家のリフォームはあらかた終わったのだけど、意外と忘れていたのが外観。
家の中はリフォームしたので、最新の材料で内装した新築のマンションみたいになっている。でも、外から見たらだいぶくたびれた日本家屋って感じだ。
汚れとかはお姉ちゃんが大好きな高圧洗浄機できれいにしたので、だいぶきれいだ。でも、カビとかシミとか落ちない汚れは確実に存在する。これを隠す方法として、塗装がある。
塗りこめてしまえばカビもシミも分からなくなる。ここまではやったんだ。でも、いまいちあか抜けない。
そこで考えたのが、外装の上に更に外壁を貼る方法。簡単に新築っぽくなるのでリフォーム界でも人気の手法だ。ここで注意しないといけないのは「素材」だ。
「トタン」とかだと安っぽく見える。「サイディング」だとカッコよく見えるけど、日本家屋には少し似合わない。そこで考えたのが「ガルバリウム鋼板」。若干高めだけど、アルミニウムと亜鉛の合金でメッキされた鋼板で色によっては和風にも見える。それでいて金属製なので……なんというか「きっちり」してる。その上、耐食性や耐久性が良くて普通の亜鉛鋼板より数倍長持ちする。
ここんとこやっとそのガルバリウム鋼板を貼り終わった。実にかっこいい外観になった。
「お父さん、ガルバかっこいいね」
娘よ、ガルバリウム鋼板を「ガルバ」と略すのは職人さんみたいだから! ちょっとかっこいいじゃないか。
「ふーん、いいんじゃない?」
智恵理は相変わらず動画を撮影していた。智恵理は「うーん、これかなぁ」とか「やっぱり……」とか独り言を言っている。何となく何かを目指しているのかな?
「お父さん!? 家の中に入って!」
「早く!」
急に何かに気付いたみたいで俺は娘達に手を引かれて家の中に入った。真昼間だというのに玄関のドアロック。窓を閉め、カギのロック。カーテンを閉める。
「なになに? 何があったの?」
テキパキと施錠していく娘達。わけが分からない。
「多分……お母さんが来た」
「はあ!?」
お姉ちゃんはカーテンの隙間から外を見ている。智恵理はタブレットを見ている。横から覗いたら庭の映像が映っていた。それいつの間にかどこかにカメラ設置してるだろ。
「え、お母さんって……あいつはここのこととか知らないだろ」
「あ……やっぱり!」
カーテンに貼り付いているお姉ちゃんが言った。嘘でしょ。
「ほら、お父さん」
智恵理がタブレットの動画を見せてきた。たしかに、あの姿は元嫁……なのか? えらくやせ細ってる。いや、やつれてる感じだ。
その女は何の迷いもなく玄関チャイムを押した。
(ピンポーン)
「お父さん、しっ!」
お姉ちゃんが唇に人差し指を当てて言った。
「(こそっ)でも、どうやってここのことを知るんだよ?」
元嫁には見えていないのに、こそこそと三人頭を近づけて話した。
「あ、住民票! 高校のために動かした!」
「なるほど。でも、俺とあいつはもう別れたんだし、俺の住民票とか取れるのかな……?」
法律とか詳しくないからよく分からないけど、離婚したら俺達は他人だ。そう易々と住民票を取られてしまっては困ってしまう。
「そんなグレーな手を使わなくても、私とちぃちゃんの住民票を取ったらすぐじゃない」
「そうか!」
そうだった。この村の高校に二人が通うためには住民票を動かす必要がある。だけど、動かしたら俺の新住所が元嫁に分かってしまうんだ。
(ピンポンピンポンピンポン・ピンポーン)
うるさいな。
その後、元嫁は家の回りをぐるぐる歩いているようだ。
「留守!? もうっ! せっかくわざわざ来てやったのに!」
こんな村までどうやって来たのか分からないけど、ここまで来るなんて何を考えてるんだ!? 娘達の親権は合法的にもらったし、離婚もちゃんと終わってる。
「ちょっとぉ! せっかく来てやったのに! もうっ!」
外で元嫁が騒いでる。
「話し合わなくていいのかな?」
「話すとかじゃなくて、一度家に入れたらそのまま居座るよ!? お母さんは普通の常識が通じないから! お父さんなら分かるよね!?」
いつからだろう。元嫁がこんなになったのは。出会った頃はこんなじゃなかった。いや、こんなだったのかも。でも、少なくとも気づかなかった。
ものを知らないのは感じてた。でも、俺も中学までしか行ってないし、知らないことはたくさんあるって思ってた。高校ってすごいことをしてるって思ってた。その高校を卒業した人だからって常に俺より上って意識してたかも。
だから、元嫁はいつしか俺を下に見るようになっていたのかも。こういうのは長い付き合いの中での変化。特定の一言とか、何かの事象で劇的に変わるわけじゃない。
そして、結果がこれか……。
玄関や窓はそのまま娘達の母親への心理状態じゃないだろうか。何をどこまでされたらこんなに実の母親に警戒心を持つようになるのか。このままにしていて良いわけがない。
これは俺のためであり、元嫁のためであり、娘達のためだ。俺は元嫁と直接対決の最終対決をすることにした。
「「お父さん?」」
娘達は止めようとしたと思う。でも、俺は家の裏の方の元嫁からは死角の窓から外に出た。
「……」
ざっ、と庭に出たけど、元嫁のことをなんて呼ぶかまだ決めてなかった。
「あなた! やっぱりいた!」
まるで夫婦だったときみたいな呼び方。しかも笑顔で駆け寄ってきた。やっぱりもう理解できる人種じゃない。
「何度も言うけど、俺達はもう離婚したんだ」
「だから、再婚したら……」
「いい加減にしろ!」
普段、声を荒げたりしない俺だから、さすがの元嫁も動きが止まった。
「ここにはもう二度と来るな。娘達に会えるのは娘達が会いたいと言ったときだけだ。結婚式とか機会はあるかもしれないけど、そのときお前がそれに相応しい人間になってないと参加はさせない」
「何言って……」
少し後ずさる元嫁。
「不倫するってことは、そういうことなんだよ。お前は俺を捨てて出ていったんだ。戻って来るところなんかもうないんだよ」
「だって、一度は夫婦に……」
「夫婦は親子じゃない。離婚したらただの他人なんだよ。困ってるなら実家にでも相談しろ」
冷たいようだけど、俺は毅然とした態度を崩さなかった。ここで甘い顔をしたらそこにつけ込まれるのは分かっていたから。
「でも、娘達たちには母親が必要でしょ……?
」
元嫁は本気でそう思っている顔をしていた。家事は娘に押し付けて、パート先で男を作って家庭を捨てる女……そんなのを見せ続けるほうが教育には良くないだろう。しかも、娘達はもう大きい。
「これを見ろ」
手で家の方を指し示した。嫁も釣られて俺達の家を見た。
「このしまったドア、閉まった窓は今の子ども達のお前に対する心の現れだ。家を出て行ったことだけじゃない。それまでにも娘達にしてきたことの結果だ」
ガルバリウム鋼板は思った以上に金属感があり、家は強固な印象の外観になっていた。それだけに、俺の言葉は元嫁にビジュアルで説得力を産んだっぽい。
「だって……。私は……好かれたいじゃない。……もっと愛されたいじゃない」
元嫁は勝手なことを言いながらボロボロと涙を流していた。これが可哀想だと思わせるパフォーマンスとは思いたくない。
「愛するから愛されるんじゃないかな? 一方的な愛情はそう長く続かない。お前は娘達より自分がかわいいんだよ。いつか娘の成長が気になるときが来る。それまで一人で考えろ」
俺の言葉にその場に崩れ落ちて泣き始めた。「わーん」とかではなく、吠えるみたいな泣き方。やっと現状が分かったのかもしれない。これまでも自分に都合の悪い情報は耳から入ってこない感じだったし、自分に都合のいいようにだけ生きてはいけないのだ。
そのあと、俺は近場のバス停まで車で送って行った。その間、元嫁は一言も話さなかった。もちろん、俺も口をきかなかった。