弁護士事務所で考えた。弁護士に「これこらどうしたいか」を訊かれて考えた。
俺は嫁が好きだった。心の中から好きだった。
善福熊五郎って名前の通り、俺は身体がでかい。熊みたいにでかい。身長は178センチで体重は100キロ手前。腕も太くて腕毛もすごい。
俺と並ぶと嫁は156センチしかないから、大人と子どもみたいになる。毛むくじゃらな俺だけど、嫁は「くまちゃん」って言って抱きついてくれたんだ。
俺はこの女を一生守るって決めたっけな。
子どもにも恵まれた。しかも2人も。2人とも天使のようにかわいい子だ。上の子はおっとりしてて、嫁の癒やし成分を精製して集めたような存在。
下の子はしっかりしてて、嫁のちゃっかりしたところを精製したような性格。
3人とも失いたくない。大切な存在だ。例えはおかしいけど、誰か一人でも病気になって血や臓器が必要になったら、俺のをあげられる。腕でも肝臓でも心臓でも……。それくらい大事なんだ。
うちはカネがギリギリだから、愛想を尽かされたのか……? 嫁はどうしたいのか? そして、俺はどうしたいんだ!?
もう、日々の生活の忙しさで嫁の笑った顔すら思い出せないでいた。嫁が笑ったのを見たのはいつだったか……。
「善福さん、私の過去の経験で言えば、不倫がバレて夫側が離婚を申し出たら、改心して復縁を希望する奥様が7割から8割くらい……、開き直って浮気相手の方に行ってしまうのは2〜3割くらいです。しかも、往々として浮気相手は結婚を希望せず、それに気づいて復縁を希望するかたもおられるので、浮気相手側に走る奥様はかなり少ないです」
「……」
いっぱい言ってくれたけど、話の要点が分からなくなってしまった。俺はきっとあんまり頭がよくない。
俺の反応を見て、弁護士が言い直してくれた。
「つまり、離婚を申してれば奥様は高確率で復縁を求めてきます。その時の善福さんの対応を決めておきたいのです」
なるほど。さすが弁護士。俺にも分かるように言ってくれた。
「戻ってきてくれるなら、やり直したい……のかな?」
正直、まだ決めきれない。いや、どうなるのか予想外つかないというか、気持ちがついていかない。
「浮気相手には制裁しますか?」
「はい! 責任取ってもらいたい!」
「分かりました。それは、言葉での謝罪ですか? それとも、お金? 正直、言葉での謝罪ではどこまで本気かは本人しか分かりません。相手の経済力にもよりますが、慰謝料としてお金を請求することが多いです」
俺は浮気男が地面に土下座して、嫁は俺に泣いて詫びることを想像していたので、正直カネはどうでもよかった。
俺が大事なのは嫁であり、家族。
でも、あんな現場を見た後に俺は嫁を許せるのか……!?
「謝罪重視で……お願いします」
「分かりました。それではそのお気持ちを文章にして奥様と浮気相手のかたに内容証明で送ることにしましょう」
内容証明……? それはなんだ? ハテナの顔をしていたんだろう。弁護士は内容証明について説明してくれた。
「内容証明というのは、奥様と浮気相手のかたの浮気について、善福さんは傷ついたので慰謝料を請求します、という気持ちを書いた手紙になります」
「はー……」
そんな手紙を書いてどうするというのか。それでも弁護士はプロだなぁ。色々知ってるし、話をサクサク進めていく。
俺なんかまだ嫁の浮気について飲み込めてないところがあるくらいなのに……。
「婚姻関係にあるかたに不貞を働くのは民事上犯罪となります。犯罪の証拠を持っているので答えないと裁判するぞって脅しの手紙ですね」
弁護士が脅しの手紙を書くのはいいのか……? まあ、専門家だ。素人の俺には分からないことはたくさんある。ここは任せようか。
「でも、脅しに乗ってこないこともあるのでは……?」
「そのときは、脅しが現実になるだけです」
弁護士がニパッと笑顔になった。こわー! 笑顔なだけに怖い! 弁護士は敵に回したらダメだ。でも、味方なら心強い。この弁護士は頼りになると思った瞬間だった。
そして、その「内容証明」ってのには雛形があるみたいで、作成には時間がかからなかった。準備も含めて1週間後には嫁と浮気男に内容証明が届くとのこと。
これで嫁の目が覚めたらいいんだけど……。
俺は内容証明が届くまでの1週間、ドキドキしながらすごした。弁護士からは内容証明のことや、弁護士のこと、浮気の証拠を持っていることなど、できるだけ嫁に言わないでください、って言われてた。なにか作戦があるんだろう。
たったそれだけなのに、俺の緊張はすごかった。日々ドキドキしてた。それでも、嫁とはあんまり顔を会わせなくなっていたからなんとかなった。
今回の件、娘達には気づかれないようにしないとな。いい機会だ。それぞれの娘と話をしてみよう。
■■■ 善福清美の不満
私は善福清美。年齢は……別にいいじゃない。34歳よ。旦那は……元旦那は42歳だし。もう別れるつもり。別れたつもり。
あいつなんかおっさんだから! 私のほうがかなり若い!
あいつは今どき中卒だし! あり得る!? 中卒! 私でも高卒だから! 稼ぎは少ないわ、そのくせうちにはいないわ。
旦那としては最悪だった。しかも、掃除の仕事とか世界の最底辺じゃない。あまりに収入が少ないから、掃除屋を辞めさせて営業を決めてやったのに、今度はうちに帰ってこない! どんだけ仕事が好きなのよって話。
あんなヤツとは離婚よ、離婚!