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第5話:離婚のセオリーと我が家の離婚

 ネットのセオリー


 ネット上掲示板では、実に多彩な状況限定の掲示板がある。その一つに「サレ夫」というものがある。


「サレ夫」とは不倫されている夫の略だ。つまり、今の俺(?)。俺の場合はまだ確定じゃない。「嫁が不倫してるかも」の状態だ。


 その場合は「相談」ってのがあり、自分が置かれた現状を報告することで、今後どうしたらいいか掲示板の住人からアドバイスがもらえるというもの。


 実際に書き込まなくても、他の人の「スレッド」を見れば似たようなケースはたくさんある。「スレッド」は「話題」と言い換えてもいいかも。


 そして、俺の場合はまずは「証拠を集め」をするのがセオリーみたいだ。出かける日にちや曜日が特定できれば、興信所を使うのがいいみたい。彼らはプロなので、ラブホテルに入るときの写真などを撮影してくる。かなり鮮明な写真なので万が一裁判になったときでも証拠として使えるレベルのものだ。


 行為中の写真や動画も有効だ。浮気男を自宅に招き入れて行為に及ぶ場合など、自宅に隠しカメラとマイクを仕掛けておけばそういった場面を撮影可能なときがある。


 時として興信所の人間はラブホテルの中の動画や音声を持ってくることさえある。ここら辺は非合法に手に入れた証拠は裁判では使えないことがあるので注意が必要だ。


 そして、大事なのは「複数回分の証拠を集めること」。一回だと魔が差したなどと言い訳され、それが間違いだと被害者である「サレ夫」のほうがそれを証明しないといけないのだ。多くの場合、それ以降は妻も警戒するので継続的な不倫を示す証拠は捉えにくくなる。


 つまり、最初から2回以上の不貞の証拠を捉えておけば、裁判になったとしても確実に勝つことができるのだ。


 不倫を疑う場合は、嫁に悟られないように証拠を集める。証拠を掴んだとしても、複数回の証拠を掴むまで我慢することが求められる。


 そして、証拠が集まったら直接言うのではなく、まず弁護士に相談する。証拠の精度を見てもらい、裁判でも勝てると判断されたら、弁護士経由で内容証明を送ってもらうのだ。


 これは、あなたの不貞行為に旦那さんは傷ついたので慰謝料を請求します、という内容の手紙となる。奥さんと相手の男の子両方に請求することができ、それぞれから慰謝料を受け取ることができる。


 一般的なサラリーマンの家庭の場合、それぞれに200万円から500万円くらい請求するのが相場であり、これは婚姻期間や経済状態により異なる。ただ、請求するのは自由なので多めに請求する傾向にある。


 この時点で支払われるならば「示談」ということになり、比較的解決までの期間は短い。それでも数カ月は覚悟する必要がある。


 示談で解決できない場合は、「調停」となる。これは裁判所の中で調停員がそれぞれに話を聞き、こうしたらどうですか、とアドバイスしてくるもの。


 ここでも決着がつかないと裁判となる。こうなると、期間は1年から2年かかる場合がある。慰謝料も100万円から200万円が相場となる。示談より慰謝料が低くなる上、時間も裁判費用もかかるという最悪のケースがこれである。


 時間とお金を気にしなければ、嫁とは離婚できる。しかし、我が善福家のように子供がいると親権の問題が発生する。


「嫁が不倫したので親権は夫側」とはいかないのが現実である。なぜか司法では「子供をそだてるのには母親の方が重要である」とでも言うような判断になることが多い。約70パーセントくらいの割合で親権は母親側に行くのである。


 父親側で真剣がほしい場合は、嫁が家事をしていなかったことや子供に対して暴力を振るうなどDVの事実の証拠を提出する必要がある。また、実家両親の助けを借りるなとして育児環境を整え、実際に育児をする育児実績を積む必要があるのである。


 ここまでしてやっと、妻との離婚、慰謝料請求、子供の親権確保ができる。その他、婚姻中に稼いだお金や得た財産は財産分与として、夫婦デ分ける必要がある。結婚前の貯金などは財産分与の対象とはならない。遺産なども含まないことは注意すべき点である。


 ここまでがネットで調べた不倫発見から離婚まての「セオリー」だ。


 俺の場合は、この時点ではまだ「嫁は不倫している」って分かっただけの状態。娘達の親権を取るための作戦などを立てていなかった。


 もし、ここに掲示板の住人がいたとしたら、俺のことを羽交い締めして止めているだろう。


 俺は買い物に行った夜に嫁に訊いてしまったのだ。これもNG案件。直接自分で言うのではなく、弁護士から言ってもらうか、少なくとも弁護士同席の下、聞くべきだっただろう。


「なぁ、お前、不倫してるだろ?」


 普通なら、そこで返ってくる反応は「そんなわけないじゃない」という否定(嘘)、「ごめんなさい」という謝罪だろう。


 ところが、嫁から返ってきた返事は予想外のものだった。


「そうよ、ようやく気がついた?」


 俺は愕然としてこの後の言葉が続かなかった。その代わり、嫁が饒舌に俺に対する不満を言い始めたのだった。


「いつまでたっても貧乏でもうお金の心配をする生活は嫌なの!」


 お互いテーブルの椅子に座って話していてよかった。俺は嫁の言葉を聞いて目眩がした。座ってなければ倒れたかもしれない。


「仕事仕事でうちにはいないし、夜中でも朝でも突然出ていくし、いつまでも下っ端の仕事でがっかり」


 それは嫁がやったほうがいいと、言った仕事をした結果で、俺はそのために清掃の仕事を辞めたのに……。


「彼はお金持ちでかっこいいの。どっちにしても、時期を見て離婚しようと思ってたから、気づいちゃったんなら離婚ね」


 俺は金持ちでもなければ、かっこよくもない。嫁は俺と真反対の男を選んだというのか。


「子どもたちの親権は私、財産分与は貯金を均等割り。もっとも、ほとんどないけどね。慰謝料は私と彼からそれぞれ100万円で合計200万円。私の分も彼が払ってくれるわ」


 ネットで調べた色々なセオリーがどれも当てはまらない。元々こんな経験は何度もするもんじゃない。人生で一度あるかないか。


 あまりに驚いて俺は反論すらできない。「弁護士同席で」という話はここら辺に利いてくるのだろう。


 スパスパ離婚に向けて話が進められる人のほうが少ないはず。嫁の口から次々話が出て進めていくのは、事前に考えてその男と話し合っていたのだろう。


 俺はびっくりしてなにも言い返せなかった。


「じゃあ、これ記入して」


 そう言って、タンスの奥から嫁の分が記入済みの離婚届が出てきた。「ゴミ出しといて」くらいの軽い感じで離婚届が出てきた。


「私と娘達は週明けには出ていくから、ここは賃貸だからあなたはそのまま住むか、引っ越しするか考えとくといいわ」


 そこまで言うと嫁は自分の寝室に入って行ってしまった。


 セオリーで言うなら、嫁が離婚したと浮気男に伝えたら、浮気男のほうがビビって逃げるのだ。そして、行き先を失った嫁は夫に復縁を迫ってくる……。そんなケースが多い。


 俺もそれを期待した。ところが、嫁は予告通り娘達を連れて家を出ていき、その後復縁を求めてくることはなかった。


 これで俺の離婚話は終わり。俺の人生も終わったような気さえした。仲がいいと思っていた娘達も二人とも嫁に付いていった。俺には後日振り込まれた二人分の慰謝料、200万円と思い出の詰まった賃貸マンションだけだった。


 完全に負けである。


 ■■■ 善福清美(離婚済み。手続きが面倒で旧姓には戻さなかった)のつぶやき


 家を出た。娘達も連れて出た。いよいよ離婚が本格的になってきた。これでやっとあの中卒デブと縁が切れる。


 彼が3人まとめて面倒見るよって言ってくれた。彼は大きな会社の社長さん。お金持ちだ。学歴は大学院卒。やっぱり中卒とは違う!


 娘達もお父さんがお金持ちのほうが将来的に有利なはず。新しいお父さんは若いし、それも娘達は喜ぶはず!



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