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第6話:絶望と続く不幸

 2ちゃんねるに書き込んだ。いや、今は5ちゃんねるか。嫁も娘達も一気にいなくなって、今の現状を話せる相手がいなかったのだ。


 5ちゃんねるは匿名の掲示板。俺が俺として書き込む必要はなかった。だからこそ、相談できた。寝取られて、嫁も娘達も浮気男に奪われて……。


 掲示板の中では俺はボッコボコにされた。嫁に浮気されていた上に、再構築を望んでいたことがヘタレだと罵られた。


 たった200万円の慰謝料で見下されて嫁に逃げられ、浮気男に至っては顔を見てすらいない。名前も知らない。


 娘達二人の親権も取られた。親権だけじゃなく養育権も。養育権は育てる権利。書類上……というよりは実力行使的に。連れて行かれてしまったのだから。


 弁護士との十分な打ち合わせなく嫁に浮気してるだろうと詰め寄った結果である。後付けでも弁護士と打ち合わせをすればいいのだけど、こちらが動かないと弁護士の方から動いてくれることはまれだ。もちろん、丸投げすれば弁護士が動いてくれるのだけど、こちらから方針を伝えておく必要がある。


 俺は決断があいまいなところがあったため、弁護士としても動きにくい点があったと思う。しかも、あまりのショックで弁護士からの問い合わせにもうまく回答できない状態だった。


 この点でも掲示板の住人たちからは評価が良くなかったようだ。相談には乗ってもらえるけど、ボッコボコって感じ。居心地はよくない。それでも、この件を話せる人は少ない。


 俺は叩かれるために掲示板に通った。


 ○●○


 嫁と娘達には挨拶もできなかった。俺が呆然としている間に出ていったのだ。しかも、その翌日には引越し屋が来て、嫁と娘達の荷物を残らず持っていってしまった。


 あれよあれよと言う間だった。ある意味鮮やかで、出際よく、きっとこれも事前に打ち合わせされていたのだろう。俺はただ、引越し屋の仕事を見ているだけだった。


 カメラ付きの通話で引越し屋と話していたのか、嫁の声が少し漏れ聞こえていた。「そのタンスは中身ごと持ってきて」とか「その机はそのまま」みたいに。


 冷蔵庫は残ってる。テレビは持って行かれた。元々俺はテレビを見ないから、そこは痛くなかったけど。洗濯機も残ってる。どうやら生活はできるように考慮してくれたってことか。


 家の中のタンスや娘達の部屋の中身全部、歯抜けのようになくなると、元々こうで嫁や娘のことは夢だったのではないかと変な考えすら浮かんでくる。


 俺の心は空っぽになった。ああ……、これが「絶望」か。


 そこからは何もできなくなった。仕事は数日休んでその後すぐ辞めた。フットワークが軽い必要があった仕事だ。今みたいに動けないと周囲に迷惑をかける。それどころか、人の命に関わるかもしれない。


 俺の仕事は医療機器を医師に届ける仕事。まあ、営業だな。急にバルーンが必要になったり、普段使うより細い糸が必要になったりするんだ。


 俺が遅れると手術に「待ち」ができる。助かる命が助からなくなるかもしれない。それは申し訳ない。この仕事は心を病む人が多い。突然会社に来なくなったりする人もいる。そういった意味で、俺の辞意もすぐに受け入れられた。


 会社にも行かなくなり、一人うちにはひきこもった。嫁が「大丈夫?」なんて言って連絡してくることすら考えた。だけど、そんな連絡もなく、どこからの連絡もなく1ヶ月がすぎた。


 約1ヶ月後に役所から一通の手紙が届いた。離婚の届けが受理された案内だった。俺はまた力が抜けた。


(ルルルルル)


 ある日、知らない番号から俺のスマホに電話がかかってきた。番号の頭は「090」。つまり、携帯から。俺は嫁からだと思った。


「もしもし?」


 そして帰ってきた声は男性であり、その瞬間、期待した嫁からの電話ではなかったことを理解した。


 次によぎった考えとして、浮気男からの連絡だったが、第一声からそれも違うようだった。


『善福翔子さんの息子さんでしょうか?』


 善福翔子は俺の母親。実の母親の名前だった。


「……はい。熊五郎です。焼酎みたいな名前ですが本名です」


 普通に警戒する。こんな時代なので。しかも、相手はまだ名乗っていないのだから。


『失礼しました。私、お母様のケアマネージャーをしている者で本村と申します』

「はあ……」


 念の為に言っておくと、全く知らない人だ。彼が言った「ケアマネージャー」がどんな役職(?)なのかも知らないほど。


『お忙しいところ申し訳ございません。実は折り入ってお話とお願いがありまして……』

「はい……?」


 その「ケアマネージャー」って人の話を聞くと、母親が父親からDVを受けていたので避難させた、とのこと。施設に避難させているので会いたいと言われた。


 数日は避難できるのだが、契約者は父親なのでその後は家に戻す必要がある、と。そこで、俺に契約者になってもらい、然るべき施設に入れたいというのだ。


 思ったより大事の電話だった。


 不幸ってのは集まるもんだ。離婚の次は母親のDV被害か。それでも、そのままにしておけない事象っぽいので、俺は指示のあった場所に向かった。


 ○●○


 そこはデイケア「室見川」と書かれてあった。見た目は病院みたいな建物。そこに併設された2階建ての小さめの建物がデイケアだった。


 俺はエントランスで手をアルコール消毒して、検温の上、食堂に通された。とりあえず、4人がけのテーブルの席についた。


 5分ほど待たされ、一人の男が小走りにこちらに走ってきた。


「善福さん! お忙しいところ申し訳ございません!」


 相手は下手に出てるし、こちらは迷惑をかけられているほうってこと? ぶっちゃけ詐欺的なものも疑ってる。


「まずは、お母様と会ってください」


 そう言うと、奥から車椅子に乗せられた母親が後ろにヘルパーさん的な人に押されてやってきた。


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