったいぶってないで教えてくれよ。


「多分……ですけど、この『直売所の名前』だと思うんですけど……」


 せしるんが自信なさげに答えた。


「その通りです! 価値の創造の第一歩です!」


 そういえば、つい先日教えてもらった!


「ドライブ動画を作ってたら、ゴールの呼び名がなくて……。とりあえず、『村』とか『村の直売所』とか言ってますけど、名前があると呼びやすいです!」


 ドライブ動画はせしるんが率先して作ってくれてた。だからこそ思っていたんだろう。俺なんか出番がないからそんなことは思いもしなかった。


「直売所の名前……何がいいんですかね?」

「俺達が付けるより、関係者の方が付けたほうが愛着がわきますよ」


 なるほど、狭間さんが言うのももっともだ。


「夕市」

「パクリじゃないか」


 智絵里!


「フレッシュいとより」

「インパクト的にどうなんだ」


 お姉ちゃんよ。


「くまくまミュー様の直売所」

「糸より村のだろ!」


 せしるん!


「やさいだもの」

「『くだもの』じゃないとうまくないから!」


 智絵里が既に大喜利っぽくさせてる。狭間さんがさん達は微笑ましく見守ってくれている。


「熊五郎」

「お父さんの名前だから!」


 お姉ちゃんもウケ狙いなのか!?


「にゃーたん様の直売所」

「糸より村だから!」


 せしるんはうちの娘達好きすぎるだろ!


「コンニャク!」

「またっ!」


 智絵里の提案にお姉ちゃんが慌てて止めた。


「直売所『コンニャク』……直売所なのにコンニャク……面白いな……」

「狭間さんまでっ!」


 コンニャクに狭間さんが喰いついた。あ、食べたって意味じゃなく、ね。意外にも楽しんでる!?


「メイン商品は『糸より村コンニャク』かな」

「いーねー!」


 なんて話がどんどん肉付けされていく。


 お姉ちゃんは大慌て。YouTubeの人達にはインパクトがあったみたいだし、「ツカミはOK」なのではないだろうか。


「じゃあ、よろしいでしょうか?」

「え? 何? なに? まさか!?」


 狭間さんがみんなに同意を得ていく。みんな頷いていき肯定していった。


 お姉ちゃんだけ状況は分かっているのに分かるわけにはいかないリアクション。それも、狭間さんの次の一言で諦めることになる。


「じゃあ、糸より村の直売所の名前は『コンニャク』と言うことで!」

「「「はいっ!」」」

「いやーーーっ!」


 みんなの同意に対してもお姉ちゃんが1人抵抗していた。それでも、よかったよかったと周囲が話題の収束を図っていくので押し切られる形で諦めたようだった。


「これで、動画作りやすくなります」

「イベントの告知ができる」


 せしるんと智絵里は潜在的な問題が解決してスッキリしている。お姉ちゃんは悶えまくってるけど、そろそろ「コンニャク」はお姉ちゃんを指す言葉じゃないにことに気づいてくれ。


「じゃあ、オープンの日程を決めて、一斉に動画で告知を始めてください!」

「「はいっ!」」


 せしるんと智絵里は今すぐうちに帰って動画制作にかかる勢いだった。


「じゃあ、日程を決めましょう。土曜日が狙いめだと思うので……」

「野菜のラインナップは……」

「コンニャクはやっぱり置きましょう」

「駐車場予定地はぬかるんでるところだけ砂利を敷きますか」

「村内にも告知を……」


 大人達も入って詳細をその場で決めていった。そこからお姉ちゃんも含め三人の動画アップの勢いはすごかった。


 そんな動画達は再び村内で騒ぎになるのだった。



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