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第46話:村の人にお願い

 野菜は植えたら翌日に出荷できるようになる……なんてことはない。うちの野菜を道の駅に出荷し続けているとすぐに在庫がなくなってしまった。


 村長さんの畑は広いけれど道の駅のために野菜を作っているわけではないから同様にストックはいつかなくなる。


 商品がなくなるとお客さんが来ても買いたいものが買えず次からは来てもらえなくなる。


 一瞬は調子がよかった道の駅「いとより」は、みるみる人気がなくなっていった。まだまだ集客を始めたばかりだったので、「成功」は見え始めただけで成功はしておらず、むしろ「失敗」に向かっていた。


 足を引っ張られる……そんな言葉が頭をよぎった。よそ者が来て何かやってるって感じだろうか。


 しかし、このまま失敗をただ受け入れるのは違うと思っていた。


 村にはたくさんの田んぼや畑がある。中には協力してくれる人がいると思ったんだ。村には約2000人が住んでいる。平均4人で住んているとして約500世帯。回ろうと思ったら回れない世帯数じゃない。


 俺はほんとに藁をも掴むつもりで一軒一軒回った。


「道の駅に野菜を卸してもらえないでしょうか!」

「すまんね、そっちまで回す野菜がないったい」


 これが一番多い断り文句。断られるのはやっぱり凹む。でも、気持ちを切り替えて次に行く。


 次は空き家! 空家かい! 昔はもっと人が多かったんだろうな。割と空家が多い。


 じゃあ、次に行くだけ!


 何軒も何軒も行ってると段々話題になってくるみたい。なにしろ500世帯だ。1日で回りきれない。しかも、道の駅の様子をみたりもしてる。余計に数は捌けない。


 段々と俺が道の駅に野菜を卸してくれる人を探している話は村中に広がり、違う言葉が聞こえてくるようになった。


「この村におったら霞取さんには逆らえんとよ」

「村長が代わるとき最後まで競っとったのが霞取さんたい」

「霞取さんとこに逆らったら畑が使えんごとなるけんね。ごめんね」

「あー、ダメダメ。霞取の許可がなからんと!」

「気持ち的にはねぇ……」


 たくさん回ると、数は少ないけど協力してくれそうな人がいないわけじゃない。ただ、口を揃えて「霞取さんの許可」という言葉が出てきた。


 それならば、と俺は霞取家に行くことにした。事前に村長さんから話を聞くことも考えたけど、余計な先入観を持つよりすぐに挨拶に行ったほうがいいと思ったんだ。一度会った感じではダメそうだったけど、ちゃんと事情を話せば……。


 同じ村の人だ。敵じゃない。わずかな希望を胸に大丈夫なはずと、自分にそう言い聞かせて霞取家に向かった。


 〇●〇


 霞取さんの家は「大」が付くような豪邸と言っていい感じだった。そこには着物を着た頭が禿げ上がったあの老人が一人いた。以前うちに来たあの人。ぱっと見の印象は「ぬらりひょん」。


 念のために言っておくと「ぬらりひょん」は身なりの良い和装の老人のような妖怪で、智謀に長けている。妖怪のトップとも言われている。見た目は老人で頭には毛が無い。海では捕まえようとしたら、「ぬらり」と手をすり抜け、「ひょん」と浮いてくることを繰り返すらしい。


 そのぬらりひょん……もとい、霞取さんの家に訪問したら、屋敷の中に招き入れてくれた。そして、だだっ広い客間に通された。他の人は見なかったから、どうもこの広い屋敷にこの人は1人で住んでいるみたいだ。


「そら困りましたな。やけど、わしも商売やけんな」


 何とか値上げを待ってほしい旨、改めて申し入れたらこれだ。


「ご商売ってことは分かります。でも、これから軌道に乗るってところなんです。ちゃんと利益が出る様になったら、賃料の値上げも含めて考えさせてもらいますから、しばらくは待ってもらえないでしょうか」

「あんた、私がいくつか知っとーね?」


 間髪入れずに年齢を聞かれてしまった。見た感じは70歳……? いや、80歳……? 一定以上年を取ったら俺からは分からない。70歳の人も80歳の人もそれほど違いとかないのだ。こういう時は若く言うのがいいのだろうか。


「70歳……73歳くらいですかね?」

「お前、見る目無いな。わしゃ80歳じゃ」


 そうですか。足腰お元気で何よりです。うちの母はもう寝たきりに近いですが!?


「男の寿命は80.09歳じゃ。もう明日死ぬかも知らん。そしたら、わしゃいつ家賃を取ったらいいんじゃ!? 天国行ってか? あの世にはカネは持っていけんぞ!?」


 あー……めんどくさいタイプの人かぁ……。ここは乗っかる感じで。


「ですよねー。だから、ここで家賃を値上げしてしまったら、もう誰も続けられないので逆に身入りが減ってしまうのでは……と。道の駅を盛り上げてちゃんと家賃収入が入るように頑張りますので……」


 霞取さんは着物の袖からセンスを取り出し、ばっと広げて少し自分を扇いだ。


「お前1人ごときが頑張ったところでこの村はそんな劇的よくなったりせん。帰れ」


 ダメだった。じゃあ、希望がある感じで!?


 その後も、俺は医療機器の営業のときの経験を活かしておだてたり、なだめたり、色々試みてみたけれど、全然ダメだった。


 最終的に話し合いは決裂となってしまった。


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