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第10話:俺の新居

 とりあえず、母は入院した。父からのDVのケガの療養と、背骨の圧迫骨折の手術。こっちも日頃からのストレスでホルモンのバランスが悪くなり、骨の中のカルシウムが減った結果ではないかと言われた。


 次は自分のこと。県内の「糸より村」ってど田舎に引っ越したい。ここは住居が無料でもらえそうだから。


 誰でも住めるわけではなく、面接という名の試験がある。先に村の中を案内してもらったのだが、田舎ぶりを見てほとんどが脱落していった。


 残ったのは3組のみ。俺と、20代の女性Youtuber、60代の老夫婦の3組。Youtuberとかピンク頭の長髪だよ。現実世界にあんな頭の人がいるんだなぁ……。


 試験で合否を判定するのは村長らしい。恰幅がよくていい人そう。村を一周見て回ってほとんどの人が脱落したから村長も焦っているのがうかがえる。


 村長の期待は20代のピンク頭のYoutuberかな。明らかに彼女に向けて話をしてる。集客とか移住とかを期待してるみたいだから分からないでもない。


「じゃあ、岡里さんの家に案内しようか」


 ピンク頭のYoutuberは「岡里セシル」さんとおっしゃるらしい。ピンクの頭は「セシル」顔しているけど、「岡里」顔はしてないな。そのバランスが面白い。


 村人達は若い人を中心にかなり人が集まっていた。若い女の子が珍しいのか、Youtuberが珍しいのか、興奮気味だ。


 村長さんが自信満々に岡里さんを連れて行く。俺も老夫婦さん達も付いて行った。村長さんの家の比較的近く、立地も良い場所にある一軒家。新築……ではないけど、かなり築浅だった。


 これは建物だけでかなり高いのでは!? これを本当にタダで!?


「岡里さんには村の宣伝もしてもらいたいから期待しとるよ!」

「は、はあ……」


 何となく村長さんの勇み足を若干感じる。そんな大役を二十歳そこそこの女の子が担うってプレッシャーすごいだろうに……。あと、Youtuberって家バレしていいのか!?


 一通り家の中を見せてもらったが、かなり良い家でYoutuberの心的負担が大きそう。逃げちゃわないかな? 心配だ。


「次は桑木野さんのおうちじゃ」


 老夫婦は「桑木野」さんとおっしゃるらしい。名前から田舎暮らしが得意そう。……全国の約520人の桑木野さん思い付きで偏見たっぷりで言ってすまん。完全に思い付きだ。そんな誰に向けてか分からない言い訳を考えているとその家の前に着いた。


 家自体はさっきのYoutuberのものより数段古くなるが、その分広い家だった。


「夢のマイホームがこんな形で実現するなんて……」


 老夫婦の旦那さんが感動していた。奥さんも応援ムード。良い家だし、広いし、庭もある。しかも、家のすぐ前に畑まである。


 では、俺の番……。


「えー……善福さんは……ここしかないんだけど……」


 紹介された家はすごかった。……悪い意味で。2階建ての家で庭は草がボウボウ。家も朽ち果ててる……。


「ここは一時的で、家が空いたら新しい家を提供するので……」


 内見をすると、2階はボヤがあったらしい。


「1階は住めるから……」


 1階も壁紙とかボロボロ……。明らかに古い家。もしかしたら、取り壊しも考えていたかも。何となくだけど、村長さんも「大丈夫だよね? 大丈夫だよね?」って探り探りな感じもする。一応、みんなで内見をした。


 Youtuberさんが「うわぁ」って言ってた。老夫婦さんは奥さんの方が「私ここだったらダメだった……」ってつぶやいたのを聞き逃さなかった。


 俺も1階、2階と見て回った。


「リフォームとか自由にしてもいいんですよね?」


 俺は村長さんに聞いてみた。


「そう! そう、リフォーム! リフォームOKだよ! ここはそういう物件だから!」


 ホントか、と。まあ、俺は一人だし。まぁ、いいか。


「じゃあ、ここ住ませていただきます」

「そうかそうか」


 村長さんの家からも遠いし、家の前すぐ斜面だし。開墾もされてない。これは……。


「すまんね。家の前すぐ斜面だし、開墾もされてなくて……」

「この斜面、ここもうちの土地ってことでいいんですか!? 好きにしていいんですよね!? 開墾していいんですよね!?」

「え……ああ、まあ……土地なんて余ってるからいくらでも……」


 チャンスだ! 家庭菜園やってみたかった!


「ここ住みます! 絶対住みます!」


「「「「「ええ!?」」」」」


 俺以外の人が驚いていたが、ここはここで良い土地だ。


 □□□ 村長の目論見


 今年の応募は多かったのに、ふたを開けてみたら有望株は2組だけか……。ワシはこの「糸より村」の村長をやっている久根崎貴之(くねざきたかゆき)。もう30年ここの村長をやっている。今年60歳でそろそろ次の世代への移行が見えて来とるが、この村は寂れていくばかり。


 珍しい特産物もないし、目だった観光地もない。カネもない。人も来ない。それどころか、生まれ育った若者は近くの都会に出て行ってしまう。男ばかりで嫁のなり手がおらんのも問題の一つ。多分、今年でこの村も人口が2000人を切るはずじゃ。


 色々考えて空家を都会の人に無料譲渡する代わりに村に住んでもらう企画を始めて3年……。移住してきた人間は誰も残っとらん。


 村人との人間関係がうまくいかんかったり、歓迎のための宴会をしても今いち馴染めんかったり……。


 今回はネット動画とかを出しとるという岡里とかいうピンク頭のふざけた娘。この村を宣伝できるもよし、村の誰かの子どもを孕むもよし、あれに掛けるか。


 押さえで桑木野とかいう老夫婦。こっちでカネを落としてくれれば万々歳じゃ。


 あの家は基礎から白アリに食われとるし、断熱が足らんから古いってこともあるし、黙っとってもリフォームするじゃろ。つまり、住んどるだけで村にカネを落としてくれる。近くにあった耕作放棄地も付けてやったから耕して何か作るじゃろ。


 押さえは善福とか言う大きな男。ありゃあ体重100キロはいっとるな。この村にあんなに肥え取るヤツはおらん。残るというから一応残してやったが、よく考えたら家が足らんかった。この間、1軒ボヤが出て誰も住んどらん。あとは朽ちていくだけじゃ。まあ、押し付けたら草刈りくらいするじゃろ。


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